焼けつくように強い日差しがアスファルトに陽炎を作り出すほどの猛暑の中、鎮守府へ向かって歩く。
周りには軍施設以外の建物はなく、町といえる場所からはかなり遠くに来た辺鄙な土地。
海軍の軍事施設なのだから当然なのだが、それにしても周囲に漁村や村すらない。
深海棲艦・・・・・・突如として現れた謎の存在によって、海産業は大きく衰退し、もともと減少傾向にあり少なかった第一次産業から漁業の文字はほとんど消え失せた。今や海産物は軍部が獲得した特殊な領海でしか行えないのだから漁村など栄えるはずもない。
輸入が途絶えたことにより自立してエネルギーをまかなう事が困難であった日本の人口は大きく衰退し、今や全盛期の半分以下といったところだ。
それでもなお、この日本が存続し得るのはひとえに艦娘と呼ばれる存在にあるだろう。
艦娘の存在こそ深海棲艦に現在人類が対抗し得る唯一の術。それを早期に確立した日本はまだマシであっただろう。
その艦娘が所属する海軍こそが現在の日本の政治、軍事に於いて多大な影響力を持つ。ゆえに海軍に入れば安泰とさえ言われるほどだ。
まぁ、俺の場合はかなり特殊な事情もあるので飛ばされるのは覚悟。
・・・・・・のはずなのだが
なぜこんな辺鄙なところに派遣されたかといえば突然の人事異動、いや、それは厄介払いというべきか。とにかく階級的な昇格と引き換えにこのような赴任先に飛ばされることになった。
覚悟はしていたがここまで何もないと流石に呆気にも取られよう。
日陰もない上に遠くに見えるのが軍施設だけではなぁ・・・・・・
まぁ、国家に尽くすとはそういうことなのだろうと考えつつジープを走らせる。
遠くに見えた鎮守府も近くに来るとなかなか立派なもので、少し塩のきいた熱い海風が鼻孔をくすぐり、肌を撫でる。
「着いたな」
常駐兵に階級章を提示し、司令長官の元へ向かう。
形式的な挨拶と社交辞令のような言葉を交わすと、与えられた執務室へ向かう。
辺境に飛ばされたとはいえ、一室を執務室として与えられ左官に昇格と考えれば悪くなかったかもしれないな。
旧軍の歴史を感じさせる長い廊下を歩いて、執務室の前に立ち扉を開ける。
そこにいたのはセーラー服を着た緑の髪の少女だった。
警戒するように鋭く振り返った少女の右眼は眼帯で隠され、翡翠色の瞳はこちらを見定めるように鋭くこちらに向けられる。
「お前が新しい司令官か?」
「あ、ああ」
少女の言葉に反射的に返事をしてしまう。
「秘書艦となる木曾だ。お前に最高の勝利を与えてやろう」
木曾と名乗る少女はそういって手を差し出す。
「うん。よろしく」
そういって握った手は小さな普通の女の子の手だった。
これが艦娘・・・・・・実戦でしか見ることはなかったが本当に普通の女の子だったんだなぁ。
実戦で見る艦娘はあの強大な深海棲艦を相手に一歩も引け劣ることなく戦っている強力な兵士だというのに。
「じゃあ、おれの仲間も紹介しよう」
多少困惑する俺をしり目にそういった木曾と共に鎮守府の一角にある艦娘達の修練場へと向かう。
その一歩前に立って我が目を疑った。無骨でいかにも軍事施設といった外見の鎮守府の大半を占める修練場はまるで小さく縮尺された町のようで、甘味処や服屋などいろいろな施設が入っている。
「これが、鎮守府か?」
「箱物主義の極みだ。無駄が多すぎる。おれはとうに覚悟していたが、一生を兵役で終えるかもしれない他の奴らにとっては、このような偽りの現実でも戦いを忘れさせてくれるらしい。こっちだ」
小さな町の中を歩いて着いたのは寮のような建物。表札には『仮設第八艦隊』と書かれていた。
少し古びた感じのする外見とは異なり、中は意外としっかりしているな。と感心しながら歩いていると向かいから白い髪を靡かせて一人の少女が歩いてきた。
「ん?だれだい?」
白髪の少女は目の前で立ち止まるとアクアマリンを思わせる青い瞳でこちらをじっと見て訊ねる。
「大丈夫だ響。こいつは新しい提督だ」
響と呼ばれた少女は木曾の言葉に納得したようにうなずく。
「響だよ。よろしく司令官」
「よろしく響」
そういってこちらをじっと見つめたまま差し出される手を少し腰をかがめて握り返す。
こんな子どもまで艦娘なのか。先天的なものだとは聞いていたが、まだ年端もいかない少女や幼気な子供まであの強大な深海棲艦の相手を差せているのかと思うと心が痛む。
木曾は箱物だと揶揄したが、普通の生活を赦されず戦場で一生を終えることになるかもしれない中でこのようなレプリカでも支えになるのならいいのかもしれない。
たとえそれがエゴだとしても、たとえ愚行であろうとも・・・・・・
「ちょうど良かった。他の駆逐達を呼んでくれないか?」
「わかったよ」
木曾の言葉に響はとことこと走っていく。
「ここには何人ほどいるんだ?」
「お前が指揮することになる仮設第八艦隊は現在4人だ」
四人か。過酷な戦場に行く彼女たちを気にかけてやらなければならないな。
そんなことを考えていると響が二人の少女を連れて帰ってきた。
「あなたが新しい司令官なのね。暁よ」
「はじめまして。秋月です提督」
響が連れてきた二人は前に並ぶとそういって拙い仕草で敬礼をする。
「固い挨拶はいいよ。よろしくな」
「レディだからできて当然なのよ。気遣いはいらないわ」
暁と名乗った黒髪の少女がそう答えるが、拙い仕草が背伸びしていることを隠しきれていない。
暁と秋月、どうやら二人とも駆逐艦に属する艦娘のようだ。
「用事があったらいつでも言ってくれればいい。気を遣う必要はないからね」
「はい提督」
駆逐艦たちにそう伝えて木曾と共に執務室に戻る。
指揮することになる艦娘たちを間近で見るまで実感はわかなかったが実戦で見てきたよりもか弱い少女だ。きちんと気にかけて守ってやらないといけないな。
「これからどうするんだ?」
執務室に戻ると木曾は訪ねる。
「今日は特に業務はないと聞いているから荷物の片づけかな?だから、もう秘書艦の業務は終わっていいよ」
「そうか?なら、明日からの作戦指揮、期待している」
木曾はそういって執務室をでていった。
荷物の片づけといってもそんなに量はない。
こんな職だからいつでも住処を移れるように荷物は最低限にしてある。
執務室を出て自室に向かう。まだ未使用のベッドは綺麗に整っており、必要最低限の生活用品だけ備え付けられている。
十分すぎるほどの設備だ。
軽くシャワーで汗を流してベッドに横になる。
「・・・・・・これで一歩近づけた・・・・・・まだだ、これからだ」
そう呟いてカバンから出した写真を見る。
ここに赴任する直前まで行かされていた海外演習のものだ。
期限は半年か・・・・・・だが、厄介払いの理由に昇格してれたおかげで大きく近づけた。
・・・・・・まだ君は、遠いな・・・・・・
スッと目を閉じると睡魔は自然とやってきた。