翌日、久しぶりにベッドで寝たこともあり疲労はすっかりとれている。
支給されたばかりでまだ糊の利いている軍服に袖を通す。
執務室に向かうと既に木曾が執務室の前に立っていた。
「おはよう」
「遅いぐらいだ」
そういう木曾に謝りながら執務室を開ける。
「指令が届いているぞ」
執務室の椅子に座るや否や木曾は伝令や指令書を机に置く。
多くは移動による手続き的な雑務なのでこちらで吸えば済む話なのだが
「水雷戦隊派遣、ね」
現在指揮する部隊は水雷戦隊という位置づけなのだがそれによる近海の深海棲艦の偵察部隊を撃滅せよとの指令だ。
「現在の艦隊戦力で可能か?」
「駆逐艦程度なら問題ないだろう。何よりおれがいる」
木曾はそういって笑みを浮かべる。
「なら、任せよう。戦況はこちらで確認しているから逐次指示を出す。くれぐれも深追いはするな」
「大げさだな。おれには任せられないのか?」
木曾は自信ありげにそういって机に手をつく。
確かに戦場において現場でしかわからないと言ったことは往々にしてある。そんなところに遠くで見てるだけのこちらが口出しをするのもどうだろう。
慢心かもしれないが、いざとなったら命は惜しかろう。
ここは木曾に任せてみるべきか。
「わかった。木曾に任せよう」
「ああ、お前はここで見ておけばいい」
「だがいいか、必ず無事に帰ってこい。これだけが命令だ」
こちらの言葉に気圧されたように木曾の表情に一瞬の戸惑いが表れるがすぐに不敵な笑みに変わる。
「ふっ、変わった奴だな。了解した。おれを信じろ」
木曾はそういうと身を翻して執務室を出て行った。
『おれを信じろ』か信じてやろうじゃないか。
そんなことを考えつつ艦隊寮へ通信を入れる。
「仮設第八艦隊出撃準備」
『必ず無事に帰ってこい』か・・・・・・ふっ、変わった奴が来たものだ。だが悪くないな。
執務室からハンガーに向かう途中、提督の言葉を思い出してフッと笑みがこぼれる。
どんな奴が来るのかと思ったが、アイツの下ならいいかも知れないな。
ハンガーでは既に駆逐艦たちが待っていた
「待たせたな。暁、響、秋月、出撃準備は整っているな」
「もちろんよ。いつでも準備しておくのが一人前のレディなんだから」
「暁姉さんは緊張でトイレに走っていってたけどね」
「余計なことは言わなくていいのよ響!」
「長十センチ砲ちゃんも高射装置も準備万端です!防空はお任せください!」
三者三様に返事を返すが皆久々の出撃で浮足立っているようだ。
そこに提督から通信が入る。
『今回は偵察部隊の撃滅だ。君たちのデータを見る限り難しい任務ではないだろうが。これだけは言っておく、必ず無事に帰ってこい』
おれにとっては二度目の言葉、だがその言葉に駆逐達の身が引き締まる。
『以後の作戦指揮は木曾に委ねる。任せたぞ』
「ああ、任せろ。出撃する! おれを信じてついて来い!」
執務室でモニターに旗艦に持たせたレーダーで映る戦況を見守る。
偵察の駆逐艦が相手のこともあり、危なげなく戦っているように見えるがそれはレーダー上での話だ。実戦は甘くない。
偵察部隊と思わしき駆逐艦を数隻つぶしている艦隊の近くに別の艦隊が接近してくる。
あれは水上打撃部隊か、旗艦がいるな
明らかに他の偵察部隊とは異なる挙動をし駆逐を指揮統率している。
先ほどまで優勢であったこちらの艦隊に乱れが生じる。
なんとか水上打撃部隊を退けるがこちら部隊もある程度の手傷を負っていることは明白だ。
「木曾、大丈夫か?」
『ああ、問題ない。多少負傷したがまだいける。小破程度では問題ない』
「敵の水上打撃部隊がいたということは主力艦隊が近くにいる可能性がある。一度帰投してはどうだ?」
『だからこそ叩くべきだろ。例え刺し違えても』
「無事に帰れと言ったはずだ」
こちらの言葉に木曾は言葉に詰まる。
『そうだったな。これより帰投する』
「ああ、待ってるぞ」
そういって通信を切る。任務にあった偵察部隊を壊滅させ、主力艦隊の存在は確認できた。戦果としては上々だろう。
戦力拡充の要請をしておくか。
戦果報告に書き添える申請書を作成しながら艦隊の帰りを待つ。
「戻ったぞ」
しばらくして木曾達が帰投してきた。
後ろの駆逐艦たちは多少服がぼろぼろになってはいるが擦り傷程度で大した怪我はしていないのだが、木曾は服が焦げ付きスカートも破け、切り傷が痛々しい。
「これが戦果報告だ」
木曾に歩み寄って戦果報告を受け取る。
「確かに」
受け取った報告書にざっくりと目を通し、駆逐艦たちに向かい合い頭を撫でる。
「よく頑張ったな」
「Спасибо」
響がそういって気持ちよさそうに目を閉じるのを見て暁がむくれた様な表情をする。
「暁も!暁も頑張ったのよ!二隻もやっつけたんだから!」
「そうか、よくやったな」
「子どもじゃないのよ。レディなんだからね」
暁は頭を撫でられて不服そうにしながらも頬を赤く染める。
「秋月もよくやったな」
「ありがとうございます。長十センチ砲ちゃんも頑張ってくれました!」
そういってえへへと笑う秋月。
みんな無事のようだな。
「ゆっくり休むといいよ。入渠しておいで」
「はい!」
そう答えると駆逐艦たちはとてとてと執務室を出て行った。
「お前は甘いな」
その様子を後ろで見ていた木曾が少し笑って言う。
「無事で帰ってこいといったというのに」
そういって木曾の頬についた汚れをハンカチで拭く。
「なんだ。無事に帰ってるぞ?」
「こんなに手傷を負うまで無理するな」
「この程度怪我に数えるか?おれは戦うためにここにいるんだ。たとえ戦場で敵と刺し違えても本望だ」
「ったく、無傷で帰れとまでは言わない。だが」
木曾を引き寄せてこちらを向かせ、翡翠色の瞳を間近でじっと見る。
「木曾。信じてるから必ず帰ってこい。ここがお前の帰るべき場所だ」
じっと目を合わせて言われた言葉に木曾はサッと目をそらし俯いて帽子を深くかぶり直す。
「わ、悪かった。次からは気を付ける」
「いや、いいよ。無事でよかった。駆逐艦たちが出たら入渠してくるといい」
「そうさせてもらう」
木曾はそのままこちらを向くことなく執務室を出て行った。
さっきの言葉、本気で言ってるんだろうな。
戦場に身を置く覚悟と意志の強さ。最初はそんな風に見ていたがどうやら違うらしい。
しっかりしていると思ったが、あの危なっかしさは気になる。
戦果報告と申請書をまとめ、司令部に送信し今日の業務を終了する。
ふぅ、戦果は微々たるものだが。塵も積もればというからな。
戦力拡充し継続して近海の制圧作戦を展開すれば大きな戦果だろう。
二日ばかりして、新たな指令書が届いた。
「戦力拡充を受理した。新規配属をした艦娘と共に、敵主力艦隊を撃滅せよ。ね」
その指令を読み上げると同時にノックが執務室に響き扉が開く。
入ってきたのは長い黒髪を後方で一つにまとめ、意志の強さを感じさせるキリッとした顔つきの女性だった。
「貴様が司令官か? 本日付でこの艦隊に配属になった那智だ。よろしく頼む」
そういってこちらに歩み寄ってくると転属の書類を差し出す。
重巡洋艦那智。それが彼女の名前らしい。
「わかった。よろしく頼むよ。これで主力を叩けるな」
その言葉に木曾がうなづく。
「ああ、今度こそ敵の主力を叩きにいくぞ。那智期待してるぞ」
そういって差し出された木曾の手を那智は笑みを浮かべて握り返す。
「もちろんだ。私の力、見せてやろう」