雑務の書類に目を通していて一つ引っかかる。
新規配属艦は重巡洋艦と軽空母となっているが、もう一人はどうした?
多少の遅れはあるだろう。そんなことを考えていると扉がゆっくりと開く音がする。
その音に振り返ると赤暗色の目をした少女が長い黒髪をなびかせて立っていた。
「君は?」
「あなたが提督?私が出雲、こほん。飛鷹です。本日付で配属になりました。よろしくお願いしますね」
飛鷹と名乗る少女はそういって礼儀正しく流れるような仕草で会釈する。
気取った風でもなくごく自然な仕草から感じ取れる気品が育ちの良さを感じさせる。
「君がそうか。遅かったから心配していたところだ」
そういって飛鷹から転属の書類を受け取ると、飛鷹が少し顔を赤らめる。
「それが、私低血圧で朝が苦手で」
「なるほど、まぁ無事にこれたのだから責めるようなことでもない。作戦の時に気を付けてさえくれればそれでいい」
「そうね。気をつけるわ。では、これで失礼するわ」
飛鷹は再び会釈すると執務室を出て行った。
これで6隻の部隊か。まともな艦隊といえるだろうな。
前回レーダーに映った艦影と規模を見る限り敵主力艦隊は重巡洋艦を旗艦として空母を交えた艦隊。
秋月の対空性能と飛鷹の艦載機の制圧力を以てすれば不可能ではないだろう。
問題は、前回の戦闘で仕留めきれなかったこと。敵の本隊に伝わって増援が来ていれば難儀なことになる。
早めに手を打つべきか・・・・・・だが・・・・・・
「木曾さん木曾さん。新しい人がきてますよ」
那智を寮の部屋に案内して戻ると秋月が小走りで歩いてきて入口の方を指す。
「ねぇねぇこれなに?折り紙?」
「飛行機の形してるね~」
寮の入り口の方に行くと見慣れない黒髪の女性が別の部隊の駆逐見習いに絡まれていた。
「あぁもう。触っちゃダメだって言ってるじゃない」
「どうした?」
「あ、ちょうど良かったわ。この子たちを説得してほしいの」
黒髪の女性に頼まれて駆逐見習いたちを引きはがす。
「お前たち、困ってるだろ?学校は良いのか?」
「木曾おねえちゃん」
「ねぇ、いつもみたいに遊んで~」
「ダメだ。ほら、学校に戻れ。妙高に言いつけるぞ」
きっぱりとそう言うと駆逐見習いたちはしぶしぶといった様子で手を振りながら去っていった。
「助かったわ。二人してうろうろしていたから話しかけたら妙になつかれてしまって」
「それは災難だったな。ところで誰だ?」
「あ、ごめんなさい。私は出雲、ひ、飛鷹です。この部隊に配属されたの。よろしくね」
「そうか。木曾だ」
お互いに差し出した手で握手を交わすと提督から受け取っていた紙をもとに部屋に案内する。
まだまだ空室は多いがずいぶんと賑やかになったものだ・・・・・・だが、関わる仲間が多くなるほどに・・・・・・
不意に頭をよぎった不安を振り払う。
飛鷹を部屋に送って執務室に戻ろうとすると那智とすれ違う。
「ちょうど良かった木曾。秘書艦として工廠の装備と資材総数を記録して持ってきてほしいと提督から連絡が入っていたぞ」
「そうか、わざわざすまないな」
「無線の電源を切っていては無線の意味がないと提督が言っていたぞ」
その言葉に無線を確かめると電源が切れていた。
「ちゃんと入れておくんだぞ」
那智は笑いながらそういうと去っていった。
昼下がりの執務室にノックの音が響く。
「入っていいぞ」
「司令官、なんの用だ?」
扉を開けて入るなり那智はそう訊ねる。
「ほんとは来たばかりの君に頼むようなことではないのだが・・・・・・それでも頼みがある」
そういって立ち上がると那智の隣に行って耳打ちをする。
こちらが言った言葉に那智は驚きの表情を浮かべてこちらを見る。
「理由は、聞いていいんだろうな?」
「先ほど言った通りだ。その判断は任せる」
那智は言葉の意味を察したようにうなづく。
「それだけだ。行っていい」
「失礼する」
端的にそういうと那智は執務室を出て行った。
それからしばらくして木曾が戻ってきた。
「資材と装備の一覧を工廠から受け取ってきたぞ」
「ありがとう」
木曾に手渡された書類に目を通して確認する。資材も装備も十分だ。
「では、満を持して敵主力艦隊を討つ」
その言葉に窓の外を見ていた木曾が振り向く。
「ああ、任せろ」
出撃命令がでてすぐに部隊の各員がハンガーに集まる。
駆逐達はいつもと変わらない様子で、飛鷹は艦載機の巻物を持って艦載機の数えている。そんな中、那智は何やら複雑な表情で、時折こちらを見ている。
装備が装着される機械が動いてる間も何やら考え事をしているようだ。
『前回の出撃してから日が浅い。無理をさせているのも、配属間もない飛鷹と那智には苦労を強いることも承知だ。それでも君たちに任せる。無事に帰れ。それがすべてだ』
その提督の言葉を聞き終え、覚悟を固める。
例え刺し違えても・・・・・・
「出撃する。おれに続け!」
水平線の果てまで続くかのような瑠璃色の海を風をきるような快速で進むこと数十分。敵艦隊の姿が目視でも確認できる距離まで近づいた。
「全艦単縦陣にて交戦に入れ! 主砲構えろ!」
敵も臨戦態勢であったのだろう艦載機が飛んでくる。
「長10センチ砲ちゃんいくよ!対空砲撃開始!」
敵艦載機が来るの見切って秋月が艦載機達を撃ち落していく。
雨霰の様な弾幕の暴風雨に敵の艦載機は攻撃すら行えないまま落とされる。
その秋月の前で飛鷹が巻物を靡かせ、艦載機の式を手にする。
「全機爆装!さあ、飛び立って!」
まだお互いに砲撃戦のできないアウトレンジで艦載機がせめぎ合い。敵艦隊に爆炎が上がる。
敵の駆逐艦が二隻ほど撃沈されたようだ。
「いいぞ!」
弾幕を掻い潜り砲撃戦の距離まで詰め寄り砲撃を開始する。
飛鷹の開幕爆撃が効いているのだろう敵艦隊の反撃が弱い。
鎧袖一触といえるほどだ。
だが、あまりに事がうまく運びすぎている。
「きゃあっ!」
突然後方から暁の悲鳴が聞こえる。
振り返ると飛鷹の周囲で艦載機の相手をしていた暁と秋月が被弾している。
その上空には見慣れない艦載機が・・・・・・なるほど、こっちの艦隊はおとりってことか
急いで引き返すとはるか向こうに艦隊が見える。これまでに見たことがないような敵・・・・・・明らかに異質な気配を放ち、他の深海棲艦とは一線を画すことは明白だ。
「まだ……まだ、沈みません! 艦隊の防空を…私はっ!」
秋月はかなりの被弾を受けたようで服もボロボロだ。
隣で被弾している暁に響が心配そうに肩を貸す。
これ以上はやらせない!
『木曾、今接触中の敵は危険だ。引き返せ』
「騒ぐほどのことでもない」
『未知の敵だ。危険すぎる!』
「いま引いたところで何になる。討てる敵はここで討つ!」
そうだ、今落とせる敵を一隻でも多く討たなければならない。例えこの身果てようとも
敵の弾幕を掻い潜り敵艦影を目指す。
「やめろ、木曾。提督の指示が聞こえないのか」
後ろで駆逐達の撤退を指揮していた那智の言葉が聞こえる。
あと少し!敵の砲撃を避けて砲撃戦の構えをとる。
未知の敵に加え二隻の駆逐に軽巡と重巡。だが、旗艦をつぶせば烏合の衆だ。
この距離なら!
その瞬間背中に鈍い衝撃が走る。
艦載機に爆撃を受け艤装が大破したようだ。そのまま艦載機の爆撃を受ける。
ここまで来たんだ!一隻だけでも道ずれに!
そう思って残された砲を向けるが艦載機に爆撃される。
「ぐっ・・・・・・チッ!」
もはや手元に武器はないそんなおれを見下すような視線を未知の敵艦は浴びせかける。
「オロカナカンムス・・・・・・シズメ」
ここで、沈むのか・・・・・・だがこれで誰が沈むのも見なくて済む。
そう覚悟したその瞬間、乾いた金属音と共に体が後ろに引かれる。
何事かと後ろを見ると、大破した艤装にアンカーが巻き付いていた。その先には
「那智?何をしている!早く撤退しろ!」
「司令官の指示だ」
追撃する敵部隊を飛鷹が迎え撃つ中、そのまま那智に引きずられ撤退する。
「早く!もう持たないわよ!」
「出雲?!何をしている」
「飛鷹です!あとそれはこっちのセリフです!」
そう返す飛鷹の手持ちの式も数少ないのが目に見えてわかる。
「全艦撤退する!私の指示に従え!」
那智のその言葉に従って、全艦全力で鎮守府を目指す。