翌日、執務室に向かうと木曾が既に執務室の前に立っていた。
「おはよう」
こちらの挨拶に気づいたのか木曾はこちらを見てばつの悪そうな顔をする。
「ああ・・・・・・その、昨日はすまない。らしくもなかったな」
「気にすることはない大なり小なり悩みぐらいあるさ」
そういいながら頭をポンポンとたたいて撫でると木曾は少し不思議そうな顔をした後、フッと笑った。
「そういうと思っていたよ。上着だがまたちゃんと洗って返す」
「待ってるよ」
そういって木曾と共に執務室に入って昨日の未知の敵についての詳細を聞く。
戦場でしかわからないことも多い。些細な情報でも必要だ。
「人に近い姿で言葉を離す。ヲ級やル級ではないのか?」
「いや、そんな奴らじゃない。もっと異質な何かだったとしか言いようがないが」
実際に交戦した木曾が言うのだからそうなのだろう。
「鬼、ということになるのか・・・・・・」
鬼。噂でしか聞いたことはないが、深海棲艦とは一線を画す強大な存在であると聞く。
そのような敵がいるとなれば現在の部隊で出撃しても二の舞になるのは目に見えている。
「増援は見込めないのか?」
「申請はしてある。気長にとはいかないが待つしかない」
確実に増援は来るだろう。この制海権を失うことを選ぶということはまずない。
だが、その増援を待つ間は警戒態勢を維持するほかやることがない。
そんなことを考えていると扉をノックする音が響く。
「出雲、どうした?」
「飛鷹です!提督?手は空いているかしら?」
執務室に入ってきた飛鷹は木曾の間違いを律儀に正してこちらを見る。
「ああ、特に出撃などの予定はないな。余程急な指令でもこれば話は別だが」
「そう、なら艦載機の整備を手伝ってくれないかしら?数が多いのよね」
飛鷹はそういって手に持った荷物を机に置く。
「そういえばそんな話をしていたな。構わないよ」
「ありがとう。前の出撃の時にずいぶん減っちゃったのよね」
「木曾、今日のところは特に急ぎの仕事もない。雑務はこちらで吸っておくから休むといい」
飛鷹が荷物を広げているのを横目で見つつ木曾に声をかける。
「そうだな。やることがないというのなら仕方ねぇな」
「急な用事が入れば無線で連絡する。ちゃんと電源は入れておくように」
「もうそんなへまはしないっての。じゃあ、失礼させてもらう」
木曾は笑いながらそういうと執務室を出て行った。
「それで、なにをすればいいんだ?」
一通り荷物を広げ終わった飛鷹の横に座って道具を見ながら訊ねる。
見たところ何の変哲もない紙に飛行機の形に線が書いてある。
「そうね、はい」
飛鷹はそういうとハサミを手渡してきた。
「ボーキサイトで作った紙よ。これを艦載機の型に合わせて切ってほしいのよ。型はあらかじめ書いてあるから」
「それでいいのか?」
「ええ、こうやって丁寧に切らないといけないから数が多いと大変なのよ」
飛鷹は紙を切りながらそう答える。
一枚手に取ってよく見てみるが、飛行機の型が書かれている以外は何の変哲もない紙に見える。
まぁ、この程度の頼みごとなのだから聞いてやってもいいだろう。
ハサミを片手に作業を始めると執務室に乾いた紙のこすれる音とハサミの音が響く。
「あら、意外と器用なのね」
何枚か切り終えたところで飛鷹がこちらの方を覗き見てそんなことを言う。
「まぁな。こういう細かいことは嫌いじゃない」
「そう、ならよかった。こう数が多いと面倒だから。手伝うって言った手前いやいや手伝ってもらってるのかと思って心配だったから」
「そんなことないさ。そういえば聞きたいことがあったんだがな」
「なにかしら?」
「なぜ名乗るときにいつも「出雲」といった後で言いなおすんだ?」
こちらの言葉に飛鷹は少し難しい顔をして悩むように指を口元にあてる。
「そうね。私達艦娘には名前の由来となっている艦が必ずあるのだけれど、その艦の記憶が頭の片隅に残ってるのよね。そのせいじゃないかしら。飛鷹は「出雲丸」という名前で客船になる予定だったから。自分で説明していうのもなんだけどおかしな話よね」
飛鷹は微笑んでそう付け足す。
「私ね、時々思うのよ。もし深海棲艦がいなくなって平和になったら。客船になって見れたかもしれない海の向こうを見て見たいって」
「良いことじゃないか。そうやって目標を持ってる方が今を強く生きられる」
少し驚いたような顔をして手を止め、こちらをじっと見る飛鷹に気付いて思わず手を止める。
「どうした?」
「いえ、そんな風に言ってくれたのは提督が初めてだったので。皆変な話だって笑いますから」
「そうか?見識を広げるのはいいことだと思うぞ?井の中の蛙でいるよりもずっといいじゃないか」
その言葉に飛鷹は少し頬を赤らめて、再び紙を切り始める。
「変な話をしました。さ、さっさと終わらせましょう」
何やら挙動不審な飛鷹の態度に引っかかりつつも工作を再開する。
再び紙とハサミの音が響く。
「いっ?!」
突然沈黙を破った声に横を見ると、紙で指を切ったのだろうか飛鷹が指を咥えていた。
「少し切っただけですから大丈夫れす」
指を咥えながらそういう飛鷹の手を取って傷口を見る。
やはり少し深めの切り傷だ。
「紙で切った時は思いのほか傷が深いものだ。こんなことで入渠したくはないだろう?ちょっと待ってろ」
戸棚から薬箱を出して飛鷹の再び手を取る。
「そんな、自分でできますから」
「いいからじっとしてろ。少し沁みるからな?」
「あぅ・・・・・・」
消毒液を垂らすと飛鷹が少し声を漏らす。
余分な消毒液を軽くガーゼで拭って丁寧に絆創膏を貼る様子を飛鷹は複雑な表情で見ている。
「これで良し。せっかくの綺麗な手なんだから傷が残っても嫌だろう?」
「あ、ありがとうございます。今日はもういいです。ありがとうございました」
飛鷹はそういって何故か俯くと手早く艦載機の紙を片付け、箱に纏めてしまうと足早に執務室を出て行った。
自室に戻り畳の上で寝転ぶ。
はぁ、まだ脈が収まらない・・・・・・
落ち着こうと意識して腕で視界を閉ざす。
体が熱いのは何も夏の日差しのせいばかりではないだろう。
私の夢をまともに聞いてくれたのは彼が初めてだった。
そして心配してくれる顔を思い出してまた顔が熱くなる。
あれできっと意識してないのね・・・・・・はぁ・・・・・・
再び深くため息をつくと腕を上げて絆創膏を見る。自然と笑みがこぼれてしまう。
ちょっといいかもしれないわね・・・・・・
コンコン
そんなことを考えているとノックの音がして驚く。
「は、はい?」
「那智だ。いい酒が入ったんだが、少し飲まないか?」
どうやら那智が来たようだ。
「あら、いいわね!」
そう答えてからだらしない表情をしてないか気になって鏡を見る。
大丈夫だ。
「どうぞ上がって」
「失礼する。ん?」
扉が開けると那智が不思議そうに首をかしげる。
「どうしたの?」
「なにかいいことでもあったか?」
鋭い・・・・・・悟られまいとなんとか言葉を探す。
「ちょ、ちょうど呑みたかったのよ」
「そうか。ならちょうど良かった」
なんとかごまかせただろうか。
「話は飲みながら聞かせてもらおうか」
ダメだった・・・・・・なんと言ったものか