もうじき、朝日が昇ろうとしている時間帯――【始まりの足跡】本部内にあるクランマスター、クライ・アンドリヒの私室ではクライと副マスターであるエヴァがそれぞれ衣服も纏わぬ状態で寝台の上で抱き合いながら横になっていた。
無論、昨夜に男女として愛し合ったからである。
「さてと……」
クライは目を覚ましつつ、エヴァの頬を愛おし気に撫でながら彼女を起こさないように静かに彼女の抱擁から抜け出し、起き上がる。
「……ん、クライさん……」
「おや、起こしちゃった? ごめんね、でもまだ寝ていてくれて良いから……朝にはまだ早いし」
「……すみませんが、そうさせていただきます。クライさんは訓練ですか?」
「日課だからね。それじゃあ、おやすみ……愛しているよ、エヴァ」
「私もです」
クライの言葉にエヴァは頷き、クライは微笑みながらエヴァに愛を囁き頬へと唇を落とす。
そうして、トレーニング用の服装になるとこのクランハウス内の地下に数階にわたって用意されている訓練のための施設へと向かう。
トレジャーハンターは身体が資本であり、だからこそ鍛錬を欠かしてはならない。
これは前提であるが、更にハンターが超人的な能力を発揮するためにはマナ・マテリアルを蓄積しなければならない。個人差はあるがマナ・マテリアルの濃度の低い場所に居続けると体内に蓄積されたマナ・マテリアルは抜け、常人の能力へと劣化してしまうのである。
なのでクライは短い時間でしか出来ない状態であっても鍛錬を欠かしていないし、定期的に高難度で高濃度のマナ・マテリアルが漂う宝物殿に入っている。
クランマスターであるが故に彼一人で宝物殿に入る事が多いが……。
「ふっ、しっ!!」
地下一階の訓練施設――模擬戦用の部屋で軽く走り、筋肉トレーニングを行ってウォームアップした後、脳内で対戦相手をイメージしながら刃を潰した剣を振るいつつ、手足による打撃を繰り出していくという仮想戦闘を行う。
そうして、鋭く流麗な戦舞を舞い踊った。
その後、魔法を使う訓練も行うと……。
「そろそろだな」
クライは訓練を終える時間になったのを悟ると止めて訓練施設に併設されたシャワー室で汗を流す。
クライはその後、一度、自室に戻ってクランマスターとしての制服を着るとギルベルトを拘束している地下牢へと向かい……。
「おはよう、朝食でもどうだ?」
「ああ」
クライが牢の鍵を開けながら、ギルベルトを朝食に誘えば彼は頷いた。
そうして【始まりの足跡】本部内の二階にあるラウンジへと移動する。
吹き抜けの高い天井に大きな陽光が燦々と差し込む広々としたスペースでクランの所属パーティと同じ数だけ置かれた大きなテーブル、壁際には簡単な食事や飲み物を無料で出すバーカウンターがある。
ハンターの中では有名にもなっているラウンジにてクライはギルベルトと朝食をとる。
「お口には合うかい?」
「美味しい……」
「それは良かった。これからだけど罰については後で伝えるからそれまでは自由にしてくれて構わない。勿論、この本部内でだけどね。外に出たら駄目だよ」
「『
「それはそうだ……」
溜息を吐きながら言うギルベルトに苦笑する。
「……悪かった、あんな大口を叩き過ぎて……必死だったんだ」
「反省できたようなら良かった」
ギルベルトはクライへと謝り、クライはそれを受け取ってみせた。
その後、朝食を済ませたクライは執務室に行き、執務を行っていると……。
「見てくださいクライさん、一面トップですよ」
扉を二回叩いて入る許可を申し出たエヴァにクライは許可を出すと彼女は執務室に入り、そうして嬉しそうに帝国でナンバーワンのシェアを誇るゼブルディア・デイズの新聞の記事を見せる。
『始まりの足跡の魔性と妖麗の美を擁するクランマスターメンバー募集会場にて無礼な不届き者を制裁』
内容は昨日、クライがギルベルトを倒した写真が大きく一面に取り上げられていた。会場内に記者が紛れ込んでいたようである
「幾らなんでも盛り過ぎだよねこれ。僕は魔性の美を持ってないし、妖麗でもないのに」
「相変わらずですね、クライさん」
クライが新聞の記事を読みながら、自分の美について話すと変わらず、自らの容姿に無頓着な事にエヴァは苦笑する。
因みにクライの写真が新聞に載ると初版発行分を手に入れるのに凄く苦労するし、重版の問い合わせが新聞社に殺到するくらい売れる程であったりする。
「さて、僕の認可が必要な書類は片付いたし探協に顔を出しに行ってくるね」
「はい、後の方は私と事務員たちでやっておきます。お気をつけて」
「うん、行ってくる」
こうして、クライはエヴァに見送られながら探索者協会へと向かった……。
二
探索者協会はクラン本部から徒歩十五分程のところに大型の商店と酒場に挟まれる形で建てられている。
その協会に入り、中にいるトレジャーハンター達の視線を一身に受けつつ、受付嬢と話して支部長と副支部長がいるという応接室へと向かった。
「よう、クライ。相変わらずの活躍ぶりだな」
「こんにちは、クライ君。流石、帝都最強のクランマスターね」
元トレジャーハンターで二メートルを超えた大柄であり、頬には斜め傷に刺青、筋骨逞しい体を有するガーク・ヴェルター支部長と長い黒髪で美しい容姿とスタイルの良い敏腕副支部長のカイナがクライへと声をかける。
「こんにちは、ガーク支部長、カイナ副支部長。お忙しい中お時間を頂き感謝します」
クライは一礼をしながら、ガーク達と対面する位置にあるソファーに座る。
「本題の前にクロエはどうだ。しっかり、やっているか?」
「ええ、頑張っていますよ。うちのティナと競い合っているくらいで二人ともレベル5になるのも近いと思います」
「それは良かった……手紙の要件通り、面倒そうな依頼を纏めておいたぞ」
クライはガークに報酬が少なかったり、拘束期間が長かったり、難易度が高すぎたり依頼者にクセがあったり、変わり者だったりしてハンターが受けるのを忌避する依頼を幾つか見繕うように手紙で頼んでいた。
因みにトレジャーハンター界はこうした問題のある依頼を『罰ゲーム』と呼んでいた。何故ならこうした依頼をガークは弱みを見せたり、不祥事を起こしたハンターに振ったりするからである。
「ありがとうございます」
クライはそうした問題のある依頼より、変わり者として有名な貴族の護衛依頼を揉め事を止めずに諦め、煽ったりしたクランメンバーに振る事にし、ティナとギルベルト、争いを煽ったグレッグに対する罰についてはレベル3の宝物殿、【白狼の巣】における『遭難救助』を振る事にした。
「……やっぱり、【白狼の巣】で問題が起きたか」
その上でクライは遭難救助の依頼書を読む。
「分かっていたのか?」
「北の街道にはぐれの幻影が出たとは聞いていたんですよ。姿は狼なのと場所からして【白狼の巣】からの幻影もだと思いました……レベル5のロドルフのパーティが動くなら問題無いとは思っていたんですが、彼が遭難するとなると僕が動いた方が良さそうだ」
クライはクランマスターとして情報収集に余念は無かった。そして、自分が動くべき問題にはしっかりとした対応もしている。今回、遭難救助の対象にロドルフのパーティがなっている事で動く事を決めた。
「お前がそこまで言うか……詳細な報告を頼んで良いか?」
「勿論。探れるだけは探っておきます……とはいえ、それとは別に依頼を振るティノ達にも頑張ってはもらいますが」
「相変わらず、スパルタだな」
「そうでもなきゃ人は成長できませんからね」
ガークの苦笑にクライは笑みを返すのであった……。