彼女達の未来のために 作:おっさんとチルドレン
その日の訓練は、いつも使っている部屋より一つ奥の区画で行われることになり、薫はランドセルを預けてから担当職員の後ろを歩いていた。
学校帰りにこの施設へ寄る生活にも少しずつ慣れてきたとはいえ、まだ入ったことのない廊下へ進めば、一般登録の能力者が思っていた以上に多く訓練していることへ自然と目が向く。
以前ならB.A.B.E.L.という名前を見るだけで葵や紫穂、皆本のことまで考えていたが、今ではまず、自分が定期的に通う現実の場所として捉える時間の方が増えていた。
「今日はこっちの部屋使うからね」
「おう」
担当職員が訓練室の扉へ手を伸ばすより少し前、薫は隣の区画へ通じる大きな窓の向こうに、以前にも見かけた年上の少女を見つけた。
前回は帰り際に廊下から眺めただけだったが、今日は距離が近いため、少女が念動力で物体を扱う細かな動きまで、薫の位置からかなりはっきり確認できる。
少女は訓練用の物体を一つ宙へ浮かせ、床に置かれた複数の目印を順番に通過させながら、最後の指定位置まで運ぼうとしていた。
薫より明らかに強い出力を扱えていることは動きを見ただけでも分かるが、それ以上に印象へ残ったのは、失敗しても投げ出さず同じ課題を何度も繰り返す真面目さだった。
一度、対象が右へ大きくずれると、少女はすぐ左へ戻そうと力を加えたものの、今度は修正が強すぎたのか物体が反対側へ小さく振られてしまう。
そこでさらに右へ修正を入れ、最終的には指定位置へ収めているため失敗とは言えないが、薫にはそのやり方が少しだけもったいなく見えた。
下手なわけではなく、むしろかなり上手いのだが、ずれを認識してから一度で元へ戻そうとするため、その修正そのものが次のずれを生み出している。
自分ならもっと前から速度を落として、ずれた瞬間も大きく戻すのではなく、小さく方向を変えながら収束させるだろうと、薫は無意識に考えていた。
そんなふうに見ているうち、隣の訓練室から職員の声が聞こえてきた。
「梅枝さん、今度は停止位置をもう少し手前から意識してみよう」
その苗字を耳にした瞬間、薫の中で曖昧だった記憶の断片が一つ繋がり、目の前の少女と知っている名前がようやく重なった。
梅枝ナオミは、将来B.A.B.E.L.で高い能力を持つサイコキノとして活動する人物であり、真面目な性格と強い責任感も印象へ残っていた。
ただし、薫が記憶の中で知っている彼女と、今この訓練室で汗を拭いながら何度も課題へ挑んでいる少女は、同じ人物であっても同じ状態ではない。
目の前にいるのはまだ十二歳前後で、注意されれば素直に頷き、上手くいかなければ悔しそうに眉を寄せる、年齢相応の幼さを残した少女だった。
薫は少しだけ目を細めたものの、すぐに自分の訓練室へ身体を向け直し、古い記憶をそのまま現在の相手へ重ねるのを意識的に止めた。
自分が知っているのは、この少女がこれから歩くかもしれない人生の一部だけであり、今の梅枝ナオミ本人とは、まだ一言も話していないからだ。
「明石さん、今日は最初に前回と同じ移動課題からね」
「分かった」
薫は軽い訓練物へ意識を向け、リミッター越しに輪郭を掴むと、前回決めた通り「器用な超度4」という範囲へ自分の動きを収めた。
出力は低く、一度に扱うのは一つだけにして、移動距離や高さも控えめにする一方、止め方や細かな位置調整まで無理に崩すことはもうやめている。
対象を持ち上げてゆっくり前へ進め、目印の少し手前で自然に速度を落としてから静かに下ろすと、担当職員は記録を確認しながら小さく頷いた。
「前より自然になってきたね」
「そりゃ何回もやってるし」
平然と返しながらも、薫にはその言葉が能力の扱いだけではなく、超度4として振る舞うこと自体へ向けられたようにも聞こえていた。
もちろん職員がそんな意味で言ったはずはないが、測定から始まった小さな演技が、少しずつ自分の普段の動作へ馴染んできていることだけは事実だった。
訓練はそのまま続き、指定された位置へ物を動かす課題や、決められた範囲で止める課題をいくつかこなしたところで、短い休憩時間が入った。
薫が飲み物を持って待機スペースへ向かうと、先ほどまで隣で訓練していた少女も、少し離れたベンチへ座って額の汗をタオルで拭っている。
薫は別の端へ座るつもりだったが、少女の方が先にこちらへ気づき、少し首を傾げながら声をかけてきた。
「さっき、見てた子だよね?」
思った以上に直接的な言い方だったため、薫は一瞬だけ言葉に詰まったものの、見ていたこと自体は事実なので誤魔化す必要もない。
「……悪い。見てた」
「怒ってないよ。同じサイコキノなんでしょう?」
少女は薫のリミッターへ一度だけ視線を落とすと、警戒する様子もなく少し笑い、自分から名乗った。
「私、梅枝ナオミ」
「明石薫」
「薫ちゃんって呼んでいい?」
「好きにすれば」
六歳児らしくない返し方だったかもしれないと後から思ったが、ナオミは特に気にした様子もなく、ペットボトルの蓋を閉めながらこちらへ身体を向けた。
年齢差があるため接し方は自然とお姉さんらしく、未来の記憶にある人物像より、今目の前にいるナオミの方がずっと柔らかく幼い印象を受ける。
「薫ちゃん、超度はいくつ?」
「四」
「そうなんだ」
それだけ聞くと、ナオミは特別驚くことも残念そうな顔をすることもなく、ただ一つの情報として受け取っただけだった。
出力が自分より低いと知っても態度が変わらないところは印象が良かったが、薫はそこで未来の人物像へ結びつけず、今の反応としてそのまま受け止めることにした。
「でも、止めるの上手だよね」
「またそこかよ」
思わず漏れた本音に、ナオミが少し目を丸くした。
「みんなに言われるの?」
「測る時も言われたし、こないだも言われた。力よりそっちばっか褒められるんだよ」
「いいことじゃない?」
「まあ、悪くはねーけどさ」
ナオミは少し考えるように薫の顔を見たあと、自分が先ほど訓練していた時の感覚を思い出しているのか、控えめな声で尋ねてきた。
「どうやって止めてるの?」
すぐに答えようとして、薫は少し迷った。
今では自然に行っていることでも、他人へ説明するには、一度自分の感覚を外から見直して言葉へ直さなければならない。
最初の頃は薫自身も上手く止められず、家具や景石を扱った経験の中で、危険を減らす方法を一つずつ身体へ覚え込ませてきた。
「止めるとこで、止めようとしてねーかな」
「え?」
「だからさ、そこまで同じ速さで動かして、着いてから急に止めようとすると、戻す力が強くなるだろ」
ナオミは少し眉を寄せたものの、まだ完全には意味を掴めていない表情だったため、薫は近くに置かれていた空の紙コップを指で軽く押した。
「コップ持って走って、急に止まったら中身こぼれるだろ。でも止まる前から走るのやめて、歩くくらいまで遅くしたら、こぼれにくいじゃん」
「……止める前から遅くする?」
「そう。着いてから止めるんじゃなくて、着く前から少しずつ止まり始める感じ」
ナオミの表情がそこで少し変わり、先ほど自分が行っていた操作を頭の中で確かめていることが、視線の動きから何となく分かった。
薫も隣で見ていた動きを思い返すと、指定位置の近くまでほぼ同じ速度を保ち、最後に大きな力を加えて止める癖が確かにあった。
「さっき右にずれた時も、真左に一気に戻すから今度は左へ行きすぎるんじゃねーかな。前に進んでる分も残しながら、斜めに少し戻した方が――」
そこまで話したところで、薫はようやく自分が六歳児としては随分具体的なことを言っていると気づき、言葉を止めた。
しかし途中まで説明してしまった以上、今さら「何でもない」と引っ込める方が不自然であり、ナオミもすでに薫をまっすぐ見つめている。
数秒の沈黙のあと、ナオミが少し笑った。
「薫ちゃんって、本当に一年生?」
「一年生だよ!」
思ったより大きな声が出てしまい、近くにいた職員が一度だけこちらを見たため、薫は少しだけ姿勢を小さくした。
「だって、説明が一年生っぽくないんだもん」
「能力は前から練習してんだよ。ずっと自分で試してたんだから、そのくらい考えるだろ」
言っていること自体は嘘ではなく、能力が発現してから二年以上、秘密の練習と正式な訓練の両方を続けてきた。
それだけで人生経験から来る説明力まで完全に説明できるかは怪しいものの、ナオミは一応納得したように「そっか」と頷いている。
休憩が終わると、ナオミは自分の担当職員へ何か頼み、先ほど苦戦していた課題をもう一度やらせてもらうことになった。
薫は自分の訓練へ戻ろうとしたが、こちらの担当職員から少し待つよう言われたため、そのまま隣の区画を見られる位置へ残る。
訓練物が浮かび、最初の目印を通過してから二つ目へ向かい、最後の指定位置へ近づくところで、今までとは違って少し早い段階から速度が落ち始めた。
薫はその変化だけで、ナオミが先ほど聞いたことを自分なりに試していると分かったが、初めて意識したせいか減速を始める位置が少し早すぎた。
対象は指定位置よりかなり手前で止まり、ナオミは悔しそうに眉を寄せながら、その距離を見つめている。
「うーん……」
担当職員が何か助言しようとするより先に、薫は思わず口を開いた。
「でも揺れなかったじゃん。場所は手前だけど、さっきみたいに行ったり来たりしてねーだろ」
ナオミは止まった物体と薫を交互に見たあと、確かに最後の往復が消えていることへ気づいたらしく、小さく目を見開いた。
「……ほんとだ」
薫はそこでさらに答えを与えることはせず、次にどこを変えるかはナオミ自身が考えた方がいいと思って黙った。
ナオミも少し考えたあと、自分から「もう一回お願いします」と職員へ頼み、今度は先ほどより減速開始を少し遅らせて対象を動かし始める。
二回目の物体は一回目より長く同じ速度を保ったあと、指定位置へ近づく少し手前から滑らかに速度を落とし、そのままわずかに手前へ静かに停止した。
完全な位置ではないものの、最初に何度も左右へ揺れていた状態から比べれば明らかな改善であり、ナオミ自身も成功した感覚を掴んだらしい。
「できた……!」
悔しさを押し込めていた顔が一気に明るくなり、十二歳前後の少女らしい素直な喜びがそのまま表情へ出た。
薫も思わず笑いながら「よかったじゃん」と返したが、自分が代わりに能力を使ったわけでもなく、ナオミ自身が感覚を掴んで調整したことに少し嬉しさを覚えていた。
担当職員も停止位置と軌道を確認しながら頷き、今の方がずっと安定していたと評価した。
「何か変えた?」
ナオミは一瞬だけ薫へ目を向けると、隠すようなことでもないと思ったのか、素直に答えた。
「薫ちゃんに、止まる前から遅くした方がいいって教えてもらいました」
薫は心の中で、やっぱり言うよなと小さく頭を抱えたくなった。
ナオミ側の職員がこちらを見たうえ、薫の担当職員まで少し興味を持ったような顔になっている。
「明石さん、そんなこと考えて能力使ってるの?」
「なんとなくだよ」
「なんとなくで、人に説明できるんだ?」
「できたんだからしょうがねーだろ」
少しむくれながら返すと、職員たちは笑っただけで、それ以上詳しく追及してくることはなかった。
不審に思われたというより、感覚を言葉にするのが少し得意な子どもだと受け取られた程度らしく、薫は表情を変えずに胸の内だけで息を吐く。
ただ、前回は能力そのものの精度が隠し切れず、今回はその精度を支えている考え方まで口から漏れたことになる。
本当の出力を抑えていても、経験によって作られた判断や説明の仕方まで完全に六歳へ合わせることは難しく、別の形で自分の異質さが滲むのだと改めて実感した。
それでも、今の助言が秘密へ直接繋がるわけではなく、ナオミが自分の力で課題を改善できたことも事実だった。
役に立つと分かっていることまで黙り込み、相手が困っているのを眺める方が自分には合わないため、言ったこと自体を後悔する気はなかった。
訓練が一区切りつくと、ナオミは飲み物を持って再び薫の近くへ来て、少し照れたように笑いながら改めて礼を言った。
「薫ちゃん、ありがとう」
「別に。あたしのやり方が合っただけだろ。それに最後に合わせたのはナオミじゃん」
「でも、最初に言われなかったら気づかなかったと思う」
「じゃあ半分ずつってことでいいだろ」
薫がそう答えると、ナオミは少し意外そうな顔をしたあと、また柔らかく笑った。
「薫ちゃんって、いつもそんなふうに考えてるの?」
「何が?」
「能力を使う時。どっち向きに動いてるとか、いつ止めるとか」
薫はすぐ答えず、少しだけ考えてから自分なりに言葉を選んだ。
「危なくならない方がいいからな。あと、ずれてから何回も直すより、最初から小さく直した方が楽じゃん」
いかにも子どもらしく聞こえるよう少し雑に答えたつもりだったが、ナオミは妙に真剣な顔で頷いていた。
薫の方も会話を続けながら、ナオミが言われたことをそのまま真似するのではなく、自分の感覚へ合わせて二回目には調整したことを思い返している。
この子は、ちゃんと考えて使う。
その印象は強かった。
職員の指示を守るだけでも、力任せに成功させるだけでもなく、失敗した原因を自分で確かめ、次にどう変えるかを考えている。
将来どうなるかという古い記憶を抜きにしても、こういう積み重ねを続けるなら、今よりずっと上手くなっていくだろうと自然に思えた。
「梅枝さん、次の記録だけ書いてから終わりね」
職員に呼ばれると、ナオミはすぐ「はい」と返し、持ってきていた記録用紙へ姿勢を正して書き始めた。
学校の宿題とは別に訓練内容まで一つずつ丁寧に記録する姿を見るだけでも、かなり真面目な性格だということは、まだ知り合って間もない薫にも分かる。
「全部ちゃんと書くんだな」
何気なく声をかけると、ナオミは不思議そうに顔を上げた。
「書くものだから」
「そうだけどさ。学校の宿題もあんだろ?」
「あるよ。でも宿題も訓練も、ちゃんとやった方がいいから」
その答えを聞いた時、薫はほんの少しだけ引っかかりを覚えた。
やりたいからではなく、ちゃんとやった方がいいからという言い方には、自分へ厳しい人間特有の響きが少し混じっているように感じられる。
とはいえ今日は初めてまともに話したばかりであり、その一言だけを拾って勝手に相手の内面へ踏み込むほど、薫も無遠慮ではなかった。
「休むのも、ちゃんとやるうちに入るんじゃねーの?」
軽くそう返すだけにすると、ナオミはまた少し驚いたように薫を見つめたあと、堪えきれなかったように笑った。
「薫ちゃん、本当に小学生?」
「だから小学生だっつーの! 今日何回聞くんだよ!」
「だって、言うことが小学生っぽくないんだもん」
「ナオミの方が六個も上だろ。あたしよりちゃんとしろよ」
「それ、年下の子に言われることかなあ」
二人でそんなやり取りをしていると、能力について真面目に話していた時よりも、むしろこちらの方が年齢差のある子ども同士として自然に感じられた。
薫も自分が十二歳の少女へ普通に突っ込みを入れていることへ後から気づいたものの、ナオミが嫌がる様子もないため、そのまま会話を続けた。
やがて訓練時間が終わり、薫が秋江を待ちながら荷物をまとめていると、廊下の向こうから男性の声が大きく響いた。
「ナオミー!」
その声が聞こえた瞬間、隣にいたナオミの表情がほんのわずかに変わったことを、薫は見逃さなかった。
強い嫌悪というほどではなく、かといって親しい相手へ向ける嬉しさもなく、また何か始まるのかと身構えるような小さな疲れが顔へ浮かんでいる。
「梅枝さん、谷崎主任が呼んでるよ」
近くの職員からそう言われ、ナオミは一度だけ小さく息を吐いたあと、きちんとした声で返事をした。
「……はい」
谷崎という名前を耳にしたことで、薫の中にも古い知識がもう一つ繋がったが、その情報だけを根拠に今の二人の関係を決めつけることはしなかった。
自分が覚えている人物像が今と同じとは限らず、何よりナオミ本人から何も聞いていない以上、勝手に知ったつもりになるべきではない。
「じゃあ、薫ちゃん」
呼ばれた方へ向かいかけたナオミが振り返る。
「ん?」
「また会ったら、話してもいい?」
薫は少しだけ驚いた。
能力について一度話しただけなのに、十二歳ほどの相手から六歳の自分へ、次も話したいと言われるとは思っていなかったからだ。
ただ、自分の方も同じ能力について他人とここまで具体的に話せたのは初めてであり、もう一度話すことへ抵抗はなかった。
「別にいいけど」
「じゃあ、またね」
「おう、またな」
ナオミが廊下の向こうへ歩いていく姿を見送りながら、薫は今日まで能力を自分一人で抱え込むものとして考えすぎていたことへ、少しだけ気づいた。
隠す必要がある力を持っている以上、全部を誰かと共有することはできないとしても、使い方や考え方まで一人だけで作り続ける必要はない。
他人の動きを見ることで、自分では当たり前になっていた癖へ気づくこともあり、自分の考えを説明することで、曖昧だった感覚が初めて言葉になることもある。
今日もナオミの急な修正を見たからこそ、自分が停止地点へ着く前から無意識に減速を始めていることへ、薫自身が初めてはっきり気づけた。
教えたのは自分でも、学んだのも自分だった。
秋江と施設を出て帰宅する道すがら、薫は助言を試して一度失敗したあと、自分で位置を調整して二回目を成功させたナオミの姿を思い返していた。
上手くいった瞬間に嬉しそうな顔をしたことまで思い出すと、前の人生で子どもへ何かを教え、できるようになった時に感じたものと少し似た満足感が胸へ残っている。
そこまで考えたところで、薫は自分の思考へ気づいて眉を寄せた。
十二歳くらいの女の子が課題を成功させたのを見て、よくできましたとでも言いたげな気分になっている自分は、見た目だけなら相手より六歳も年下でしかない。
前世の父親としての癖がまだ妙なところから顔を出すことへ呆れながら、薫は六歳の自分が何様なんだと心の中だけで突っ込んだ。
「薫、どうしたの?」
隣を歩いていた秋江が、急に難しい顔になった娘を不思議そうに覗き込んでくる。
「なんでもない」
「今日、何かいいことあった?」
薫はすぐ答えず、施設で起きたことを簡単に思い返してから、少しだけ口元を緩めた。
「まあ、同じ能力のやつと話した」
「友達できた?」
「友達かは知らねーけど、また話していいって言われた」
「じゃあ、仲良くなれそうだね」
秋江は嬉しそうに笑ったが、薫はまだそこまで決めつけるつもりはなく、前を向いたまま小さく肩をすくめた。
将来の重要人物だから話したいのではない。
前の人生で知っている名前だから近づきたいのでもない。
同じ念動力について、自分の感覚を説明すれば理解しようとしてくれて、相手の使い方を見れば自分にも新しい気づきがあるから、次に会えばまた話してみたい。
それだけの理由で誰かへ興味を持てることが、薫には思っていた以上に心地よかった。
その日から梅枝ナオミという名前は、薫の中に残っていた昔の知識の一項目ではなく、少し真面目すぎて、失敗すれば悔しそうにして、それでも自分で考えてもう一度挑戦する年上の少女の名前へ変わった。
そして薫自身もまだ気づいていなかったが、たった一度の能力談義で生まれた小さな縁は、これから先、強さや年齢とはまるで違うところで少しずつ形を変えていくことになる。