彼女達の未来のために 作:おっさんとチルドレン
測定日の朝、薫はいつもより少しだけ早く目を覚ましたものの、布団から出るまでには普段より長い時間がかかった。
眠れなかったわけではないのに、今日一日で自分が公的にどの程度の能力者として扱われるか決まると思うと、胸の奥には鈍い緊張が残っていた。
昨日の公園で景石を持ち上げた感覚まで思い出せば、何を見せないようにするべきなのかだけは、嫌になるほどはっきりしている。
食卓へ着いても食欲は普段ほどなく、パンを一口食べては飲み物へ手を伸ばす薫を見て、秋江がすぐに違和感へ気づいた。
能力の測定とはいっても、秋江にとっては幼い娘が初めて専門的な検査を受ける日なのだから、緊張していても不思議ではないと思ったらしい。
「緊張してる?」
薫は反射的に否定しかけたものの、今さら強がっても仕方がないと思い直し、小さく肩をすくめながら素直に頷いた。
「……ちょっと」
本当は検査そのものが怖いのではなく、自分で決めた範囲を最後まで崩さずに使い続けられるかが不安だった。
一度だけなら小さな力を出せても、何度も課題を重ねれば、どこかで無意識に余計な精度や出力を見せるかもしれない。
測る側が何を見ているのかも分からない以上、昨日まで自分なりに作った「四らしい使い方」が本当に通用する保証はなかった。
「超度いくつかなー」
好美だけはいつも通りで、深刻そうな妹には気づかず、牛乳を飲みながら楽しそうに数字を予想していた。
「七だったりして」
薫の手が一瞬だけ止まり、ちょうど持ち上げかけていたコップを、何でもなかったように口元まで運んだ。
好美にとってはテレビで聞いた覚えのある大きな数字を適当に口にしただけなのだろうが、薫には笑って流すには少しだけ正確すぎた。
「そんなわけねーだろ」
「分かんないじゃん。薫、あの時いっぱい浮かせたし」
「最初だけだって」
「はいはい、二人とも朝から騒がないの」
秋江が間へ入りながら、冷蔵庫に貼っていた予定表を確認し、忘れ物がないかもう一度確かめ始めた。
それから薫の方へ向き直ると、数字が高い方が偉いわけではないのだから、無理に頑張る必要はないと穏やかな口調で付け加えた。
「できることを見てもらえばいいの。数字で薫が変わるわけじゃないでしょ」
その言葉を聞いた瞬間、薫は思っていた以上に肩から力が抜けるのを感じた。
前の人生では、自分も子どもへ似たようなことを言った覚えがあり、点数や順位だけで人間の価値が決まるわけではないと何度も伝えてきた。
今度は自分が言われる側になったことへ少しだけ可笑しさを覚えながら、薫は「分かってる」とだけ返した。
家を出てからも、秋江と手を繋いで歩きながら、薫は昨日の公園について何度か考えていた。
テレビでは関係機関が情報を確認していると言っていたため、これから向かう場所と景石の記録が、どこかでは同じ流れへ入っている可能性がある。
ただし、自分がやったことを示す直接的な証拠はなく、余計な挙動さえ見せなければ、今の時点で自分から結びつける理由はなかった。
能力測定を行う施設は、薫が想像していたほど物々しい場所ではなく、病院と公共施設を混ぜたような明るい建物だった。
受付近くには子ども向けの絵本や玩具まで置かれており、能力を持った幼い子どもが来ること自体は珍しくないのだと、説明されなくても分かる造りになっていた。
秘密の研究所のような雰囲気を少しでも想像していた自分が馬鹿らしくなり、薫は受付をする秋江の横で小さく息を吐いた。
秋江が渡された書類へ必要事項を書き込んでいる間、薫は隣の椅子に座りながら、何気ないふりをしてその内容を眺めていた。
氏名や年齢の下には能力が初めて現れた時の状況、本人の意識状態、怪我の有無などを記す欄があり、秋江は家で起きたことをかなり正確に書いている。
複数の物体が同時に浮いたこと。
家具もわずかに浮き上がったこと。
本人の意識はあり、最後には自力で現象を止めたこと。
怪我人がいなかったこと。
「……家具まで書くんだ」
薫が思わず呟くと、秋江が当然という顔で振り返った。
「大事なことなんだから書くでしょ」
「まあ、そーだけど」
止める理由はなかったし、ここで「それは書かないで」と頼む方がよほど不自然だった。
幸い、昨日の公園で起こしたことについて秋江は知らないため、問診票には景石のことなど一文字も書かれていない。
それでも別の場所にはあの記録が残っているのだと思うと、薫は完全に安心する気にはなれなかった。
しばらくして名前を呼ばれ、秋江と一緒に案内された部屋には、穏やかな表情をした女性の担当者と補助の職員が一人待っていた。
担当者は薫の前へしゃがんで目線を合わせると、難しい言葉を使わず、今日はどんなことができるのか一緒に確かめようと説明してくれた。
「怖いことはしないからね。疲れたり、頭が痛くなったりしたら、すぐ教えてくれる?」
「うん」
普段なら丁寧に説明されるほど、そこまで子ども扱いしなくても分かると言いたくなるところだった。
しかし今日は、自分が四歳の子どもとして見られていることそのものが都合よく、薫は余計なことを言わずに素直な返事だけを返した。
簡単な問診では、能力を使った後に頭痛やめまいがあったか、急に眠くなったことはないかなどを尋ねられた。
薫自身には目立った不調がなかったため、分からないことは分からないと答えつつ、自分の状態を正確に説明しすぎないよう少しだけ言葉を簡単にした。
「この前、公園でボール浮かせた」
「どのくらいやったの?」
「何回か。ママと一緒に」
「そっか。じゃあ今日は、その時みたいにやってみようね」
担当者が微笑みながら、「無理に頑張らなくても大丈夫」と続けたので、薫は内心で妙な気分になった。
今日に限って言えば、自分が一番頑張らなければならないのは強い力を出すことではなく、必要以上に頑張っていないよう見せ続けることだった。
測定を行う部屋は余計な家具や壊れ物が少なく、床には安全のためなのか十分な空間が取られていた。
秋江も部屋の端にある決められた場所から見守れるため、完全に一人きりになることはなく、それだけでも薫には少しありがたかった。
最初に用意されたのは、小さくて軽い球状の物体だった。
「これ、少し動かせるかな?」
薫にとっては、もう難しい課題ではない。
だからこそ、すぐに動かしてはいけない。
一度対象を見つめ、少し集中するように眉を寄せてから、昨日まで使っていた小さな感覚だけを慎重に開く。
球は数秒遅れて床から浮き、十センチほどの高さでわずかに揺れながら止まった。
「うん、上手だね。そのまま少し右へ動かせる?」
薫はすぐには反応せず、ほんの少し遅れてから右へ動かし、途中で一度高さを崩すように見せた。
担当者は特に驚いた様子もなく記録を取り、補助職員も何かの数値を確認しているだけで、最初の課題は何事もなく終わった。
その後、対象との距離が少し広がったが、薫自身にはほとんど負荷の違いを感じなかった。
それでも距離が伸びれば難しくなるものだろうと考え、最初より少し長く集中するふりをしてから、小さな物体をゆっくりと動かした。
ここまでは大丈夫。
そう思ったところで、担当者が次の課題を出した。
「今度は、二つ一緒にできるかな?」
薫は顔には出さなかったが、内心では一気に警戒を強めた。
家で初めて力が暴れた時には、食器から家具まで複数の物を同時に把握し、それぞれ別の速度で下ろすところまでやっている。
二つだけなら簡単すぎるからこそ、自然に難しそうに見せる方がはるかに面倒だった。
一つ目を浮かせる。
次に二つ目へ意識を向ける。
二つ目が少し地面を離れたところで、一つ目を意図的に揺らし、慌ててそちらへ意識を戻したように見せる。
そのまま二つ目への力を抜いて落とし、一つ目だけを数秒維持してから下ろした。
「惜しかったね」
担当者が優しく言い、薫は内心で小さく安堵した。
うまく失敗できた。
そう思っていた。
しかし担当者は、落ちた二つ目の物体へほんの少し長く視線を向けたあと、手元の記録へ何かを書き加えていた。
薫が力を切った物体は横へ跳ねることもなく、ほとんど真下へ安全に落ちており、一つ目も最後まで危険な方向へ動いていなかった。
薫はその意味に、まだ気づいていなかった。
次に用意された物体は、最初より明らかに重く、薫はそれを見た瞬間に昨日の景石を思い出した。
重量そのものより、「もう少し」と力を広げた途端に抵抗が消えた感覚が蘇り、膝の上で軽く握っていた指へ無意識に力が入った。
「できそうなら、少しだけ動かしてみようか」
薫は慎重に対象へ意識を向ける。
いつもの球を浮かせる程度。
そこから少しだけ。
しかし、それ以上は絶対に開かない。
対象は小さく震えたが、すぐには浮かせなかった。
本当はできる。
むしろ簡単に持ち上げられる気がする。
それでも、自分で力を抑え込んでいるため、外から見れば動かすのに苦労しているように見える。
「もう少し力を入れても大丈夫だよ」
担当者の何気ない言葉を聞いた瞬間、薫の身体がわずかに強張った。
昨日も。
同じように考えた。
もう少し。
それだけ。
その結果、大きな景石が自分の頭より高い位置まで跳ね上がった。
「薫、無理しなくていいよ」
秋江の声が部屋の端から聞こえ、薫は一度だけ深く息を吸った。
もっと出せと言われても、出す必要はなく、自分が今日ここへ来るまでに決めた範囲を守ればいいのだと、改めて意識を戻す。
薫はほんの少しだけ力を強め、重い対象を床から数センチだけ浮かせた。
高さを保ちながらゆっくり横へ動かし、一定の距離まで進んだところで意図的に力を弱め、安全な位置へ着地させる。
「できたね」
担当者は褒めたものの、すぐに結果を決める様子はなく、少し考えてから同じ課題をもう一度頼んできた。
薫は内心で警戒した。
一回目と同じ動きをしてはいけない。
そう考えたため、二回目は一回目より少し低い位置で浮かせ、動く速度にもわずかな差をつけた。
自分なりには十分に変えたつもりだったが、停止する位置や着地までの流れは、無意識のうちにまた綺麗に整っていた。
「薫ちゃん、結構練習した?」
「ちょっとだけ」
「止めるの、上手だね」
その一言で、薫の心臓が一度だけ強く跳ねた。
見ているのは力の大きさだけではない。
どのくらい持ち上げたか。
どれだけ遠くまで動かしたか。
それだけでなく。
どう止めたか。
どう落としたか。
そこまで見られている。
昨日の公園で、誰も見ていなくても痕跡から何をしたか推測されると学んだばかりだった。
今度は目の前で見ている専門家がいる以上、出力さえ抑えれば何も分からないと思う方がおかしかった。
次の課題では、薫は維持する時間をさらに短くし、移動の途中にもわざと小さな揺れを作った。
しかし本当に制御を失って危険な方向へ飛ばすことだけはできず、物体が人のいる側へ向かいそうになれば反射的に軌道を修正してしまう。
そこで、薫はようやく自分の中にある矛盾へ気づいた。
本当に下手な能力者に見せるなら。
失敗する時には、本当に危険な失敗もあるはずだ。
でも。
それはできない。
秋江がいる。
担当者もいる。
補助の人間もいる。
自分がわざと事故へ近づけるなど論外だった。
安全を優先するほど。
止め方の上手さが出る。
「……めんどくさ」
誰にも聞こえない程度に呟きながら、薫は考え方を少し変えた。
出力だけは隠す。
そこは絶対。
しかし精密さまで完璧に隠そうとして、わざと危険な動きを作る必要はない。
強い子だと思われるより。
器用な子だと思われる方が、まだずっといい。
そう割り切ると、少しだけ楽になった。
その後もいくつか簡単な課題が続いたが、担当者は幼い薫へ無理な負荷をかけようとはしなかった。
集中が落ち始めた様子や表情の疲れまで確認すると、「今日はここまでにしよう」と測定を終え、補助職員も使っていた物を片づけ始めた。
終わった。
その言葉を聞いても、薫はすぐには安心できなかった。
結果はまだ出ていない。
追加で何か頼まれるかもしれない。
別の日に再検査と言われる可能性だってある。
測定室を出て待合へ戻ってからも、薫は秋江の隣で飲み物を口へ運びながら、頭の中で自分の動きを何度も振り返っていた。
出力は大きくしなかったし、複数操作も失敗したように見せたが、最後の方では担当者に制御の上手さをはっきり指摘されている。
「頑張ったね」
秋江が頭を撫でる。
薫は疲れた顔のまま、小さく肩をすくめた。
「頑張んないようにしてたんだけどな」
「え?」
「なんでもない」
能力そのものより。
隠しながら使う方が疲れる。
そこまで考えたところで名前を呼ばれ、薫は再び秋江と一緒に説明を受ける部屋へ入った。
担当者の前には測定結果と問診内容をまとめた書類が置かれており、薫は席へ着いた瞬間から、その紙へ視線を向けたくなるのを必死に堪えた。
普通の四歳児なら、自分の数値がどう書かれているのかをここまで気にする方が不自然だろうと思い、代わりに足を軽く揺らしながら話を待った。
「薫ちゃんは、念動能力で間違いないと思います」
担当者が秋江へ説明を始める。
「今の段階での評価になりますが、超度は四相当ですね」
薫は動かなかった。
顔にも出さない。
でも。
胸の奥では。
一気に力が抜けた。
通った。
四。
自分が選んだ数字で。
「四なんですね」
秋江は数字そのものへ強く反応するより、すぐに別のことを尋ねた。
「これから練習すれば、安全に使えるようになるんでしょうか?」
その質問を聞いた薫は、少しだけ秋江の横顔を見た。
強いか。
弱いか。
そこではない。
秋江が気にしているのは。
娘が安全に生活できるかどうかだった。
担当者も、超度4だから事故が起こらないということではなく、能力は本人の状態や使い方でも変わると説明していく。
発現したばかりなので今後の経過を見ながら制御を覚え、必要な支援や登録手続きを進めていく方がいいという話を、秋江は真剣に聞いていた。
薫も横で聞きながら。
やった。
と思った。
本当の力は見せなかった。
景石を浮かせた時のような領域には、一度も触れていない。
超度4。
そこまでは成功した。
「ただ」
担当者の言葉で、薫の思考が止まった。
「薫ちゃん、力の調整はかなり上手ですね」
秋江の表情が明るくなる。
「そうなんですか?」
「はい。発現してまだ日が浅いわりには、止め方がとても丁寧です」
薫だけが。
笑えなかった。
「二つ同時に動かす課題は難しかったみたいですけど、落とした時も危ない方向へ飛ばしていないんです。重い物も、最後までかなり慎重に下ろしています」
褒められている。
完全に。
悪い意味ではない。
でも。
見られていた。
失敗したふりの中まで。
担当者はさらに、家庭内で最初に起きた現象では複数の物や家具まで浮いていたことにも触れた。
発現時は感情によって一時的に出力が大きくなることもあるため、それだけで今回の判定と矛盾するわけではないものの、今後も経過を見ていきたいという。
疑われたわけではない。
本当はもっと強いだろう。
そう言われたわけでもない。
ただ。
超度4。
制御良好。
経過観察。
それが今の自分へ付いた評価だった。
薫は膝の上で小さな手を握った。
完全に騙したわけではない。
出力は隠した。
でも。
自分の使い方までは隠し切れなかった。
それでも。
これならいい。
超度7の子どもとして注目されるより。
超度4だけれど器用な子。
その方がずっと動きやすい。
「今後は能力者としての登録手続きと、日常生活での制御支援についてご案内しますね」
担当者が別の資料を取り出した。
その中に。
薫が知っている名前があった。
B.A.B.E.L.
テレビや遠い記憶の中にしかなかった文字が、今度は自分の生活について説明する書類の上へ印刷されている。
葵や紫穂、皆本へ繋がる場所が、未来の話ではなく、自分の目の前にある制度として初めて形を持った瞬間だった。
秋江は学校へ通う時の注意や、能力がまた突然強く出た場合の連絡先、家庭内で避けた方がいい行動まで細かく質問していた。
薫は横で聞きながら、前の人生の自分が同じ立場なら、きっと秋江と似たようなことを聞いただろうと思った。
自分では未来ばかり気にしている。
でも秋江は。
明日の生活を気にしている。
どちらが今の薫に必要か。
答えは分かっていた。
説明の終わり際には、登録後に能力制御を補助する機器についても改めて案内すると言われた。
その言葉を聞いた瞬間、薫の記憶には「リミッター」という名称が浮かんだが、ここでは何も知らない顔を崩さなかった。
施設を出る頃には、空はまだ明るく、秋江と手を繋いで歩く道も朝と何一つ変わっていなかった。
ただ薫の中では、来る時にはまだ決まっていなかったものが一つだけ、社会の側から正式な数字として与えられている。
超度4。
念動能力者。
明石薫。
「ちゃんとできてよかったね」
秋江が歩きながら笑う。
薫は少しだけ複雑な気分で、その手を握り返した。
「……まあな」
ちゃんとできた。
確かに。
意味は違うけれど。
家へ帰ると、待っていた好美が玄関まで来て、薫が靴を脱ぎ終わるより先に結果を聞いてきた。
「いくつだった!?」
「四」
「へー」
それだけだった。
薫は思わず好美の顔を見る。
あれだけ数字をどうするか考え、昨日は公園で失敗までして、今日も一日中神経を使った結果なのに、姉にとっては「四なんだ」で終わる程度の話らしい。
少し拍子抜けしながらも、それが妙にありがたく感じられ、薫は靴を揃えながら小さく笑った。
「もっと驚けよ」
「だって四がどのくらいか知らないし」
「じゃあ聞くなよ!」
「気になるじゃん!」
いつもの姉妹喧嘩が始まりかけたところで、好美はふと思い出したようにテレビの話を持ち出した。
「でも薫、昨日の石動かしたエスパーより弱いんだね」
薫の動きが一瞬止まった。
「……そーだな」
同じ本人なのだが。
もちろん言えない。
好美は何も疑わず別の話を始め、薫も適当に返事をしながらリビングへ向かった。
家の中は昨日までと変わらず、秋江も好美も、超度4になったからといって薫へ違う接し方をするわけではなかった。
それが。
何より楽だった。
夜になって自室へ戻ると、薫は今日渡された資料の一部を机の上へ置き、椅子へ座ったまま測定中の出来事を順番に思い返した。
結果そのものは狙った通り超度4だったが、担当者が指摘した制御の良さまで考えると、完全に何も気づかれなかったとは言えない。
これからは。
測定一回を誤魔化せば終わりではない。
登録。
訓練。
B.A.B.E.L.
能力を人前で使う機会は増える。
毎回。
四として使わなければならない。
今までは本当の力を見せない。
それだけだった。
これからは違う。
超度4の明石薫として生活を続ける。
一度だけの演技ではない。
長い秘密になる。
その事実を考えた途端、今日一日ずっと身体の奥へ残っていた緊張が、遅れて一気に重くなった。
薫は部屋を出て、誰もいない廊下の端まで歩いてから、壁へ背中を預けた。
秋江にも好美にも聞こえないことを確かめて、ようやく朝から胸の奥へ溜め込んでいた息を、時間をかけてゆっくり吐き出した。
「……疲れた」
能力を使った疲れより、使える力を使わないようにし続けた疲れの方が、ずっと大きかった。
それでも今日から、書類の上に記された超度4という数字が、世間の知る明石薫になる。
薫はしばらく壁へ背を預けたまま目を閉じ、それから何事もなかったように自分の部屋へ戻った。
机の上に置かれた結果の紙には、念動能力と超度4という文字が残り、その数字の下に隠れているものを知っているのは、今のところ薫一人だけだった。