デバッグ神社に柏手を   作:月日は花客

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1参り:デバッグ神社

 

「今回のアップデートで、致命的なバグがありませんように!!」

 

 パン、パンと強く柏手が響いた。

 目をぎゅっと閉じ、唸るほど強く念じる姿は、神社であれば大して変には見えなかっただろう。

 

「……お前なぁ、やるとしても本物の神社に行けよ」

 

 ここは会社のデスクである。

 役職のある者の広く整頓されたデスクではなく、資料が積まれた平の仕切りデスクだ。

 モニターに貼られたネコの付箋や、ペン立てに挿さる細身の多色ボールペンが、その席にいるのが女性だと示している。

 そんな中に、メモパッドでお手軽に作られた(やしろ)らしきものがあった。

 その前にはガチャガチャで獲ったお賽銭箱のミニチュアが置かれている。

 

 威厳も何も無い安っぽい自作の神社に真剣に二礼二拍手一礼した後輩に、先輩である渡辺(わたなべ)は苦い顔をした。手にあるコーヒー缶とは別の苦しさが、目の前の奇行によって刺激されたのだ。

 ドン引き、とかけられた言葉に、奇行犯である社会人──小野は鼻息荒く振り返る。

 

「デバッグ神社にお願いするから意味があるんです! 先輩だって、今回の大型アップデートで『あやトラ』の今後が決まるって言ってたじゃないですか」

「そりゃ、リリース最初の大型イベントだからとは言ったけどよぉ……」

 

 無駄にキビキビとした礼のせいで、小野の胸に下がっている社員証が揺れた。

 かわいらしい、マスコットの二尾の犬が描かれたステッカーが、LEDの光を反射する。

 渡辺がスマホを確認すれば、もう就業時間はとっくに過ぎていた。

 彼のスマホにも、小野の社員証と同じステッカーが挟まっている。黒と黄緑のしめ縄を首に巻いた、ニコニコと愛らしい笑顔を浮かべた白い犬。

 ダイカットステッカーはそこそこ大きく、隅の方に小さく「あやかしトラベラーズ」と印字されていた。

 

 この「あやかしトラベラーズ」というものが、今小野を興奮させデバッグ神社へのお詣りに走らせた原因である。

 流行りのMMO-RPGに和風要素を織り込み、怪奇と美しさに染められた世界「ヤマト」を探索するというソーシャルゲームで、この夏初めての大型アップデートを控えていた。

 

 小野、渡辺が所属する会社が、この「あやトラ」の開発と運営を担っている。

 プロジェクトとしてもかなり大金、社員が動いており、このゲームの行先によっては会社も傾きかねないという。

 幸運か、事前から告知や配信開始前イベントに力を入れていたのが功を奏したか、あやトラのスタートは上々だ。

 配信直前での不具合も無く、ユーザーからも良い評価を貰っている。SNSでのトレンド入りや公式アカウントでの反応も好感触で、今一番バズっている新作ソーシャルゲームと胸を張れるほどだ。

 

 上も下も会議を重ねたプレイヤーのレベル調整。

 話題のイラストレーターに書き下ろしてもらったキャラクターイラストに、それを元にした美麗な3Dグラフィック。

 和の雰囲気がありながら、どこか異世界的な幻想を匂わせ、自然と切なさや侘しさが湧いてくるようなマップデザイン。

 

 そんな、気合を入れた、入れすぎて失敗したら会社がヤバい一大プロジェクトの大型アップデートが、間近に控えているのである。

 ソシャゲ戦国時代の今、数多のゲームが生まれては消えていく。

 事前に大きく話題になりながらも、スタートで致命的な不具合を出してしまいそのまま無事着陸できずサービス終了……。

 好評のスタートを切ったものの、大型アップデートで重度のバグが見つかり、そのままメンテナンスに数日を費やし、そのまま解決することなくサービス終了……。

 そういった事例は両の手では数えきれないほどあり、そうした先人の墓の前で次はどれだと怯える兼業プレイヤーがいる。

 

 あやトラも、事前にデバッグやシステム確認、ヒューマンエラーの防止策を張り巡らす等できる限りのことはやっているが、バグといのはその名のとおり、どこからやってくるのかわからない。

 どれだけコードを読み返しても、どれだけデバッグに時間を費やそうと、何処からともなく死角からヤツらはやってくる。

 

「バクは恐ろしい恐ろしい……そのしつこさ厄介さと言ったら、まるでゴキブ」

「やめろ! 今朝台所で出たばっかなんだよ……ッ」

「ギャー不吉!! ううう致命的なバグがありませんようにありませんように……」

 

 青くなって缶コーヒーを握りつぶす渡辺に、小野が半泣きになってまたデバッグ神社へ両手を合わせた。

 本日の業務はもう終了しているが、小野の書類整理に付き合っていたらいつもの時間の電車を逃した。渡辺は深いため息と共に缶をゴミ箱へ放る。

 

「お前ひとりが神頼みしてもどーにもなんねーよ。なんでそんな大騒ぎしてんだ」

「だってぇ……あやトラがもしこれでサ終になったらって思うと怖すぎて……」

「俺もお前もやれることはやっただろ。ホラ帰る支度しろ」

「あやトラ、制作メンバーって立場を抜きにしてもすっごい面白いゲームなんですから!! ここで消えたら勿体なさ過ぎて発狂します!!」

「おう、発狂はもうしてるからはよカバン持て。忘れモン無いなー?」

「先輩! 扱いが雑!!」

「このまま施錠していいなら相手してやるが」

「ワーイ先輩カッコイー!!」

 

 なるようになるだろう。と、渡辺は喧しい後輩を早足で置いていきながら、もう一度ため息を吐いた。

 このプロジェクトに愛着があるのは自分も同じだ。ここで転んでほしくはないと思っている。

 が、その為にサビ残や業務外のことを請け負っていては、あやトラの土台そのものが腐ってしまう。

 重役ではない二人にとって、出来ることは限られていた。

 

「マ、あの神社も気休めになれば良いんだが」

「私が丹精込めて作りました!!」

「やっぱ期待しないほうが良いかもな」

 

 二人が出ていった社内は、もうLEDの灯りも消され、月明かりをぼんやりと通すだけになっていた。

 あやトラは話題のゲームだが、それを作っている会社自体はさほど大きなものではない。だからこそ社運がかかっているのだが、その開発と運営に手を抜いてはいなかった。

 

 あやトラの成功を、社員の誰もが願っている。

 事前販売のグッズが飾られ、ポスターやゲーム内アイテムを模したステッカーがそこかしこに貼られた社内からも、それを感じることができるだろう。

 消灯された中でも、ゲームそのものへの熱意は、暗いデスク周りに漂っている。

 

 ふと100均のメモパッドで組まれた鳥居が、淡く黄緑に光った。

 しかしそれを見たのは、モニターに貼られたネコの付箋だけだった。

 

 *

 

 安っぽい紙製の社の中、ユラユラ揺れる灯火がある。

 社と灯火以外は黒一色に塗りつぶされた空間。小さな、しかし強い光を放つ黄緑が、チカチカと瞬いた。

 それはこの社に住む神が目覚めた証であり、神に仕事が舞い降りた合図でもある。

 

 チカチカ、チカチカと瞬きつつも、その光はまた薄く絶えようとしていた。

 

「ナツムシ様! ナツムシ様! 起きてください!!」

「んん……まだ寝たりない〜」

(むし)退治の時間にございます! 起きてください」

「ヤダヤダ〜絶対に二度寝してやグフッ」

「目は覚めましたか」

 

 社の中で布団に包まっていた布団子が、手刀によって平たく変形した。

 鋭い一撃を入れたのは、真っ白な髪に着物、腰元を黒と黄緑のしめ縄で引き締めた、頭に犬耳のある美女である。

 艶やかな黒に塗られた爪が揃った美しい手刀の形は、布団子に湯気を幻視する威力を叩き込んでいた。丸い団子から平たい餅になった布団から、ズルズルと中の者が這い出る。

 

 犬耳の美女から「ナツムシ様」と呼ばれた彼女は、平行に切り揃えられた長い黒髪に、潤いのある黄緑の瞳を持っていた。その瞳は、知る者が見れば名前通りの「夏虫色」だと見惚れるだろう。

 黒の長襦袢を着ているナツムシは、面倒そうに腰のあたりをさすった。

 

「イタタ……シロバナはいつになったら力加減ってものを覚えるのぉ?」

「ナツムシ様が早起きを覚えない限りは、わかりませんね」

「とんだ御使(みつか)いだよ……」

 

 シロバナと呼ばれた美女は、ようやく布団から出た主にやれやれと首を振りながら、彼女の本来の装衣を用意する。

 社とナツムシたち以外は真っ黒なままの空間で、色のあるものが増えた。丁寧に磨かれた桐の衣装箱だ。

 ナツムシもまた、何かを呼び出すように指を鳴らせば、全身鏡が目の前に現れる。

 反射するための光など何処にも見当たらないのに、鏡ははっきりとナツムシたちの姿を写していた。

 

「それで、蟲退治だっけぇ?」

「はい、今回も『ヤマト』の中で蟲の発生の知らせがありましたので、ご報告に」

「夏だからってアイツらも増えなくていいのにねぇ〜。面倒だわ」

「ヤマトは近日中に大型あっぷでゑとが控えているとか」

「あー、なら私も、ちょっと張り切らないとだわぁ」

 

 シュルシュルと衣擦れの音が響く。

 夏虫色の半衿に、七色を反射する黒の着物が重なる。

 帯は黄緑をメインに薄紫や薄黄の花柄が彩る。帯締めは紫に菊の摘み細工が華やかだ。

 長い髪も、ハーフアップの要領で後ろ髪を残しつつ簪を留める。淑やかな金色がカラス色の髪に煌めきを添えた。

 こうして着替えが整えば、もう鏡の前にいるのは布団子だったものとは思えない日本美人だった。

 

「シロバナのヘアアレンジはいつ見ても見事ね〜。今日はハーフアップで(バチ)のかんざしが映えるわぁ」

「ナツムシ様の御髪(おぐし)ですから。へやあれんじの腕は磨いております」

 

 やや鈍ったカタカナを面白げに笑いつつ、ナツムシは帯締めに仕上げと閉じた扇を挿した。

 

「夏の夜は暑いからねぇ、さっさと蟲退治、終わらせちゃおうか」

「お供します」

「それじゃ、ヤマトにレッツゴ〜!」

「れっつごお、です」

 

 黄緑の光が、黒い空間の中一際強く輝くと、その瞬間に景色はガラリと変わった。

 ちっぽけな社と、二人しかいなかった空間が一気に広がり、雄大で、どこか郷愁的な和の世界が、足元に現れたのだ。

 足元……と言うが、ナツムシとシロバナは空に立っているので、本当に踏みしめているわけではないのだが。

 

「夏の蟲退治祭り、やったりますかぁ!」

 

 ナツムシの意気込む声が、ヤマトの世界に響く。

 一方で、社内のモニターの一つが電源も付いていないのに、黄緑の鳥居を映し出した。

 

 これは、(バグ)退治する(なおす)神……ナツムシ様のお膝元の御話。








【あやかしトラベラーズ】
ゲームジャンル:和風奇麗なMMORPG
プレイハード:スマホ、PC、各種据え置き型ハード
サービス開始日:20××年6月
開発会社:ピレスロイド
運営会社:ピレスロイド
キャッチコピー:あやかし隠れる異郷にて、旅者は己を知る

6月からサービスを開始したオンラインMMORPG。
美麗なグラフィック、独特の重厚感のある世界観とシナリオが話題になっており、開始1ヶ月時点でダウンロード数100万人を突破している。
和風を軸としながらも固定観念に囚われないキャラクターデザインや、逆に民話を元にした作り込まれたフレーバーがファンを呼び、サービス開始から目立った不具合、バグが起きていないことも好評。
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