紅魔館の正面では、今も激しい戦いが続いていた。
門番の紅美鈴を突破した博麗霊夢と霧雨魔理沙は、そのまま館内へ侵入している。
その後を追うように、妖精メイドたちが次々と二人へ襲いかかっていた。
紅い霧に包まれた空。
赤黒い館。
そこへ無数の弾幕が飛び交っている。
だが、その戦いから少し離れた森の中に、二つの人影があった。
「……派手にやってるね」
木の陰から紅魔館を覗きながら、チルノが呟く。
その隣で、悠も館の様子を確認していた。
「霊夢と魔理沙が入ってから、かなり時間が経ってるな」
「じゃあ、あたい達も行こう!」
チルノが勢いよく走り出そうとする。
しかし、悠はすぐにその肩を掴んだ。
「待て」
「なんで?」
「正面から行くつもりか?」
「うん!」
チルノは迷うことなく答えた。
悠は紅魔館の正面へ視線を戻す。
そこには、まだ大量の妖精メイドが集まっていた。
館の周囲を飛び回りながら、侵入者を探している。
「……あれを全部相手にするのは面倒だろ」
「じゃあ、どうするの?」
「裏から回る」
悠が森の奥を指差す。
「正面があれだけ騒がしいなら、裏側の警備は薄くなってるかもしれない」
「なるほど!」
チルノが頷いた。
「じゃあ、裏からこっそり入るんだね!」
「そういうこと」
「なんか忍者みたい!」
「……まあ、そういう感じだ」
二人は森の中を進み始めた。
正面から離れるにつれて、弾幕の音も少しずつ小さくなっていく。
それでも遠くからは、何度も大きな爆発音が響いていた。
魔理沙の攻撃だろう。
そう思った直後、今度は赤い光が空を横切った。
「霊夢かな」
悠が呟く。
「たぶん!」
チルノが振り返る。
「二人とも、ちゃんと勝てるかな?」
「……あの二人なら大丈夫だろ」
悠はそう答えた。
実際、あの二人が簡単に負けるとは思えない。
だが、それでも胸の奥には妙な不安が残っていた。
今回の異変。
紅い霧。
そして、その中心にいる紅魔館。
ここへ来るまでに出会った妖怪たちも、普段とは少し違っていた。
「……行くぞ」
悠は考えるのをやめ、足を速めた。
森を抜けると、紅魔館の裏側が見えてきた。
正面とは違い、こちらにはほとんど妖怪の姿がない。
「ほら、やっぱり!」
チルノが得意そうに胸を張る。
「作戦成功!」
「まだ入ってもいないけどな」
「細かいことはいいの!」
悠は苦笑しながら館の壁を確認した。
ちょうど一つ、窓が開いている。
「ここから入れそうだ」
悠が窓へ近づき、中を覗く。
誰もいない。
「先に俺が入る」
「分かった」
悠が窓を乗り越える。
続いてチルノも中へ入った。
窓をゆっくり閉める。
外の音が一気に遠くなった。
そこは長い廊下だった。
赤い絨毯。
壁には大きな絵画。
天井には豪華な照明。
外の戦闘とは別世界のような静けさだった。
しかし――。
その静けさが、かえって不気味だった。
「気をつけろよ」
悠が小声で言う。
「分かってる」
チルノも声を落とした。
二人はできるだけ足音を立てず、廊下を進んでいく。
角に差し掛かったところで、悠が足を止めた。
前方から声が聞こえる。
「……誰か、こっちに来てない?」
「分からないわ」
「正面から入った人間は二人」
「でも、裏から別の侵入者がいるって話よ」
妖精メイドの声だった。
悠はすぐにチルノの腕を引いた。
「こっち」
二人は近くの柱の陰へ身を隠した。
数人の妖精メイドが廊下を通り過ぎていく。
悠は息を殺した。
チルノも珍しく静かにしている。
やがて足音が遠ざかった。
「……行ったな」
悠が小さく呟く。
「危なかったね」
「だから言っただろ。静かにしろって」
「ちゃんとしてたでしょ?」
「まあな」
二人は再び歩き始めた。
しばらく進んだところで、悠は腰にある装備へ手を伸ばした。
ニトリから借りた試作の迷彩服。
まだ使っていなかった。
「ここで使うか」
「それ?」
「ああ」
悠が服を確認する。
すると、布地の色が少しずつ変化し始めた。
赤。
黒。
灰色。
周囲の壁や床の色を取り込むように、柄が変わっていく。
「すごい……!」
チルノが目を輝かせる。
「本当に変わった!」
「ニトリの試作品らしい」
悠は自分の腕を見る。
完全に透明になるわけではない。
それでも、少し離れて見れば周囲の景色に紛れてしまいそうだった。
「ただし、五分しか持たない」
「五分もあれば十分だよ!」
「そうだといいけどな」
悠は周囲を見渡した。
「ここからは、できるだけ戦わずに進む」
「分かった!」
二人は慎重に進んでいった。
妖精メイドが通れば柱の陰へ隠れる。
別の廊下から足音が聞こえれば、部屋へ入る。
時には階段の裏側でやり過ごす。
まるで、敵の視界を避けながら進むように。
正面では霊夢たちが派手な弾幕を繰り広げている。
その一方で、悠とチルノは静かに館の奥へ進んでいた。
「……なんか楽しい」
チルノが小声で笑う。
「楽しいって言うなよ」
「だって、見つかったら鬼ごっこみたいになるでしょ?」
「その鬼ごっこは、たぶん洒落にならないぞ」
「でも面白そう!」
「……お前は本当に怖いもの知らずだな」
二人はさらに奥へ進む。
そして――。
悠の服の色が、突然揺らいだ。
「……」
悠が足を止める。
「どうしたの?」
「時間だ」
服を見る。
迷彩が薄くなっていく。
五分。
それが限界だった。
「もう終わり?」
「ああ」
やがて服は元の色へ戻った。
「残念」
チルノが少しだけ肩を落とす。
「ここまで来られたんだから十分だ」
悠は銃へ手を伸ばした。
「ここからは普通に行く」
「うん」
二人が再び歩き出す。
その時だった。
チルノが突然立ち止まった。
「……ねえ」
「どうした?」
「こっちから、変な感じがする」
チルノが廊下の奥を見る。
そこには一つの扉があった。
他の扉とは違う。
装飾も少なく、周囲だけ空気が重い。
「……何かいるな」
悠も感じ取った。
二人が扉へ近づく。
すると――。
中から声が聞こえた。
「……だれ?」
幼い少女の声。
悠とチルノは顔を見合わせた。
悠が扉を開く。
「入るぞ」
部屋の中。
そこには一人の少女がいた。
金色の髪。
赤い服。
そして背中には、七色の結晶のような翼。
少女は二人をじっと見つめている。
「……人間?」
「ああ」
悠が答える。
「外来人だ」
少女の視線がチルノへ移る。
「妖精もいる」
「妖精じゃない!」
チルノが即座に反論する。
「あたいはチルノ!」
「……そう」
少女は少しだけ笑った。
「外から来たの?」
「ああ」
「外って、今どうなってる?」
「紅い霧に覆われてる」
「……まだ?」
「まだ」
フランドールは俯いた。
「じゃあ、まだ出られないんだ」
悠はその言葉に引っ掛かった。
「外に出たいのか?」
フランドールが顔を上げる。
「うん」
その返事は、とても素直だった。
「ずっとここにいるから」
悠は部屋を見回した。
窓はない。
外へ繋がる場所もない。
「ここから出られないのか?」
「出ちゃ駄目って言われてる」
「誰に?」
「お姉様」
フランドールが答える。
「私のお姉様」
「紅魔館の主か?」
「うん」
フランドールは膝を抱える。
「外へ行きたいって言っても、駄目って言われるの」
「どうして?」
「分からない」
フランドールは首を振った。
「何を聞いても、教えてくれない」
「……」
「だから、ずっとここ」
チルノが俯く。
「寂しくないの?」
チルノが尋ねる。
フランドールは少し考えてから答えた。
「寂しいよ」
その一言は、とても小さかった。
「外に行ってみたい」
フランドールは窓のない壁を見る。
「空を飛んでみたい」
「飛べるだろ?」
悠が背中の翼を見る。
「飛べるよ」
「じゃあ――」
「ここから出られないの」
悠は言葉を失った。
フランドールは膝を抱え直した。
「お姉様が許してくれないから」
チルノがフランドールを見る。
その表情には、どこか自分と重なるものがあった。
「……一緒に行こうよ」
チルノが言った。
「え?」
「外に出たいんでしょ?」
フランドールが戸惑ったようにチルノを見る。
「なら、一緒に行けばいいじゃん」
悠はチルノを見る。
「お前、簡単に言うなよ」
「だって……」
チルノはフランドールを見る。
「一人で閉じ込められてるの、嫌でしょ?」
フランドールは何も言わない。
ただ、少しだけ目を伏せた。
「……うん」
その返事は、先ほどよりも小さかった。
悠はフランドールを見つめる。
「だったら、直接話してみればいい」
フランドールが顔を上げる。
「話す?」
「ああ」
「……聞いてくれるかな」
「聞かせるしかないだろ」
悠は立ち上がった。
「俺も一緒に行く」
「悠……」
チルノが少し驚いた顔をする。
「お前も来るだろ?」
悠がチルノを見る。
チルノはすぐに笑った。
「もちろん!」
フランドールも二人を見る。
そして、ゆっくり笑った。
「……ありがとう」
その瞬間。
紅魔館全体が大きく揺れた。
轟音。
続いて、天井から細かな埃が落ちてくる。
「何!?」
チルノが上を見る。
悠も天井を見上げる。
「上で誰か戦ってる」
遠くから、再び爆発音が響いた。
「霊夢たちかな」
悠が呟く。
フランドールは天井を見ていた。
「お姉様も上にいる」
「分かるのか?」
「うん」
フランドールが立ち上がる。
「だったら、私たちも行こう」
「階段は?」
悠が周囲を見る。
フランドールは少し考える。
「……ないよ」
「ない?」
「この部屋から上へ行くなら――」
フランドールが天井を指差した。
「壊せばいい」
「いや、待て」
悠が止める。
「それは普通に階段を探した方が――」
「大丈夫!」
フランドールが手を掲げる。
「フラン!」
チルノが叫ぶ。
次の瞬間。
轟音。
天井が吹き飛んだ。
「うわっ!」
悠の身体が宙へ浮く。
「ちょ、何するんだ!」
「上に行くんだよ!」
フランドールが悠の腕を掴んだ。
「自分で飛べないんだから、引っ張ってあげる!」
「そういう問題じゃ――!」
言い終わる前に、悠の身体はさらに上へ引っ張られた。
チルノも慌てて飛び上がる。
「待ってよー!」
三人は吹き抜けになった空間を一気に上昇していく。
紅魔館の内部を貫くように、さらに上へ。
そして――。
巨大な扉が見えてきた。
「ここ」
フランドールが呟く。
「お姉様がいる」
扉の向こう。
凄まじい魔力が渦巻いている。
悠は銃を抜いた。
「行くぞ」
フランドールが頷く。
三人で扉を開けた。
広い部屋。
その中央に、一人の少女が立っていた。
紅いドレス。
蝙蝠のような翼。
赤い瞳。
紅魔館の主――レミリア・スカーレット。
レミリアは三人を見た。
そして、フランドールへ視線を向ける。
「……フラン」
その声は低かった。
「どうしてここにいるの?」
フランドールは一歩前へ出る。
「お姉様に話があるの」
「今は話をしている場合ではないわ」
「私は話したい」
「フラン」
レミリアの声が少し強くなる。
「戻りなさい」
「嫌」
フランドールが首を横に振った。
「もう戻らない」
レミリアは黙った。
フランドールの目を見つめる。
「私、外に行きたい」
「駄目よ」
「どうして?」
「危険だから」
「いつもそればっかり!」
フランドールの声が響いた。
「私は何も知らされてない。外に出たいって言っても駄目。ここから出ようとしても怒られる!」
「フラン、それは――」
「私はお姉様に何を言っても駄目なの!」
フランドールの目に涙が浮かぶ。
「だから……」
拳を握る。
「今日は、お姉様を懲らしめる!」
レミリアの表情が変わった。
「……そう」
レミリアがゆっくりと構える。
「なら、止めるしかないわね」
悠も銃を構えた。
「俺も参加する」
レミリアが悠を見る。
「あなたは外来人ね」
「ああ」
「どうしてここまで来たの?」
悠は一瞬だけ黙った。
「……自分で来た」
「自分で?」
「ああ。ここで何が起きてるのか確かめたかった」
悠は銃を構える。
「だから、最後まで見届ける」
レミリアは僅かに笑った。
「そう」
レミリアの周囲に赤い弾幕が浮かび上がる。
チルノが悠の隣へ並ぶ。
「悠」
「ん?」
「あたいも一緒に戦う」
悠がチルノを見る。
「……いいのか?」
「もちろん!」
チルノは胸を張った。
「悠だけに戦わせたりしない」
そして、少しだけ真剣な顔になる。
「一緒に戦って、一緒に勝つんだよ」
悠は一瞬だけ黙った。
それから小さく笑う。
「……分かった」
「約束だからね!」
レミリアが手を掲げた。
「来なさい」
直後。
紅い弾幕が一斉に放たれた。
「散れ!」
悠の声と同時に、三人が別方向へ飛ぶ。
赤い弾が床を砕く。
悠は壁際まで移動し、銃を構えた。
引き金を引く。
パンッ!
弾幕の中を、銃弾が一直線に飛ぶ。
レミリアが身体を傾ける。
銃弾が頬を掠めた。
「……なるほど」
レミリアが頬に手を当てる。
「それがあなたの力なのね」
「弾幕を撃てない代わりの武器だ」
「面白い」
レミリアが笑う。
「でも――」
一瞬で姿が消えた。
「遅いわ」
悠の目の前にレミリアが現れる。
「――っ!」
悠が後ろへ飛ぶ。
その直後、赤い弾幕が目の前を通過した。
「危なっ……!」
悠が着地する。
そこへチルノが飛び込んできた。
「悠!」
「大丈夫!」
チルノが両手を広げる。
周囲の温度が一気に下がった。
「まずはこれ!」
無数の氷の弾が空中に現れる。
「アイシクルフォール!」
氷の弾幕が雨のように降り注ぐ。
レミリアが横へ飛び、次々と氷弾をかわしていく。
しかし、チルノは攻撃を止めない。
「まだまだ!」
周囲にさらに巨大な氷の結晶が生まれる。
「パーフェクトフリーズ!!」
一瞬。
空間そのものが凍りついた。
床も、壁も、空中を漂っていた弾幕までもが白く染まる。
レミリアの動きが僅かに鈍る。
「今!」
チルノが叫ぶ。
悠がその隙を逃さず銃を構えた。
パンッ!
弾丸がレミリアの肩を掠める。
「……!」
レミリアが一歩下がった。
フランドールが追撃する。
「お姉様!」
七色の弾幕が広がる。
レミリアは次々とかわしていく。
だが、少しずつ動きが鈍くなっていた。
悠は気づいていた。
「……いける」
このままなら。
そう思った。
しかし――。
レミリアがふと、目を伏せた。
「……フラン」
その声には、先ほどまでの戦闘の勢いがなかった。
「何?」
フランドールが警戒しながら答える。
レミリアは、静かにフランドールを見る。
「あなたは、本当に私を懲らしめたいの?」
「……うん」
「なぜ?」
「決まってる」
フランドールは拳を握る。
「私を閉じ込めてるから」
「……」
「ずっとここに置いて、外にも出してくれない」
フランドールの声が震える。
「私、お姉様に嫌われてると思ってた」
レミリアの瞳が揺れた。
「……フラン」
「だって、何も教えてくれないから」
フランドールは涙を拭う。
「どうして駄目なのかも、どうしてここにいなきゃいけないのかも」
レミリアは何も言わなかった。
その沈黙が、かえってフランドールを苦しめる。
「私はずっと考えてた」
フランドールが俯く。
「私が邪魔だからなのかなって」
レミリアはしばらく黙っていた。
やがて――。
「……違うわ」
ようやく、レミリアが口を開いた。
「なら、どうして……」
「怖かったのよ」
レミリアの言葉に、フランドールが目を見開く。
「私が?」
「ええ」
レミリアは静かに話し始める。
「あなたが外へ出ることが」
フランドールは黙って聞いている。
「あなたは自分の力を、まだ完全には理解していない」
「……」
「外には、あなたを傷つけるものがたくさんある」
「でも……」
「あなたの力が強いことも分かっている」
レミリアは拳を握る。
「だからこそ、何かあった時に止められないかもしれない」
「……」
「私は、あなたを閉じ込めたかったわけじゃない」
レミリアの声が少し震えた。
「守りたかった」
フランドールの瞳が揺れる。
「……守る?」
「ええ」
レミリアは視線を逸らす。
「でも、私は上手く説明できなかった」
「……」
「あなたに嫌われても仕方がないと思っていた」
フランドールが涙を流す。
「じゃあ……」
震える声で尋ねる。
「私のこと、本当に邪魔だと思ってる?」
「違うわ」
レミリアは即座に答えた。
「あなたは私の大切な妹よ」
フランドールの目から、また涙が零れた。
「……だったら、ちゃんと言ってよ」
「……ごめんなさい」
レミリアが初めて頭を下げた。
「私も……ごめん」
フランドールが一歩近づく。
「お姉様」
「何?」
「外、見てみたい」
「……ええ」
レミリアは微笑んだ。
「いつか、一緒に見に行きましょう」
「本当?」
「約束するわ」
フランドールが笑った。
そして――。
レミリアの隣へ並んだ。
「じゃあ、今度は一緒に戦おう」
「ええ」
姉妹が並ぶ。
その光景を見ていた悠は、静かに銃を下ろした。
「……そういうことか」
チルノも二人を見つめる。
「よかったね」
その瞬間だった。
レミリアが右手を掲げる。
紅い魔力が一点へ集まっていく。
「――グングニル」
その手に現れたのは、巨大な紅い槍。
しかし、その槍を包み込むように七色の炎が絡みついた。
フランドールの力だった。
「お姉様、これならもっと強いよ」
「ええ」
レミリアが槍を構える。
「行くわよ、フラン」
「うん!」
二人が同時に動いた。
紅い槍が放たれる。
七色の炎を纏った一撃が、凄まじい速度で悠へ迫った。
「……っ!」
悠が反応する。
だが、避けきれない。
「悠!」
チルノが飛び込んだ。
両手を広げ、巨大な氷の壁を展開する。
一枚。
二枚。
三枚。
さらにもう一枚。
「止まれぇぇぇっ!」
チルノが叫ぶ。
しかし――。
グングニルは止まらなかった。
七色の炎が氷を溶かし、紅い槍が次々と壁を突き破っていく。
バキィィン!!
最後の氷壁が砕け散った。
「――っ!」
チルノの身体が吹き飛んだ。
「チルノ!!」
悠が叫ぶ。
チルノは床を何度も転がり、そのまま壁際へ叩きつけられた。
「……チルノ!」
悠が駆け寄る。
しかし、チルノは動かない。
「おい……」
悠が膝をつく。
「チルノ?」
返事がない。
「チルノ!」
悠が肩を揺する。
「おい、起きろ!」
何度呼びかけても反応がない。
「チルノ……!」
悠の声が震える。
これまでの戦いとは違う。
妖怪に襲われたこともあった。
弾幕を受けたこともあった。
それでも、誰かが目の前で動けなくなるようなことはなかった。
悠は自分の手を見る。
震えている。
「なんで……」
息がうまくできない。
「なんで俺なんか庇ったんだよ……」
「……悠」
かすかな声が聞こえた。
「……!」
悠が顔を上げる。
チルノが僅かに目を開けていた。
「チルノ!」
「……大丈夫」
そう言おうとしたのかもしれない。
しかし、声は弱々しい。
「大丈夫じゃないだろ!」
悠はチルノの身体を支える。
「こんなの……」
言葉が続かない。
チルノは苦しそうに息をしながら、それでも悠を見る。
「だって……」
「……」
「一緒に戦うって……約束したから……」
悠は何も言えなかった。
「悠だけに……戦わせたくなかった」
「でも……!」
「……仲間だから」
チルノが小さく笑った。
「だから……一緒に……勝つの」
「……ああ」
悠は唇を噛む。
「分かってる」
その時だった。
「――悠!」
聞き覚えのある声が響いた。
悠が振り向く。
部屋の入口。
そこに、二人の姿があった。
博麗霊夢。
そして霧雨魔理沙。
二人とも、これまでの戦闘をくぐり抜けてきたのだろう。
服には傷があり、息も少し乱れている。
しかし、その目にはまだ戦う意思が残っていた。
「……霊夢……魔理沙……」
悠が呟く。
魔理沙は周囲を見渡した。
「これは……」
負傷したチルノ。
銃を握る悠。
そして――。
レミリアと、その隣に立つ見知らぬ少女。
魔理沙が眉をひそめる。
「なんだ、この状況は?」
霊夢も慎重に部屋の中へ入る。
そして、レミリアと少女を見た。
「……あなたが、この異変の元凶ね」
レミリアは静かに霊夢を見る。
「ええ」
一歩前へ出る。
「初めまして、博麗神社の巫女さん」
レミリアは優雅に一礼した。
「私はレミリア・スカーレット」
そして、隣に立つ少女へ手を向ける。
「こちらは私の妹」
少女が一歩前へ出る。
「フランドール・スカーレットです」
フランドールも小さく頭を下げた。
「……妹?」
霊夢が僅かに目を見開く。
「そう」
レミリアが答える。
「今まで会う機会がなかったものね」
魔理沙もフランドールを見つめる。
「へえ……妹がいたのか」
フランドールは少しだけ恥ずかしそうにレミリアの隣へ戻った。
しかし、霊夢はすぐに表情を引き締めた。
「自己紹介は後にしましょう」
霊夢は悠を見る。
「何があったの?」
悠は口を開こうとした。
だが――。
「……」
言葉が出ない。
チルノが負傷した。
レミリアとフランドールが共闘している。
そして、目の前には異変の元凶がいる。
情報が多すぎる。
何から説明すればいいのか分からない。
「悠?」
霊夢がもう一度呼ぶ。
「……チルノが……」
悠の声が震える。
「チルノが俺を庇って……」
その先が続かない。
「俺が……もっとちゃんとしてれば……」
悠は自分を責めるように俯いた。
「俺のせいで……」
「悠」
霊夢の声が響いた。
静かだが、強い声だった。
「落ち着きなさい」
「でも……」
「今、あなたが取り乱したら何もできない」
霊夢は悠を真っ直ぐ見つめる。
「助けたいんでしょう?」
「……ああ」
「だったら冷静になりなさい」
悠は拳を握った。
深く息を吸う。
吐く。
もう一度、息を吸う。
震えていた手を強く握り直す。
「……分かった」
悠は立ち上がった。
そして、チルノを見る。
チルノはもう戦えない。
立ち上がることすらできない。
それでも――。
「悠……」
チルノが弱々しく声を出す。
「ちゃんと……戦って」
「……ああ」
「一緒に……勝つんだから」
悠はチルノを見つめた。
「分かってる」
悠は立ち上がる。
銃を握る。
その横に霊夢が並ぶ。
反対側には魔理沙。
三人だけだった。
チルノは戦えない。
それでも――。
悠の胸には、先ほどチルノから受け取った言葉が残っていた。
一緒に戦う。
一緒に勝つ。
その約束を守るために。
悠はレミリアへ銃口を向けた。
霊夢もお札を構える。
魔理沙がミニ八卦炉を構える。
対するレミリアの隣には、妹のフランドール。
二人の吸血鬼が並んで立つ。
紅い霧に包まれた紅魔館。
その最奥で――。
異変の結末を決める戦いが、今始まろうとしていた。
読んで頂きありがとうございます!
だいぶ進展がありましたね……