紅霧異変から、しばらくの時間が流れた。
紅い霧に覆われていた空はすっかり元に戻り、幻想郷には再びいつもの日常が戻っていた。
博麗神社では、縁側に座った霊夢がのんびりとお茶を飲んでいる。
「……平和ねぇ」
霊夢は湯呑みを傾けながら、青い空を眺めていた。
その隣では魔理沙が箒を立てかけ、神社の境内を眺めている。
「そうだな。あの紅霧異変から、もう結構経ったしな」
「お茶が美味しいわ」
「聞いてるか?」
「聞いてるわよ」
霊夢は興味なさそうに答える。
「で、何?」
「いや……」
魔理沙は呆れたようにため息をついた。
「まあいいぜ」
そんな二人の会話を、少し離れた場所から見ている人物がいた。
神代悠。
そして、その隣にはチルノがいる。
「……暇だね」
チルノが呟いた。
「そうだな」
悠も答える。
紅霧異変が終わってから、二人は何度か博麗神社へ顔を出すようになっていた。
異変の中で、二人は自分たちの力不足を嫌というほど思い知らされた。
悠は銃を握る。
紅魔館での戦い。
レミリアとフランドール。
そして、自分を庇って倒れたチルノ。
あの時のことは、今でも鮮明に覚えている。
「……悠」
「ん?」
「また考えてるでしょ」
「何を?」
「紅魔館のこと」
悠は少し黙った。
「……まあな」
チルノも空を見上げる。
「あたいも」
「お前も?」
「うん」
チルノは自分の手を見つめた。
「もっと強くなりたい」
その言葉に、悠は頷いた。
「俺もだ」
二人が異変を軽く考えていたわけではない。
だが、最初はどこかで自分たちなら何とかなると思っていた。
実際に戦場へ立ってみれば、そんな考えは簡単に崩れた。
悠には銃がある。
チルノには氷の力がある。
それでも、それだけでは足りなかった。
「次に同じようなことが起きたら」
悠が銃を見る。
「今度は、何もできないまま終わりたくない」
「うん」
チルノが頷く。
「だから修行する!」
「……修行か」
「そう!」
チルノが勢いよく立ち上がる。
「強くなるんだよ!」
その声が神社中に響いた。
「うるさいわねぇ」
霊夢が湯呑みを置く。
「修行するなら勝手にすれば?」
「霊夢は修行しないの?」
「私は必要になったらするわ」
「絶対しないやつじゃん」
魔理沙が笑った。
「私はやるぜ」
魔理沙が悠を見る。
「お前、銃を使うんだったな」
「ああ」
「だったら、まずはその武器をもっと使いこなせるようにした方がいい」
「俺もそう思ってる」
「それなら、ちょうどいい奴がいるぜ」
魔理沙が立ち上がった。
「河城のところへ行ってみな」
「ニトリか?」
「ああ」
悠は頷いた。
「一度、相談してみるか」
「そうしよう!」
チルノも嬉しそうに頷いた。
こうして、悠の修行が始まることになった。
まず最初に鍛えるのは――。
銃。
正確には、ニトリと作った弾幕発射装置の扱いだった。
紅霧異変では、銃を撃つこと自体はできた。
だが、実戦では敵の動きに対応しながら狙いを定め、弾幕を撃ち分ける必要がある。
さらに、特殊な弾幕を扱うには、それぞれの性質を理解しなければならない。
「……ここが問題なんだよな」
悠は手にした銃を見つめる。
現在使っているのは、ニトリが製作した試作型のハンドガン。
見た目こそ銃だが、普通の銃とは構造が違う。
弾丸を火薬で撃ち出すものではない。
マガジンに込められた弾幕を、銃を通して発射する装置。
マガジンによって、発射される弾幕の性質が変わる。
「普通に撃つだけなら問題ないんだけどな」
悠は何度か銃を構える。
「実戦になると、狙うことばかり考えて動きが止まる」
「じゃあ、動きながら撃てばいいんだよ!」
チルノが言う。
「簡単に言うなよ」
「じゃあ、あたいが動く!」
「お前が?」
「うん!」
チルノが少し離れた場所まで飛んでいく。
「撃ってみて!」
「……本気でやるぞ」
「いいよ!」
チルノが飛び上がった。
悠も銃を構える。
「いくぞ」
チルノが左右へ動く。
悠はその動きを追いながら引き金を引いた。
パンッ!
弾幕が飛ぶ。
しかし、チルノは簡単に避けた。
「遅い!」
「くっ……」
悠が続けて撃つ。
パンッ!
パンッ!
チルノは弾幕の間をすり抜ける。
「まだまだ!」
「分かってる!」
悠も走りながら銃を撃つ。
だが、今度は狙いが大きく外れた。
「……」
悠が足を止める。
「今度は外したね」
「動きながら撃つと狙いがずれる」
「じゃあ、もっと撃てばいいんじゃない?」
「それじゃ弾が足りなくなる」
悠はマガジンを見る。
紅霧異変で何度も経験した。
弾幕発射装置の強みは、弾幕を撃てること。
しかし、マガジンの弾幕には限りがある。
一発一発を無駄にすれば、すぐに戦えなくなる。
「必要なのは、ただ撃つことじゃない」
悠が銃を構え直す。
「動きながら、必要なところだけ撃つ」
「難しいね」
「ああ」
その時だった。
「難しいなら、慣れるしかないね」
背後から声がした。
二人が振り返る。
そこにいたのは、河城にとりだった。
「ニトリ!」
「やあ、チルノ」
にとりは悠の持つ銃へ視線を向ける。
「それで練習してるんだね」
「ああ」
「調子は?」
「悪くない。でも、実戦になると上手く扱えない」
「そりゃそうだよ」
にとりは笑った。
「作ったばかりの武器を、いきなり実戦で使ったんだから」
「……」
「武器に慣れる時間が足りなかったんだよ」
悠は黙って銃を見る。
「じゃあ、どうすればいい?」
「まずは基本」
にとりが指を一本立てる。
「構える」
二本目。
「狙う」
三本目。
「撃つ」
そして四本目。
「動く」
「……それだけ?」
「最初はね」
にとりは悠の銃を指差す。
「今の悠は、撃つことに意識が集中しすぎてる」
「やっぱりか」
「うん」
にとりは頷いた。
「この武器は普通の銃とは違う。でも、だからって武器そのものに頼りすぎちゃ駄目だよ」
「……分かった」
「それと」
にとりがマガジンを取り出す。
「これも覚えておいて」
悠が受け取る。
「マガジン?」
「そう」
にとりはマガジンを指で叩く。
「弾幕発射装置そのものじゃなくて、マガジンに入っている弾幕が武器の性質を決める」
「つまり、マガジンを変えれば戦い方も変えられる」
「その通り」
にとりが笑った。
「だから、これからは普通の弾幕だけじゃなくて、特殊な弾幕も作ってみようと思ってる」
「特殊な弾幕?」
「うん」
にとりは別のマガジンを取り出した。
「紅魔館で戦った時、レミリアが使っていた槍を覚えてる?」
「ああ」
「あれみたいな、貫通力の高い弾幕を撃てるようにする」
悠がマガジンを見る。
「レミリアの槍みたいなやつを?」
「完全に同じものじゃないけどね」
にとりが続ける。
「一発の威力を高くして、相手を貫くことに特化させる」
「……強そうだな」
「その代わり、ハンドガンへの負担が大きい」
「何発撃てる?」
「今の試作型なら、一つのマガジンで三発が限界かな」
「三発……」
「それ以上撃つと銃の耐久が危ない」
悠は頷いた。
「分かった」
「それと、もう一つ」
にとりが別のマガジンを取り出した。
「フランドールの攻撃を参考にしたもの」
「着弾した場所で爆発するタイプ?」
「そう」
「一発だけ?」
「今のハンドガンならね」
にとりは苦笑する。
「これも負荷が大きいから、一つのマガジンに一発しか入れられない」
悠は二つのマガジンを見比べた。
「……通常の弾幕と使い分ける必要があるな」
「そういうこと」
「面白い」
悠は少しだけ笑った。
「これなら、戦い方を増やせる」
「ただし、特殊弾幕は使いどころを間違えるとすぐに弾がなくなるからね」
「分かってる」
悠はマガジンを腰へ戻した。
「必要な時に使う」
「それが一番」
にとりが頷いた。
それから数日。
悠は毎日のように銃を握った。
最初は止まった状態で狙う。
次に歩きながら撃つ。
その次は走りながら撃つ。
さらに、相手の動きを見ながら撃つ。
チルノが相手役になり、縦横無尽に飛び回る。
「そこ!」
悠が撃つ。
チルノが避ける。
「まだまだ!」
悠が追う。
パンッ!
今度はチルノのすぐ横を弾幕が通り抜けた。
「惜しい!」
「あと少し……!」
悠は息を切らしながら銃を構え直す。
以前とは違った。
ただ撃つだけではなく、チルノの動きを予測する。
どこへ逃げるか。
どこへ追い込むか。
どのタイミングで撃つか。
少しずつだが、悠の動きは変わっていった。
「……当たった!」
チルノの肩を弾幕が掠めた。
「やった!」
チルノが驚く。
「今のはちゃんと狙ってたね!」
「ああ」
悠も笑った。
「少し分かってきた」
それでも、まだ足りない。
紅霧異変で戦ったレミリアの動き。
あの速度には、まだ対応できない。
悠は銃を下ろす。
「もっとだ」
「え?」
「もっと速く動けるようにならないと」
チルノも頷く。
「じゃあ、もっと速くする?」
「頼む」
「分かった!」
チルノが笑う。
そして再び飛び上がった。
その日も、日が沈むまで修行は続いた。
数週間。
さらに時間が流れる。
悠は銃を扱うことに少しずつ慣れていった。
ただ撃つだけではない。
相手の動きを読み、必要な弾幕を選び、撃つ。
マガジンの交換も以前より速くなった。
特殊弾幕を使うタイミングも意識するようになった。
そして――。
ある日の夕方。
悠は一人で銃を構えていた。
目の前には、にとりが用意した的がいくつも並んでいる。
悠は深く息を吸う。
走る。
身体を横へ滑らせる。
同時に銃を構える。
パンッ!
一つ目。
さらに身体を回転させる。
パンッ!
二つ目。
そのまま伏せる。
パンッ!
三つ目。
最後の的へ狙いを定める。
パンッ!
全ての的に弾幕が命中した。
「……」
悠は銃を下ろした。
にとりが後ろから拍手する。
「かなり上達したね」
「本当に?」
「うん」
にとりは頷く。
「もう、ただ銃を撃ってるだけには見えないよ」
悠は銃を見る。
「……まだまだだけどな」
「そう思えるなら大丈夫」
「どういう意味?」
「強くなった人ほど、自分に足りないものが見えるから」
悠は少し考えた。
そして頷く。
「そうかもな」
チルノが悠の隣へ飛んでくる。
「悠!」
「ん?」
「あたいもやる!」
「今日はもう終わりだ」
「えー!」
「明日もあるだろ」
「じゃあ明日はもっと難しくする!」
「……分かったよ」
悠は笑った。
その夜。
悠は一人、月を見上げながら銃を手にしていた。
紅霧異変の時とは違う。
あの頃は、ただ必死に引き金を引いていた。
今は違う。
この武器で何ができるのか。
自分がどう戦うのか。
少しずつ見えてきた。
「……次は」
悠は銃をしまう。
「もっと強くなる」
その頃。
幻想郷のどこかでは、まだ誰も気づいていない変化が始まっていた。
季節は、ゆっくりと春へ向かっていた。
桜が咲く季節は、もうすぐそこまで来ている。
だが――。
悠たちはまだ知らない。
この修行の先で待っている、新たな異変のことを。
霊夢、魔理沙の戦いっぷりを目の前で見て、火がつきましたね!
チルノも今までのチルノとは一味違いますよ!