翌日。
悠は紅魔館の門前に立っていた。
昨日、美鈴から言われた言葉を思い出す。
まずは身体を作る。
銃もナイフも、それを扱う身体がなければ意味がない。
紅霧異変では、レミリアに距離を詰められた瞬間に何もできなかった。
昨日の咲夜との模擬戦でも同じだった。
武器を使う技術だけでは、近距離で戦うことはできない。
「おはようございます、神代さん」
門の前に立っていた美鈴が声をかける。
「おはようございます、美鈴さん。今日からお願いします」
悠が頭を下げる。
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
美鈴は笑いながら門の横にある広場へ悠を案内した。
「昨日、身体の状態は確認しましたよね」
「はい」
「今日はそこから始めましょう」
美鈴が悠の前に立つ。
「まずは身体を温めます。いきなり動くと怪我をしますから」
「分かりました」
軽く身体を伸ばし、肩を回す。
その後、足を動かしながら身体を温めていく。
「では、始めましょう」
最初に始まったのは腕立て伏せだった。
「昨日より少し増やします」
「……昨日より?」
「はい」
美鈴は笑った。
悠は黙って地面に手をつく。
一回。
二回。
三回。
最初は問題なかった。
しかし、回数が増えるにつれて腕が重くなっていく。
「背中を真っ直ぐに」
美鈴の声が飛ぶ。
悠は姿勢を直す。
「そのままです」
さらに続ける。
腕が震える。
それでも止めない。
「最後までやり切りましょう」
「……はい!」
何とか終えると、今度は腹筋。
その次はスクワット。
さらに走り込み。
短い距離を何度も往復し、途中で急停止して方向を変える。
ただ走るだけではない。
身体を止める。
向きを変える。
再び動き出す。
それだけで、悠の足はどんどん重くなっていった。
「……はぁ……はぁ……」
「まだまだですよ」
美鈴は平然としている。
「これが体術の修行なんですか?」
「これも修行ですよ」
美鈴が笑う。
「身体を自由に動かすためには、まず身体を鍛えなければいけません」
悠は息を整えながら立ち上がる。
「次は何を?」
「次は、身体の使い方です」
美鈴が構える。
「今度は私の動きを真似してください」
美鈴が一歩前へ出る。
悠も同じように動く。
右へ。
左へ。
前へ。
後ろへ。
身体を捻り、再び前へ出る。
動きそのものは難しくない。
しかし、悠が美鈴と同じ動きをしようとすると、すぐに足が絡まる。
「力を入れすぎです」
「……」
「身体を固めると動きが遅くなります」
美鈴が悠の肩を軽く押す。
「もっと力を抜いて」
「こうですか?」
「そうです」
もう一度。
今度は少しだけ身体が動く。
「今の感覚を忘れないでください」
「はい」
何度も繰り返す。
少しずつ、悠の動きが変わっていく。
これまでの悠は、攻撃するときも避けるときも、身体全体に力を入れていた。
銃を構える。
狙う。
撃つ。
それだけに集中していた。
だが、戦いでは銃を構えながら動かなければならない。
撃ったあとに移動する。
避けながら次の攻撃へ繋げる。
そのためには、身体を固めてはいけない。
「神代さん」
「はい」
「今度は、私の攻撃を避けてみましょう」
「もう実戦ですか?」
「まだ実戦ではありません」
美鈴は笑った。
「これは身体を動かす練習です」
美鈴がゆっくりと拳を出す。
悠は横へ避ける。
次の拳。
今度は反対側へ。
さらに一歩。
また一歩。
最初は何とか避けられる。
しかし、美鈴が少しずつ速度を上げると、悠の足が追いつかなくなる。
「っ……!」
拳が肩に触れた。
「今のは避けられましたね」
「最後は当たりましたけど」
「でも、最初よりずっと良いです」
美鈴は笑う。
「昨日までなら、後ろへ下がることしかできなかったでしょう」
悠は驚いた。
確かにそうだった。
紅霧異変の時も、咲夜との模擬戦でも、攻撃が来れば距離を取ろうとしていた。
横へ逃げる。
斜めへ動く。
攻撃を受ける前に位置を変える。
そんな当たり前の動きすら、今までの自分にはできていなかった。
「避けるって、こんなに難しいんですね」
「そうですよ」
美鈴が頷く。
「でも、避けられるようになれば、銃を撃つ時間も作れます」
「……!」
悠が顔を上げる。
「銃を撃つために、避ける」
「その通りです」
「ただ逃げるんじゃなくて、次の攻撃に繋げる」
「それが神代さんの戦い方になるでしょう」
悠は銃を持っていない自分の手を見る。
今まで銃を強くすることばかり考えていた。
弾幕の種類を増やす。
特殊弾幕弾を作る。
マガジンを改良する。
もちろん、それも必要だ。
しかし、それだけでは足りない。
銃を撃つための位置を自分で作る。
そのために身体を動かす。
「……少し分かってきました」
「それなら、今日はここまでにしましょう」
「え?」
悠は驚いた。
「もう終わりですか?」
「はい。初日から無理をしすぎると、明日動けなくなりますから」
美鈴は笑う。
「明日もありますよ」
「……明日も」
「もちろんです」
悠は疲れ切った身体を伸ばす。
腕も足も重い。
それでも、不思議と嫌な疲れではなかった。
昨日まで知らなかったことを、少しずつ身体が覚えている。
「明日もよろしくお願いします」
「はい」
美鈴が頷く。
「明日からは、もう少し実戦に近づけていきましょう」
「実戦……」
悠の表情が変わる。
「銃も使いますか?」
「もちろんです」
美鈴は笑った。
「せっかく鍛えるんですから、神代さんの武器も一緒に使えるようにしていきましょう」
悠は頷いた。
「お願いします」
紅魔館の門を後にしながら、悠は自分の手を握りしめる。
銃。
ナイフ。
そして体術。
これまで別々だったものが、少しずつ一つに繋がろうとしていた。
本当の意味で自分の戦い方を作るための修行は、まだ始まったばかりだった。
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