紅魔館の広いホール。
その中央で、悠と咲夜が向かい合っていた。
悠の手には弾幕発射装置。
腰にはナイフ。
数か月前とは違い、立っているだけでも身体から余計な力が抜けていた。
足は肩幅。
重心は低く。
いつでも前にも後ろにも動ける姿勢。
それは、美鈴との修行を何度も繰り返して身につけたものだった。
対する咲夜も、いつものメイド服姿。
その手には二本のナイフが握られている。
今日は能力を使わない。
純粋な技術だけで戦う模擬戦。
数か月にわたって続けてきた修行の成果を確かめるための、最後の試合だった。
「準備はできましたか?」
「ああ」
悠が弾幕発射装置を握り直す。
咲夜が構える。
次の瞬間――。
悠が先に動いた。
パンッ!
一発目の弾幕。
咲夜は身体を僅かに横へずらす。
弾幕が肩の横を通り抜ける。
悠は止まらない。
そのまま二発目。
パンッ!
咲夜は今度はしゃがんで避ける。
悠は咲夜の動きを見る。
そして三発目を撃たず、横へ走った。
以前なら、ただ正面から撃ち続けていた。
今は違う。
撃つ。
動く。
相手の動きを見る。
その繰り返しで、少しずつ自分に有利な位置を作っていく。
咲夜が悠の右側へ回り込む。
悠も身体の向きを変える。
銃口を向けたまま、足だけを動かす。
咲夜が一歩踏み込む。
悠が一歩下がる。
さらに一歩。
悠は下がらない。
弾幕を一発。
パンッ!
咲夜の足元を狙う。
咲夜が跳ぶ。
その瞬間を狙って悠が身体を横へ移動した。
着地した咲夜の正面ではなく、少し斜めの位置へ。
咲夜が振り向く。
悠の銃口が向いている。
パンッ!
咲夜が身体を捻って避ける。
だが、悠はさらに一発。
パンッ!
今度は進行方向を狙う。
咲夜は止まるしかない。
その瞬間、悠が距離を詰めた。
咲夜が眉を動かす。
「……なるほど」
悠は弾幕発射装置を構えたまま、さらに一歩踏み込む。
咲夜がナイフを振る。
悠は上体を逸らす。
刃が目の前を通過する。
そのまま悠は咲夜の腕を押さえようとする。
しかし、咲夜は反対の手でナイフを突き出した。
悠は身体を横へ滑らせる。
刃先が脇を通り抜ける。
悠はすぐに弾幕発射装置を下げた。
この距離では撃てない。
腰へ手を伸ばす。
ナイフを抜く。
キンッ!
二本の刃がぶつかった。
悠は押し込む。
咲夜は受け流す。
悠が踏み込む。
咲夜が下がる。
今度は悠が追う。
右。
左。
さらに一歩。
ナイフを振る。
咲夜が受ける。
悠の刃が弾かれる。
その瞬間、咲夜のナイフが悠の首元へ迫る。
悠は身体を沈めた。
頭上を刃が通り過ぎる。
そのまま咲夜の懐へ入り込む。
肩をぶつける。
咲夜の体勢が僅かに崩れる。
悠はそのまま押し込もうとする。
しかし――。
咲夜は身体を回転させ、悠の腕を取った。
「っ……!」
悠の身体が浮く。
投げられる。
だが、悠は空中で身体を捻った。
ドンッ!
背中から落ちるのではなく、肩から床へ着地する。
すぐに転がって距離を取る。
息を吐く。
美鈴に何度も叩き込まれた受け身。
今、その意味を実感した。
以前なら、ここで動けなくなっていた。
だが、今はすぐに立ち上がれる。
咲夜が追ってくる。
悠も立ち上がる。
ナイフを構える。
咲夜の一撃。
悠が受ける。
二撃目。
悠が避ける。
三撃目。
悠はナイフで弾く。
そして――。
空いた手で咲夜の腕を掴もうとする。
咲夜が引く。
悠は追う。
咲夜が回り込む。
悠も身体を回す。
足を止めない。
相手の正面を外さない。
美鈴から教えられた間合いの取り方。
それを意識しながら、悠は戦う。
だが、咲夜の技術はそれを上回る。
悠のナイフが弾かれる。
手から離れた。
カランッ。
床にナイフが落ちる。
咲夜が一気に踏み込む。
悠は反射的に後ろへ下がる。
しかし、咲夜はさらに踏み込んだ。
近い。
弾幕発射装置を使うには近すぎる。
悠は咲夜の腕を受け止める。
身体を捻る。
そのまま押し返す。
咲夜が一歩下がった。
悠はその隙に距離を取る。
そして床に落ちたナイフへ手を伸ばす。
拾う。
再び構える。
咲夜が微笑んだ。
「以前とは違いますね」
「そっちも相変わらず強いな」
悠は息を整える。
汗が額を流れる。
身体は重い。
それでも、足は止まらない。
咲夜が再び踏み込む。
悠はナイフを構えた。
正面から受けない。
少しだけ身体をずらす。
咲夜の刃を外側へ流す。
そして――。
悠は咲夜の横を抜けた。
そのまま背後へ回ろうとする。
しかし、咲夜はすぐに振り返る。
二人の距離が開く。
悠はナイフをしまった。
弾幕発射装置を取り出す。
咲夜の目が細くなる。
悠が狙いを定める。
パンッ!
弾幕が飛ぶ。
咲夜が避ける。
パンッ!
もう一発。
咲夜が横へ。
パンッ!
さらに一発。
悠は撃ちながら移動する。
ただ撃つだけではない。
相手の逃げ道を考える。
咲夜が左へ避ければ、悠は右へ回る。
右へ避ければ、悠は前へ出る。
少しずつ距離が縮まる。
そして――。
咲夜が悠の懐へ入った。
弾幕発射装置が下がる。
悠はすぐにナイフへ切り替える。
だが、咲夜のナイフが先に迫る。
悠は身体を捻る。
避ける。
反撃。
咲夜が受ける。
悠は一歩踏み込む。
咲夜が下がる。
さらに踏み込む。
悠のナイフが咲夜の肩を狙う。
咲夜が弾く。
悠の腕が外へ流れる。
その瞬間。
悠はナイフを持つ手を引いた。
そして、空いた手で咲夜の肩を押す。
咲夜の身体が僅かに傾く。
悠はその瞬間を逃さない。
一歩。
さらに一歩。
咲夜の胸元へナイフを突き出す。
だが――。
咲夜のナイフが悠の手首へ触れた。
あと僅か。
悠の刃が届く前に、止められていた。
二人が静止する。
悠は息を切らしている。
咲夜も動かない。
数秒の沈黙。
そして咲夜が口を開く。
「……そこまでにしましょう」
悠はナイフを下ろす。
咲夜もナイフを下ろした。
「今のは?」
「一本です」
咲夜が答える。
「私の胸元へ刃を届かせました」
悠は驚いた。
「本当に?」
「はい」
咲夜は悠を見る。
「数か月前なら、ここまで来ることはできなかったでしょう」
悠は大きく息を吐いた。
床に落ちた汗が小さく弾ける。
「……やっとか」
数か月。
銃を撃ち。
ナイフを振り。
何度も転び。
何度も美鈴に投げ飛ばされ。
それでも続けてきた。
その成果が、ようやく一つの形になった。
「ありがとうございます」
悠が頭を下げる。
咲夜は小さく頷く。
「こちらこそ。よく頑張りましたね」
悠は弾幕発射装置を腰へ戻す。
ナイフも鞘へ収める。
これで、紅魔館での修行は終わりだった。
しばらくして、悠は紅魔館の外へ出た。
その隣にはチルノがいる。
紅魔館を振り返ると、咲夜が入口で二人を見送っていた。
悠は一度だけ頭を下げる。
そして、チルノと並んで歩き始めた。
しばらく歩いたところで、悠がチルノを見る。
「なあ、チルノ」
「なに?」
「お前は、この数か月どんな修行をしてたんだ?」
「え?」
チルノが目を丸くする。
「あたい?」
「ああ」
悠はチルノを見る。
「俺が修行してる間、お前も紅魔館にいたんだろ?」
「うん」
「じゃあ、レミリアに何を教えてもらってたんだ?」
チルノは少しだけ得意げな顔をする。
「それはね――」
そう言って、チルノは胸を張った。
「あたいがどれだけ強くなったか、見てみる?」
悠は少し驚いた。
「……見せてもらおうかな」
「じゃあ、今度ね!」
チルノは楽しそうに笑う。
悠も小さく笑った。
自分が強くなったように。
チルノもまた、この数か月で何かを掴んだのかもしれない。
悠はまだ知らなかった。
チルノがレミリアのもとで、どんな修行をしていたのか。
そして、その修行によってどれほど変わったのかを。
――次は、チルノの番だった。
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次はチルノ修行編です