これで弾幕を使えるようになるの……かな?
翌朝。
「悠、起きてる?」
聞き慣れない声に、悠は目を覚ました。
まだ少し眠気の残る頭を起こし、身体を起こす。
「今行く」
昨日までなら、目を覚ましてから何度も「ここはどこだ」と考えていたかもしれない。
けれど、今ではもう違う。
ここは幻想郷。
そして、自分はニトリの家に世話になっている。
それだけは、もうすっかり受け入れていた。
外へ出ると、工房の前にはニトリとチルノが待っていた。
「遅い!」
「いや、まだそんなに遅くないだろ」
「ニトリはもう起きてたよ」
「河童と一緒にするなよ」
「どういう意味さ」
ニトリが頬を膨らませる。
「別に悪い意味じゃない」
「ならいいけど」
ニトリは背負っていた大きな鞄を地面へ置いた。
「それじゃ、準備はできたし行こうか」
「どこまで行くんだ?」
「昨日話した材料を探しに行くんだよ」
「具体的には?」
「いくつかあるけど、まずはこの近くの渓流。それから少し山側に入る」
ニトリが紙を広げる。
そこには、昨日見せてもらったものと同じように、いくつもの材料の名前が書かれていた。
「この中でも重要なのがこれ」
ニトリが指差したのは、見たことも聞いたこともない名前だった。
「何に使うんだ?」
「弾幕を一時的に蓄積するための素材」
「それが銃に必要なのか?」
「うん。悠が使う銃は、普通の銃とは違うからね」
ニトリは紙を折りたたむ。
「悠は自分で弾幕を作れない。でも、弾幕そのものを一度どこかに蓄えておいて、それを銃から撃ち出すことならできるかもしれない」
「昨日言ってたマガジンってやつか」
「そう。まだ具体的な形は決まってないけどね」
「じゃあ、今日探すのはそのための材料?」
「それだけじゃないよ。本体に使う金属も必要だし、弾幕を安定させるための素材も必要」
「結構あるな……」
「だから一日で全部見つかるとは思わないでね」
「え?」
「何日かかかるかもしれない」
悠は紙を見る。
どうやら、思っていたより簡単な話ではないらしい。
「まあ、急ぐ必要もないけどね」
ニトリが立ち上がった。
「それじゃ、出発!」
「おー!」
チルノが拳を突き上げる。
「お前は何でそんなに張り切ってるんだよ」
「冒険だから!」
「材料探しだぞ?」
「同じようなもんでしょ!」
「違うと思うけどな……」
三人は、森の奥へ向かって歩き始めた。
しばらく歩くと、人里の気配は完全になくなった。
舗装された道など当然ない。
木の根が地面から盛り上がり、場所によっては足場も悪い。
「こっち」
先頭を歩くニトリが、慣れた様子で道を選んでいく。
「迷わないのか?」
「迷わないよ。ここは私たちの縄張りみたいなものだからね」
「河童って、この辺りに住んでるんだよな?」
「そうだよ」
「じゃあ、妖怪とかにも詳しい?」
「まあ、それなりには」
「この辺りで危ない妖怪っているのか?」
「いるよ」
「いるのかよ」
「幻想郷だよ?」
「それを言われると何も言えないな」
チルノが二人の前へ出る。
「あたいなら大丈夫!」
「チルノは?」
「もちろん大丈夫!」
「妖精って妖怪より強いのか?」
「そんなの、あたいが一番に決まってるでしょ!」
「それはどうだろうな」
「なんで!」
「昨日も妖怪に追いかけられてただろ」
「あれは油断してただけ!」
チルノが振り返って悠を睨む。
「今度は絶対負けないからね!」
「はいはい」
「信じてないでしょ!」
「信じてるって」
「絶対信じてない!」
ニトリが前を向いたまま笑っている。
「二人とも、仲良いね」
「どこが?」
「どこが!」
二人の声が重なった。
ニトリが吹き出す。
「やっぱり仲良いじゃん」
「……」
悠は何も言わず、チルノもそっぽを向いた。
それでも、三人の間には昨日までにはなかった気楽さが生まれていた。
森を進んでいくと、やがて水の音が聞こえてきた。
「川だ」
木々の向こうに、細い渓流が見える。
水は驚くほど透明で、底にある石までよく見えた。
「ここ?」
「そう。この辺りから探すよ」
ニトリが荷物を下ろす。
「目的の鉱物は、水の流れが速い場所にあることが多いんだ」
「川底を探すのか?」
「ううん。川底だけじゃない」
ニトリが周囲を見渡す。
「水に削られた岩の隙間とか、川岸の土の中とか。少しずつ流れてきて、どこかに引っかかってることが多い」
「なるほど」
「だから、目で探すだけじゃ駄目」
ニトリが何か小さな道具を取り出した。
「これを使う」
「何だそれ?」
「簡易探知機」
「……そんなものまであるのか」
「河童だからね」
「河童だからで済ませるのか」
「済ませるよ」
ニトリは探知機を持って川沿いを歩き始めた。
悠も周囲を見回す。
しかし、見えるのは木と岩と川だけ。
「チルノ、お前も探してくれ」
「あたいに任せて!」
チルノは意気揚々と走っていく。
「おーい! あっちに何かある!」
「待って、チルノ!」
「何?」
「勝手に離れないで」
「だって早く見つけたいじゃん!」
「妖怪が出たらどうするの?」
「倒す!」
「そういう問題じゃないよ」
ニトリがため息をつく。
「材料探しに来てるんだから、見つけたら私に教えて」
「分かった!」
チルノが戻ってくる。
そして、今度は三人で探し始めた。
しばらくして。
「……ないな」
悠が呟く。
「そう簡単には見つからないよ」
「もっと簡単に見つかるものだと思ってた」
「そんなわけないでしょ」
ニトリが笑う。
「貴重なものなんだから」
「そうなのか」
「そう。しかも、今回探してるものは河童でも簡単には手に入らない」
「じゃあ、何で昨日作れるって言ったんだ?」
「材料が手に入るならって話」
「なるほど」
悠は川岸にしゃがみ込んだ。
水の流れを眺める。
ふと、元の世界で見たことのある鉱石採取の映像を思い出した。
「なあ、にとり」
「何?」
「こういうのって、流れが弱くなる場所に溜まったりしないのか?」
「どういう意味?」
「川の流れが速いところから、急に遅くなる場所」
悠は少し先を指差した。
「例えば、あそこの岩の裏とか」
大きな岩が川の流れを遮っている。
「水が岩にぶつかって、その後ろで流れが緩くなってる」
ニトリが目を見開いた。
「……確かに」
「違った?」
「いや、ちょっと見てみよう」
三人で岩の方へ向かう。
ニトリが探知機を近づける。
――ピッ。
「……反応した」
「マジか?」
「弱いけど、何かある」
ニトリがしゃがみ込む。
「チルノ、ここを凍らせて」
「任せて!」
チルノが手を伸ばす。
川の一部が凍りつき、水の流れが弱くなった。
「これで掘りやすい」
ニトリが道具を取り出す。
悠も手伝い、岩の周囲の土を掘っていく。
「……あ」
悠の手が何かに触れた。
「これじゃないか?」
土の中から、淡く青白く光る小さな石が出てきた。
「それ!」
ニトリが嬉しそうに声を上げる。
「間違いない!」
「やった!」
チルノが飛び跳ねる。
「これで銃が作れる?」
「これだけじゃまだ足りないけど、大きな一歩だね」
ニトリが慎重に鉱物を回収する。
「よし。次の場所へ行こう」
「まだあるのか?」
「もちろん」
「……先は長いな」
「だから言ったでしょ」
ニトリが笑う。
「一日で終わるとは思わないでって」
川を離れ、さらに山側へ向かう。
道は次第に険しくなっていった。
木々の間隔が狭くなり、足元には大きな岩が増えていく。
「この先に洞窟がある」
ニトリが言う。
「洞窟?」
「そこに金属の材料があるかもしれない」
「かもしれない?」
「実際に見てみないと分からないからね」
悠が前を見る。
木々の隙間に、大きな岩壁が見えてきた。
その中央に、ぽっかりと暗い穴が開いている。
「……あれか」
「うん」
「結構怖いな」
「怖い?」
チルノが笑う。
「悠、怖いの?」
「いや、怖いというか警戒してるだけだ」
「同じじゃん!」
「違う」
「一緒だよ!」
「違うって」
そんなやり取りをしながら、三人は洞窟へ入っていく。
中はひんやりとしていた。
外から聞こえていた風の音も消え、三人の足音だけが響く。
「暗いな」
悠が呟く。
「大丈夫」
ニトリが小さなランプを取り出した。
周囲が淡く照らされる。
「便利だな」
「河童製だよ」
「何でも作れるな、河童」
「何でもじゃないって」
洞窟の奥へ進んでいく。
やがて、壁の一部が僅かに光っていることに気付いた。
「……あれ」
悠が指差す。
「何かあるぞ」
ニトリが近づく。
「これは……」
壁を確認する。
「金属鉱石だね」
「使える?」
「使えるよ」
「じゃあ――」
その時。
奥から、低い唸り声が聞こえた。
「……」
三人が同時に振り返る。
「何かいる」
ニトリが小声で言う。
チルノが前に出る。
「今度こそ、あたいに任せて!」
「待って」
悠が止める。
「狭い場所だから、気をつけた方がいい」
「分かってる!」
暗闇の奥から、妖怪が姿を現した。
洞窟を住処にしているらしい。
こちらを警戒しながら、ゆっくりと近づいてくる。
「材料を狙ってるのかな」
ニトリが呟く。
「それとも、俺たちか」
「どっちでもいいよ!」
チルノが氷を放つ。
狭い洞窟の中を、氷の弾幕が飛んでいく。
妖怪が横へ跳ぶ。
「速い!」
悠がナイフを起動する。
――ブゥン。
妖怪がこちらへ突っ込んでくる。
悠も踏み込む。
互いの距離が一気に縮まった。
「悠、左!」
にとりの声。
悠が身体を捻る。
爪が頬を掠める。
「危なっ……!」
ナイフを振る。
妖怪の身体が弾かれる。
「今!」
チルノの氷弾が妖怪へ集中する。
妖怪が怯んだところへ、にとりが弾幕を撃ち込む。
「これでどうだ!」
妖怪が吹き飛ぶ。
洞窟の壁へぶつかり、そのまま奥へ逃げていった。
「……逃げた?」
「うん」
ニトリが周囲を確認する。
「追わなくていいよ」
「いいのか?」
「材料を取れれば、それで十分」
悠はナイフを下ろした。
「そうだな」
チルノが悠の隣にやってくる。
「今の、あたいが動きを止めたから勝てたんだよ」
「はいはい」
「もっと褒めて!」
「助かったよ」
「……えへへ」
チルノが嬉しそうに笑う。
悠も少しだけ笑った。
「じゃあ、材料を取ろう」
「うん」
三人は洞窟の壁から必要な鉱石を採取していく。
ニトリは必要な量を確認すると、残りはそのままにした。
「全部取らないのか?」
「全部取ったら、次に来た時に困るでしょ」
「なるほど」
必要な分だけを採る。
そんな河童の考え方が、少しだけ分かった気がした。
洞窟を出る頃には、空はすっかり夕方になっていた。
「今日はこれくらいかな」
ニトリが荷物を確認する。
「必要な材料は?」
「最低限は集まった」
「じゃあ……」
悠が空を見上げる。
「帰れるな」
「うん」
チルノが大きく伸びをする。
「疲れたー!」
「お前、途中までずっと飛んでただろ」
「飛ぶのだって疲れるの!」
「そういうものなのか」
「そういうもの!」
ニトリが笑いながら荷物を背負う。
「それじゃ帰ろうか」
三人は来た道を戻り始めた。
森の中を歩きながら、悠は今日一日のことを思い返していた。
材料を探して。
妖怪と戦って。
チルノと一緒に動いて。
ニトリと協力して。
少しずつではあるが、この世界で自分が何をすればいいのか分かってきた気がする。
そして何より――。
「なあ、にとり」
「ん?」
「本当に銃、作れるんだよな?」
「もちろん」
「……楽しみだな」
「悠、そんなに楽しみ?」
「そりゃそうだろ」
悠は笑う。
「俺にとって初めての、弾幕を撃つための武器だから」
にとりも笑った。
「じゃあ、頑張って作らないとね」
「頼む」
「任せて」
チルノが二人の間から顔を出す。
「あたいの武器も作って!」
「チルノは氷を出せるでしょ」
「それとは別!」
「何が欲しいの?」
「最強の武器!」
「具体性がないなぁ……」
「じゃあ剣!」
悠が振り返る。
「剣?」
「うん! 剣で戦う!」
「チルノが?」
「そう!」
チルノは胸を張った。
「その方がかっこいいでしょ!」
悠は苦笑する。
「まあ、確かに」
「でしょ!」
そんな話をしながら、三人は工房へ戻っていった。
工房に戻ると、ニトリはすぐに作業へ取りかかった。
「悠はちょっと休んでて」
「手伝わなくていいのか?」
「材料の加工は私の方が早いから」
「分かった」
ニトリは机の上へ材料を並べる。
鉱石を削り、金属を加工し、何度も寸法を確認していく。
悠はその様子を眺めていた。
チルノはというと――。
「これ何?」
「触らないで」
「これは?」
「それも触らない」
「じゃあこれは?」
「それも」
「……」
チルノが不満そうに頬を膨らませる。
「触っていいものないじゃん」
「壊されたら困るんだよ」
「壊さないもん!」
「前に壊したでしょ」
「……あれは事故!」
悠は思わず笑った。
しばらくして。
ニトリが大きく息を吐いた。
「よし」
机の上に、一つの銃が置かれた。
「できたよ」
悠が立ち上がる。
「これが……」
それは、まだ完成品とは呼べないものだった。
無骨な金属の本体。
握る部分。
そして、簡素な発射機構。
「銃?」
「一応ね」
ニトリが手渡す。
「まだ試作だから、かなり簡単な構造だけど」
悠が手に取る。
ずしりとした重さが伝わってきた。
「弾は?」
「これ」
ニトリが小さな弾を五つ渡す。
「今は五発だけ」
「五発……」
「それに、一発撃つたびに手動で次を装填して」
「つまり連射はできない」
「そう」
「精度は?」
「期待しないで」
「……分かった」
悠は苦笑する。
銃を構える。
少し離れた場所に、木製の的が置かれている。
「撃ってみて」
「分かった」
悠はゆっくりと狙いを定めた。
引き金に指をかける。
「……」
引く。
――パンッ!
弾幕の塊が銃口から飛び出した。
的の端に当たる。
「当たった」
「初めてなら十分だよ」
「もう一発」
悠は手動で次弾を装填する。
再び構える。
――パンッ!
今度は外れた。
「……難しいな」
「本体がまだ安定してないからね」
ニトリが説明する。
「弾幕を撃ち出すための振動を本体が受け止めきれてない。狙いをつけても、撃った瞬間に少しズレる」
「なるほど」
「それに、今は一発ごとに弾を込める必要がある」
悠は銃を見つめる。
五発。
一発撃つたびに装填。
精度も低い。
連射もできない。
まだまだ完成には程遠い。
それでも――。
「……いいな、これ」
「気に入った?」
「ああ」
悠は銃を握り直す。
「これなら、俺でも弾幕を撃てる」
その言葉を聞いて、ニトリは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、もっと良いものにしよう」
「頼む」
「次はちゃんと狙えて、もっとたくさん撃てるようにする」
「本当にできるのか?」
「材料と時間があればね」
ニトリが胸を張る。
「河童を舐めないでよ」
「期待してる」
悠はもう一度、銃を見る。
まだ未完成。
けれどこれは、自分がこの幻想郷で生きていくための最初の一歩だった。
そして――。
この小さな試作品が、後に悠の戦い方を大きく変えることになる。
読んで頂きありがとうございます!
今回は少し長めに書かせて頂きました!
少し番外編をどうぞー
紅魔館の地下。
長い廊下の先に、一つの扉がある。
その前で、レミリアが足を止めた。
「フランドール」
返事はない。
「起きているのでしょう?」
しばらくして、扉の向こうから声が返ってきた。
「……お姉様?」
「また騒いでいたそうね」
「だって暇なんだもん」
「暇なら大人しくしていなさい」
「……外に出たい」
レミリアの表情が僅かに険しくなる。
「駄目よ」
「どうして?」
「あなたにはまだ早いわ」
「いつになったら出られるの?」
「その話は何度もしたでしょう」
「でも……」
「フランドール」
レミリアの声が低くなる。
「ここにいなさい」
「……」
「余計なことを考える必要はないわ」
扉の向こうが静かになる。
「……お姉様は、私に外へ出てほしくないの?」
「そうね」
短い返事だった。
「どうして?」
「あなたが外へ出れば、面倒なことになるもの」
「面倒……?」
「そうよ」
レミリアはそれ以上説明しなかった。
扉の向こうで、フランドールが小さく呟く。
「……分かった」
レミリアは扉から離れる。
「それじゃあ、私は行くわ」
「どこへ?」
「あなたには関係ないでしょう」
「……」
返事はなかった。
レミリアはそのまま廊下を歩いていく。
誰もいなくなったところで、足を止める。
何かを考えているかのように俯く
「……」
レミリアは再び歩き始めた。
その先に何が待っているのか。
それを知る者は、まだ誰もいない。