そんな嬉しいことはつかの間、何やら怪しい気配……
翌朝。
工房には、昨日までとは違う音が響いていた。
金属を削る音。
部品同士が噛み合う音。
時折、何かが弾けるような音まで聞こえてくる。
「……大丈夫なのか?」
工房の外から中を覗きながら、悠は呟いた。
「大丈夫だよ」
隣にいたチルノが答える。
「ニトリなら大丈夫!」
「なんでお前が自信満々なんだよ」
「河童だから!」
「昨日からそればっかりだな」
そんな会話をしていると、工房の奥からニトリが顔を出した。
「悠、そこにいたんだ」
「何か手伝うことあるか?」
「ううん。今は大丈夫」
ニトリは額についた汗を拭う。
「昨日集めた材料、かなり良いものだったよ」
「本当か?」
「うん。これなら、昨日の試作品をもっとまともな形にできる」
その言葉に、悠は工房の中へ入った。
机の上には、昨日とは比べ物にならないほど多くの部品が並べられている。
「これ全部使うのか?」
「全部じゃないよ」
「それでも多いな」
「銃って結構部品が多いんだね」
チルノが横から覗き込む。
「チルノ、そこ触らないでね」
「触らないよ!」
「昨日もそう言ってたよね」
「……」
チルノがそっと手を引っ込めた。
悠は苦笑する。
「それで、どこまでできてる?」
「本体はほとんど完成」
ニトリが机の奥から一つの銃を取り出した。
「これ」
悠の目が止まる。
「……」
昨日の試作品とは、明らかに違っていた。
まだ幻想郷の河童が作ったものらしい独特の雰囲気は残っている。
しかし、形はより洗練されていた。
細長い銃身。
手に収まりやすいグリップ。
そして、本体の下には細長い部品を差し込むための空間がある。
「ハンドガン」
ニトリが言った。
「今のところは、それでいいかな」
「……これが」
悠は両手で受け取った。
ずしりとした重さが手に伝わる。
「重いな」
「昨日のよりは軽いよ」
「それでも十分重い」
「人間が使うなら、このくらいが限界かなって」
ニトリは銃の側面を指差した。
「ここにマガジンを入れる」
「マガジン?」
「昨日話したやつ」
ニトリが小さな金属製の部品を取り出した。
「これ一つに弾幕を十発分入れてある」
「十発」
「そう」
悠がマガジンを受け取る。
思っていたより軽い。
「これに弾幕が入ってるのか?」
「正確には、弾幕そのものを保存してるわけじゃないよ」
ニトリはマガジンを裏返す。
「弾幕を構成するための力を、一発ずつ取り出せる状態で蓄えてるの」
「じゃあ、撃つ時に銃がそれを弾幕にする?」
「そういうこと」
「便利だな」
「でも限界がある」
ニトリの表情が少し真剣になる。
「一つのマガジンに入れられるのは十発まで」
「十発以上は?」
「無理に詰め込もうとすると、弾幕の密度が落ちる」
「威力が落ちるってことか?」
「うん。それだけならまだいいけど……」
ニトリはマガジンを机へ置く。
「無理に入れれば、内部の弾幕制御が不安定になる」
「不安定?」
「最悪、銃そのものが壊れる」
「……」
「だから十発」
ニトリは指を十本広げた。
「これが安全に使える限界」
「なるほど」
悠は頷いた。
「じゃあ、一つのマガジンにつき十発」
「そう」
「撃ち切ったら交換」
「そう」
「それなら分かりやすい」
「でしょ?」
ニトリがマガジンを銃へ差し込む。
カチッ。
小さな音が響いた。
「ただし、これだけじゃ撃てない」
「え?」
「初弾を入れる必要があるから」
ニトリが銃の上部を掴む。
「ここを引いて」
ガシャッ。
金属音が工房に響く。
「これで一発目が発射できる状態になる」
「その後は?」
「昨日とは違うよ」
ニトリが銃を悠へ渡した。
「引き金を引けば一発撃つ」
「うん」
「その後、銃の中で次の弾幕が自動的に装填される」
「……つまり」
「一発撃つたびに手で装填しなくていい」
悠は目を見開いた。
「セミオート?」
「その言葉は知らないけど、多分それ」
ニトリが笑う。
「引き金を引けば一発。次の弾は銃が勝手に準備する」
「これは……」
悠は銃を見つめる。
昨日とはまるで違う。
昨日は一発撃つたびに手動で装填しなければならなかった。
それが今回は違う。
一度だけ準備すれば、あとは引き金を引くだけ。
「撃ってみていいか?」
「もちろん」
ニトリが工房の奥に的を用意する。
悠はマガジンを確認する。
「十発」
「うん」
「これを撃ち切ったら?」
「マガジンを交換」
「それでまた?」
「最初に一回だけコッキング」
「分かった」
悠は銃を構えた。
昨日よりもずっと自然に手に馴染む。
「……」
狙いを定める。
引き金に指をかける。
――パンッ!
一発目。
弾幕が飛び、的の中央付近へ命中する。
「おお……」
思わず声が漏れる。
「もう一発」
――パンッ!
二発目。
続けて三発目。
――パンッ!
四発目。
――パンッ!
五発目。
――パンッ!
「……すごい」
チルノが目を輝かせている。
「昨日よりいっぱい撃てる!」
「そうだな」
悠も少し笑う。
六発。
七発。
八発。
九発。
そして――。
十発目。
――パンッ!
最後の弾幕が的へ飛んでいった。
静寂が戻る。
「……」
悠は銃を見下ろした。
「終わった?」
「うん」
ニトリが頷く。
「マガジンの中身が空になったからね」
「じゃあ、もう一回引き金を引いたら?」
悠が引き金を引く。
カチッ。
何も起こらない。
「撃てない」
「そういうこと」
「本物の銃と同じだな」
「本物を知らないから何とも言えないけど」
ニトリが苦笑する。
「少なくとも、今のところはそれを参考にしてる」
悠は空になったマガジンを抜いた。
「もう一本ある?」
「もちろん」
ニトリが机から新しいマガジンを取り出す。
「予備も作ったよ」
「これで?」
「三本」
「三本……」
「全部十発ずつ」
悠はマガジンを並べる。
合計三十発。
「これなら、少しくらい戦えるかな」
「少しくらいじゃなくて、ちゃんと逃げることも考えてね」
「分かってる」
その時だった。
「なあ」
魔理沙の声がした。
いつの間にか工房の入り口に立っていた。
「それ、面白そうだな」
「魔理沙?」
「昨日から気になってたんだ」
魔理沙が悠の持つ銃を見る。
「それで本当に弾幕が撃てるのか?」
「撃てる」
「じゃあ、見せてくれよ」
「さっき撃ったばかりだぞ」
「もう一回くらいいいだろ?」
悠は苦笑しながら、マガジンを交換する。
「こうして――」
カチッ。
マガジンを差し込む。
そして、上部を引く。
ガシャッ。
「これで準備完了」
「へえ」
魔理沙が興味深そうに眺める。
悠は的へ向き直る。
引き金を引く。
――パンッ!
弾幕が飛ぶ。
「なるほどな」
魔理沙が腕を組む。
「悪くない」
「だろ?」
悠が少し得意げになる。
「でも」
「でも?」
「私ならもっと派手にする」
「……」
「もっと威力を上げて、もっと大きく――」
「それはまだやらないよ」
ニトリが割って入る。
「今は安全に撃てることの方が大事」
「そうか」
魔理沙は少し残念そうにした。
そして、悠を見る。
「でも、お前」
「ん?」
「ちゃんと戦えるようになってきたじゃないか」
「……そうかな」
「ああ」
魔理沙は笑った。
「最初は弾幕を撃てない人間だったんだろ?」
「今も撃てないよ」
「でも、撃つ方法は見つけた」
悠は少し黙った。
「……そうだな」
自分の力ではない。
霊夢のように霊力があるわけでもない。
魔理沙のように努力で魔法を身につけたわけでもない。
それでも。
自分には、自分の戦い方がある。
「ありがとう、ニトリ」
「どういたしまして」
ニトリが笑う。
「これからもっと良くしていけばいいんだよ」
その時だった。
「……ん?」
魔理沙が突然、外へ顔を向けた。
「どうした?」
「何か……」
工房の外へ出る。
悠たちも続く。
そして――。
「……何だ、あれ」
悠が空を見上げた。
夕方の空が、赤く染まっている。
だが、それは夕焼けではなかった。
遠くの空から、赤黒い霧がゆっくりと広がっている。
山を覆い。
森を覆い。
幻想郷そのものを飲み込むように。
「霧……?」
ニトリが呟く。
魔理沙は黙って空を見上げていた。
やがて、その顔から笑みが消える。
「……異変だ」
「異変?」
「ああ」
魔理沙が箒を手に取る。
「行くのか?」
「当然だろ」
「どこへ?」
魔理沙は赤黒い霧の向こうを指差した。
遠くに見える、紅い館。
「決まってる」
魔理沙が箒に跨る。
「紅魔館だ」
そのまま空へ飛び立っていく。
悠はその背中を見送った。
手元には三本のマガジン。
一本十発。
合計三十発。
そして――。
幻想郷を覆い始めた、赤い霧。
「……何なんだよ、これ」
悠は銃を握り直した。
まさか、この武器を手に入れた直後に。
こんなことになるとは思っていなかった。
隣では、チルノが赤い空を見上げている。
「悠」
「ん?」
「行こう」
「……どこへ?」
チルノは紅魔館の方を指差した。
「あっち」
悠はしばらく黙っていた。
そして――。
「……分かった」
三人は、赤く染まった空を見上げた。
幻想郷を巻き込む異変は、すでに始まっていた。
紅魔館。
その最上階にある一室。
レミリア・スカーレットは、窓の外を眺めていた。
幻想郷を覆っていく、赤黒い霧。
太陽の光は完全に遮られ、辺りは昼間とは思えないほど暗くなっている。
レミリアは静かに笑った。
「……時は来た」
その声に、背後に控えていた咲夜が振り返る。
「お嬢様」
「もうすぐ、この幻想郷は紅い霧に包まれる」
レミリアは窓を開ける。
冷たい風とともに、紅い霧が部屋へ流れ込んできた。
「これで太陽は消えた」
小さな身体を翻し、レミリアは広がる霧を見渡す。
「さあ――」
そして、楽しそうに笑った。
「かかってきなさい、博麗の巫女」
その声は、誰もいない幻想郷へ響くようだった。
「このレミリア・スカーレットが、相手をしてあげるわ」
紅い月が、霧の向こうで静かに輝いていた。
読んで頂きありがとうございます!
気づいてるとは思いますが番外編は本編へ合流致します!