白翼のシエル×5D's   作:シュテル・ルシフェル

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個人用 シエル 遊戯王世界に迷い込む



 

 最初に異常を認識したのは、空だった。

 

 アークの空ではない。

 

 見上げれば、無数の高層建築が午後の日差しを照り返し、窓ガラスの反射が白い光となって視界の端を滑っていく。足元を震わせる交通音も、鼻先をかすめる排気の匂いも、シエルが知るアークのものとは微妙に違っていた。

 

 さらに遠方では、巨大な環状道路のような構造物を、見たこともない二輪車が甲高い駆動音とともに駆け抜けていく。速度だけなら理解できる。問題は、その車両に乗ったまま、運転者が腕に奇妙な装置を展開していたことだった。

 

 知らない街だ。

 

 それも、単に別の都市へ迷い込んだという程度ではない。

 

「…………」

 

 シエル・アークライトは、三秒ほど黙った。

 

 左右を見る。もう一度、空を見る。

 

 腰の携行端末を起動し、装備側のセンサーも順に確認する。青白い表示が視界の端に並んだが、返ってくる情報はどれも芳しくない。

 

 現在位置――不明。

 通信――圏外。

 アーク中央管制とのリンク――切断。

 アルビトラ回線――応答なし。

 衛星測位――既知の座標系と一致せず。

 

 端末の故障ならまだよかった。複数系統が同時に同じ結論を返している以上、異常なのは機械ではなく、自分が立っている場所の方だ。

 

「……迷子ですね」

 

 結論だけを口にした。

 

 かなり規模の大きな迷子だった。

 

 とはいえ、立ち尽くしていても座標は戻らない。周囲には人間がいる。言語も通じるらしい。なら、最初にすべきことは変わらない。

 

 情報収集。

 

 そう判断して歩き始めたところで、背後から拡声器越しの鋭い声が飛んできた。空気を震わせた声に、近くを歩いていた人々が何事かと振り返る。

 

『そこの少女! 停止しろ!』

 

「?」

 

 振り返る。青と白を基調とした制服。胸部には見知らぬ組織章。さらに道路脇には警察車両らしきものが停まっている。

 

「身分証を提示しろ」

 

「身分証」

 

「そうだ」

 

「ありません」

 

「……何?」

 

「正確には、あなた方の行政機関が認識可能な身分証を所持していません」

 

「余計に怪しいじゃねえか!」

 

「ですが事実です」

 

 会話が噛み合わない。

 

 相手は何かを当然の前提として話している。こちらには、その前提が一つもない。説明しようにも「どこから説明すればいいのか」を決めるための共通知識すら不足していた。

 

 シエルは困っていた。表情にはほとんど出ていなかったが、思考の中では既に三通りほど説明方法を組み立て、その全てを「余計に怪しまれる」と却下している程度には困っていた。

 

 そのときだった。

 

「おーい、嬢ちゃん」

 

 聞き覚えのある声。

 

 道路脇のベンチに、無精髭の男が座っていた。くたびれた服。片手には紙袋に入った瓶。そして、この状況には似つかわしくないほど気楽な顔。

 

「…………あなた」

 

「久しぶり」

 

「なぜここにいるんですか」

 

「俺が聞きたい」

 

 以前、シエルが街中で介抱した男だった。

 

 道端で酔いつぶれ、放っておくには危なそうだったから手を貸した。それだけの縁のはずなのに、こうして世界そのものが違って見える場所で再会すると、知っている顔が一つあるだけで周囲の異物感がわずかに薄れる。

 

 名前も、どこに住んでいるのかも、何をしている人間なのかも知らない。それでも、その顔を見た瞬間に肩から少し力が抜けたことを、シエルは自覚していた。

 

「また飲んでいたんですか」

 

「これは水だ」

 

「アルコール臭がします」

 

「細けぇなあ」

 

「以前もそれで倒れていました」

 

「その節はどうも」

 

 どこか父や母の隣にいたときに似た安心感がある。その理由は今でも説明できない。

 

「そこの二人! 知り合いならまとめて事情を聞かせてもらうぞ!」

 

 セキュリティ隊員が声を荒らげ、腕に奇妙な装置を構えた。

 

「デュエルだ!」

 

「…………」

 

 シエルは硬直した。

 

「何ですか、それは」

 

「は?」

 

「デュエルとは?」

 

 今度は隊員が硬直した。

 

 男が腹を抱えて笑い始める。

 

「ははははは!」

 

「笑うところですか?」

 

「いや、悪い。お前が真顔で『デュエルとは?』って聞くと思わなくてな」

 

「知らないものは知りません」

 

「まあ、簡単に言えばカードゲームだ」

 

「カードゲーム」

 

 シエルはセキュリティを見る。武装した治安維持組織である。男を見る。酒臭い。もう一度セキュリティを見る。

 

「……拘束の可否を、カードゲームで決めるのですか?」

 

「この街じゃだいたいそんなもんだ」

 

 男が答えた。

 

「非合理的です」

 

「俺もそう思う」

 

 その瞬間、シエルの左腕に電子音が鳴った。

 

 いつの間にか装着されていたデュエルディスク。そして腰には小さなデッキケース。

 

「…………」

 

 シエルがケースを開ける。一番上のカードには、赤い装甲をまとった少女。

 

《閃刀姫-レイ》。

 

「女の子……?」

 

「似合ってるだろ」

 

「あなたが選んだんですか」

 

「知らんって」

 

「今の発言で信頼度が下がりました」

 

 それでも無用な実力行使を避けられるなら、とシエルはデュエルディスクを展開した。

 

「分かりました。ルールを教えてください」

 

「任せろ」

 

「なぜあなたが詳しいんですか」

 

「人生、長く生きてりゃ色々ある」

 

「説明になっていません」

 

『DUEL』

 

 LP4000。

 

 セキュリティ側はモンスターを展開し、《ゴヨウ・ガーディアン》をシンクロ召喚する。

 

「集いし星が新たな力を呼び起こす! 光差す道となれ! シンクロ召喚!」

 

 巨大な戦士が警棒を構え、道路へ降り立つ。

 

「強そうですね」

 

「実際強いぞ。戦闘で倒した相手をしょっ引く」

 

「治安組織らしい能力ですね」

 

 シエルのターン。

 

《増援》から《閃刀姫-レイ》を手札へ。

 

 続いて《閃刀起動-エンゲージ》。

 

 相手のデュエルディスクに警告が走る。

 

『UNKNOWN CARD DATA』

 

「そんなカード、見たことがないぞ!」

 

「私も先ほど初めて見ました」

 

「お前も知らねえのかよ!」

 

「はい」

 

 男が笑っている。

 

《ホーネットビット》からトークンを生成。

 

 次の瞬間、道路上に青い光の回路が走った。

 

『EXTRA MONSTER ZONE――GENERATE』

 

「なんだ、そのゾーンは!?」

 

「私にも分かりません」

 

「嬢ちゃん、そのトークンを素材にする」

 

「シンクロ召喚ですか?」

 

「違う」

 

「融合?」

 

「違う。リンク召喚だ」

 

「なんだそれはああああ!?」

 

 セキュリティの絶叫。

 

「召喚条件を確認。理解しました」

 

「早いな」

 

「構造は単純です」

 

「リンク召喚。《閃刀姫-カガリ》」

 

 炎色の強化装甲をまとった少女が着地する。

 

「合理的ですね」

 

「だろ?」

 

「好きな構造です」

 

「だと思った」

 

「やはりあなたが選びましたね?」

 

「さあな」

 

 カガリで《エンゲージ》を回収し、再び発動。《ウィドウアンカー》を確保。さらに《シズク》へ換装する。

 

「このデッキは、正面から最大火力を押し付けるものではありませんね」

 

「正解」

 

「状況に合わせて装備を変更し、必要な機能を必要な瞬間だけ使う」

 

「そういうことだ」

 

「……私向きです」

 

「知ってる」

 

 次のターン、ゴヨウ・ガーディアンがシズクを戦闘破壊する。

 

「そしてゴヨウ・ガーディアンの効果! 戦闘破壊したモンスターを俺のフィールドに守備表示で――」

 

『ERROR』

『DEFENSE POSITION――UNAVAILABLE』

 

「……あ?」

 

「守備力がありません」

 

「なんで!?」

 

「リンクモンスターだからだ。そいつ、守備表示になれねえんだよ」

 

「そんなモンスターがいるか!」

 

「そこにいるだろ」

 

「《ゴヨウ・ガーディアン》とは相性が悪いようですね」

 

「そういう問題じゃねえ!」

 

 シエルの返し。

 

《アフターバーナー》でゴヨウ・ガーディアンと伏せカードを処理。

 

《レイ》で直接攻撃。

 

 さらにレイをリリースして《ハヤテ》へ換装し直接攻撃。

 

 最後は《リンケージ》から《カガリ》へ繋いで勝負を決めた。

 

『LP 0』

『WIN――CIEL ARCLIGHT』

 

「初デュエル……だよな?」

 

「はい」

 

「リンク召喚ってなんだ……?」

 

「私も詳しくは」

 

「なんで俺より使いこなしてるんだ……」

 

「説明書を読みました」

 

「説明書!?」

 

 その後、応援を呼ばれてしまう。

 

「……またデュエルですか?」

 

「たぶんな」

 

「この世界の治安維持制度には重大な欠陥があります」

 

「そこは俺も否定しねえ」

 

 遠くから複数のエンジン音。

 

 シエルは小さく息を吐いた。

 

「……元の世界へ帰る方法を探したいのですが」

 

「まずはデュエルだな」

 

「なぜですか」

 

「ここがネオ童実野だからだ」

 

「説明になっていません」

 

 白翼の少女にとって、長い一日が始まった。

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