レッド・デーモンズ・ブレンド。
当初は、ジャックのコーヒー代という家計への継続ダメージを止めるためだけに生まれた。
ところが、専用缶とカップまで完成すると、それを眺めていたクロウがふと計算を始めた。
高級豆ではない。
特別な装置もいらない。
それでいて、ジャック・アトラス本人が実際に毎朝飲んでいる。
そこまで揃ってしまえば、次の発想が出るのは自然だった。
「……これ、売れるんじゃね?」
クロウが言う。
「俺も今それ思った」
男。
遊星も頷く。
「ジャック本人が毎朝飲んでいる味なら広告として強い」
シエルも。
「商品化そのものは可能です。ただし品質管理が必要です」
現在のレシピは、シエルの高精度な抽出を前提にしている。
「一般家庭では無理」
「はい。したがって購入者側の技術差を吸収できる形へ調整する必要があります」
遊星の目が輝く。
「雑に淹れても、ある程度同じ味になるようにする」
「その通りです」
家庭用商品版は少し配合を変え、ジャック専用版はシエルが従来通り淹れる。
価格設定。
ジャックは高くしたがる。
「もっと高くても売れるだろう」
「売れる可能性はあります。ですが日常的に飲めなければ意味がありません」
「この商品の価値は『キングが飲んでいる味を、自分も毎朝飲める』ことです」
大衆が手に取りやすい価格帯にする。
商品名は《RED DEMON'S BLEND》。
◇
販売初日。
店頭に並んだ黒と深紅の缶の前には、《キングの朝は、ここから始まる》という大きな広告。
最初の数時間は、ジャックの知名度で売れたと言ってよかった。
初回分はほぼ完売。
だが、本当に見るべき数字はその先だとシエルは考えていた。
◇
一週間後。
再購入率も良好。
名前だけで一度買った客が、もう一度同じ商品へ手を伸ばしている。
そこで初めて、味そのものにも商品力があると判断できた。
「つまり味そのものが認められたということだ!」
「そうですね」
「『ブルーアイズ・マウンテンより毎日飲める』」
ジャックが止まる。
「……勝った」
「何に?」
「ブルーアイズに!」
◇
一か月後。
クロウが家計簿と一緒に、一枚の収支報告をテーブルへ置いた。
そこには、これまでジャック関連ではほとんど見たことのない数字が載っている。
支出ではない。
収入だった。
ブランド使用料と売上分配。
「ジャック。お前……家計に金入れられるじゃん」
ジャックが固まる。
「当然だ。キングたる者、民衆から支持されれば富など自然に集まる!」
「絶対今考えたろ!」
しかしジャックは商品缶を見て、珍しく真面目に言う。
「シエル。これはお前の味でもあるんだろう。俺だけの功績ではない」
シエルは首を傾げる。
「私にはブランドとしての商品価値がありません。この世界での知名度はほぼありません。ジャックさんの名前がなければ、これほど売れていません」
「だが味を作ったのはお前だ。取り分を受け取れ」
「不要です。居候代として作ったので」
「自分の働きに対価を受け取らぬのはキングの流儀に反する!」
「私はキングではありません」
男が提案する。
「レシピ権だけ嬢ちゃん名義にすれば?」
商品ブランドはジャック。
レシピ監修はシエル。
仕様書に一行。
『監修:Ciel Arclight』
「実質これシエルブレンドだよな」
「ブランドは俺だ!」
「はいはい」
キングはついに、自分のコーヒー代どころかチームの家計まで少し支える男になった。