ブルーノが加わってから、ガレージの密度が変わった。
人が一人増えただけではない。
遊星が工具を持てばブルーノが制御データを覗き、シエルが全体の負荷を指摘すれば二人が別々の角度から改善案を出す。
一つの問題に対して、返ってくる答えが三つ。
しかも、その三つが競合せず、別の層を補い合っていた。
「遊星! ここのブーストタイミングなんだけど!」
「それなら――」
「待ってください」
シエルが割り込む。
遊星号、ホイール・オブ・フォーチュン、ブラック・バード。
「同一方式をそのまま三台へ適用する必要はありません」
遊星号は総合安定性とレスポンス。
ホイール・オブ・フォーチュンは重量級を活かすトルク配分。
ブラック・バードは軽量性、瞬発力、滑空時の姿勢制御。
三人の得意分野が噛み合う。
遊星は実機に落とし込む設計者。
ブルーノはD・ホイールとモーメント系の専門。
シエルは全体最適化と検証。
男とクロウは会話についていけない。
「俺、何言ってるか全然分からねえ」
「奇遇だな」
「お前もかよ!」
テストコースを走るたび、三台の数値は少しずつ上がった。
最高速度だけではない。
加速の立ち上がり。ブレーキ時の姿勢。熱の逃げ方。部品交換に必要な時間。ライダーが入力してから車体が反応するまでの遅延。
一つ一つは地味でも、積み重なると別の機械に見えるほど差が出る。
それでも、未来技術は一つも使っていない。
「無駄を減らしただけです。部分最適ではなく全体最適」
ジャックも改良後のホイール・オブ・フォーチュンに乗り。
「素晴らしい!! 何だこの加速は!」
「低速から全部出すんじゃない。速度域に応じて必要な出力を使ってる」
「お前の閃刀姫と同じではないか」
「偶然ですが、そうですね」
その一方。
男は未来を知っている。
「近いうち、データ盗まれる」
「このD・ホイールの?」
「新エンジンのプログラムだったはず」
「事件自体は防がない?」
「防ぐと、その事件をきっかけに進むものまで変わる」
しかし今の最新データを盗ませれば、シエル加入後の異常な最適化まで流出する。
「だから旧版を盗んでもらう」
十四日前の、正常に動く旧データ。
偽装でも破壊工作でもない。
シエルは最新版を隔離し、外部接続不可、認証、バックアップ三系統。
◇
数日後。
朝のガレージへ駆け込んできたブルーノの声で、空気が一変した。
「遊星! プログラムが盗まれてる!」
遊星が椅子を蹴るように立ち上がり、クロウも表情を変える。
事件発生。
ただし。
シエルとシュテルだけは、他の三人より半歩ぶん冷静だった。
盗まれたのは予定通り旧版。
「最新版は?」
「無事」
「実機?」
「影響なし」
「バックアップ?」
「三系統正常」
「正史着地」
「その表現、少し慣れてきました」
事件は起きた。
原作の流れも残った。
シエルという異物によって早く到達した技術だけは外へ出なかった。