白翼のシエル×5D's   作:シュテル・ルシフェル

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第15話 お前、シエルを作ったのか?

 

 

 シエルカウンターが制定されて、しばらく。

 

 最初はただの悪ふざけだったはずなのに、結果だけを見ると妙なほど実用的だった。

 

 飲酒量は減った。

 

 食事は三食。

 

 睡眠も一定。

 

 余計なことを口走る回数まで減った。

 

 気づけばシュテルの生活は、以前とは比べものにならないほどまともになっていた。

 

「昨日の飲酒量」

 

「一本」

 

「食事」

 

「三食」

 

「睡眠」

 

「七時間ちょい」

 

「無駄遣い」

 

「してない」

 

「…………真人間ですね」

 

「元から人間だよ!」

 

 飲んだくれだった男は、コーヒーを飲み、自分でできることは自分でするようになった。

 

 ただし。

 

 一つだけ、まるで改善されなかったものがある。

 

 シエルへの甘さだった。

 

 何でも許すわけではない。危険なら止める。無茶なら却下する。

 

 けれど、安全を確認できて、本人が本当にやりたそうにしているなら。

 

 最後には、だいたい付き合う。

 

「D・ボードのブースター出力を、あと三パーセントだけ」

 

「駄目」

 

「二パーセント」

 

「駄目」

 

「一パーセント」

 

「……安全係数再計算してから」

 

「ありがとうございます」

 

「まだ許可してないよ」

 

 結局、一・二パーセントまで。姿勢制御補正追加。夜間最大出力禁止。雨天禁止。単独テスト禁止。

 

「ほんとに速いの好きだねえ」

 

「嫌いではありません」

 

「その言い方するとき、大体かなり好きなんだよ」

 

 別の日。

 

「新しいSpのテストを。三戦」

 

「二戦」

 

「三戦」

 

「二戦」

 

「二戦半」

 

「半とは?」

 

「三戦目は俺が疲れたら終わり」

 

「分かりました」

 

 クロウたちは気づく。

 

「シエル、お前シュテル相手だと結構わがまま言うよな」

 

「そうでしょうか」

 

「言ってる!」

 

 シエルはシュテルへ。

 

「迷惑ですか?」

 

「別に。安全なら好きにやればいいよ。危ないことだけは止める。あと飯と睡眠」

 

「分かっています」

 

 そんな二人を、遊星は何度も目にしていた。

 

 最初は単に仲がいいのだと思った。

 

 次に、以前からの知り合いだから距離が近いのだと思った。

 

 けれど、見れば見るほど説明が足りない。

 

 シュテルはシエルを甘やかすだけではない。

 

 どこまで任せ、どこから止めるかを、妙に正確に知っている。

 

 遊星は、その違和感をすぐ口には出さず、静かに覚えていた。

 

 

 夜。

 

 作業を終えたガレージは、昼間とは別の場所のように静かだった。

 

 整備灯だけが机を照らし、冷え始めた金属が時折小さく鳴る。

 

 残っているのは遊星とシュテルだけ。

 

 シュテルはD・ボードの走行ログを眺め、遊星は工具を片づけながら、何度かその横顔を見ていた。

 

「シュテル。前から気になっていた。シエルとはどこで知り合った?」

 

「前に介抱された」

 

「それは聞いた。でも、あれが最初じゃないんじゃないか?」

 

 シュテルの指が止まる。

 

 遊星は問い詰める口調にはしなかった。

 

 一つずつ。

 

 自分が見てきた事実だけを並べていく。

 

「お前はシエルのデッキを知っていた。本人が知らなかった閃刀姫を」

 

 シュテルは黙ったまま。

 

「シエルがどう戦うかも。D・ボードも、普通の車体は合わないと最初から分かっていた」

 

 言葉を重ねるほど、偶然で説明できる範囲が狭くなっていく。

 

「未来を知っているから?」

 

「それだけじゃない」

 

「シエルが何を気に入るか。何を嫌がるか。どこまでなら無茶をするか。何を言えば納得するか。シエル本人が気づいていないことまで、お前は知っている」

 

 シュテルは何も言わない。

 

「未来を知っているだけなら、シエルにあんな顔はしない」

 

「どんな?」

 

「父親みたいな顔」

 

「クロウたちの冗談だろ」

 

「俺はそう思ってない」

 

 遊星は続ける。

 

「シエルはお前の娘じゃない。血も繋がってない。同じ世界の人間でもない。なのに娘みたいに扱ってる」

 

 守るだけではない。

 

 好きにさせる。

 

 失敗しても、すぐ答えを教えない。

 

 危険なら止める。

 

 本人が選んだなら、最後は付き合う。

 

「それって、育てる側の距離なんじゃないか?」

 

 遊星の中で最後の一つが繋がる。

 

 シュテルは5D'sを物語として知っている。

 

 なら、シエルの世界も同じなのではないか。

 

 そこまで考えたとき。

 

 遊星の中で、散らばっていたものが一つの線になった。

 

 5D'sを「物語」として知っている男。

 

 なら、別の世界についても同じ立場で知っている可能性がある。

 

 そしてシエルに対してだけ見せる、あの距離。

 

「……お前」

 

 遊星は短く息を吸う。

 

「シエルを作ったのか?」

 

 ガレージの冷却ファンの音だけが、妙に大きく聞こえた。

 

 長い沈黙。

 

 シュテルは否定しなかった。肯定もしない。

 

「遊星。そういうとこ鋭いね」

 

「答えになってない」

 

「答える気ないから」

 

「そうか」

 

 遊星はそれ以上追及しない。

 

「もし俺の考えが当たってるなら、シエルには言わないのか?」

 

「言わない」

 

「何故?」

 

「意味がないから」

 

 シュテルは静かに言う。

 

「仮に俺が嬢ちゃんを作った側だったとしても」

 

 シュテルは、すぐ隣に置かれたD・ボードへ目を向けた。

 

 あれを作りたいと言ったのも。

 

 もっと速くしたいと言ったのも。

 

 閃刀姫を面白いと思ったのも。

 

 全部、今ここにいるシエル自身だ。

 

「今ここにいる嬢ちゃんは俺の所有物じゃない。俺がこうしろって言ったから生きてるわけでもない」

 

 D・ボード。

 

 デッキ。

 

 コーヒー。

 

 ガレージ。

 

 自分で選んだもの。

 

「自分で考えて、自分で選んで、俺にわがまま言って、シエルカウンターまで勝手に作ってる」

 

「それは結構楽しんでるな」

 

「正直ちょっと面白い。本人には言わないで」

 

「分かった」

 

「だから俺が何者かなんて、嬢ちゃんにはそんなに重要じゃないよ。今の俺はただのシュテル。偽名だけど」

 

 遊星は少し考え。

 

「でも少し分かる気がする。作ったからって、その先まで決める権利があるわけじゃない」

 

「…………」

 

「お前も、シエルが自分で選ぶのを見たいんじゃないか? だから答えを知ってても黙ってる」

 

「俺、そんな立派じゃないよ」

 

「立派かどうかは関係ない」

 

 遊星は言う。

 

「シエルがお前にわがままを言える。それで十分なんじゃないか?」

 

 シュテルは珍しくすぐには返さなかった。

 

 翌朝。

 

「シュテル。お願いがあります」

 

「D・ボードのブースター、一・五にしたいとかでしょ」

 

「…………何で分かったんですか」

 

「分かるよ。嬢ちゃんだから」

 

「では一・四」

 

「駄目」

 

「一・三」

 

「安全計算してから」

 

「ありがとうございます」

 

 シエルは少し嬉しそうに遊星とブルーノのところへ向かう。

 

 その背中を見送るシュテル。

 

 遊星が隣に来る。

 

「やっぱりそう見える」

 

「言うな」

 

「何も言ってない」

 

「顔に出てる」

 

 遊星は、それ以上何も言わなかった。

 

 答えを無理に引き出す必要はない。

 

 少なくとも今、シエルが彼を「シュテル」と呼び、シュテルがその声に振り返る。

 

 その関係が嘘ではないことだけは分かる。

 

 証拠はない。

 

 本人も認めない。

 

 でも一つだけ、ほぼ確信していた。

 

 シュテルはシエルの父親ではない。

 

 けれど、おそらく彼女が生まれるよりも前から彼女を知っていた人間。

 

 そして今では、自分が作った答えを押し付けるのではなく、彼女自身の答えを隣で見ていたいと思っている人間。

 

 シエルが「シュテル」と呼び。

 

 シュテルが「はいはい」と答える。

 

 今は、それだけで十分なのだと思った。

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