デュエルが終わると、道路に浮かんでいたホログラムが一つずつ消えていった。さっきまで怪物が立っていた場所には、いつものアスファルトと街灯だけが残っている。
シエルは手元のカードを一枚ずつ揃え、まだ慣れないデッキケースへ収めようとした。
初めて扱ったカード。初めて聞いた召喚法。それでも勝てた。
なら、次はもっと正確に扱える。
そう思った、そのときだった。
「……あ」
背後で、飲んだくれの男が呟いた。
「そういや嬢ちゃん。さっきの戦い、実は前のターンで勝てたんだよなぁ」
「…………何ですか?」
「前のターンで終わってた」
「なぜ終わった後に言うんですか」
「初心者に全部教えたら身につかんだろ?」
「アドバイザーを名乗りましたよね?」
男は墓地のカードを指す。
「《エンゲージ》。次に《アフターバーナー》。《カガリ》から《ハヤテ》。そのあと《リンケージ》」
「……《ハヤテ》を墓地へ送る」
「出すのは?」
「《閃刀姫=ゼロ》」
「正解。ただしゼロのサーチ効果は使うな」
シエルは《ゼロ》のカードテキストへ視線を落とした。
攻撃力二〇〇〇。
そして、もう一つの効果。
盤面を頭の中で巻き戻す。ハヤテの直接攻撃。リンケージによる換装。ゼロの攻撃。その後に自身をリリースすれば、レイとロゼが並ぶ。
「ゼロで攻撃。その後、自身をリリース。《レイ》と《ロゼ》を一体ずつ特殊召喚」
「はい、終わり」
シエルの指先が宙で止まる。
「ハヤテ一五〇〇。ゼロ二〇〇〇。レイ一五〇〇。ロゼ一五〇〇……合計六五〇〇」
計算が終わった瞬間、胸の奥に小さな引っ掛かりが生まれた。
勝ったことへの満足ではない。
見えていた勝ち筋を、自分が見落としたことへの悔しさだった。
「四千ライフなら過剰火力」
「……悔しいです」
「初デュエルだぞ?」
「もっと早く理解できたはずです。次は見落としません」
「負けず嫌いだねえ」
そのとき、遠くから低いエンジン音が近づいてきた。
赤いD・ホイールが滑るように減速し、二人の前で停まる。熱を帯びたエンジンからかすかな金属臭が漂い、ライダーは片足を地面につけると、ヘルメットを外した。
黒い髪。頬のマーカー。そして、状況を急いで決めつけることなく、まず観察しようとする落ち着いた目。
青年が名乗る。
「不動遊星」
「シエル・アークライトです」
遊星はリンク召喚に興味を示し、成り行きでデュエルとなった。
シエルの先攻。
《エンゲージ》から《ホーネットビット》、カガリ、再びエンゲージ。さらに《リンケージ》から《閃刀姫=ゼロ》。
伏せは《ウィドウアンカー》《レムニスゲート》。
「今度は攻め方じゃない。守り方を覚えろ」
「相手が完成させた化け物を殴り倒すのではなく、完成する前に止める」
「正解」
遊星のターン。
「《ジャンク・シンクロン》を召喚! 効果で墓地の低レベルモンスターを――」
「嬢ちゃん。今」
男の声に合わせて、シエルの視線が盤面を走った。
ジャンク・シンクロンそのものは脅威ではない。問題は、ここから墓地のモンスターを引き上げ、シンクロ素材を揃えること。
なら、止めるべきは完成したシンクロモンスターではなく、この一手だ。
伏せカードを開く。
「《Sp》ではありませんが――《閃刀機-ウィドウアンカー》」
鋭い機械音とともに青白いアンカーが射出され、ジャンク・シンクロンへ絡みついた。
「対象は《ジャンク・シンクロン》。その効果をターン終了時まで無効にします」
墓地から立ち上がりかけていた光が、糸を切られたように消える。
墓地魔法が三枚以上なのでコントロール奪取も可能だった。
「取るな」
「なぜですか?」
「閃刀魔法はメインモンスターゾーンが空いてる方が動きやすい。奪えるから奪う、じゃない。必要なものだけ使え」
「分かりました」
遊星は《ボルト・ヘッジホッグ》を墓地から特殊召喚。
「レベル2のジャンク・シンクロン、レベル2のボルト・ヘッジホッグ――」
「まだ。シンクロさせるな」
「素材が揃った瞬間に崩す」
「そう」
二体が揃った瞬間、遊星の呼吸がわずかに変わった。次の宣言が何かは、もう分かる。
シエルはシンクロ召喚の口上が始まるより先に伏せカードへ触れた。
「《閃刀亜式-レムニスゲート》」
墓地の閃刀姫と閃刀魔法が光となり、デッキへ戻っていく。その代わり、場を駆け抜けたリング状の光が《ジャンク・シンクロン》を包み、その姿を遊星の手札へ押し戻した。
フィールドに残ったのは、チューナーではないボルト・ヘッジホッグだけ。
「チューナーがいない。シンクロ召喚は成立しません」
遊星の動きが止まる。
「出されてから対処するのではなく、出させない」
「それがコントロールデッキだ」
しかもゼロはまだ残っている。
「自分・相手ターンに自身をリリース。レイとロゼを特殊召喚し、一枚破壊」
「二回止められたうえに、まだ妨害が残ってるのか」
「そのようです」
「他人事みたいに言うなよ」
「今日初めて使っていますので」
遊星はターンを終える。
シエルの口元がほんの少し緩む。
「楽しくなってきただろ?」
「別に」
「その顔は?」
「どういう顔ですか」
「勝ち筋見つけたときの顔」
「……知りません」
男は笑った。
「ちなみに、ここからも殺せる」
「先に言ってください」
「自分で考えろ」
「アドバイザーですよね?」
「教育方針だ」
遊星は二人を見ながら静かに思う。
――この少女より、後ろの酔っ払いの方が何者なんだ?