遊星のガレージには、朝から工具の音と話し声が絶えなかった。
WRGP――ワールド・ライディング・デュエル・グランプリ。
その大会が始まるらしいと知ってから、空気は少しずつ競技前のものへ変わっている。部品が増え、図面が増え、デッキ調整の話まで自然と食卓へ持ち込まれる。
そんな中。
「そういえば」
遊星が男を見る。
「前に言っていたな。5D's」
「…………あ」
全員の視線が集まる。
「俺たちは、そんな名前を名乗ったことはない」
「…………」
男がシエルを見る。
「助けません」
「まだ何も言ってない」
「顔に書いてあります」
逃げ場が消えた、そのとき。
「5D's……」
龍亞が呟く。
「それ、いいじゃん!」
「何がだ?」
「チーム名! WRGP出るならチーム名いるんだろ? だったらチーム5D's!」
男の目が点になる。
「…………助かった」
小声。
「聞こえました」
「今のは黙ってて」
「貸し一つです」
遊星が問い直すが、龍亞が同じ名を思いついたという偶然で、なんとか着地する。
その後。
WRGPに向け、D・ホイールの性能向上へ。
D・ホイールの外装が外され、フレームと駆動部がむき出しになっていた。
金属と潤滑油の匂い。まだ熱の残る部品。遊星が丁寧に束ねた配線。
シエルはしゃがみ込み、少し離れて全体を見たあと、今度は顔を近づけて駆動系を覗き込んだ。何度か位置を変え、配線の流れまで追う。
「確認しています。構造を」
数秒。
さらに数秒。
「……かなり古いです」
「古い?」
「制御系統、動力伝達、エネルギー変換効率、姿勢制御」
「もういい。遊星が地味に傷ついてる」
「傷ついてはいない」
「ですが遊星さんの設計思想そのものは優秀です。単純に文明基盤の差です」
遊星が訊く。
「シエルの世界では、もっと進んでいるのか?」
「はい」
「どれくらい?」
そこでシエルは止まった。
アーク。ルクス。イージス。人工知能。アンドロイド。超高密度エネルギー制御。惑星間航行。
「嬢ちゃん。気づいた?」
「……はい」
男はD・ホイールを見る。
「言わない方がいいだろ?」
「その可能性が高いです」
「モーメント」
シエルは都市規模の供給量やD・ホイールへの転用、出力特性から、ある程度動力源を予測できてしまった。
「私がここで技術提供すれば、この世界の技術発展を不自然に加速させる可能性があります」
「ようこそ。知ってる側へ」
「少し理解しました」
未来情報と技術情報。
種類は違う。
けれど、知っている側が不用意に与えれば、受け取った側の進む道そのものを変えてしまうという点では同じだった。
シエルは初めて、男が未来について頑なに口を閉ざす理由を、自分の専門領域で実感した。
そこで提案する。
「この世界ですでに存在している技術の範囲内でのみ、改善案を出します。未知の素材、未知のエネルギー理論、私の世界固有の制御技術は使用しません」
「それなら俺も納得できる」
クロウが訊く。
「でもシエルが普通に設計したら、どんなD・ホイールになるんだ?」
男とシエルが止まる。
「空飛ばす?」
「可能です」
「自律回避」
「可能です」
「対衝撃フィールド」
「実装できます」
「それ以上は駄目」
「なぜですか」
「完全に別作品になる」
「作品?」
「言葉の綾」
「貸し二つです」
「増えた!?」