翌朝。
ガレージへ差し込む光の中で、男は積み上がった部品を眺めながら、まるで昼食の献立でも決めるような軽さで言った。
「じゃあ作るか」
シエルは工具の点検をしていた手を止める。
「何をですか?」
「D・ホイール」
居候代として一台。さらに、徹夜癖のある遊星の負担も減らしたい。
男とシエルが作り始める。遊星も当然参加した。
「俺も参加していいか?」
「もちろんですが」
「設計から見たい。特にエンジン周り。フレーム設計も。制御系も」
「既存技術に限定したものなら」
「分かった」
設計条件の一つは、将来的に女性が乗ること。
誰なのか。
遊星たちが尋ねても、男はそこだけ妙に頑なに答えなかった。
未来を知っているからこそ、先に名前を出してはいけない。けれど、その人物へ渡る可能性を知っているからこそ、何も考えず作ることもできない。
曖昧な立場のまま、彼は一つだけ注文を出した。
「ちょっと薔薇っぽくできる?」
「薔薇」
「露骨すぎない程度に」
「用途に意味はありますか?」
「ある」
「言えない?」
「言えない」
シエルは装飾による重量や空力抵抗を嫌うが、遊星が空力を崩さず薔薇の花弁と棘を連想させるカウルと可動フィンを提案。
黒を基調に深紅のライン。将来の所有者――アキを思わせるブラック・ローズ風の意匠がまとまる。
外装案がまとまり、作業がエンジン設計へ移る。
そこで。
遊星が豹変した。
普段の落ち着いた表情はそのままなのに、質問の速度だけが目に見えて上がった。シエルが一つ答える前に次の疑問が生まれ、答えを聞けばその場で図面へ線が増えていく。
「シエル、なんでここを二系統にした?」
「熱分布が偏るからです」
「通常走行なら許容範囲だ」
「ライディング・デュエル時は高回転・急加速・急減速・旋回・映像システムが重なります。熱そのものではなく、熱による出力補正のズレを嫌いました」
「だからセンサーをこっちへ? 熱源から遠ざけるためじゃない。温度差を比較するため」
「正解です」
「なるほど……!」
振動対策。
配線。
吸気。
ブレーキ配分。
遊星は次々と質問し、翌日にはシエル案を5D's世界の素材特性に合わせて自力で改良してくる。
「これ、私の案より良いですね」
「本当か?」
「はい。この形にしたのは遊星さんです。これは遊星さんの技術です」
「じゃあもっと教えてくれ。考え方だけでいい。この世界の技術で、俺が形にする」
「いいえ、問題ありません。続けましょう」
「ただし今日は日付が変わる前に終了します」
「……分かった」
男は笑う。
「完全に整備主任だな、嬢ちゃん」
「遊星さんが寝ないからです」
夕方になるころには、作業台の上に散らばっていた部品の一部が、ようやく「一台の機械」の輪郭を持ち始めていた。
黒を基調に、深紅の線。
薔薇を思わせる曲面は装飾のためだけではなく、風を逃がす形として成立している。
まだ名前のないD・ホイールは、少しずつ形になっていった。