数日が経つころには、最初の設計図はほとんど原形を留めていなかった。
シエルが全体の負荷を見て方向を示し、遊星が実際に作れる形へ落とし込み、男が未来を知っているがゆえの妙に鋭い注文を挟む。
紙の上では一見小さな変更でも、別の部位へ連鎖する。
フレームを変えれば振動が変わる。振動が変われば固定方法が変わり、配線経路が変わり、整備性まで変わる。
積み重なった結果、もはや「試作」という言葉で済ませるには、最初の案から離れすぎていた。
「当初案から構造変更率が四割を超えています」
「もう別物じゃねえか!」
「そうとも言える」
遊星は楽しそうだった。
「一つ強くするんじゃなく、全体の負担を減らす。その方が結果的に長く高性能を維持できる」
男が横から言う。
「それ、マシンだけじゃなくて人間にも言えるよな」
遊星が止まる。
その日の夜。
壁の時計は、午後十一時五十八分を指していた。
ガレージには工具が金属へ触れる乾いた音と、冷却ファンの低い唸りだけが残っている。普通なら、とっくに切り上げていい時間だ。
遊星だけは、まだ次の部品へ手を伸ばした。
「よし。次は――」
「終了です」
即座にシエルの声が飛んだ。
「まだ二分ある」
「二分で何をするつもりですか」
「寸法だけ測る」
「測ったら設計図を確認、そのあと加工、仮組み。気づいたら午前三時です」
「……否定できない」
「では終了です」
さらに食事。
「昼に食べた」
「何を?」
「パン」
「何個ですか」
「……一つ」
「朝食は?」
「コーヒー」
「それは飲み物です」
「昨日の夕食」
「……忘れた」
「食べていませんね?」
男が顔を上げる。
「お前さぁ。俺でももうちょい食うぞ」
「あなたは酒のつまみを食事に数えないでください」
シエルは遊星へ。
「食事を抜いて作業するのは禁止です。身体機能、判断力、集中力が落ちます。作業精度も下がり、事故率が上がります」
「……分かった。食べる」
それから、昼食時間、睡眠、野菜まで管理される。
「休め、食べろだけなら多分聞かなかった。でも集中力が落ちた状態で整備する方が結局時間を無駄にする。睡眠を削った翌日は判断に時間がかかる。食事を抜いた日は手元も鈍る」
「気づきましたか」
「ああ。今まで気にしてなかった」
「そうかもな」
それから一週間。
変化は思った以上に早かった。
遊星は朝食を食べるようになった。昼になれば作業を切り上げ、夜も日付が変わる前後には工具を置く。睡眠時間は七時間前後。
作業時間だけを数字で見れば減っている。
だが、翌日にやり直す箇所も、手元の小さなミスも、明らかに減っていた。
「遊星が健康的になってる……」
「失礼だな」
「でも作業時間が減ったのに進捗は上がってる」
「やり直しが減ったから、結果的に早い。休む方が速くなることもあるんだな」
「限界状態での連続稼働が、常に最高効率とは限りません」
男がシエルを見る。
「それ、シエル自身にも言えるんじゃない?」
「…………今は遊星さんの話です」
「逃げた」
「逃げていません」