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三日後の朝。
ジャックは新しく採用された安価なコーヒーを飲みながら、妙に難しい顔をしていた。
味が悪いわけではない。実際、カップの減り方は以前より速い。それなのに表情だけが納得していない。
クロウがその矛盾へ先に気づいた。
「味は悪くない。いや、むしろ美味い。だが何かが足りん!」
「何だよ!」
「高貴さだ!」
男が頭を抱える。
「やっぱそこかぁ」
シエルは、ジャックの言葉をそのまま否定せず、一度分解して考えた。
味そのものは好んでいる。
にもかかわらず満足できない。
なら、不足しているのは味覚ではなく、それ以外の要素だ。
「味覚的満足度に加えて、名称や希少性による心理的満足を求めていた?」
「たぶんな」
「それで一杯三〇〇〇円」
「そう」
数秒考え。
「では、こちらでブランドを作ればよいのでは?」
男が止まる。
「嬢ちゃん、今ものすごく悪い顔してない?」
「していません。合理化です」
シエルはジャックへ。
「ブルーアイズとレッド・デーモンズ、どちらが高貴ですか?」
「レッド・デーモンズに決まっている!!」
即答。
「では決まりです。ブルーアイズ・マウンテンは終了します。代替品を作ります。仮称――レッド・デーモンズ・ブレンド」
「……悪くない」
「ちょろい」
「聞こえているぞ!」
ただし名前だけでは終わらない。
シエルはジャックの反応をデータ化する。
飲む速度。一口あたりの量。カップを置くまでの時間。追加で飲むまでの間隔。香りを確認する回数。表情変化。発言内容。
「コーヒー一杯に解析しすぎじゃない?」
「最適化にはデータが必要です」
豆の配合、焙煎度、挽き目、湯温、湯量、抽出時間、蒸らし。
シエルは毎回ほぼ完全再現。
「湯温、毎回同じなのか?」
「〇・一度以内です」
「手で淹れてんだろ!?」
「可能なので」
試作第五号。
シエルは何も説明せず、カップだけをジャックの前へ置いた。
ジャックが一口飲む。
いつものように講評が始まるかと思ったが、言葉が出ない。
代わりに、間を置かず二口目。
さらに三口目。
「……美味い」
それだけだった。
シエルの視線が、ほんの少しだけ鋭くなる。今までで一番、余計な演出がない。
余計な形容詞がない。
「これですね」
「何故分かる」
「飲用速度が上昇し、再摂取間隔が短い。さらに今回は『高貴』『芳醇』『キング』などの自己演出語彙を使用せず、単純に『美味い』と評価しました」
「本当に美味いとポエム消えるのかよ!」
専用カップも黒と深紅、炎と翼の意匠で作る。
翌朝。
「レッド・デーモンズ・ブレンドです」
同じ味なのに、ジャックは専用カップと名を得た途端。
「この力強い苦味、その奥に秘められた絶対王者の如き深み――」
「昨日と一〇〇パーセント同じ味です」
「シエル!」
男が指摘する。
「今は器と名が違うって、自分でブランドで美味く感じてるって認めちゃったな」
「違う!」
シエルは淡々と。
「ですが問題ないのでは? 実際にジャックさんが最も好んだ配合です。価格は大幅に安い。毎回同じ品質で提供できます。さらに名称と意匠によって心理的満足度も高い」
「完全上位互換では?」
ジャックは固まる。
「つまり、ブルーアイズ・マウンテンを超えるコーヒーを、俺は手に入れたということだ!」
「そういう解釈になるの!?」
家計対策は成功した。