白翼のシエル×5D's   作:シュテル・ルシフェル

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第9話 ブルーアイズとレッド・デーモンズ、どちらが高貴ですか?

 

 

 

三日後の朝。

 

 ジャックは新しく採用された安価なコーヒーを飲みながら、妙に難しい顔をしていた。

 

 味が悪いわけではない。実際、カップの減り方は以前より速い。それなのに表情だけが納得していない。

 

 クロウがその矛盾へ先に気づいた。

 

「味は悪くない。いや、むしろ美味い。だが何かが足りん!」

 

「何だよ!」

 

「高貴さだ!」

 

 男が頭を抱える。

 

「やっぱそこかぁ」

 

 シエルは、ジャックの言葉をそのまま否定せず、一度分解して考えた。

 

 味そのものは好んでいる。

 

 にもかかわらず満足できない。

 

 なら、不足しているのは味覚ではなく、それ以外の要素だ。

 

「味覚的満足度に加えて、名称や希少性による心理的満足を求めていた?」

 

「たぶんな」

 

「それで一杯三〇〇〇円」

 

「そう」

 

 数秒考え。

 

「では、こちらでブランドを作ればよいのでは?」

 

 男が止まる。

 

「嬢ちゃん、今ものすごく悪い顔してない?」

 

「していません。合理化です」

 

 シエルはジャックへ。

 

「ブルーアイズとレッド・デーモンズ、どちらが高貴ですか?」

 

「レッド・デーモンズに決まっている!!」

 

 即答。

 

「では決まりです。ブルーアイズ・マウンテンは終了します。代替品を作ります。仮称――レッド・デーモンズ・ブレンド」

 

「……悪くない」

 

「ちょろい」

 

「聞こえているぞ!」

 

 ただし名前だけでは終わらない。

 

 シエルはジャックの反応をデータ化する。

 

 飲む速度。一口あたりの量。カップを置くまでの時間。追加で飲むまでの間隔。香りを確認する回数。表情変化。発言内容。

 

「コーヒー一杯に解析しすぎじゃない?」

 

「最適化にはデータが必要です」

 

 豆の配合、焙煎度、挽き目、湯温、湯量、抽出時間、蒸らし。

 

 シエルは毎回ほぼ完全再現。

 

「湯温、毎回同じなのか?」

 

「〇・一度以内です」

 

「手で淹れてんだろ!?」

 

「可能なので」

 

 試作第五号。

 

 シエルは何も説明せず、カップだけをジャックの前へ置いた。

 

 ジャックが一口飲む。

 

 いつものように講評が始まるかと思ったが、言葉が出ない。

 

 代わりに、間を置かず二口目。

 

 さらに三口目。

 

「……美味い」

 

 それだけだった。

 

 シエルの視線が、ほんの少しだけ鋭くなる。今までで一番、余計な演出がない。

 

 余計な形容詞がない。

 

「これですね」

 

「何故分かる」

 

「飲用速度が上昇し、再摂取間隔が短い。さらに今回は『高貴』『芳醇』『キング』などの自己演出語彙を使用せず、単純に『美味い』と評価しました」

 

「本当に美味いとポエム消えるのかよ!」

 

 専用カップも黒と深紅、炎と翼の意匠で作る。

 

 翌朝。

 

「レッド・デーモンズ・ブレンドです」

 

 同じ味なのに、ジャックは専用カップと名を得た途端。

 

「この力強い苦味、その奥に秘められた絶対王者の如き深み――」

 

「昨日と一〇〇パーセント同じ味です」

 

「シエル!」

 

 男が指摘する。

 

「今は器と名が違うって、自分でブランドで美味く感じてるって認めちゃったな」

 

「違う!」

 

 シエルは淡々と。

 

「ですが問題ないのでは? 実際にジャックさんが最も好んだ配合です。価格は大幅に安い。毎回同じ品質で提供できます。さらに名称と意匠によって心理的満足度も高い」

 

「完全上位互換では?」

 

 ジャックは固まる。

 

「つまり、ブルーアイズ・マウンテンを超えるコーヒーを、俺は手に入れたということだ!」

 

「そういう解釈になるの!?」

 

 家計対策は成功した。

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