初星学園唯一の男性教員、今日も相談受付中   作:あんスタの民

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初星学園に赴任しました

今日から俺は、アイドル学校に赴任することになった。

 

基本的にはなにも変わらない。

 

生徒を見て、怒り、相談に乗り、時には笑いあう。

 

教師という仕事は、学校が変わろうが大筋では同じだ。

 

……まぁ、そんな常識はとうに破壊されたのだが。

 

それは少し先の話。

 

この時の俺――久世直人は、まだ何も知らなかった。

 

「ここが……初星学園か」

 

正門の前で立ち止まり、思わず校舎を見上げた。

 

初星学園。

 

アイドル育成に特化した、日本でも有数の専門教育機関。

 

アイドル科だけでなく、彼女たちを育成するプロデューサー科まで存在する。

 

事前に渡された資料だけでも相当に特殊な学校なのは理解していた。

 

レッスン施設。

 

収録用スタジオ。

 

トレーニングルーム。

 

撮影設備。

 

一般的な高校なら体育館の一つでも十分立派だというのに、ここは芸能事務所と学校を無理やり合体させたような設備が揃っている。

 

もっとも。

 

俺が赴任する理由はアイドルを育てるためではない。

 

俺は教師だ。

 

プロデューサーでもなければ、芸能関係者でもない。

 

授業をして。

 

生徒指導をして。

 

必要なら進路相談にも乗る。

 

ごく普通の仕事だ。

 

「……うん。普通にやればいい」

 

そう自分に言い聞かせ、職員玄関へ向かった。

 

少なくともその時点では、本気でそう思っていた。

 

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「久世直人です。本日からお世話になります。よろしくお願いします」

 

職員室で頭を下げる。

 

ぱちぱちと拍手が起きた。

 

周囲を見渡す。

 

女性。

 

女性。

 

女性。

 

女性。

 

……女性。

 

「あの」

 

思わず口を開いた。

 

「はい?」

 

近くにいた教員がこちらを見る。

 

「男性職員は……」

 

「ああ」

 

何でもないことのように答えられた。

 

「久世先生だけですね」

 

「…………俺だけ?」

 

「はい」

 

「校内全部?」

 

「教員では」

 

少し間を置いて、彼女は付け加えた。

 

「プロデューサー科の男子生徒なら何人もいますけど」

 

「ああ……」

 

それならまだいい。

 

同性が一人もいない職場というわけではないらしい。

 

もっとも生徒と教師では立場が違う。

 

「珍しいですね」

 

「そうですね。男性教員自体、かなり久しぶりです」

 

そう言われながら案内された席へ座る。

 

机。

 

椅子。

 

パソコン。

 

書類棚。

 

ごく普通だ。

 

少し安心した。

 

隣の机の教員から校内規則や授業予定について説明を受ける。

 

アイドル活動との兼ね合いで欠席や早退に特殊な扱いがある。

 

レッスンやライブのスケジュール。

 

プロデューサーとの面談。

 

芸能活動に関する届け出。

 

やはり通常の学校とは違う部分は多い。

 

だが理解できないものではなかった。

 

「なるほど……」

 

資料をめくる。

 

「プロデューサー科の生徒は、担当アイドルを持つ場合があるんですね」

 

「ええ」

 

「学校側が決めるんですか?」

 

「ケースによります。本人同士で決まる場合もありますし、スカウトもあります」

 

「高校生が高校生をプロデュース……」

 

改めて考えるとすごい学校だ。

 

「責任重大ですね」

 

そう言った瞬間。

 

隣の教員が、なぜか微妙な表情をした。

 

「……まあ」

 

「?」

 

「そのうち分かりますよ」

 

何がだ。

 

妙に含みのある言い方だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

午前中。

 

最初の授業。

 

教室へ入る。

 

当然ながら女子生徒ばかりだった。

 

その視線が一斉にこちらへ向く。

 

「今日からこのクラスを担当することになった久世直人だ」

 

黒板に名前を書く。

 

久世直人。

 

「専門科目についてはそれぞれ担当の先生がいるから、俺が教えるのは一般科目が中心だ」

 

しばらく教室を見渡す。

 

「アイドルだろうが何だろうが、生徒は生徒だ。提出物を忘れれば注意するし、授業中に寝れば起こす」

 

何人かが笑った。

 

「仕事が忙しい事情は考慮する。ただし、それを理由に全部許されると思うなよ」

 

そんなものだ。

 

普通の教師として。

 

普通に接する。

 

それでいい。

 

「よろしく」

 

授業開始。

 

教科書を開かせる。

 

ここまでは、本当に普通だった。

 

途中。

 

窓際の生徒が机に突っ伏した。

 

「おい」

 

返事なし。

 

「寝るな」

 

「…………」

 

肩を軽く叩く。

 

少女がゆっくり顔を上げる。

 

ものすごく眠そうだった。

 

「先生」

 

「なんだ」

 

「五分だけ……」

 

「駄目だ」

 

「三分」

 

「交渉するな」

 

周囲から笑い声。

 

「昨夜遅かったのか?」

 

「自主練で」

 

「だったらなおさら体調管理しろ。アイドルなら身体が資本だろ」

 

「はーい……」

 

少女は渋々姿勢を正した。

 

こういうところも普通だ。

 

むしろ普通の高校生らしくて安心する。

 

この学校でも、俺がやることは変わらない。

 

……本当に、そう思っていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

昼休み。

 

職員室へ戻った直後だった。

 

「失礼します」

 

男子生徒が一人入ってきた。

 

制服から見てプロデューサー科。

 

かなり真面目そうな青年だった。

 

「あの」

 

俺の机まで来る。

 

「久世先生でよろしいでしょうか」

 

「そうだけど」

 

「少し相談があります」

 

初日から相談。

 

教師らしい仕事だ。

 

「いいぞ。座れ」

 

向かいの椅子を勧める。

 

青年が座った。

 

「担当アイドルについてなのですが」

 

「うん」

 

「最近、食事管理が上手くいっていません」

 

なるほど。

 

確かにアイドルなら体型管理は重要だろう。

 

だが高校生でもある。

 

極端な減量なら止める必要がある。

 

「具体的には?」

 

「本人が食べたがります」

 

「……食べるだろ。人間だから」

 

「特にラーメンを」

 

「まあ高校生なら好きな子もいるだろ」

 

「夜中に」

 

「それはやめさせろ」

 

「はい」

 

青年が真剣に頷く。

 

「ですので夕食のカロリーと栄養素を再計算しました」

 

「……おう」

 

「間食も全て記録しています」

 

「随分徹底してるな」

 

「体重の推移も毎日」

 

「毎日?」

 

「体脂肪率も」

 

「待て」

 

俺は資料から顔を上げた。

 

「それ、本人納得してるのか?」

 

「はい」

 

「本当に?」

 

「怒られますが」

 

「それ納得してない可能性ない?」

 

青年は少し考えた。

 

「ですが月村さんは放っておくと際限なく食べますので」

 

月村。

 

生徒名簿を思い出す。

 

月村手毬。

 

確か歌唱評価が非常に高い生徒だったはずだ。

 

「……担当って月村手毬か」

 

「はい」

 

青年は当然のように答える。

 

「それで相談なのですが」

 

「ああ」

 

「購買に高カロリー商品の販売制限をお願いすることは可能でしょうか」

 

「駄目に決まってるだろ」

 

即答した。

 

「そうですか」

 

「他の生徒が何したんだよ」

 

「では月村さんだけ購入制限を」

 

「学校を何だと思ってる」

 

「教育機関です」

 

「分かってるじゃないか」

 

「だからこそ健康管理を」

 

「お前の健康管理が怖いんだよ」

 

青年は少し困った顔をする。

 

悪気がない。

 

それが余計に怖い。

 

「とにかく」

 

俺は額を押さえた。

 

「食生活について相談するのは構わない。保健室や栄養士と連携するのもいい。ただし購買まで封鎖するな」

 

「分かりました」

 

「あと、本人の意思も尊重しろよ」

 

「もちろんです」

 

自信満々だった。

 

……本当か?

 

「ありがとうございました」

 

深々と頭を下げ、青年は去っていった。

 

俺はその背中を見送る。

 

しばらくして、隣の先生に聞いた。

 

「今の生徒、いつもあんな感じなんですか」

 

「ああ、月村さんのプロデューサーですね」

 

「はい」

 

「真面目ですよ」

 

「真面目すぎません?」

 

「慣れます」

 

またそれだ。

 

「そのうち分かりますよ」といい。

 

「慣れます」といい。

 

この学校の教員は何かを諦めているような気がする。

 

その時。

 

再び職員室の扉が開いた。

 

「失礼します」

 

また男子生徒。

 

「久世先生はいらっしゃいますか」

 

嫌な予感がした。

 

「……俺だけど」

 

「相談があります」

 

二人目。

 

「担当アイドルについてなのですが」

 

俺は少しだけ身構える。

 

「……何があった」

 

「レッスンの負荷についてです」

 

まともだ。

 

良かった。

 

「本人がまだ余裕そうなので、もう少し負荷を上げようと思っています」

 

「うん。程度によるな」

 

「階段昇降を追加しようかと」

 

「それくらいなら――」

 

「重りを付けて」

 

「何キロ」

 

「検討中です」

 

「担当は?」

 

「篠澤広さんです」

 

その名前には覚えがあった。

 

身体能力の評価。

 

確か――かなり低かったはず。

 

「待て」

 

「はい」

 

「篠澤って、今日保健室に運ばれてなかったか?」

 

「ああ」

 

青年が少し嬉しそうに笑った。

 

「今日はよく頑張っていました」

 

「何で嬉しそうなんだよ」

 

「本人も喜んでいました」

 

「もっと駄目だろ!」

 

周囲の職員。

 

誰も驚かない。

 

一人は書類を書いている。

 

一人はコーヒーを飲んでいる。

 

一人などこちらをちらっと見て、すぐ仕事へ戻った。

 

俺だけがおかしいのか?

 

いや。

 

違う。

 

絶対に違う。

 

「先生」

 

広のプロデューサーが真剣な顔で尋ねた。

 

「どの程度までなら学校として許容されますか?」

 

「まず倒れない範囲にしろ」

 

「ですが本人が」

 

「本人が喜ぶかどうかで決めるな!」

 

「なるほど」

 

何を納得した。

 

「ありがとうございました」

 

彼も頭を下げて去った。

 

俺は椅子にもたれた。

 

天井を見る。

 

赴任初日。

 

昼休み開始から、まだ十五分。

 

俺は静かに呟いた。

 

「……プロデューサー科って、こんなのばっかなのか?」

 

隣の先生が笑った。

 

「久世先生」

 

「はい」

 

「今日はまだ二人ですよ」

 

「…………」

 

まだ。

 

その言葉が妙に引っ掛かった。

 

直後。

 

職員室の扉が三度開く。

 

「失礼します」

 

三人目の男子生徒が入ってきた。

 

周囲を見渡し。

 

俺を見つける。

 

そしてこちらへ歩いてくる。

 

「久世先生。少々ご相談が」

 

俺は無言で顔を覆った。

 

今日から俺は、アイドル学校に赴任することになった。

 

生徒を見て。

 

怒り。

 

相談に乗り。

 

時には笑いあう。

 

教師の仕事は、基本的には何も変わらない。

 

ただ一つ。

 

俺はこの日、まだ知らなかった。

 

この学園にいるプロデューサーたちが。

 

想像していたより遥かに――

 

頭のネジを何本か置き忘れているということを。

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