TS転生なんかしたくなかった   作:害悪転生者

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放っておいて欲しかった

 死んだ、と、そう思った。

 激痛に苛まれる中、体がすーっと冷たくなっていって、体が動かせなくなっていって、意識が遠退いていって。

 ああ、死ぬんだと、体の感覚を失って、それでも痛みだけはハッキリ感じる中で、そう思った。

 

 良かった。

 

 そう心から思った。

 やっと死ねるって思った。

 この苦痛から解放されるって。

 死ぬ直前の引き伸ばされた時すら煩わしかった。

 

 走馬灯なのか何なのか、色んな景色が浮かんでは消えていく。

 俺の産まれてからこれまでの、くだらない光景が。

 

 さっさと死なせてくれ、そう思った途端に何かに引っ張られるように、一気に気が遠くなった。

 やっとかと、心の底からの安堵を、産まれてこの方感じた事のない充足感を覚えながら、それに身を任せて…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『可哀想に』

 

 気付けば俺は、真っ白い空間にいた。

 いや、いるのか?

 わからない、体の感覚がない。

 

 視界が動かない。

 ただただ真っ白い光景が広がった空間と、そこにポツリと浮かぶなんらかの人影があるだけの景色で固定され、変わる事はない。

 わかるのは、その人影がこっちを見ている事だけだった。

 

『あなたは死にました』

 

 不思議な響きの声だった。

 その人影から発せられてるのか、空間に響いているのか、それともはたまた自分に直接伝わってきているのかわからなかった。

 

 ……いやそんな事より今、俺が死んだって言ったか?

 ならなんで今俺に意識があるんだ?

 

『あなたの事は見ていました。あなたへのあまりにも惨い仕打ちに、わたしは胸を痛めていました』

 

 痛めていた、そう言うわりにはその言葉は淡々としていて感情は感じられなかった。

 まぁ、今更よくわからない存在に同情されたところでどうでもいいというのが本音だけど。

 あんたが誰か知ったこっちゃないが、そう思うならせめて放っておいてくれ。

 もう俺は死にたいんだよ。

 

『なのであなたに新たな命を与えます』

 

 ……は?

 

『転生、というものです。現在のあなたの意識と記憶を持ったまま、新たな命を得て新たな人生を歩んでください。安心してください。転生特典もつけておきます。きっと素晴らしい人生を送れますよ』

 

 待て、おい!

 転生特典だかなんだか知らないが、俺はもう生きたくないんだよ!

 

 どれだけ叫んだつもりになっても、声には届いていないようだった。

 淡々とした口調のまま、それは沙汰を下す。

 

『それでは、良き人生を』

 

 そんな声と同時に、俺の意識は遠くなり始めた。

 真っ白い空間が、視界が黒く染まっていく。

 そして、俺の意識が途切れる寸前、純白の空間に浮かぶ一つの人影だけが見えて。

 その顔の部分が、口のような部分が見えて。

 三日月のように裂けて、嘲笑したような……そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「おお、産まれたか! よくやったぞ」

 

「ええ……あなた……」

 

「どれどれ……おお……お? ……泣いていないな。そう言えば泣き声も聞こえなかったが……大丈夫なのか?」

 

「はい、色々調べましたが……問題なく健康体のようです。私達にとっても初めての事で戸惑いましたが……母子ともに問題ありません」

 

「そう、か……ははは! なあにそういう事もある! 何せ俺とお前の子だ。見よこの深い知性の感じられる顔つきを! きっと聡明で良い子に育つ!」

 

「はい……勿論です、あなた」

 

「さて、名をつけねばな……性別は……と」

 

「ふふ……元気な女の子ですよ」

 

「ほほう……では――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「レイチェル!」

 

 真紅の髪を乱雑に切り揃えた偉丈夫が、辺りを見回しながら誰かの名前を呼んでいた。

 様々な調度品の置かれた豪華絢爛な廊下を、荒っぽい足取りでズカズカと駆けていく。

 そんな男と廊下ですれ違う使用人らしき者達は咎める事なく、むしろ頭を下げて敬意を向けていた。

 それもその筈、この男こそこの家の……城の主であるのだから。

 

 やがて男はその足取りのまま、城の中庭へと飛び出した。

 色とりどりの花々に綺麗に切り揃えられた木、中庭とは思えないそこでも幾人かの使用人が男に気付き、頭を下げていた。

 

「おい、レイチェルを見なかったか?」

 

 傍らで箒を手に掃除をしていた使用人へと男は話し掛ける。

 使用人の女は恭しい態度で頭を下げてから、ゆっくりと口を開いた。

 

「申し訳ありません、先程まで此方におりましたが今は……」

 

「そか……ったく、今日は見合いの日だと伝えた筈なんだがな……遠方から遥々きて下さってるんだ、待たせる訳には……」

 

 男はブツブツと呟きながら、使用人の女に背を向けた。

 そのまま辺りに忙しなく視線を巡らせながら、同じよう足取りで中庭を後にした。

 使用人はその背に深々を頭を下げ続け……見えなくなってからゆっくりと顔をあげた。

 

「わっ!」

 

「……」

 

 そして視界に飛び込んできた深紅に思わず声をあげた。

 腰まで伸びた艶々の深紅の髪、そこから覗く金色の大きな瞳が使用人を見上げている。

 つい先程まで間違いなく何もなかったその空間に、それは現れていた。

 

「お、驚かさないでくださいませ、お嬢様……」

 

 今まさに城主に探されていた実の娘、レイチェルは気にした様子もなくふいと視線を外した。

 視線の先は中庭の花畑。

 よく手入れされたそこでは季節の花が美しく咲き誇っていた。

 

「……花に産まれたかった」

 

「? 既にお嬢様は可憐な一輪の花となっておりますよ」

 

「……そういう事じゃない」

 

 まだ幼い身ではあるものの、両親の容姿端麗さをよくよく受け継いだレイチェルは、既にその美しさを開花させていた。

 新雪のような肌に深紅の長髪がよく映え、整った顔立ちは既に将来の完成された美を感じさせた。

 ただ難点をあげるとするならば、輝かしい金色の瞳がその気質からか、どんよりと曇って見える事だろうか。

 使用人は立場故に口には出さないが、常に死んでいるような目をしていると思っていた。

 それでもなお、その美しさは翳りを見せないとも感じていた。

 

「お嬢様、逃げ出すのも程々にしてくださいませ。今回のお見合いも、お嬢様の為を思って用意した席なのですよ? ちらりと耳にしましたがお相手はまだ幼いながらも優秀だそうですし、性格も良好との事です。……子供のうちから許嫁を決めるのは、貴女様の立場を思えば当然の事で――」

 

 使用人の言葉を、レイチェルはただ黙って聞いていた。

 いや、聞こえているのかいないのか、なんの反応も見せず、ただただ花畑を見つめているようだった。

 どれだけ言葉にしてもなんの痛痒も感じていない様子に、使用人は僅かに肩を落とした。

 まだまだ幼いとは言えこの様子では……と呆れた態度を滲ませた使用人は小さく息を吐いた。

 

「レイチェルッ!」

 

 その時、中庭に怒声が響いた。

 思わずレイチェルがその声のほうを振り返れば、先程通り過ぎた城主が肩をいからせて城から飛び出してくるのが見えた。

 青筋を立てて怒っているその姿を見て、使用人が身構えたのを見て……レイチェルは無造作に両手を軽く広げた。

 

「風魔法……【ウィンドアーマー】」

 

 その小さな呟きと共に右手に風が渦巻く。

 

「光魔法……【ライトリフレクション】」

 

 その呟きと共に左手に光が灯る。

 

 ズンズンと近付いてくる実父に視線を向ける事すらなく、レイチェルはそのまま両の手を左右から挟み込むように近付けていった。

 

パンッ!

 

 そうして音をたてて、風と光が、レイチェルの手の中で一つになる。

 

「【インビジブル・クロス】」

 

ブワッ

 

 瞬間、一陣の風が吹いた。

 

「むっ」

 

「キャッ」

 

 城主が思わず顔を庇い、使用人がはためくスカートを抑え……。

 気付けばそこにはもう、深紅の少女の姿はなかった。

 

「なっ……だあっくそっ! レイチェル! 何処行った! あのお転婆娘ェ!」

 

 辺りを見回しても深紅の姿は影も形もなく、城主は顔を歪めた。

 ダン、ダンと苛立ちのままに足を踏み鳴らして、舌打ちを一つ。

 そうして姿を眩ませたお転婆娘を探し、再び駆け出すのだった。

 

 使用人はそんな城主の姿に胸を撫で下ろした。

 どうやら娘を捕まえなかった事へのお咎めはないようだ、と。

 箒を両手で握り締め、使用人は安堵から深く息を吐いた。

 

「はぁー……お嬢様には困ったものね……。あれだけ可愛いのだから引く手あまただろうし、さっさと許嫁を決めてしまいたいご主人様の気持ちもよくわかるけれど、お嬢様本人がこれじゃあ……ね」

 

 呆れも含めた息を吐き出して、使用人は既に姿の見えない城主が去っていった方向を見つめた。

 果たしてあの方向に彼女はいるのだろうかと考えるも、あの神出鬼没な子が捕まるとはとても思えなかった。

 

 つい先程まで城の最上階にいたと思えば、次の瞬間には城の裏の堀で釣りしている、なんて事もあった子だ。

 そんな勝手知られている城で身を隠した彼女を見つけられる筈がない。

 

 まだ幼いながら既に魔法を十全に扱う少女を止められる者は、この城に殆ど存在しなかった。

 

「さて、掃除掃除……と」

 

 目の前にいるならいざ知らず、何処にいるかもわからない子を探す為のお鉢が自分に回ってくる事はないだろう。

 そう思考した使用人は、掃除を再開する事にした。

 この国の先行きに不安は残るが、それは一使用人でしかない自分が憂う事ではないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな使用人を、深紅の少女は木の上から見下ろしていた。

 金色の瞳を濁らせて、虚ろな瞳で静かに。

 

 やがて掃き掃除を再開した姿に興味を失ったのか、レイチェルは木の幹に腰掛けて、膝の上で開いていた分厚い本に視線を落とした。

 文字で埋め尽くされたその本は、とても年頃の少女が読むようなものとは思えないものだったが、レイチェルは淡々と読み進めていく。

 時折小刻みに頷きながら、レイチェルは木の上で静かに読書を続けるのだった。

 

「……はぁ……死にたい……」

 

 齢五にして、既に全てに絶望したような濁った眼で、少女は異世界の空を見上げた。

 青く染まった、かつての故郷とそう変わらない大空を見て、少女は小さく息を吐いた。

 なぜ自分は今ここで生きているのか、そう自問自答しながら。

 

 希死願望を抱きながら、魔国の王の一人娘、レイチェルは今日も生きる。




レイチェル
魔国の王の一人娘。
元男のTS転生者。
希死願望持ち。

転生特典【魔法合成】
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