TS転生なんかしたくなかった 作:害悪転生者
手のひらから伝わっていた熱がなくなる事が、こんなにも寂しく感じるんだと、初めて知った。
俺は、隣で恍惚とした表情で膝をつく彼を見て、目を細めた。
「…………」
謁見の間で立つのは俺と、ミサキと名乗った女だけ。
ニヤニヤと気持ち悪い顔で笑い、辺りを見回している。
やがてその視線は俺に向けられて……その表情がわかりやすく歪んだ。
「あぁ? なんで立ってるワケ? 私の魅了が効いてないの?」
不快を隠そうともしない言葉の中に、聞き捨てならない言葉が混じる。
魅了、彼女は確かにそう言った。
言われてみれば周りの様子は確かにその言葉通りで、謁見の間に詰め込まれた全ての人々はこの女に魅了されているのだと納得か出来た。
さっきのピンク色の波動がそれだというなら、俺に変化がないのは不気味だったが……それはいい。
「……お前がこの事態を引き起こしたのか?」
大事なのは、それだ。
俺の問いに対して女は訝しげな表情から、悩むような表情へと変わる。
「……ふぅん? 本当に効いてないのね? にしても能面みたいな顔した子ねぇ……口調もクールキャラ気取ってる感じで……」
そこで女は何度か頷くと、パアッとその表情を明るくさせた。
「悪くないわね! 私には及ばないまでも美少女だし、もっと磨けば光りそう♡ 魅了効いてないのは面倒だけど、ゆっくりじっくり仕込めば……いや、いっそ魅了なしで滅茶苦茶にしちゃってもいいかも……♡」
…………なんだこいつ。
一人でぶつぶつと、コロコロと表情を変えて……気持ち悪い……。
今世で初めてまともに見れた奴が、こんな奴なのか……。
なんとも言えない感情が心の中で渦巻いた。
それに何より……俺を見る目が、前世を思い出して不愉快だ。
「……もう一度聞く。これは、お前の仕業なのか?」
「え? ああ、そうよぉ♡ みーんな、私の魅力にメロメロになっちゃってるの♡ こうなったみんなはねぇ、私の為ならなんでもしてくれるのよ? 貴女の彼氏クンも、今は私のモノ♡ うふふ、羨ましいでしょう?」
ニヤニヤ、ニヤニヤと、笑みを深めて此方を見る女。
その笑みからは性根の悪さが滲み出ていた。
前世で何度も見た、自分が上だと思い込んだカス女の言動と重なりすぎて、吐きそうだ。
「まぁ、安心しなさい♡ 今から貴女も私のモノにしてあげるから♡ 女同士だけどだいじょーぶ♡ 彼氏クンの事も忘れさせてあげる♡」
玉座から飛び降りた女は、コツコツと音を立てて歩いてくる。
それに付き従うように、周りの人々がフラフラと……まるでゾンビのように追従していた。
女は満面の笑みを浮かべたまま、その光景を当然のように感じているのがわかる。
そこに疑問は何一つなく、ただ自分の思い通りになる事が当然だと思っているように感じられた。
「……ちっ……気持ち悪い……」
その態度も、笑みも、何もかもが気持ち悪かった。
人を人とも思わない態度も国を滅茶苦茶にしても気にする素振りもない態度も気持ち悪い。
そして何よりも、俺に向ける瞳が、情欲に濡れた
……もう、あんな目にあうのは、嫌だ。
脳内にフラッシュバックする、この体に刻まれていない筈の記憶が、頭の中をかき乱していく。
噛み締めた奥歯が、ギリと音をたてた。
「ふざけるな、勝手な事ばかり言いやがって……!」
憤りと共に体に魔力を滾らせる。
纏う魔力は雷、くだらない事ばかりほざくゴミ女に裁きを下してやる……!
身体強化魔法を行き渡らせ、足に力を込め、今すぐにでも飛び出せるように構えた俺に対して、女はケラケラと此方を見下して笑ったままだった。
「あら、こわーい♡ それ、魔法? 凄いわね、カッコいいー♡ まだ十歳くらいなのに、偉いわねぇ♡ でもー……」
もう、聞く価値もないだろうと姿勢を低くした時だった。
俺と女を遮るように、間に兵士が立ち塞がった。
フラフラと覚束ない足どりなのも拘わらずに。
「っ……!」
こいつっ……!
兵士達を、盾にしてやがる……!?
「ダメよ♡ 言ったでしょー? 今みんなは、私の為になーんでもしてくれるの♡ 私を守ろうとしてくれる、騎士様達……♡ そーしーてー……はいっ♡」
その光景に躊躇い、思わず足を止めた俺に、背後にいた兵士達が構えていた両腕にしがみついてきた。
バチィッ!
「あがばっ」
「おげぁっ」
そして当然纏っていた雷は、不埒者達に罰を下してしまう。
「あっ……く、くそっ……!」
感電し悲鳴を漏らす兵達に、思わず雷属性の身体強化を解除してしまう。
その途端、押し寄せる兵士達。
俺の護衛の兵士達も、この国の兵士達も、俺の四肢にしがみついてくる。
「離せ……!」
足掻くも、所詮まだ子供の域を出ない俺の素の身体能力ではそれを振りほどく事は出来ず、咄嗟に他の属性の身体強化魔法を使う事も出来ず……。
やがて身動きひとつ取れない程に拘束された俺の前に、ピンク色の女がニヤニヤとした笑みを浮かべて立ちはだかった。
「うふふ♡ おねーさんすごいでしょ? もう少しで貴女も仲間入りさせてあげる♡」
……そして、間近で見て気付く。
確かにこの女は美人だ。
少なくとも前世でこれほどの美人と直接会った事はない。
そう、前世基準で……美人だ。
今生で人の顔が認識出来なくなった俺じゃあ確かな事は言えないが……それっておかしくないか?
ここは異世界だ。
街並みや髪色なんかを省みると、一般的なイメージの異世界といった中世辺りの世界だと思っている。
そんな世界で自称美人が日本人的美的センスの美人で、どこか日本人的な面影を感じるなんて事が、あるのだろうか……?
改めてマジマジと女の顔を見る。
そこまで高くない鼻に、赤く染まった厚い唇、頬はほのかにピンク色に染まり、眉毛は薄く整えられ、二重瞼の瞳がいやらしく細められていた。
……どうにも日本人らしさが抜けていない容姿に、ふと頭に浮かんだ言葉をそのまま口ずさんだ。
「お前……転生者か……?」
ピクリ、女のニヤついた笑顔が、少しだけひきつった。
ツカツカと近付いた女は、俺の肩に両手を乗せた。
「……何? 何で知ってるの?」
その反応だけで最早確定だった。
……成程それで、という納得が俺の心を埋める。
前世の物語でよくあった展開だ。
きっとこいつも俺みたいに、転生した時、特別な力を与えられたんだろう。
ほぼ間違いない……何故なら……この世界の魅了魔法は禁忌だからだ。
他者の精神に干渉する魔法は全てが禁忌とされ、徹底的な秘匿、管理、制限されている。
おまけに使用する難度も高く、勿論属性神も存在しない為補助もない……どころか、属性神からの妨害も入るらしい。
そんな魅了魔法を……これが本当に魔法かはわからないが……好き勝手放てる者が存在する訳がない。
ついでにこの女……。
「……? なんなの……!」
バカそうだし……とても魅了魔法が使えるようには見えなかった。
そんなバカにしたような雰囲気を察したのか、ギリ、と肩に赤く塗られた女の爪がめり込む。
わかりやすく苛立っている女は、舌打ちを一つ鳴らすと俺の肩から乱暴に手を離した。
「あー、もう、言わないならもういいわよ! 直接魅了すれば後からいくらでも聞き出せるんだから!」
そう言って女は、わざとらしく髪をかきあげた。
意識して妖艶な、不敵な笑みを浮かべて、余裕綽々と言いたげな様子で。
それを俺は白けたように見つめていた。
感じているのは、気持ち悪さと、どうしようもない同族嫌悪だった。
この女の前世がどんなものだったのかはわからない。
けれど、転生したからと、特別な力を得たからと好き勝手に振る舞うこの女が、ムカついて仕方なかった。
ちら、と横目で見れば……彼があの女のほうをずっと見ていた。
その顔は
それが……どうにも気に食わなかった。
彼の国を滅茶苦茶にして、こんな意味のわからない状態にして、彼自身までも……。
「さ、こっちを見なさい! 貴女も私の虜にしてあげるわ!」
女の手が、俺の頬に添えられる。
ひやりとした感触に背筋に寒気が走る。
じとりと俺を見下ろす目の奥に、苛立ちと……情欲が見え隠れしていた。
「うふふ……♡ さぁ、さあさあさあ♡ もっと♡ もっともっと♡ 全力で、ミサキを愛しなさぁい♡」
女は、そう言ってピンク色の波動を絶え間無く放ち始め、ゆっくりと俺の顔に自身の顔を近付けてくる。
ああ……。
ああ……!
気持ち悪い……。
気持ち悪い……!
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それを女が、転生者ミサキが避けられたのは、単なる偶然だった。
ミサキの後を追っていた魅了された兵士の一人が、ガシャンと大きな音をたてた事で一瞬白けて、首を傾げたのだ。
「なぁーにー……? うるさ……」
ビシュンッ
ミサキは、頬に風を感じた。
次に、頬がじわりと熱を持った。
なんだ、と思わず指を這わせたら水のような感触。
「え……あ?」
顔の前に頬に触れた指を出してみれば、指は赤く染まっていた。
頬はヒリヒリと痛みを訴えてきて、頬から垂れた液体が首を伝い、ピンク色のドレスを赤く染めていった。
ミサキは、目の前の身動きを取れなくなっている筈の深紅の少女を見下ろした。
整った顔立ちなれど表情のほとんど変わらない、能面のような少女は、口をすぼめて、まるで何かを口から勢いよく吐き出した後のようで……。
「……ちっ……」
此方を見て舌打ちをした事で、ミサキは漸く目の前の少女かそれをやったのだと理解した。
何をしたのかはわからないが、自分の頬を、傷付けた。
「あ、ああ……! テメェ、この、クソガキがぁ!」
ミサキは、わき上がる怒りのままに、身動きの取れない少女の腹を、思い切り蹴りあげた。
ゴスッ
「ごっ……」
その威力は、大したものではなかった。
しかし、完全に押さえ込まれ、身動ぎすら出来ない少女はその威力を受け止めきる事は出来ず、詰まった息がもれた。
「私の顔に、傷付けやがって!」
ゴスッ
ミサキは再び少女の腹を蹴りあげた。
そこに手加減はなく、しかも偶然鳩尾にすっぽり入ったその蹴りは、少女に大きなダメージを与えた。
「がっ……ふ……」
肉付きの薄い少女にとってそれは、内臓を直接蹴られたような衝撃と痛みを与え、流石に表情に苦悶の色が浮かんだ。
「ふざけんじゃねぇぞ! ミサキが優しくしてればつけあがりやがって! このクソガキ! クソメスがぁ!」
ゴスッ
ゴスッ
ドスッ
「ふぐっ……ぐっ……」
それでもミサキの怒りはまったく収まらなかった。
怒りのままに、何度も、何度も少女に蹴りを叩き込み続けた。
それを止める者は、ここに誰一人として存在しなかった。
「おぷっ……」
「オラァッ!」
ドズンッ
一際強い蹴りが、少女の腹に強く、勢いよくめり込んだ。
こみあげてくる嘔吐感に口を閉じて一瞬耐えたが……。
「……おぇえ……」
ビチャッ
結局は耐えきれず、少女は喉の奥にまでせりあがってきた吐瀉物を吐き出す。
血の混じった赤い吐瀉物が、謁見の間の白い床を汚した。
「うわっ、きったねぇ!」
ミサキはそれに対して、勢いよく距離をとった。
それでも、咳き込む少女を見下ろすミサキの怒りは、未だに収まっていない。
自分の顔を傷付けたのだから、万死に値すると、そう本気で考えていた。
四肢を拘束されたまま頭を垂れる少女を見下ろして、ミサキは考える。
先程まで考えていた、転生者について話を聞く事など全て忘却の彼方。
今はただ、この目の前のクソガキを始末したくて仕方なかった。
「ハァー……ハァー……そうだ、後は彼氏クンにヤって貰おう」
息を切らせながら出した結論は、最悪なものだった。
フラリと覚束ない体で立ち上がったのはこの国の王子、少女と一時期共に遊んだ、国同士が決めた許嫁の、緑髪の少年。
その少年は瞳をピンク色に染めて、明らかに正気ではない顔つきと瞳で、少女の目の前に立った。
その間も咳き込む少女の口から血が溢れていたが、それに気付き少女は顔をあげた。
「げほっ……ごほっ……ごぼっ……本当に……悪趣味、 だ」
少女の震える声に、暫し不満そうだったミサキだが、王子が少女に向かって振り上げたそれに、満足そうに笑みを浮かべた。
腰に帯びていた少年サイズの剣がいつの間にか抜かれ、そこに風が纏わり付いていた。
複数の兵士達に押さえられた少女を、一国の王子が手を下す光景。
処刑、そんな言葉がミサキの頭をよぎった。
「ふーっ……よし、やっちゃえ彼氏クン、そのクソガキを、さっさと処理しちゃってよ♡」
少年は明らかに正気ではない状態で、身動きひとつ取れず頭を垂れたままの少女を静かに見下ろしていた。
自分の想い人へと、少年は刃を振りかぶる。
それは、あまりにも最悪な光景だった。
「それじゃ……振り下ろして♡」
ブンッ
そして、ミサキのピンク色の波動が改めて放たれ……少年の刃が少女へと無慈悲に振り下ろされた。
ズバッ
ビシャアッ!
鮮血が、舞った。