TS転生なんかしたくなかった   作:害悪転生者

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チートを貰って異世界無双?

 不意討ちが失敗した時点で、俺は殆ど諦めていた。

 アレはもしも、があった時に備えていた……と言えば聞こえは良いが、言ってしまえば学校テロリスト妄想の産物。

 ピンチに陥った時にこういう感じで解決したら格好良いな、なんていう厨二的な思考の元に俺が考えて形にしていた……某忍者漫画をパク……参考にした卑劣な魔法だ。

 口の中で圧縮した属性魔法を勢いよく放つ……今回は土属性でガチガチに圧縮したそれは、人体くらいなら軽く貫通する筈だった。

 けれど、恐らくは偶然……あの女が首を傾げたせいで頬を傷付けるだけに終わって……そうして俺は痛め付けられた。

 

 威力は然程じゃなかった。

 それこそ訓練に混ざってた時に食らった蹴りは、こんなもんじゃなかった。

 けれど、妙にこなれた……いや、蹴られてキツイところをよくわかってる蹴り方のせいで呼吸もままならず、手足は固定されたままで抵抗出来る筈もなく……暫くされるがままに蹴られ続けた。

 

 ……忌々しい(懐かしい)な……前世でもよくこうやって蹴られてたっけ……。

 お陰でいつもお腹は青アザだらけだった。

 顔だけは前世も良かったからな……痛め付けて抵抗しなくなったら、『オタノシミ(最悪)』の時間だったから、腹とか見えないところばかり……。

 そいつらとこの女は見た目は同じでもなんとなく人種が違うような気がするけど……まぁ、俺にとっては関係ない話か……。

 

 やがて女が飽きたのか……疲れたのか、息を乱しながら少し離れる。

 いや、ああ、俺が吐いたからか。

 口の中に鉄と酸の前世で慣れ親しんだ味が広がる。

 鼻の奥がツンとして痛いな……。

 

 なんか女が言ってる……ああ、なんだ、魅了するとか言ってたのはやめたのか……。

 目の前に、彼が立っているのが見えて、ミサキとかいう女がヤれとか言ってるのが聞こえて……俺は咳き込みながら悪態をつく事しか出来なかった。

 

「げほっ……ごほっ……ごぼっ……本当に……悪趣味、だ」

 

 俺の捨て台詞に気分は害したようだけど、彼が剣を振り上げればその顔も直ぐに塗りかわり、気色悪い笑みを浮かべていた。

 

 彼の持つ剣に、風が纏わり付く……彼が笑って話していたやっと習得したという魔法剣だ。

 あれをまともに受ければ、俺の体はひとたまりもないだろう。

 

 ……これで終わりか。

 まぁ、あの女に魅了されるなんて死んでもごめんだから……これで死ぬのなら良いだろ……。

 身動き取れないし、お腹は痛いし……苦しい。

 さっさと楽になりたかった。

 

 ただ……彼に殺されるのは……ちょっと嫌だなって思った。

 

 力なく頭を垂れた俺の耳に、風切り音が響いた。

 

ブンッ

 

ズバッ

 

ビシャアッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 転生してずっと、人を認識出来なかった。

 人の顔が全て、モザイクに塗り潰されていて、顔が見えなかった。

 名前を聞いても覚えられなくて、誰が誰なのか、一人としてわからない、覚えていない。

 それは、もう、前世で人間に絶望した俺の呪いだったんだと思う。

 

 この体の両親には良くして貰った。

 魔国は良い国で、こんな無愛想なクソガキにも優しくしてくれた。

 

 それでも、そのモザイクの向こうでどう思ってるのかわからなくて、俺は誰にも踏み込めなかった。

 そんな自分が嫌いで、それでも人が怖くて、関わりたくなくて、それでも関わってしまって……死にたくて仕方なかった。

 でも、何もかも放って無責任に死ぬには、一国の王の一人娘という立場は重すぎた。

 

 だからこんな中途半端に生きて、足掻いて、十年を無為に過ごしてそれで……無意味に死のうとしている。

 その気になれば、兵士達がどうなろうと気にしなければ取れる手はいくつかあったけど、もう、全てが面倒だった。

 

 やっと死ねると、そう思った。

 そもそも転生したのが間違いだったんだ。

 転生特典は面白かったし、魔法も興味深かった。

 それである程度楽しみはしたけど、その経験だけでは全てを覆すには至らなかった。

 だから、後はもう……大人しく死のう。

 虚無の世界で大人しく眠りにつきたい。

 

 もう、前世のように性の捌け口にされ続ける日々はごめんだ。

 痛くて、苦しい日々はもう、終わりにしたい。

 

 振り下ろされる刃に目を伏せて、終わりを受け入れる、そのつもりだった。

 

「……え」

 

 風切り音と、何かを引き裂き液体が噴き出す音がしたのに、痛みを感じなかった。

 怪訝に思って顔をあげれば……見慣れたメイド服が目に入り込んだ。

 

「おじょ……さま……」

 

ジジジジッ

 

 モザイクが、揺れる。

 塗り潰された顔が、歪む。

 

 足元に血が広がっていく。

 メイド服が背中から赤く染まっていく。

 両手を広げた彼女の手が下がり、ガクリと膝をついた。

 

「ごぶじ……で……」

 

ザザザザザザザザ

 

 歪んだモザイクの向こうで、ピンクと灰色に明滅する瞳と目があった。

 それは、俺を見つめて、緩やかに細められた。

 

「よかった……」

 

ブワッ

 

 その瞳が閉じられるのと同時に、モザイクが霧散した。

 そばかすのある愛嬌のある顔つきがあらわになって……此方に倒れこんできた。

 俺にもたれ掛かるように倒れたメイドは、ピクリと一度震えた。

 背中に大きな傷を負って、流れていく血が床に更なる血だまりを作って……。

 

 ……そのまま、動かなくなった。

 

 不意に、思い出したのは彼女との出会い。

 魔国の貧困街で、ボロボロで死にかけていた彼女を気紛れで拾った後の事。

 スッカリ綺麗になった彼女が、俺の頬をペロペロ舐めて尻尾を振りながら、宣言した事。

 

『わたし、これからあなたのためいきる! あなた、まもる!』

 

 ハイハイ、と適当に諌めて、そんな事よりちゃんと使用人教育受けろと突き放して……。

 一年かけて流暢に話せるようになった泣き虫の彼女を、俺の専属メイドにして……。

 その時の喜びようは、今も思い出せるくらいで……。

 

「…………」

 

 そんな彼女は今、血塗れで青い顔で目を瞑って、ピクリとも動かない。

 

「あーっ! ケモミミメイドとかいうレア物なのにー! 勝手に飛び込んで死んじゃった……」

 

 死んだ……死んだ?

 

 なんで……?

 

「凄いわね、本当にその身を盾にするんだ……異世界のメイドって凄い……私の魅了効いてた筈なのに……ま、無駄なんだけどね! ほら、今度こそちゃんとそのクソガキを始末してよね♡」

 

 俺を庇って。

 

 死んだ。

 

「ほら、その死体避けて♡ 王子様はもっかいお願いね♡」

 

 兵士が二人、俺にもたれかかる彼女へと手を伸ばした。

 それと同時に、彼が血に塗れた剣を再度振り上げた。

 

 俺のせいで死んだ。

 

 俺を助けて死んだ。

 

 俺の……。

 

ギリィッ

 

「……! この子に触れるなぁ!」

 

ガキンッ!

 

 四肢にのみ、氷属性の身体強化を本気で纏った。

 ガチン、と硬直した兵士達を無理矢理振りほどく。

 

ガシャァンッ!

 

 何かが砕けた音がするも、構うものか!

 

「どけぇ!」

 

ドガッ!

 

 手を伸ばしていた兵士二人を殴り飛ばして、振り下ろされる刃を睨み付けた。

 こいつが、これが、この子を切った、斬り殺した……!

 真っ赤に染まる思考に身を任せる。

 今はただ、目の前の全てが憎かった。

 彼女を奪った目の前の全てが。

 

 衝動のままに、全力で……身体強化を回した。

 最も得意な、通りの良い炎属性に切り換えて。

 そして炎を纏った拳を、そのまま真っ直ぐ突き出した。

 振り下ろされる刃に向けて。

 

「あぁ、あぁああああああああああ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズブリ

 

「…………え?」

 

 柔らかいものに手が埋まる感覚。

 覚悟していた硬い感触はなく、それだけがあった。

 

「ガハッ……」

 

ビシャァッ

 

 目の前のモザイクから、夥しい血が吐き出され、俺の体を赤く染める。

 

ジジジジジジジッ

 

 俺の目が、確かなら……。

 今、振り下ろされる刃が、途中で俺を避けた……?

 いや、適当なところに下ろしながら、身を……晒した……?

 

「なん、で……」

 

 俺の突き出した拳は、モザイクの……緑色の彼の体を貫いていた。

 生暖かい感触が、腕を包んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年は夢現の中にいた。

 ピンク色に染まった思考の中で、言われるがままに動いた。

 誰かの為に磨き、やっとの思いで会得した魔法剣を振り下ろして何かを切り裂き、それを再び命じられて振り上げて……。

 

 靄に包まれた思考の中で、一つの光景が目にはいった。

 深紅の少女が、血塗れの獣人のメイドを片手に抱え、此方に拳を突き出している光景。

 いつも無感情な彼女が、金色の瞳を見開いて、怒りに身を任せて。

 

 その瞳に涙が浮かんでいるのが見えて、少年は全てを忘れてその身を晒した。

 全ては、想い人の為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごぼっ……レイ……チェル……」

 

ビチャッ

 

 少年の口から血の塊が吐き出された。

 

「あぁ……あぁっ……!」

 

 少年の体を貫いた少女の拳が、ゆっくりと引き抜かれる。

 付与されていた炎属性によって焼かれた傷口は、貫通しているというのに血の一滴も漏れ出さなかった。

 焼かれた血によって赤黒く変色した少女の手が、ガタガタと震え出した。

 

 少年は下を向き自分の状態を確認して……苦笑を浮かべた。

 白煙が立ち上ぼる焼けた風穴、助かる見込みはない、そう理解してしまった。

 だから少年は、顔をあげて少女を見た。

 せめて最期まで、出来る事をしようと。

 

「……すみません、こんな事になって……」

 

 少年の瞳は元の透き通るような緑色に戻っていた。

 真摯な瞳で見つめられた血塗れの少女は、ビクリと体を震わせた。

 

「……なんで、君が……俺、違……だって……!」

 

 金色の瞳を揺らす少女の言葉は途切れ途切れで、要領をえない。

 それでも少年は微笑を浮かべたまま、少女の血がこびりついた手をとった。

 

「気にしないで……なんて言っても……貴女には、無理か……なら、そう、ですね……」

 

 少年は死の淵で考える。

 どうすればこの少女を救えるのか、と。

 このままでは彼女は、この直後に死んでしまいそうな気がしたから。

 

 だから少年は紡ぐ、少女の手を強く握り締めて……呪い(祝い)の言葉を。

 

「僕は、大好きな貴女に、生きていてほしい」

 

 少女の金色の瞳が大きく見開かれた。

 初(・)め(・)て(・)真っ直ぐ少年を見つめる少女に、少年は思わず苦笑を浮かべた。

 

「初めて……僕を見てくれましたね……」

 

 少年の胸に、じわりと嬉しさが滲む。

 そんな少年の反応に、少女は呆然と呟いた。

 

「気付いて……たの……?」

 

 笑みを柔らかいものに変えて、少年は当然だと頷いた。

 少女と接した時間は短く、多いものではなくとも、ずっと見てきたのだから。

 

「……ゴボッ」

 

「ひっ……!」

 

 一際大きな血の塊が、少年の口から溢れる。

 顔色は青白く、死相がクッキリ浮かび上がっていた。

 それでも、思わず悲鳴をあげる少女へと、少年は笑みを浮かべたまま最期の言葉を紡いだ。

 

「どうか、レイチェル……生きて、ください……それだけ……を……」

 

 意識すら朦朧としているなか、少年は最後の力を振り絞る。

 片手に握られている剣を、強く強く握り締めて、残る魔力を全て注ぎ込んで……諸悪の根源の女へと勢いよく振り返った。

 全力の殺意を漲らせ、全てを込めて。

 

「それ、だけを!」

 

 此方を唖然と眺めていた女へと、風を纏った剣が真っ直ぐ放たれた。

 それは素早く、正確に女の元へと飛び、左肩へと突き刺さった。

 

「ぎ、ぎゃぁあああああああああ!?」

 

 女の悲鳴が響いたのを認識して、少年はゆっくりと少女へと振り返った。

 笑みを深めて、最後の思いを伝える為に。

 

「それだけを……願ってます……どうか、無事で……」

 

「あ……」

 

 力尽きた少年は目を閉じて、その場に崩れ落ちる。

 死力を尽くし、もう指一本動かせなかった。

 そのまま、床に倒れこむ……その瞬間、柔らかい何かに受け止められた。

 ふわりと香った甘い香りに、少年は心から晴れやかな笑みを浮かべた。

 

「……ありがとう」

 

 ポタリ、ポタリと頬に落ちる水滴を感じて、何処か胸が満たされていくような感覚を覚えながら、少年は体から力を抜いた。

 そしてゆっくりと意識は薄れていき……そのまま闇に融けた。

 

 想い人の腕の中で、まだ幼い命が一つ、消えていった。

 

「……………………」

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