TS転生なんかしたくなかった 作:害悪転生者
「…………」
転生……というものを経験して早五年。
こうして生きてきて俺が元いた世界とは違う世界……異世界と断じて良い色々な差異があった。
にも拘わらず、一分は六十秒で、一時間は六十分で、一日は二十四時間で、一年は三百六十五日だった。
都合の良さと言う違和感を覚えつつも、俺の意思とは関係なく時は進んでいった。
そして、この体にもある程度慣れてきたつい先日、この体の父に当たる人物から提案があった。
『許嫁の候補と会うぞ! 見合いだ!』
提案じゃないな。
既に決定してる事案の確認のようなものだった。
許嫁……二つの家を結び付ける為に子供同士を将来結婚させようと約束する、そんな大人の都合のイメージ。
それに相違はないようだった。
どうやら先方とは良い関係を築いていきたいと思っているようだった。
……そんなくだらない事に付き合わされる事実に、日にむくむくと反抗心が沸き上がっていくのがわかった。
俺はその言葉に返事する事なく、顔合わせの日に合わせて姿を眩ませた。
一度は見つかったものの逃げおおせて、今は中庭の木の上で読書中。
……まぁ、完全にすっぽかすつもりはない、折を見て戻るつもりはある。
けど今は、少し現実逃避がしたかった。
本の内容は、『魔法』についてのものだ。
魔法、そう、この世界には魔法がある。
前の世界、前世では創作の中にしかない超常の力……それがこの世界では日常となり、人の営みと密接な関係を築いている。
それはとても……とても興味深い事だった。
「……炎、水、土、闇、氷、雷、風、闇の基本八属性に分類されない魔法、無属性魔法……」
今読んでいるのは主に魔法の属性、分類について書かれたもので、基本属性となる八属性とはまた違う属性、通称無属性魔法について記された本だ。
無属性魔法……前世で一時期患った厨二病が疼く。
パラパラと流し読みすれば、衝撃波や空間操作のようなものから、精神に作用するもの、治癒等もあった。
「更に非常に難しく、非常に危険で、禁忌とされる属性が――」
「お嬢様ぁ~!」
……この、情けない声は。
読書を中断して木の下を覗けば、他のメイドよりも一回りも二回りも小柄な……いや、最早メイド服を着てる子供と言っていいだろう。
そんな幼い少女が、お嬢様……つまり女として生まれ変わった俺を探して中庭を駆けずり回っていた。
泣き声をあげて首を動かしている少女は、所謂俺の専属メイドだ。
恐らく父に言われて探しに来てるのだろう……まあそもそも逃げ出したきっかけはこの子に化粧されそうになったからだしな……。
五歳で化粧、とも思うが……まぁ立場を考えればさもありなん、と言ったところか。
「お嬢様ぁ~……!」
立場……そう立場だな。
単純な話、俺の父に当たる存在は、俺が産まれた国のトップだった……という話で。
つまるところ俺はこの国のお姫様って奴だ。
……元男としては反吐が出る話だが、そう生まれてしまったからには仕方のない事だ。
それを大人しく受け入れるかどうかはまた別の話な訳だが。
「うぇえ~~~ん! お嬢様ぁ~!」
あーあー……遂に泣きが入り始めた……仕方ない。
分厚い本をパタンと閉じて自分の体にくくりつけて……そのまま木を飛び降りた。
すたりと小さな音を立てて着地して、専属メイドの背後に立つ。
やがて俺の気配に気付いたのか、茶髪を短く切り揃えた少女は此方を振り向いた。
そして頭の上で前方に折り畳まれていた獣耳がピンと天を向いた。
「お嬢様ぁ~!」
「むぎゅ」
ブワリと涙を溢れさせたメイドは、そのまま俺に抱き付いてきた。
思わず変な声が漏れたが……仕方ない。
この子とはほぼ同年齢だが、俺より頭一つ分大きいからな……抱き付かれればそうなる。
彼女の臀部から生えたもふもふの茶色の尻尾が、勢いよく振られているのが見えた。
「どこにいらしてたんですかぁ~! 心配しましたよぉ~!」
わんわんと泣きながら、尻尾はご機嫌にぶんぶんと振られていて、なんとも器用なものだと思った。
むぎゅむぎゅと頬を圧迫されながら頭上を見上げれば、尻尾と同色の獣耳が、ペタリと横に倒れているのが見えた。
……ふんすふんすと鼻息が首にかかって鬱陶しい。
「離れて」
「あぁ~!」
このままだといつまでも抱き付かれたままになってしまうので、無理矢理に引き剥がした。
どこか残念そうに、獣耳がペショリと前に垂れた。
住んでいる大きな城、お付きのメイド、それらから連想出来るとは思うが、俺の転生先はとても裕福だった。
無数の国が存在する中で、魔国と呼ばれる魔法適性の高い人種が暮らす国の王の娘として産まれた俺は、生きる上では何不自由なくすくすくと育っていた。
五年……とはいえ意識がまともに機能し始めたのは二歳くらいからで、産まれてそこまでは意識も記憶も朧気だったが……大事にされ、愛されて育った事くらいは理解出来た。
けど、前世の事を全て忘れられる程ではなかった。
夢だと思ってる訳ではない、死に際の胡蝶の夢だなんて思ってはない、けど……全てを忘れてただの子供として新たな命を満喫は出来なかった。
『早く死にたい』という前世の渇望が、心の中でいつまでもいつまでもへばりついていた。
……それにしても魔国の王の娘は転生者という字面は、圧がすごい。
ライトノベルのタイトルにでもなってそうな話だ。
どんな話だろうな、いずれ魔王を倒しにくる勇者との立場を越えたラブロマンスか?
反吐が出る。
そもそも、この世界において……過去は別だが……魔王とは別に世界を闇に包もうとする悪役の名ではない。
今はただの『魔国』を治める王であり、それ以上でも以下でもない。
故に、勇者が魔王を討伐に来る、なんて事は起きない。
それ自体は、一人娘として産まれた立場を考えるととてもありがたい話ではあった、のか?
「……いや、そのまま悪役の魔王の血族として処刑されるなら……それは、それで……」
「ん? お嬢様、何かおっしゃいましたか?」
「……なんでもない」
とはいえ、現実は変わらない。
一国の王の娘という立場で、何不自由なく育った俺は、国の為に身を捧げなければならない。
父が、王が決めた縁談、俺の我が儘で断れる筈もない。
まったくもって、反吐が出る話だ。
犬っぽい獣人である俺のメイドに先導されて、今日の来客、許嫁候補のいる部屋に向かう俺のテンションはだだ下がりだった。
本音を言えば、そりゃあすっぽかして逃げ出したい気分でいっぱいだったけれど……他国の要人との関わりを俺の気分だけで拒否出来る筈もない。
国同士の話……個人的感情で滅茶苦茶に出来る筈もない。
それに……俺自身は嫌で嫌で仕方ないけど……それで俺のメイドが泣きわめいて、折檻されるというのも……寝覚めが悪い。
だから仕方なく、その顔合わせの場に向かう事を決めたのだった。
この体の父親と来客が待つ、この城の応接室へ。
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少年は退屈していた。
産まれてこの方何不自由なく優しい家族に囲まれてすくすく育った少年は、今の現状に既に飽いていた。
長時間馬車に揺られて移動した先で、応接室でただ待たされて既に数時間……。
馬車の窓から見えたこの国の様子や、自国とは様式の違う城、チラリと見えた中庭等見たいものがいっぱいあるのに、と内心で毒づいた。
元々この来訪は、将来自分の妻となるかもしれない少女との顔合わせが目的だった。
優秀な頭脳を持って産まれた少年はその聡明さを充分に発揮し、これが国同士をより強く繋ぐきっかけとなる事をよくよく理解していた。
だからこそ、ずっと気を張って立派に見えるように努めていたのだが……肝心のその許嫁候補がいつまで経っても現れないのだ。
既に三杯目となる紅茶は冷め、出された茶菓子も食べ尽くした少年とその父親は、少しだけ眉をひそめて目の前で腕を組んで座る男……来訪した国、魔国の王を見つめた。
「……もう暫し、待たれよ……」
そう力なく呟いた男、魔国の王の哀れな姿に、少年の父は視線を外し、冷めきった紅茶を渇いてもいない喉に流し込んだ。
既に国賓への態度としては失格な状況だと言うのに、少年の父は言及する事も無理に動こうとする事もなく、空になったカップを置いて力強く腕を組むのだった。
来賓の姿に、魔国の王は小さく目礼を返した。
そんな状況だから、少年はただただ退屈していた。
自身の親と魔国の王、二人の草臥れた姿を見ながら重い空気の中大人しくしているのは流石に飽きが来ていた。
むしろその幼さにしては、よく我慢したほうだと言えるだろう。
元より、許嫁になるかもしれないという何も知らない少女よりも、魔国という見たこともない国を見て回るほうが楽しみだった少年にとって、国同士の交流の場をすっぽかすような少女を待つだけのこの時間は苦痛で仕方なかった。
だからもう、いいかと思った。
父親のほうを見て、探検に行きたいと告げるつもりだった。
それが許されないのならば、せめてもう今日のところは長旅の疲れが限界だとでも嘯いて、休もうと提案するつもりだった。
そう思って父のほうへと伸ばした手は……。
コンコン
唐突に響いたノックの音によって宙を彷徨った。
『ご主人様! お嬢様をお連れしました!』
「何! よくやった! さっさと入れ!」
『失礼致します!』
扉の向こうから聞こえる、少しくぐもった元気な声。
そうして開いた先の光景を見て……少年は雷に打たれた。
「レイチェル! 漸く来たか! さあ、挨拶なさい、此方が――」
魔国の王が何か言っていたが、少年の耳には入ってこなかった。
ただただ、獣人のメイドの後ろを歩く深紅に、目を奪われていた。
「あ…………」
腰まで伸びた艶やかな髪は深紅に染まり、そこから覗く顔立ちは今まで見たこともない程に整っていた。
肌は新雪のように白く、頬は仄かにピンクに染まっていて……少年が見惚れている中、形の良い薄桃色の唇が小さく開いた。
「…………お待たせしました。レイチェルです」
そこから紡がれた鈴がなるような声に、少年は再び雷に打たれた。
挨拶を返す事すら出来ず、少年は顔を真っ赤に染めて、少女を真っ直ぐ見つめ続けた。
それは、一目惚れだった。
少年の心に、この縁談を決めた親への感謝と、目の前の少女が許嫁となる未来への歓喜が溢れる。
少年は、この出会いを生涯忘れる事はないと、そう思った。
そんな少年を、少女は光のない金色の瞳を細めて、ただただみつめ返していた。
熱っぽい視線を向け続ける少年に対して、その瞳に好意的な感情は一切乗っていなかった。
誤字報告ありがとうございます。