TS転生なんかしたくなかった 作:害悪転生者
許嫁候補と顔合わせを終えた翌日……。
俺の姿は再び中庭にあった。
とはいえ今回は呼ばれていた訳ではないし、逃げてきた訳でもない。
日課の勉学を終えて一人の時間を、中庭で優雅に過ごそうとしているだけ。
背中には昨日も読んでいた、魔法の事がかかれている分厚い本が一冊。
さて何処で読もうかと、中庭をぐるりと見回した。
やがて見つけた、丁度良い日陰となった木の下のスポット。
今日はここにしようと決めて、歩を進めた。
今の時間、中庭には使用人も見当たらず、静かなものだった。
日が強く照っている訳でもなく、気温もそこまで高くない。
心地好い風が程よく吹いている昼下がり……良い読書日和だ。
「さてと……」
背負っていた本をゆっくりと芝生の上に置く。
さて、まだ読み始めたばかりだったから、どんな事がかいてあるか楽しみだ。
既に基本属性はある程度網羅しているからこそ、それ以外の属性も把握しておきたかった。
俺の、勝手に付与されていた『転生特典』を活用する為にも。
……それはそれとして、魔法というものは本当に興味深い。
前世に存在しなかったという事もあり、俺は産まれてこの数年魔法に夢中だった。
何もないところから呪文一つで様々な現象を作り出す……テレビの向こうのそんな光景に憧れて真似して叫んで、何も起こらなくて肩を落とす……なんてみんな通った道だろう。
それでも頭の中じゃあずっと、炎を出したり水を操ったり雷を落としたりするのが、前世のオタクって生き物だった、と思う。
俺もその分類に漏れず、魔法を操る憧れってのはずっと持ち続けていた。
だからこそ転生した世界に魔法があるという事実は、正直とても嬉しかった。
魔法を知れば知るほど、使えば使うほど、楽しくて仕方なかった。
魔法の事を考えている間は、希死願望が薄れるくらいに。
「……へぇ、無属性魔法って重用はされてるけど、あまり強くはないとされているのか……」
少し、思考を切り換える為に本の内容を口に出した。
今読んでいるのは無属性魔法の概要……色々な言葉で飾り立てられ誤魔化されているがようは、『無属性魔法の使い手は雑魚』って事らしい。
特別感があって強そうに見えるんだけど……それはこの世界の魔法の成り立ちや立ち位置が関係しているのだと感じた。
この世界の魔法は無から有を生み出すものじゃない……まぁ、前世の物理法則を初めとした、様々な法則からズレてるのは間違いないけど。
世界には魔法粒子……なんて呼ばれている目に見えない小さな粒子が満ちている。
それが生物の持つ魔力と反応し、様々な現象を魔法として引き起こす訳だ。
魔法はその後役目を終えれば再び魔法粒子となって散る……なんともとんでもない、前世のあらゆる法則に喧嘩売ってるような万能粒子だ。
前世にあればエネルギー問題は全て解決するな、なんて事を頭の隅で考えつつ、思考を続ける。
そう、エネルギー……生物の魔力によってエネルギーを生み出す魔法は当然人類の……いや、生物の発展と共にあった。
ぶっちゃけた話、この世界の知的生命体は人間だけじゃない、創作でよくあるエルフだとかドワーフだとかの長命な亜人、俺の専属メイドみたいな獣人もそうだし、それに加えて精霊とか妖精、更には魔物なんかも存在している。
そしてそんな便利な魔法をそれらの生物は独自に発展させていくのだが……それ以前の現代の魔法の土台となった話がある。
人類が国を作ったりして繁栄するより前、前世でいう石器時代くらいの過去の魔法は、あくまでも生物の魔力とイメージに反応して、それなりの現象を引き起こすだけのもので、発生規模も威力も不安定な使いづらいものだったらしい。
火を吐くだの風を纏うだの単純で効果もそこそこ止まりななものばかり。
それを変えたのが、現代では『属性神』と呼ばれている存在達だったそうだ。
種族はバラバラなれど魔法に魅了された特に知能の高い個体が、魔法の未来と発展の為に一致団結。
世界に八属性魔法の型という法則を刻んだ……らしい。
それが俗に言う『始まりの八属性神』であり、『八属性魔法優位』の時代の始まりだった。
「……八属性魔法優位、ねぇ……」
無属性魔法が弱いとされている、と言ったが厳密に言うとそれは正しくない。
八属性魔法にはしっかりとした型が世界に刻まれていて、決まった呪文を唱えるだけでスムーズに発動し、制御しやすく、消費魔力も少なくて良い。
簡単に言えば基本八属性はしっかりとした万全のアシストと、補助ブースターがついているようなもの……といったところか。
今も属性神達はこの世界のどこかで属性魔法の使用を安定させる為に、尽力している筈だ。
一方で無属性魔法……属性神によるアシストのない属性の魔法を使う時には、全て自分で制御しなければならない。
呪文もあるにはあるが、それはあくまでも使い手のイメージを補助するもの、八属性魔法のように手取り足取り助けてくれはしない。
つまり全て一から自分で操らなければならなくて、外部からのブーストもない……総じて、明らかに八属性魔法を使ったほうが魔法を使いやすいのだ。
だからこそ無属性魔法に属する、治癒を行う癒属性や、空間転移を行える間属性の使い手は組織に非常に重宝される一方で、戦闘を生業にしている者達からは下に見られている……というのがこの世界の常識の一つらしい。
「……くだらない」
自分達が下駄を履かせて貰っているからと草履をバカにしているようなものだと感じて、そう吐き捨てた。
世界が変わって理が変わっても、所詮人は人って事か。
差別か区別か、自分と違う、自分より劣っているモノを蔑み精神安定をはかる……なんとも醜い。
……まぁいい。
確かに八属性の魔法は使いやすかった。
なら無属性の魔法を使う時は色々と気を付けないといけない、それだけの話だ。
他がどうだろうと、どうなろうと、俺にとってはどうでもいいんだから。
「……無属性魔法に分類される属性は……」
そう呟きながら本に目を走らせていると、不意に本を照らしていた木漏れ日が消えた。
……意識を広げれば、いつの間にか目の前に人の気配があった。
俺の前で止まって……上から此方を覗き込んでる……うちの使用人じゃないな……知らない子供の気配?
こんなに近付かれるまで気付かないなんて不覚……だけど、誰だ?
思い当たる相手がいなくて、顔をあげれば、サラリと風に揺れる緑色の短い髪が視界に入った。
ああ、そういえば、許嫁候補の子供がこんな髪色だったっけか……。
名前は……なんだったかな……。
「こんにちは、レイチェル姫」
そう言ってその緑色の少年は笑ったようだった。
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少年は幸運に感謝した。
許嫁となった深紅の少女の姿を朝から探していたにも拘わらず影も見えず、使用人に聞いてみればわからない、見ない日もある、いつどこに現れるのか誰も知らない、との答え。
役に立たないなと内心はきすてながらも滞在中の城の中を探して……中庭の木の下に深紅がチラリと見えた。
急いで、覚えたばかりの魔法まで使って駆け付けたそこには、木の下で分厚い本を見下ろす少女の姿があった。
本を見下ろす姿すら美しいのだなと少年は思いながら、少女の前に立つ。
「こんにちは、レイチェル姫」
少年は自分に出来る最高の笑顔を浮かべた。
自分が整った顔立ちであるという自覚のある少年は、その自分の長所を活かして一目惚れした少女へとアピールした、そんなつもりだった。
「…………ええ、こんにちは」
けれど、顔をあげた少女は感情のない声でそう呟くだけだった。
その金色の……けれどくすんだ瞳には自分が映っていない事に、少年は気付いただろうか。
「えへ、何を読んでいらしたんですか?」
気付いていないようで、少年はただ挨拶を返して貰えた事が嬉しくて……無邪気な笑みを浮かべながら言葉を続けた。
覗き込んだ姿勢のまま本に視線を落とし、文字しかないそれに顔をしかめた。
少年は少女とほぼ同い年、文字こそ読めるものの少女が読んでいるのは文献や論文といった文字ばかりのもの。
勿論それは五歳そこらの子供が読むような本ではなく、少年にとっては小難しい本でしかなかった。
「……わあ、レイチェル姫はこんな難しい本を読んでいるのですね」
しかしそれも同年代の、しかも好きな子が読んでいるのであれば話は別。
少年は瞳を輝かせて、少女への感心を高めた。
自分の国で交流のあった子供達と比べて、知的な子だと思っていた事もあいまって、少年はより少女の事を知りたくて仕方なかった。
そう感心しつつも、少しでも知りたくて本の文字を追って……無属性魔法の記載に目を瞬かせた。
「レイチェル姫は、無属性魔法にご興味があるのですか?」
少女はその言葉にピクリと肩を揺らした。
無感情な瞳をじろりと、少年へと向けて。
この世界でのその年頃の子供と言えば、強さに憧れを持つものだ。
魔法、剣、槍、方法は様々なれど脅威が身近なこの世界において、強さを誰もが求めている。
その強さを持つ、人々を守る者達や国を守る兵士達等にその憧れは向けられ、自分達もいずれはそうなりたいと思うものだ。
そして強さを求めた時、同じペースで鍛えたとして、成果が出やすいのはどうしても基本八属性を使う者達だった。
だからこそ、組織や国としては兎も角個人としては、無属性魔法に適性があり、扱う者達は冷遇されやすい。
丁度少女が目を通していたのもそんな部分で、『冷遇された無属性魔法使い達』という別の本が資料として紹介されていた。
それが世界の常識であり……そんな中で、少年は口を開く。
「無属性魔法、いいですよね」
曇りなき眼で、笑みを浮かべて。
「僕自身は風属性に適性があるのですが、ちょっと憧れちゃいますね」
そうはにかむ少年に、少女は目を丸くして問い返した。
「…………憧れる……?」
「ええ。だってなんか……その、なんとなく格好いいじゃないですか」
少し恥ずかしそうに告げる少年は、嘘を言っているようには見えなかった。
少年は本心から、無属性魔法を良いと思っているのだと、そう感じた。
その姿に少女は知らず知らず肩の力を抜いていた。
小さく息を吐いて、無感情に引き結ばれた口が、少しだけ弧を描いた。
「……俺も、そう思う」
「……っ!」
小さく、蚊の鳴くような声で、僅かな微笑みと共に紡がれた言葉だった。
ほんの少しだけ金色の瞳がキラリと光る。
それを見た少年は、顔を赤くしてガチンと硬直した。
ずっと無表情だった想い人の微笑は、破壊力が高過ぎた。
そんな少年の様子に気付く事なく、少女はどこかウキウキとした様子で開いた本の真正面から、少しだけ体を動かした。
木陰の中、自分の左隣にスペースを作って、少年へと顔を向ける。
「……一緒に、読む?」
「は、はひっ!」
そうして上目遣いで、こてんと首を傾げた問い掛け。
少年に拒否する選択肢はなかった。
顔を真っ赤にしたままこくこくと頷く少年を見て、少女は再び嬉しそうに小さく微笑みを浮かべた。