TS転生なんかしたくなかった 作:害悪転生者
一時の気の迷い、許嫁候補の少年に隣を許して読書をしたその日から、俺の日常に緑色が加わった。
一日に一度は何処かで顔を合わせ、時に勉学中に見学に、時に食事を、時に自由時間を共に……。
無邪気に俺についてまわる姿はまるで子犬のようで、絆されている自覚はあっても振り払う事は出来なかった。
とはいえ、この子はいつまでもいる訳ではない。
滞在している理由……国同士の話し合いが終われば、彼はこの国から去る事になる。
故に期間が限定されている……そう思えば多少の不都合不愉快は我慢する事が出来た。
……いやまぁ、一緒にいる時間が不愉快かというと必ずしもそうではないが……。
彼は歳こそ近いが、歳の割には聡明で、一緒に読んだ本にわからない語句、文字が多い事を知れば次の時には子供用の辞書を用意するようになった。
いちいち質問されるのも嫌だし、かといって一緒に読んでいるのに気にせず自分のペースで読むのも気が引ける。
そんな状況を自分から何も言われず解決に腐心するのだから、まったく子供らしくない子供だと、自分を棚上げして思った。
なので、まぁ……うん。
「なかなか読み応えのある本でしたね」
そう言って笑ったらしい緑色との時間は、そう悪くはないものだったと、思う。
小さく頷いて、無属性魔法についての本を閉じた。
彼の言うとおりなかなか読み応えののある本だった。
現在知られている無属性魔法についてその始まりや使い手等が簡潔に描かれていて、とてもわかりやすかった。
より深く知るためにはそれぞれの事がより詳しくかかれている本があるから、と他の本への導線もあり、なかなか良い本だった。
少なくともこの本にかかれた無属性魔法については、そのほとんどを覚える事が出来た。
ただ……個人的には少しだけ不満もあった。
この子と一緒に読んでいたから、途中で見ながら魔法を試すという事が出来なかった事だ。
無属性魔法……明らかに制御に難がある魔法……流石にどうなるかわからないのにこの子のいる場所では使えない、か。
それに、あまり見られていいものではない。
「…………」
「……? どうかしましたか?」
俺の転生特典として押し付けられた能力は、知られると面倒だからな……。
誰にもその存在は教えていない。
とはいえ、まぁ、積極的に隠してるつもりもないし、知ってる奴はいるかもしれないけど。
「……いえ、次は何を読もうかと思って」
彼から視線を逸らし、小さく息を吐いた。
まぁ、この子がいる間は知識だけ集めればいいか……。
なんだか最近はすぐに俺のいる場所見つけてくるから、試そうとして魔法を使った瞬間に飛び込んでくる可能性まである。
流石にそれで怪我されて外交問題になるというのも面白くない。
今は大人しくしていようと思う。
何せ曲がりなりにも産み、育ててくれたのはこの体の両親。
そんな二人に、国に迷惑をかけるのは、本意じゃない。
それは、俺が死にたがっている事とは別の話だから。
既に自由気ままに振る舞って迷惑かけているのは……まぁ……それもまた別の話かな。
そんな時、気配を感じて顔をあげれば、俺とよく似た深紅が日に照らされてキラリと光った。
「なんだ、二人で読書とは随分と仲良くなっているではないか。許嫁としての自覚が芽生えてきたか? 感心感心」
そう言って深紅の男、この体の男親でありこの国の王は、腕を組んで面白そうにニヤリと笑った。
声色にからかいの色が乗ってるのがわかって、俺は呆れたように目を伏せた。
「……何のご用ですか?」
隣で彼がなんかわちゃわちゃしてる気配を感じつつ、問い返した。
からかいにわざわざ乗ってやる必要もない……というかこの人少しデリカシーない所があるから、こういう状態の時はスルーが一番だ。
それが一番ダメージを与えられる。
案の定何の反応も見せない俺の反応に何かを感じたのか、前傾姿勢だった体を起こして口元に手を寄せたようだった。
「ゴホンッ。まぁ、アレだ。お前達ずっとこの城の中にいても退屈だろう。城下町でも見て回って来たらどうだ?」
咳払い一つの後の言葉に、思わず眉間に皺が寄る。
城下町を見回る……産まれてこの城から殆ど出ていない身だから興味はあるが……彼と二人でというのは……。
「無論護衛はつける。近衛兵団の団長をつけよう」
……成程、考えてはいたらしい。
近衛兵団の団長はこの国で最強と呼ばれている女傑。
そんな彼女なら安心だが、この子がどう思うか……。
「はいっ、是非ともレイチェル姫と行きたいですっ!」
……愚問か。
いやはや、随分とご機嫌だ……見えない尻尾がブンブン振られているかのようだ。
やれやれ……こうも反応が良くては拒否権もないな……。
「……わかりました。準備してきます」
まぁ俺もこの国の様子には興味があった。
折角の機会だ、存分に見てまわるとしよう。
「ああ、楽しんでくるといい」
楽しげな声色でそう告げる父親を見上げて……再び目を伏せた。
隣ではしゃぐ彼の様子を伺いながら、小さくため息を吐いた。
やれやれ……俺と一緒に見てまわる事の、何が楽しいのかね。
此方を見る緑色に、ブンブンと揺れる尻尾を幻視した。
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「わぁ……!」
緑髪の少年が、瞳を輝かせて辺りを見回していた。
許嫁候補との顔合わせ、国同士の今後の為の話し合いの為の滞在で今まで城の中しか見ていなかった少年にとって、その光景はとても新鮮なものだった。
魔国、かつて全世界に宣戦布告した事から、未だに国交のない国が存在する、立場の難しい国。
その数少ない国交のある国が、少年の産まれた国だった。
今回その結び付きを強くする為に、第一王子である少年と魔国の一人娘の縁談が組まれた。
少年にとってそこに不満はなかったが、それはそれとして魔国に国交を結び続ける程の価値はあるのか、と子供らしくない疑問を抱いていた。
何せ少年の知る歴史では、魔国は、魔王は、全世界から集められた精鋭と魔国の中で魔王のやり方に反発する勢力とで協力し、討ち果たしたのだから。
つまり、敗戦国である魔国の価値を、少年はずっと疑っていたのだ。
「すごく、賑わってますね!」
しかしながら、城下町の光景はその疑問を払拭するのに充分な魅力を持っていたようだった。
魔国特有の様々な種族の入り雑じった賑やかな城下町は、少年にとってとても目新しいものだった。
他の国、少年の国では殆どが人間で、その他の獣人等の別種族はたまに見る程度。
なのにも拘わらず、魔国では見た目ただの人間が半分くらいだろうか。
他に獣人を始めとして、エルフやドワーフ、精霊や妖精、果ては道行く馬車を引くのも馬だけではなくトカゲやケンタウロス等様々。
賑やかさの中に力強さを感じるその雰囲気は、他の国にはないものだった。
「ふははは! そうだろうそうだろう! 我が国の賑わいは貴国にも負けていないと自負している! 貴殿らの安全は私が保証する。存分に見て楽しむと良い!」
豪快に笑うのは、少年の護衛についた魔国の近衛兵団の団長だ。
魔国の王と同じ深紅を長く伸ばし、後ろで一つに纏められた髪がご機嫌にゆらゆらと揺れた。
そんな団長の声は大きく、道行く人々は一瞬足を止め、「ああ、またか」という顔をしてからまた歩きだしていた。
そして隣にいた深紅の少女からしたらたまったものではなかった。
キンキンする耳を押さえながら、自分の父親の姉、叔母にあたる団長を恨めしそうに見上げるのだった。
「こんなに色んな種族がいて……諍い等は起きないのですか?」
「滅茶苦茶起きる」
「起きるんですか!?」
平和で良い光景だと感じて、思わず問い掛けた言葉を即座に肯定された少年は目を見開いた。
だが、王子としての教育を既に受け始めている少年は、それもそうかと心の何処かで納得もしていた。
そもそも自分の国でも諍いというのは日夜起きているというのに、様々な種族の入り雑じった魔国は別だというのがおかしい。
むしろよく秩序が保たれていると言えるだろう。
感心して頷く賢い少年の頭を上から撫で、団長はしゃがみこんで視線を合わせ、道の先を指差した。
そこには鎧を身に纏った兵士が佇み、人々の往来に目を光らせていた。
「ほら、そこかしこにうちらの兵隊がいるであろう? あれらが目を光らせている間、大きな問題など起こさせぬよ。我らが王、私の弟が魔王である限り、この国は安泰さ!」
「それは……素晴らしいですね!」
そう言って歯を見せて快活に笑う姿に、少年も笑みを返す。
そして頭を切り替え、改めて辺りを見回すのだった。
雑多な人々の往来、大通りには様々な馬車を引く動物達が歩き、滅多に見ることのない手の平サイズの妖精がそれらをすり抜けるように飛んでいる。
上空を見上げれば、ワイバーンやグリフォン等が大きな荷物を掲げて飛んでいて、どこまでも退屈させてない光景だった。
瞳をより輝かせていく少年に、団長もより嬉しそうに顔を綻ばせ……それらを眺める少女は小さく息を吐いた。
「……それで、何を見に行きますか?」
放っておけばいつまでもこうしていそうな少年に、そう問い掛ける。
振り向いた少年は少しバツが悪そうに苦笑を浮かべて、少女へと小さく頭を下げた。
「そうだな……私のオススメは中央区の闘技場である! この国に無駄な諍いが起きづらい理由の一つだ! ムシャクシャすれば体を動かす! 小さな揉め事があれば戦って解決する! その後は併設された湯屋で汗を流し、美味い飯でも食えば全て解決だ! 野蛮な習慣である事は否定せぬが、これがまた我々の性に合っていてな。他には……そうさな、娯楽や軽い出店は東区、専門店は西区、北区が南区がそれぞれ住宅街であるな」
男性の軽い説明を聞き、少年はうんうんと頷く。
個人としてはやはり闘技場や出店に興味が惹かれるが、一国の王子としては民の暮らしも見ておきたいのが本音でもあった。
「……住宅街が北と南で別れているのは?」
故に、ある程度察しながらも問い掛けた。
「お察しの通り、北が豊かな住民が暮らす住宅区で、南が……暮らしに困る程ではないが、比較的に生活に貧している者達の暮らす区画である。スラム、とまでは言わぬが……私達の不徳のいたすところなれど比較的治安は悪い……あまりオススメとは言えぬな」
先程までの快活さは鳴りを潜め、団長は困ったように笑った。
国の恥を晒すようで、恥ずかしいのだろう。
けれどむしろ、少年の中では魔国の評価は上がり続けていた。
目の前の深紅の女傑はこの国最強の存在だ。
そんな存在が国の問題点を把握し、それを恥としている……それだけで素晴らしい事だと思えたからだ。
少年は感心したように成程、と小さく呟いた。
深紅の少女はそんな少年の思考を察しているようで、自分の事を棚上げし、「こいつ本当にガキか?」と首を傾げていた。
あまりにも大人びた広い視野に、とんでもないガキだなと改めて感心するのだった。
「……はい、決めました! 今日は……闘技場に行きたいです!」
やがて悩んだ少年は答えを決める。
向かう先は闘技場、目の前の女傑のオススメだ。
そう言われた団長は目に見えて表情を明るくさせて、心から楽しそうに歯を剥いた。
「そうか! 案内は任せるが良い! 是非とも我が国自慢の闘技場を楽しんでくれ!」
そうして指し示した先へと、先導して歩き始める。
歩調こそ遅いが、妙なステップを挟み、はしゃいでいるのがまるわかりであった。
まるで子供のような叔母の姿に、少女は呆れたようにため息を吐いた。
「レイチェル姫、お手をどうぞ」
そんな少女に、少年は笑って手を差し伸べた。
唐突な行動に、少女の動きが止まる。
差し伸べられた少年の手に視線が右往左往し……パチパチと何度か瞬いた。
じっと見つめる顔は真剣そのものだった。
その気まずさに少女は困ったように顔を歪める。
やがて恐る恐る、といった様子でその小さな、白磁のような手が持ち上げられた。
このまま無視し続ける事は出来ないと、ゆっくりと手を近付けていく。
そして首を傾げて何処か釈然としない様子で少女は、少年の手に自分の手を重ねた。
「へへっ……さあ、行きましょう!」
年相応に笑った少年はその手を優しく握り、少女の手を引いて歩き始めた。
その頬はほんのりと桜色に染まっていた。
そしてそんな様子を、少女は手を引かれながら困ったように笑うのだった。
「…………ふふっ」