TS転生なんかしたくなかった   作:害悪転生者

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何かになりたかった

 俺が緑色の少年に庇われた後、少し騒ぎとなった。

 そもそも、観客席に武器の破片が飛んでくる事自体が本来有り得ない筈だったからだ。

 フィールドと観客席の間には幾重もの結界が貼られ、安全管理は万全の筈だった。

 魔法まで許可されているのに、結界の一つや二つ、張ってない訳がない。

 

 だが、その時だけ結界が消えていたとの事だった。

 結界を発生させる為の道具、通称魔道具の動力となる魔石の魔力が切れていた……との事。

 つまりはその時、丈夫に作られている筈の闘技場の剣が折れ、過剰に空高く飛び上がり、同時に偶然幾重もの結界が消えた、いくつもの偶然が重なった、事故だと。

 

「事故……だと?」

 

「ひっ……!」

 

 叔母さん放つ圧のある声に、その場にいるほぼ全員の肩が跳ねた。

 まぁ、それも当然か……あまりにも出来すぎている。

 国の要人がいる時に幾重もの結界がなくなって、剣が砕けて、観客席の俺のいる所に真っ直ぐ向かってくる……?

 偶然もいくつも重なれば誰かの意思を感じざるをえないだろう。

 

 ……とはいえ、誰が、何の為に、という話ではある。

 叔母さんは俺が、自分の姪が狙われたのかもしれないという事実に憤って興奮しているが、冷静に考えてこんな方法で殺そうとする必要はない。

 どっちかというと、特に意味もなくやらかした愉快犯の犯行というほうが納得出来るかもしれない。

 

 まあ勿論、本当にただの偶然って線もあるにはあるが。

 取り敢えず叔母さんの怒りは尤もだけど過剰なような気も……いやわざわざ俺が止める必要もないか。

 国としては再発防止に努めなければならないから……多少の叱責は致し方ない。

 何らかの悪意があろうと、なかろうと、ね。

 何も知らない闘技場の人達は可哀想だけど。

 

「えっ……と……」

 

「いいよ、大丈夫」

 

 戸惑っている様子の緑色の少年にそう答えて、俺は俺で目の前で土下座している二人の大人に向かい合った。

 つい先程まで、フィールドで白熱した戦いを繰り広げていた二人だ。

 地に頭を擦り付けて、謝罪の言葉を口にしていた。

 

「申し訳ありませんでした!」

 

 これが事件である場合この人達はただ利用されただけであるし、事故であるとしても直接責任はないとは思うが……この国の王の娘である俺を命の危機に晒した原因なのは事実……か。

 それなら、俺から言える事は一つか。

 

「……許す。今後も励め」

 

「っ……! ありがとうございますっ!」

 

 どう言っても彼等の罪悪感は薄れやしないだろう。

 ならまだこう言ってやったほうがマシだ。

 俺はそう言って、彼等に背を向けた。

 

「あ、あの、レイチェル姫……大丈夫、ですか?」

 

 ふと、隣に立っていた緑の少年がそう問いかけてきた。

 ……ふむ、姫、か。

 

「大丈夫。無傷。君のおかげで助かった。危うく死ぬところだった」

 

 まぁ、恐らく俺に当たるより前に叔母さんに粉微塵にされて、あのままでも当たらなかったとは思うが……それは言わぬが花というやつだろう。

 そもそも俺が避ける気がなかった、なんて事も同様に知る必要のない事だ。

 

「いや、えっと……いきなり押し倒してしまって……背中とか……」

 

「ああ……多少じんじんするけど、頭に剣が刺さるよりはマシ」

 

 鈍い痛みはあれど、特に気になりはしない。

 どんなに悪くとも軽い打撲程度だろう……無傷といって良い範囲だ。

 何よりも……そう、助けようとしてくれた事……それがただ単純に嬉しかった。

 抱き締められた時の温もりが残っているのか、まだ少し体が熱いような気がする。

 

 ……死にたがっておいて、勝手な話だな。

 何処か冷静な部分でそう考える自分がいて自己嫌悪に陥りそうになるも、一度その思考を頭から追い出した。

 

「いや、あはは……レイチェル姫が無事で本当に……」

 

 どこか落ち着きなく体を小刻みに揺らしている少年へと、俺は顔を向けた。

 

「レイチェルで良い」

 

 ピタリ、動きを止めた少年は、ぎこちない動きで顔を俺に向けた。

 音にするなら、ギギギ、だろうか、そんな動きで……髪色より薄い、透き通った緑色の眼光が揺れていた。

 

ジジッ

 

「ありがとう」

 

 固まってしまった少年の手をとって、俺はそう心から告げた。

 

 ……ちゃんと、笑えていただろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レイチェル」

 

 城に帰って、人気のない廊下で……二人きりになった時、足を止めた叔母さんに名を呼ばれた。

 真剣な雰囲気で、真っ直ぐ俺を見下ろしているようだった。

 

「お前、わざと避けなかったな?」

 

 それは質問の体をしているだけの確認だった。

 目の前の叔母は、それを既に確信している。

 俺があれを対処出来た事を、どうにでも出来た事を。

 

 口先だけの言い訳は……無意味だな。

 

「…………」

 

 沈黙を返す俺に、叔母は呆れたように息を吐き出した。

 気まずい……見透かされた事もそうだけど、俺の態度は護衛の叔母の否定にも繋がっている。

 

「一度怪我でもしてみたかったか? それで治癒魔法でも使ってみたかったのか? ……お前が何を考えていたのか、頭の悪い私には正しくはわからんが……」

 

 叔母の推理は的外れではあったが……俺がわざと避けなかった理由を特に言及するつもりはないようだ。

 それに微かな安堵を抱いて小さく息を吐いた。

 

くしゃり

 

 気付けば、頭の上に手が乗せられていた。

 いつの間にか、叔母は目線を合わせる為だろうしゃがみこんで顔を俺に向けていた。

 

「あまり、心配させるな」

 

 その言葉は柔らかく、温かかったように思う。

 きっと、慈愛に満ちた表情をしていたんだと思う。

 

ザザザザザザザザザ

 

 それを俺が認識する事はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レイチェル! 次に会う時は僕の国で、ですね」

 

「……そうなるね」

 

 緑の少年が帰る時が来た。

 なんだかんだと一ヶ月くらい、か。

 

「もっと鍛えておきますね。貴女に負けていては、未来の夫として情けないですから!」

 

「…………そう」

 

 闘技場のアレから、思うところがあって少し体を鍛え始めたのだけど、それにこの少年も俺がやるなら、と一緒にやる事になった。

 その時の手合わせで、俺にあっさり負けた事をまだ気にしているようだ。

 ……あんなのはただの身体強化魔法のゴリ押しなんだけどな……むしろ風属性に限定すれば魔法のセンスは彼のほうが数段上だと感じていた。

 きっとこの子は強くなる……まぁ、未来の王様にそんな強さが必要なのかどうかは知らないけど。

 

「それでは、また会いましょう。こっちに来たら色んな所を案内しますよ! 楽しみにしててください!」

 

「……うん。楽しみにしてる」

 

 思いの外、思ったそのままがするりと言葉になって出た事に、自分自身驚いた。

 なんだかんだ……そうか……自覚は薄かったけど……この子との日々を、楽しいと感じていたのか。

 俺は笑えてるかな?

 ずっと、動かした覚えのない表情筋を意識してみるけど、よくわからなかった。

 

「……次に会う時は、貴女に相応しい男になれているように……」

 

ジジッ……

 

「レイチェルに名前を呼んで貰えるように頑張りますよ」

 

ジッ

 

 透き通った緑色の眼光と目があって、俺は小さく頷きながら目を細めた。

 そうして彼は、立派な馬車に父親と共に乗り込んでいった。

 

 ……うん。

 彼から感じる恋慕の感情に応えられる気はしないけど……友達としては……初めての友達としてなら……応えられる日が来るといいなと、そう思った。

 

 彼は友達で満足してくれるだろうか?

 少なくとも今はまだ……彼の女になる気は毛頭なかった。

 でもせめて、友達でいられたらなと、思わずにはいられなかった。

 友達……初めての友達……前世含めて、初めての……。

 胸の奥がほのかに温かくて、何かにきゅうと締め付けられているかのように切なかった。

 

 ガラガラと音をたてて去っていく友達を乗せた馬車を、見えなくなるその時まで見送っていた。

 ずっと、ずっと。

 

「……またね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ほう? まぁいいだろう。それも良い経験となる』

 

 魔国の姫レイチェルは父親から降りた許可に、恭しく頭を下げた。

 内容は戦闘訓練の参加……一般兵士に混じっての訓練を行う許可だった。

 元より力を重視する魔国において、いやこの世界において王族や貴族は幼い頃から鍛える事は珍しくない。

 それでも戦闘訓練となるともう少し成長してから、というのが多くレイチェルもその例に漏れない、その予定だったのだが、本人の嘆願によってそれは繰り上げられる事となった。

 それを人々はそれぞれ思い思いの感情を見せつつも、静かに見守り続けるのだった。

 

 それ以降、兵士の訓練に混じる小さな深紅の姿がよく見られるようになった。

 最初は戸惑っていた一般兵達も、その少女が見た目にそぐわぬ力を発揮したのを契機に、本当にただの一兵卒として扱うようになっていった。

 魔法を使えば大人と遜色ない……いや、上回る力を発揮する少女は、主に素の体を鍛えていくのだった。

 

 そして、時は流れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、行って参ります」

 

 気付けば五年もの月日が流れていた。

 歳が二桁を刻み始めた少女は、生来の輝きをそのままに、美しく成長していた。

 訓練を始めた事で肉付きのよくなった体は日に焼け、スラリと細かった手足には程好い筋肉がついていた。

 深紅の髪は長いまま、けれど後ろで一つに纏めている。

 まだ少女ながら既に膨らみ始めた胸はその年頃にしては大きく、鬱陶しく思った少女の胸に巻いた包帯によって平らに押し潰されていた。

 

 そして、それだけ変わっても、その金色の瞳だけは変わらなかった。

 ドロリと濁ったままの瞳は虚空を眺め、何も写していなかった。

 

「ああ、行ってこい」

 

「体には気を付けてね」

 

 少女の父親である深紅の偉丈夫の隣には、薄水色の長い髪の女性が微笑んでいた。

 少女の母親に当たる女性は自らの息子……五歳になる男の子と手を繋いで、此方を見る娘に笑いかけるのだった。

 

「ねーさま、いってらっしゃい」

 

 まだ舌ったらずな喋り方の子供、レイチェルの妹として生まれた女の子は、母親と繋いでいない手を一生懸命振っていた。

 そんな可愛らしく微笑ましい妹へと、姉となった少女はニコリともせずにただ手を振り返した。

 

 少女はこれから許嫁の少年のいる国へと向かう事になっていた。

 互いの国はそこそこの距離のある為にここまで再び会うことはなく、少年と直接会うのはそれこそ顔合わせの時以来、五年ぶりとなる。

 とはいえ文通……少年から始めたやり取りはしていたので元気でいるのはわかっている為に、少女としてはそこまで久し振りという気はしなかった。

 

 それでも、少女をよく知る家族からしたら、僅かに浮かれているように見えていた。

 そんないつも子供らしさをあまり見せない娘の、珍しい様子を両親は微笑んで見つめるのだった。

 

「お嬢様の事はお任せください」

 

 そう言って恭しく礼をしたのは、少女専属のメイドである、獣人の少女だった。

 発育の良かったメイドは深紅の少女よりも頭一つ背が高く、茶色の髪を腰まで伸ばし、尻尾を元気よく左右に振っていた。

 五年の間でメイドの教育を叩き込まれた獣人の少女は、もう何処に出しても恥ずかしくない立派なメイドに成長していた。

 これからの遠出の間、深紅の少女の身の回りの事の殆どを、これから担当する事となる。

 そんな大きな仕事を任された獣人メイドは、張り切って気合いを入れつつ、少女の一歩後ろでやる気に満ち溢れていた。

 

「……それでは」

 

 少女にとって初めての親元を離れての行動、初めての国外……。

 本来なら父親も共に向かう予定だったのだが、手が離せない案件がいくつか重なってしまい、娘だけが国交の為に向かう事となっていた。

 勿論メイドだけではなく護衛の兵士もつき、国交をメインで行う為の文官も共にあるが、肉親と長期間離れ離れになるのは初めての事であった。

 

 そんな状況にも拘わらず不安な様子を一切見せぬ若き主従が馬車に乗り込んで行く様子を、これから共に旅をする護衛の兵士と文官達は頼もしそうに見つめていた。

 最後に、窓から少女の手がひらひらと振られて、馬車はゆっくりと走り出した。

 向かう先は同盟国、少女の許嫁となった少年がいずれ治めるようになる筈の国。

 それなりに長い道のりではあるが、道中に特筆すべき危険地帯などはない為に、穏やかな旅路になる事だろう。

 少女は窓の外の、流れていく自分が育った魔国の街並みを静かに眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぎゅう~」

 

 道中、獣人のメイドは乗り物酔いで常にダウンしていた。

 これには兵士達や文官達も呆れ顔だった。

 間違いなく立派になってはいるのだが、まだまだ修行が足りなかったようだ。

 帰国したら侍女長にこっぴどく叱られるとメソメソするメイドを、深紅の少女は頭を膝に乗せて優しく撫でてやるのだった。




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