TS転生なんかしたくなかった 作:害悪転生者
《親愛なるレイチェルへ》
《暑さの増す日々ですが、どうお過ごしでしょうか。》
《昨日戦闘訓練の最中教官から初めて一本がとれました。》
《その後必要以上にボコボコにされました……大人げないと思いませんか?》
《そちらは夏でもそこまで暑くならないそうですね。》
《此方は訓練で少し動くだけで汗が吹き出します。》
《少しそちらの夏が羨ましいです。》
《次にそちらに向かう時は、避暑を兼ねて夏に向かいたいと思いました。》
《それで――》
「ふぎゅ~……また、王子様からのお手紙をご覧になってるのですかぁ……?」
「ん……」
上質な紙の下、震えた声がして手紙を読む手を止めた。
折り畳んで下を向けば、俺の膝を枕にして、耳をぺたんと折り畳んだ獣人のメイドが、唸り声をもらしていた。
「【ストレージ】」
この数年で覚えた無属性魔法のひとつ、間属性の空間魔法を発動する。
効果は自分だけの異空間に繋がるゲートを生み出す事……そこに丁寧に折り畳んだ彼からの手紙を放り込んで、メイドの頭に手を乗せた。
この中に入ったものは本人しか取り出せないし、劣化が緩やかになる。
とても便利な魔法だ。
かわりに使い手の力量によって容量が変わるから、使いづらい魔法でもある。
無属性魔法であるからなおのこと。
それでも実用レベルにまでどうにか引き上げた……ふふふ、密かな自慢だ。
この空間には大事なものがいっぱい閉まってあるから、手紙を入れたら直ぐに閉じる事にしてる。
えーっとこの手紙は三年前の八月だからこの辺りにしまって……と。
よし。
「調子はどう……?」
俺の膝から起きる気配のないメイドに問いかける。
「う~……ダメです……私はダメダメメイドです……略してダメイドです……」
ダメみたい。
「お嬢様ぁ~……ごめんなさいぃ~……ひ~ん……」
「よしよし」
あぁもう、最近見なくなった泣きが入り始めた……。
本当に乗り物ダメだね……まぁ、こればっかりは仕方ない。
素質というかなんというか、人によるものだから。
そう慰めても、メイドの泣きはなかなか止まらなかった。
馬車が止まって暫くすれば、調子を取り戻してちゃんと使用人として動いてくれるのだから、それで充分なんだけどな……。
「うぅ~……」
本人が納得出来ないなら……仕方ないか。
結局は、移動中のメイドは常にグロッキー状態で、それを俺が看病するような逆の光景が続いていった。
特に問題のない、穏やかな旅路だった。
それが変わったのは、彼の国に入ってからだった。
全体的な気温が魔国よりも高く、陽気な気候が多いこの国は、近隣諸国と比べても陽気で豊かな良い国だと評判だった。
特に甘いフルーツが特産品で、彼がお土産にと持ってきたフルーツを二人でおやつに食べた時は、その美味しさに感動したものだ。
他にも名産があるのだと、遊びに来たらいっぱい食べさせたいと、国の見所を身振り手振りで説明する彼はとても微笑ましかった。
……取り敢えず、陽気で豊かで平和で治安の良い国、それが彼の国の筈だった。
『野郎ども! 行けぇ! 根刮ぎ奪いとれぇ!』
『おぉおおおおおおおおおおおおおお!』
『お嬢様を守れ! 決して馬車に近付けさせるな! 指一本でも触れさせた奴は罰当番だ!』
『そりゃ勘弁!』
聞き覚えのない、野太く野蛮な欲に満ちた声と、護衛の兵士達の声が外から響く。
どうやら野盗が襲ってきたらしい。
窓から外の様子を伺えば、なんとも汚ならしくみすぼらしい格好のまさに賊、といった姿の男達が無数に此方に襲い掛かってきているのが見えた。
それに呼応するのは、魔国の兵士、俺の護衛の人達だ。
整った鎧に身を包み、俺の乗る馬車を守るようにグルリと円陣を組んで賊達へと刃を向けていた。
ガキィンッ!
キィンッ!
ズバンッ!
ズシャアッ!
鉄と鉄がぶつかりあい、弾ける音、そして……肉が切り裂かれる音と……肉の塊が地に落ちる音。
……見る限りうちの兵士に消耗はない……実際先程軽口をきいたのも近衛兵団の副団長、ようは魔国のナンバーツーだ……実力は保証されてる。
というか、訓練を共に行っていたし、全員と顔見知りだ。
だからまぁ、大丈夫だろう……賊のほうもたいした実力者はいなさそうだ。
「う、うぅ……」
そうして様子を伺っていると、不意にメイドが立ち上がっていた。
馬車の扉の前に立ち、フラフラとしている。
……むしろこっちのほうが不安になるな。
「わた、私がお嬢様をお守りするのです……最後の砦です……」
そう呟きながら、メイドは長いスカートの中に手を入れて……。
ゴトリ
足元に何かが落ちて、馬車が揺れた。
見ればそこには、無骨なハンマー……傍目には華奢なメイドである彼女が持つにはあまりにも不釣り合いな武器だった。
それを軽々と持ち上げて構えて扉を警戒する姿は、フラフラしてなければ様になったかな……。
まぁでも兵士達だけで対応できてるみたいだし、馬車にまでは来ないでしょ。
大丈夫だと思うけど……。
「…………ん」
ふと窓の外に目を向けた時、一回り小さな兵士が尻餅をつくのが見えた。
あれは確か……一番若い子か……油断したか。
いや、孤立させられてたみたいだね。
そう誘導されたのかな……?
意外と頭が回る。
このままだと死なないまでも大怪我はしちゃいそうだ。
今回の旅のメインは俺と文官で、兵士達の消耗は多少仕方ない事とは言えど……ケチはつく。
避けられた、対応出来た事態にケチがつくのも面白くないな。
……助けるか。
「空間魔法……【テレポーテーション】」
「あっ……お嬢様っ!」
そんなメイドの悲鳴のような声を聞きながら、俺の視界は切り替わる。
目の前には粗野な格好をした賊が、刃を振り下ろしてくる光景。
背後からは息を飲む音。
「でぇっ!?」
そして目の前の賊は俺に驚いたのか、変な声を漏らして動きを硬直させた。
そんなあからさまな隙を、逃す手はない。
「ふっ」
掛け声一つ、身を屈めて、懐に潜り込む。
体には既に身体強化魔法……反応速度や自身の速さに特化した雷属性を身に纏いながら……拳を引いた。
……硬直したまま……武器は……粗末な剣……ほほ止まってるし魔力も帯びてない……此方を認識はしてても、反応出来てない……。
問題ない。
身体強化で引き伸ばされた時間の中、思考を終えた俺はそこそこの速度で拳を突き出す。
強化された体で、そこそこの。
ドズンッ!
バリバリバリバリ!
「ぐぼぉっ」
鈍い音とともに稲光が走り、男の鳩尾に拳がめり込んだ。
……手応え的に骨はいってないけど……気絶はしたかな。
吹き飛んでいく賊の様子を伺いつつ、背後で尻餅をつく兵士に振り返った。
……呆然としてるな。
いっちょ渇いれてやるか。
たかが賊に後れを取るようじゃ、やっていけないぞ、との脅しもかねて。
「立て」
「は……」
此方を見上げるまだ年若い、少年と言っていい兵士へと目を細める。
「我が魔国の精鋭がいつまでも地べたに這いつくばっているつもりか? 立て!」
「は、はいっ!」
ガシャン、と音を鳴らして兵士は慌てて立ち上がる。
賊と相対していた兵士達も思わず、と言った様子で背筋を伸ばしていた。
「この程度の賊に後れを取るお前達ではあるまい? これよりお前達は傷一つ負うな、一太刀も受けるな。……全員で魔国に帰らねば意味がないのだから」
「はいっ!」
兵士達一人一人が、改めて武器を構える。
それぞれが魔力を滾らせ、思い思いの属性を纏っていく……。
「理解したならば、本気でやれ! これ以上俺の手を煩わせるな! 魔国第一王女の名の元に、この哀れで浅ましき賊ども捕らえよ!」
「ははぁっ!」
重なった兵士達の声が空気を震わせ、それぞれが地を蹴った。
地面がめくれあがる程の踏み込みで加速した兵士達は、それぞれの得物を振るい賊達へと切りかかっていった。
尻餅をついていた若い兵士も同様に、やる気を漲らせているようだった。
……初めてで見よう見まねだったが……上手くいったか。
それはそれとして、この集団のリーダーである副団長がこっちを何か言いたげに見てた気がするけど、気にしない事にしよう。
まぁ、これでもう大丈夫だろうと、未だにはきなれないスカートの土汚れをほろい、胸をはって腕を組むのだった。
むにゅり
膨らんだ胸が潰れ、柔らかい感触が腕を包んだ。
……鬱陶しいな。
ドレス姿の時はサラシで胸を潰すなと怒られたけど……既に恋しい。
年々女らしくなっていく体が、嫌だ。
年々此方のほうを見る視線に何かが含まれていくのが、嫌だ。
……きもちわるい。
ザザザザザザザザザザザ
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「魔国の姫だと……!? 冗談じゃねえ! 撤退だ撤退!」
元より状況は盗賊側が悪かった。
それでも突出しがちだった兵士を一人痛め付けて人質にするなりして状況を良くしようとしていた中で、突然現れたドレス姿のとんでもない美女が放った一撃と言葉で、全ては引っくり返された。
殴られた賊は胃液を撒き散らしながら吹き飛び、倒れてピクリともしない上に、兵士達はやる気に満ちて一人また一人とやられていく。
この盗賊を率いていた頭は、既に勝ち目がない事を察してしまっていた。
もうこうなっては全力で逃げるしかない。
何人逃げられるのか、最早そういう話でしかなかった。
しかしながら、その判断すら遅すぎた。
ヒューーーーー
その時、一陣の風が吹いた。
そうして気付けば、盗賊達は全員が浮遊感とともに天を仰いでいた。
「へ……」
「逃がさないよ」
いつからそこにいたのか、盗賊の頭の視界に緑色の髪が映った。
この国で生きるうえで、それは誰もが知っている色だった。
風と、緑、頭の顔色が青く染まる。
「なんっ……で、王族っが……! こんな……!」
盗賊の頭は絶望していた。
仲間内の中では回転の早い頭が、詰みだと答えを出していた。
何故こうなってしまったのか、風で打ち上げられて抵抗すら許されない空中で、引き伸ばされた感覚で思考する。
ここはまだ国の辺境でしかなく、人通りの少ない街道で、警備も少なくて、盗賊からしたら『美味しい』スポットの筈だった。
(……いや、変だ……。それでも、こんな豪華な馬車を、兵士達に守られたのを獲物とする程耄碌してなかった、ような……?)
頭の何処かにかかっていた靄が一瞬晴れて、今の状況のおかしさを自覚する。
おかしい、変だと現状に疑問を覚えた。
その瞬間、思考はピンク色に塗りつぶされた。
『もっともっと良いモノが欲しいわオジサマ!』
(ああ、……いや、そうだ、俺は、あの子にもっと良いモノを捧げる為に……もっと、もっと奪って……)
男の思考に靄がかかる。
先程までと同じ、いやそれ以上の陶酔を抱きながら……。
「僕の国で、これ以上好き勝手はさせないよ」
ドゴォッ!
上空が落ちてくる風の塊に押し潰され、地面に叩き付けられて、意識を闇に溶かしていった。
『あれぇ?』