TS転生なんかしたくなかった   作:害悪転生者

8 / 8
何者にもなれなかった

「お久し振りです、レイチェル」

 

 突然現れて、逃げ出す賊達を叩きのめした緑髪の少年は、順当に成長していた。

 俺より頭一つ大きくなった彼は、俺の前に立つとうやうやしく頭を下げて、手をとった。

 

「また一段と美しくなりましたね。会えて嬉しいです」

 

 そこに顔を近付けて、リップ音。

 直接触れずに親愛を示すその仕草にいじらしさすら感じる。

 ……再会の挨拶としてはキザな……けど握られる手の温もりは悪くなかった。

 

「……うん、久し振り」

 

 だから、少しだけ意識して柔らかく答えた。

 ……うん、見るからに健康そうだし、体もよく鍛えてるのがはたから見てもわかる。

 さっきの風魔法の精度を見るに、うちの兵士達でも相手にならない可能性もあるね。

 ……まぁ、戦う訳ないから良いんだけど。

 

「俺も、会えて嬉しいよ」

 

 そう答えると、彼の雰囲気がまた一段と柔らかくなった。

 

ジジッ

 

 透き通った緑色の眼光が、柔らかく細められていた。

 

「姫様!」

 

「お嬢様ぁー!」

 

 再会を喜んでいると、そんな声が響いた。

 副団長とメイドが此方に向かっているのが見える。

 ……なんか、怒ってるような雰囲気だった。

 

 それと同時に、彼の背後からもガチャンガチャンと鉄の……鎧の擦れる音が響き出した。

 見れば遠くから鎧姿の兵士が幾人も走って此方に向かってきていた。

 

「王子ーっ!」

 

 野太い声をあげながら。

 明らかに怒ってる声色だった。

 彼のほうを見れば、困ったように頬に手をやっていた。

 

「あはは……実は勝手に飛び出して来てしまいまして……」

 

 ……成程、まぁ護衛を放って勝手に動けばそうもなるか……。

 まったく、王子の癖に何してるんだか、しっかり反省して……。

 

「早くレイチェルに会いたくて」

 

 ……。

 

「……バカだな。君は」

 

「ふふっ……座学の成績は悪くないんですよ?」

 

 彼の頭が一瞬僅かに上を示した。

 その行動の理由を察して……俺は両手を彼に差し出した。

 そして彼は俺の両手を支えるようにして重ねて……。

 

バチッ

 

 イタズラっぽく笑ったようだった。

 

「「風魔法【フロート】」」

 

 重なる声とともに、俺と彼の周りに風が渦巻く。

 それは俺達の両足に絡み付き……その体を宙に浮かばせた。

 

「少し話をしてくるから、賊の捕縛を頼む! 魔国の皆様、レイチェル姫を……暫く借りていきますね!」

 

 そしてその声と共に、俺達の体は勢いよく空へと押し上げられていった。

 

「~~~~~!」

 

 下のほうで副団長や彼の護衛達が叫んでいるようだったけど、俺達の耳には一切入ってこなかった。

 

 向かい合ったまま、高く高く飛んでいく俺は、数年前過ごした日々を思い出していた。

 時折俺が城の者に追われた時、逃げる為によく使った魔法で、殆ど一緒にいた彼もついでにこの魔法で一緒に空を飛んでいた。

 だからこれも、こうやって手を繋いで飛んでいくのもそう珍しい光景じゃないのだけど……。

 

ジジジッ

 

 時折見える眼光と目が合うと、なんだか気恥ずかしかった。

 

「随分……上達したね」

 

 誤魔化すように魔法を完全に制御している事に感心を示す。

 当時飛ぶための風魔法の制御は、彼一人じゃ出来なかったのに。

 

「勿論。貴女とこうやって空中デートする為に、いっぱい練習しましたからね」

 

 ごうごうと風が唸るなか、そう事も無げに言い切った。

 真っ直ぐこっちに向いているのが気恥ずかしくて、視線をずらした。

 

 やがてある程度の高度……兵士達が豆粒のように見える位置で上昇は止まり、辺りを見回せば広大な景色が目の前に広がっていた。

 森に、村、畑、山、川、湖、街……そして霞むくらい遠くに見える城。

 上空から眺めるその自然豊かな光景は素晴らしかった。

 

「…………」

 

 けれど、互いに手を合わせながらそれを眺めていた彼は……なんだか浮かない雰囲気を醸し出していた。

 俺と一緒にいる時には殆ど感じないその雰囲気に、首を傾げる。

 

「……何かあった?」

 

 問えば、僅かに緊張感が弛み……破顔したような気がした。

 

「いえ、恥を晒すようなのですが……最近少し、国内の治安がおかしいのです」

 

 そう語る彼の声色は真剣だった。

 

「それは……さっきの盗賊みたいな?」

 

 頷いた彼は言葉を続ける。

 

「ええ……いくら警備の目が届きづらいとはいえ、こんな街道を襲うような盗賊は滅多にいなかったのですが……しかも、あんな国の要人が乗ってますよと宣言しているような、豪華な馬車を襲うような……」

 

ジジジッ

 

 憂いを帯びた緑の瞳は、上空から国全体を見つめていた。

 まだまだの少年の身でありながら、既に彼は国の未来を思っているようだった。

 

「揉め事も多いのです。小さいものから大きなものまで……なんとも嫌な感じですよ」

 

「……前年と比べて少し多いくらいなら気のせいかもしれないけど……」

 

 そう気休めを口にするも、それは首を振って否定された。

 

「いいえ……明らかに多いですね。ざっと昨年の十倍……偶然では片付かない数です。政変があった訳でも作物が不作だった訳でも不景気になった訳でもなくこの数は……異常です。あちこちで兵士が駆り出されて……疲労や負傷も多く、教会に治癒魔法の使い手の派遣をお願いしなければならなくなるくらいでして……」

 

 ……想像以上に嫌な感触だ。

 語り口から原因の特定は出来てない……そしてそれは統治している方からすれば最悪な状況だ。

 国民の危険度や不満だけは高まり、解決の糸口もない……。

 悪戯に兵士だけは消耗し、国庫の圧迫だけが続いていく。

 ……嫌なタイミングできちゃったかな。

 

「いいえ、そんな事ありませんよ」

 

ジッ

 

 そんな俺の考えを読んだかのように、彼はそう言って目を細めて微笑んだ。

 重なった手が、彼の手に包まれた。

 

「むしろ、此方が申し訳ないくらいですよ。こんな時に迎える事になってしまって……でも、僕の国の名物くらいはちゃんと味わって貰いますよ。名所もちゃんとありますから、後日ちゃんと案内しますね」

 

 努めて明るく振る舞う彼は、強がってはいた。

 強がりだってすぐわかるような、そんな態度だったけれど……それでも……。

 

「……うん、ずっと楽しみにしてた。悪いけど、世話になるね」

 

ジジジジッジジッ

 

「ええ、勿論! 任せて下さい。いっぱいおもてなしさせていただきます!」

 

 俺はその笑顔に、俺への好意に甘える事にした。

 心配事は尽きない……同盟国の不安定さはこっちにも波及するから。

 でも、俺を楽しませようとしている彼の思いに水を差すのも嫌だった。

 

 だから心の隅でこうも思った。

 滞在中、存分にもてなしを満喫しながらも、俺に出来る全力で協力しよう、と。

 それが、俺が今唯一認識出来る笑顔を守る事に繋がると、そう信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なお、暫く上空からの景色を楽しんで降りて来た後に俺達を待っていたのは、当然のように叱責だった。

 俺は副団長から、彼は彼でそちらの責任者から、つらつらと説教を受ける羽目になった。

 ……まあ、逃げたんだから仕方ない。

 

 それよりもメイドが俺から引っ付いて離れないほうが鬱陶しかった。

 

「ヴェエエエ~……お嬢様ぁ~……あまり勝手な事しないでくださいぃ~……私の存在意義がぁ~……」

 

 そう言ってひゃんひゃんと鳴くメイドは本当に面倒臭かった。

 まったく……いつまで経っても甘えん坊なんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔国からの来賓、魔国の王の一人娘。

 それを迎え入れたのは第一王子とその護衛達。

 入国早々に襲ってきた盗賊を撃退し捕縛し合流した一行は、一路王都へと進んでいった。

 その道中にも二度程盗賊からの襲撃があり、王子の語る治安の悪化を実感する事となった。

 

「……流石に、妙だね」

 

 馬車に乗る深紅の魔国の姫は、そう呟いて捕縛されていく盗賊達を眺めた。

 最初の襲撃と違い危なげなく撃退した兵士達に労りの言葉をかけながらも、その頭は冷静に現状を分析していた。

 こうも一度の旅路で襲われる事があるのだろうか?

 

「本当に、情けない限りです」

 

 向かい合うように腰掛けているのは緑色の王子。

 苦笑を浮かべるも、その目の奥は笑っていない。

 現状の至らなさに恥を感じてはいるが、それ以上に現状を不気味に思っているのがありありと伝わってきていた。

 

「何か、前兆みたいなものは……?」

 

 そう問いかけても、王子は首を横に振るだけ。

 なんの前触れもなく突然治安が悪化したのだと目を細めた。

 

「僕も皆も調査はしているのですが、なんとも言えませんね……これかもしれない、くらいはいくつかありますが、どれもこれだと断定するには弱く……」

 

 窓の外を眺めるその瞳は、憂いに満ちていた。

 

「……そっか」

 

 どうにもならないむず痒さを抱えた王子の悩みを取り除く方法は、今の姫にはなかった。

 この先どう事態が推移していくのか……悩みは尽きない。

 混迷している今のこの国で、一個人でしかない自分達がどれほど力になれるのだろうか。

 実年齢以上に……最早老成していると言える二人は、馬車の中で頭を悩ませ続けていた。

 悩んでも悩んでも、今は答えが出る気がしなかった。

 

「……それはそうと、この国の名物は何があるの?」

 

 ふと、重くなり停滞した空気をかきけすように、少女の言葉が響いた。

 結局今悩んでもどうにもならないのだから。

 突然のなんて事のない質問に、少年の目も思わず点となる。

 けれど即座に、それが少女からの気遣いである事に気付いて、表情を綻ばせた。

 

「そうですね、やはりこの国と言えば、豊かな自然でしょうか……とても美しい清流があって……」

 

 少年は努めて明るく言葉を紡ぐ。

 爽やかな笑みを浮かべて、どこか誇らしげに、自分の国がどれだけ素晴らしいのかをつらつらと自慢気に。

 自分の国を、心から楽しんで欲しくて。

 

 今の状況は良いとは言えない。

 先行きは不明、彼の語る見所を本当に見に行けるのかすら定かではない。

 それでも、二人の乗る馬車は明るい未来を語り、賑やかに、和やかに進んでいく。

 

 少年の語りを、少女は静かに聞き続けていた。

 何度も頷いて、楽しげに語る少年を眺め続ける。

 その表情は、かつてない程に優しげで……自然な笑みを浮かべていた。

 

「ふふ……楽しみだね」

 

 思わずそう呟く少女の顔は、とても美しかった。

 少年は頬を染めその顔に見惚れながらも、はにかみながら笑みを返すのだった。

 馬車は一路、王都へと向かっていく。

 

 そこに、何が待っているかも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

「…………え?」

 

 血に染まった深紅の少女は、呆然と呟いた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

TS転生したら変身ヒーローだったけど、魔法少女がやりたい!(作者:魔法少女マジデ☆ドコダ)(オリジナル現代/冒険・バトル)

百日紅凛は転生者。魔法少女がいる世界にTS転生してしまう。▼女の子になったのなら、魔法少女をやってみたい。▼そう思っていたのに、凛に与えられたのは変身ヒーローの力だった。▼でもさ、魔法少女やりたいよね!!▼そんなノリで魔法少女ごっこをしながら、変身ヒーローの後輩の少年とか新人魔法少女とかを振り回していく、記憶喪失系TS転生変身ヒーローちゃんの話。▼ついでに、…


総合評価:260/評価:8.14/連載:8話/更新日時:2026年09月20日(日) 07:05 小説情報

娘を救うため、最強陰陽師の俺はTSする。(作者:匿名杯参加者)(オリジナル現代/冒険・バトル)

日野江晴臣は、現代に生きる最強クラスの陰陽師。▼ そして、妻と生まれてくる娘を何より大切にする父親である。▼ ところが、儀式によってとんでもない未来が見えてしまった。▼ 妻の静華は出産によって死亡。▼ 生まれてくる娘――環は、やがて世界を滅ぼす鬼子になるという。▼ 一族が突きつけた解決策は、環が生まれる前に処分すること。▼ 当然、晴臣は拒絶した。▼ 妻も娘も…


総合評価:315/評価:8.6/連載:9話/更新日時:2026年09月20日(日) 20:45 小説情報

TS娘と情緒をぐちゃぐちゃにされる相棒(作者:べべべたろう)(オリジナルファンタジー/恋愛)

▼なお、TS娘本人の情緒もぐちゃぐちゃな模様。▼【ちゃんとしたあらすじ】▼その日、冒険者ニコは女になった。物理的に。▼冒険者としての相棒兼幼馴染で親友のカイは無類の女好きである。ニコは当然、貞操の危機を覚えずにいられなかった。▼が、予想に反してカイはニコに手を出さなかった。なぜなら、奴はTSしたニコによって情緒をぐちゃぐちゃにされていたからである。▼*後天T…


総合評価:994/評価:8.97/完結:15話/更新日時:2026年09月07日(月) 21:00 小説情報

元TS聖女は生まれ直して分からせられるそうです(旧題:元TS聖女の受難)(作者:黄金りんね)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

聖女は命を引き換えに世界を救った。▼しかし、女神も、仲間もそんな結末は認めなかった。▼自分の過ちと向き合え、と世界に放り出されたは良いものの。▼何一つ理解していない聖女は、その地位を失ってなお――。▼自分の価値を理解できなかった少女が、今生でゆっくり「分からされる」お話。▼「で、でも――私は力と地位がなければ、ただのゴミですよ?」▼「これは教育やろなぁ……」…


総合評価:5318/評価:8.78/連載:8話/更新日時:2026年09月16日(水) 23:35 小説情報

百合ゲー世界の上位存在淫魔にTS転生しました♡(作者:名も無きリリフェル様♡)(オリジナルファンタジー/恋愛)

もちろん、推しのヒロイン達を全員まとめて可愛がりますよねっ♡▼今日も掲示板ではみなさん大騒ぎしているようです♡▼「本当に、人間って可愛いですねっ♡」


総合評価:313/評価:7.78/連載:6話/更新日時:2026年09月19日(土) 07:31 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>