TS転生なんかしたくなかった 作:害悪転生者
「なんだ……これは……?」
王都に着いた時、彼はその光景に愕然としていた。
彼は道中語っていた、王都は国の自慢の一つなのだと。
賑やかな魔国とはまた違う、静謐な雰囲気を作り出しているのだと。
平均気温の高いこの国において、計算され尽くして建てられた建築物により風通しや熱のこもりづらい都市作りに成功し、体感気温を著しく下げてくれて、夏でもとても過ごしやすい、素晴らしい都なのだと。
「何故、誰もいない……?」
王都に入る為の大門は開かれている……それは良い。
日中は常に開放しているらしいから、そこは問題じゃない。
けれど、通行人を見守る為の兵士や門を守る兵士の一人もいないのは、明らかな異常事態だった。
しかも、王都の中に踏み入れてみてもそれは同じ。
人がいた気配はある、様々な物品や跡が残っているにも拘わらず、人の存在だけが消えていた。
少なくとも、感知出来る範囲に生きている人間の反応を感じとる事は出来なかった。
「……僕の護衛から半数を王都内の捜索に当てます。レイチェルの護衛に負担をかける事になりますが……大丈夫ですか?」
それに俺は即座に頷いた。
今この国には間違いなく何かが起きている。
その何かが治安が悪化した原因なのか、それともまた違う別の問題が起きているのか……。
兎に角今は、何か動かなければ。
「構わないけど……君はどうする」
「まず王城に行きます。父上に謁見し話を聞きます。父上ならば情報を集めている筈です」
ジジジッ
そう堂々と告げているも、彼の揺れる眼光が内心の不安を表しているようだった。
強く握り締めた拳が僅かに震えていた。
……気付けば俺は、彼の手を握っていた。
はりつめた拳を両手で包み込むようにしてほどいて、挟み込むように握り締めて。
「……大丈夫。俺もいる」
なんて、ちらつく透き通る緑を見つめて口にしていた。
……何してるんだ俺は。
小恥ずかしい……。
自分の行為に気付いて俯いて、手を離そうとすれば……それを更に重ねられた彼の手が止めた。
子供らしい滑らかさを残す手の甲に比べて、タコが出来ている手のひらは少しごつごつとした感触だった。
ザッ
顔をあげれば、嬉しそうに細められた緑色の眼光と目があった。
……朧気に見えた口元が、ゆっくりと弧をえがいた。
「ふふっ……ありがとうございます。貴女が側にいてくれるだけで……なんでも出来そうな気がしますよ」
俺の手を包む彼の手は温かかった。
透き通った緑色が、じっと俺を見つめていた。
俺達は互いの手を握りあって、暫しそのまま見つめあっていた。
やがて馬車は王城へと辿り着く。
道中もやはり人の姿はなく、散乱した荷物やらだけが残されている有り様。
しかし、少しだけ違うのは、城に近付くにつれて争ったような形跡が増えている事。
王城の門も開かれていて……いや、破壊されていて、そこにいる筈の警備の兵士の姿もない。
へし折れた槍だけが放置されて、あまりにも異様な雰囲気を醸し出していた。
「…………行こう」
暫し辺りを調べるも何も得る事はなく、結局判断は変わらない。
王城へと入り、王に謁見する。
その為に馬車を降りた俺達は、気味の悪さを感じつつも王城へと足を踏み入れるのだった。
連れてきた文官達は大事をとって、馬車とともに少数の護衛と共に残してきた。
本来は俺も残れと言われたが……。
「同盟国の一大事に、大人しくしていられるものか。何よりも、俺は魔国の姫……お前達にずっと守って貰う程弱くはない」
「しかし……」
「俺から訓練で一本とれるようになってから言え」
「……」
渋る若い兵士をそうやって諌めて、同行する事に決めていた。
何よりも……はりつめた様子の彼の側にいてやりたかったから。
ただ事ではない様子の自国の様子に、内心穏やかじゃない彼の側にいて、少しでも力になってやりたかった。
だって、彼は……俺の、友達だから。
ぎゅ
震える彼の手を掴んで、少しだけ意識して頬を吊り上げた。
不細工な笑顔だろう、わかりやすい作り笑顔だろう。
けれどそれでも……モヤが、モザイクが、なんだか薄くなってきた彼は……。
「……ありがとう、レイチェル」
そう言って、笑ってくれた。
俺達は城を慎重に進んでいく。
やはり人がいた、争った形跡はあれど、人がいない。
折れた武器等はある、血痕すらある。
けれど人だけが不気味な程に見付からなかった。
やがて俺達は、玉座のある謁見の間の前置きにまで辿り着いていた。
本来はこの先でこの国の王……彼の父親が玉座に座っている筈だ。
ここまでの道中、美しかったであろう城の中はひどく荒れていた。
争った形跡で荒廃しているのは勿論、調度品があったであろう場所に違和感を覚える程に何もない。
割れた破片等が散らばるくらいで……汚い言い方だと金目のものが殆どなかった。
絵画の一つもない廊下は、一国の王城としてはあまりにもおかしかった。
彼の反応を見るに、元々なかった訳でもなさそうだし……。
改めて、やはり不気味だった。
「……よし、行くぞ」
閉じられた扉の前で胸に手を当て、数度深呼吸をした後、彼は扉に手を伸ばした。
勢いよく押し開き、謁見の間へと飛び込む。
「父上! ただいま帰りました! 一体、何、が……」
謁見の間を歩きながら問いかける彼の声は、そこに広がっていた光景にしりすぼみになっていた。
……そうなるのも仕方ない程に、その光景は……現実味がなかった。
『あぁ……あぁ~……』
謁見の間全体に、幾人もの人々が詰め込まれていた。
老若男女、そこらにいるような町人から、鎧を着込んでいる兵士に、見るからにみすぼらしい盗賊のような輩まで。
その誰もが言葉にならない声をあげ、ただ一点を見つめていた。
謁見の間に鎮座している、玉座を。
「あら? お客様かしら?」
そこに座っていたのは、かつて会った緑の髪をしたこの国の王様ではなかった。
ピンク色の髪を長く伸ばした一人の女だった。
間違いなく美女といえる程に整った容姿をした女は、玉座の肘掛けにしだれかかるように、頬杖をついて此方を見下ろしていた。
…………?
あ、れ……?
「なっ……君は何をしているんだ!? そこは玉座だ、君が座って良い場所じゃない!」
「そうなの? 私はただ、オジサマに勧められたから座っているだけよ? ねぇ、オジサマ?」
激昂する彼を気にした様子もなく、女は視線を横に向けた。
そこにいたのは緑髪の男性……恐らくはその身につけている上等な衣服から見るに、王様がいた。
ピンクの女の足元に這いつくばっていて……
「あっ……ああ~……!」
そして、それを見下ろす女の
俺は……俺の目には、
「あはっ、きもちわるーい♡」
玉座に座ったまま女へとすがろうとする王様を蹴り飛ばし、女は嘲笑った。
その光景を見て、金品に囲まれ宝石で身を飾った女に、彼が怒りを燃やしているのがわかった。
でも、その顔を見ても、
女は何が面白いのか、ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべている。
人の醜悪さを煮詰めたような笑顔に、蓋をしていた前世の記憶が刺激される。
……この世界に転生して
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「父上……! 貴様ァッ!」
尊敬する父を足蹴にされた少年の激昂に、ピンク髪の女はわざとらしく身をすくめた。
「キャーこわーい! ってあら、まだまだ少年って感じだけどイケメンじゃない!」
ふざけた態度のまま、少年の顔を改めて見た女は、そう言って目を輝かせた。
「ふむふむ、うんうん、悪くないわね。ごーかーく! 貴方も私のコレクションにいれてあげるわ♡」
少年の額に青筋が走る。
少年は既に確信していた。
今のこの事態は、いやもしかしたら最近の全ての元凶も、目の前の変な女であると。
女の周りにいる王と王妃である自分の両親、まだまだ幼い弟妹達、戦闘を指南してくれた教官を始めとした訓練を共にした兵士達……それらは一つの例外もなく恍惚とした表情で、うわ言のような言葉を呟くだけ。
明らかに正気は失われていて、ただただ女にすがる亡者のようだった。
家族を、仲間を、そんな形に変え、平気な顔をして玉座に居座る女に、少年は生まれて初めて、心の底からの憎悪を感じた。
沸き上がる怒りは魔力に干渉し、漲る魔力が周囲で風を引き起こし始めていま。
それでも感情のままに飛び出さないのは、手を握ってくれている存在がいるから。
会って一目惚れしてその後過ごした日々より、離れていた時間のほうが長かったというのに、その想いは衰えるどころかより強くなっていた。
再会してもっと美人になって、気のせいじゃなければ自分を少し受け入れ始めてくれている想い人。
そんな彼女を放って、怒りのままに飛び込むことなんて出来なかった。
「あら? 手なんか繋いじゃって、カップルかなぁ? 可愛いわねぇ♡」
ふと、女が溢した。
瞬間、そのニヤニヤとした笑みが止まり、つまらなそうに吐き捨てた。
「ガキの癖に色気づきやがって、気色悪い……」
少年はその言葉に思わず顔をしかめた。
ピンク髪の女は、確かに見た目だけなら美しかった。
離れた所から座っているのを見ているだけでも、そのスタイルの良さもわかる。
なのに、その言動から滲み出す幼さと性格の悪さがあまりにも致命的だった。
怒りも憎悪も感じている。
だが同時に、その理解できない気持ち悪さのせいで少年は少しだけ冷静さを取り戻した。
「……玉座に座って王を足蹴にした……間違いなく不敬罪だ。全員で引っ捕らえろ!」
少年は踏み出そうとしていた足を引っ込めて、引き連れていた兵士達にそう指示を出した。
王族としては正しい判断、少年の感情としては真逆の指示。
内心複雑ながら行われた指示に、兵士達は一も二もなく従い、武器を構えて突撃していく。
当然、周囲にいる王族や大臣の保護、謁見の間に押し込められた人民達への安全確保と警戒、それらも同時に狙いながらの行動。
今、元凶と思われる女は玉座にふんぞり返り、守るべき王族はそこから少し離れている。
少なくとも即座に危害を加える事は出来ないだろうし、人質にしようと動いた瞬間に攻撃する準備も既に整えていた。
それは即席にしてはしっかりと考えられ、十分な勝算のある行動だった。
「…………あは♡」
パチンッ
惜しむらくは、目の前の女が常識では測れない存在だった事か。
頬を吊り上げて不気味に笑った女は、ウインクをした。
あまりにも場違いな行動……けれど、同時に放たれた謎のピンク色の波動が、全てを狂わせていく。
ガシャン
ガシャン
ドシャッ
武器を構えて女へと向かっていた兵士達の手から、武器がこぼれ落ちる。
人によっては膝すら折り、その場に踞ってしまった。
「みんな!? ぐっ……うぅ……!?」
そのピンクの波動は少年にすら影響を及ぼし、表情が苦悶の形に歪んだ。
透き通る緑色の瞳が揺れ、ピンク色に縁取られていく。
「ハァーイ♡ みんなちゅーもーく♡」
異様な雰囲気の謁見の間の中で、唯一変わらない女は、玉座の上で立ち上がり、両の手でハートマークを象った。
満面の笑みを浮かべた彼女の言葉に、誰もが引き寄せられ、そちらを凝視してしまう。
それは、少年も同じ。
少しずつ、少しずつ思考が削られ、抉れ、全てがピンク色のモヤに包まれてしまう。
彼が感じているのは、訳のわからない幸福感と……繋いだ手を通して感じる温もりだけ。
朦朧とする意識の中、ただ一つ感じる温もりに無意識にすがり、強く握り締めていた彼の手は。
「ミサキを、もっともっと、愛して♡」
ブワァッ!
より強く放たれたピンク色の波動と共に、力なくほどけた。
凄まじい脱力感に、更に強く襲い来る謎の幸福感に、堪えきれずに膝をつく。
やがて、抵抗空しくその意識の全てをピンク色に染められていってしまったのだった。
謁見の間で誰もが、その瞳を不気味にピンク色に染めて、恍惚とした表情で頭を垂れていた。
それを女は、玉座の上で立ったまま、満足そうに眺めている。
ニヤニヤと、邪悪で醜悪な笑みを浮かべて。
「うふふ♡ 貴方達の全てを、私に捧げなさい♡」