―――視点を、ライブ配信を見守る視聴者側へと移そう。
事の発端は、配信開始のわずか15分前に投下された『かっふぇの日常』アカウントからの告知だった。
「かっふぇが初の企業案件をやるらしい」
「しかも大食いイベントの生中継に出るぞ」
という噂は、瞬く間にSNSを駆け巡り、凄まじい勢いで拡散されていった。
結果として、配信プラットフォームの待機画面には、開始前にもかかわらずすでに1万人の視聴者が雪崩れ込んでいた。チャット欄は、まだ暗い画面の横で滝のようなスピードで流れ続けている。
『うおおおおおお! 待機!!』
『かっふぇさん企業案件マジ!? おめでとう!!』
『15分前告知で同接1万人突破とかバケモンすぎるww』
『しかも大食い企画ってマ? あの細い体のどこに……』
『間に合った! 初の生配信キターーー!』
『今日はあの真っ黒な勝負服なのかな?』
『中山で目撃された伝説のフードファイターの勇姿が公式で見られると聞いて飛んできました』
『俺たちのスパチャじゃ足りなくてついに企業のバーガーを食い荒らすのか……(感涙)』
『全裸待機』
『風邪ひくぞ服着ろ』
そして、定刻。パッと画面が切り替わり、司会者のハイテンションな声と共に、ライブキッチンの鉄板が大写しになる。
和牛100パーセントの分厚いパティが焼ける音、滴る肉汁、そして積み上げられる極上のハンバーガー。そのあまりにも暴力的なシズル感に、コメント欄は別の意味で盛り上がりを見せた。
『うっまそおおおおお!』
『音やばい音やばい、飯テロすぎる』
『和牛パティ分厚っ!』
『こりゃいいな。今日の昼飯はハンバーガーにするわ』
『普通に美味そう。今度食いに行こう』
『企業側も気合入ってんなー、これ絶対うまいやつだ』
ハンバーガーの圧倒的なビジュアルに視聴者の胃袋が掴まれた、その直後。
司会者の「謎の爆走大食い少女!」という、勢い余ったトンチキな紹介文句と共に、画面の端から静かに『かっふぇ』が姿を現した。
その瞬間、コメント欄の流れる速度が、さらに数倍に跳ね上がった。
『爆走大食い少女wwww キャッチコピー草ww』
『ちょ、かっふぇさん私服!?』
『ライブで勝負服じゃないかっふぇさん珍しい!!』
『あ!! 競馬場で見た姿そのままだ!! サンダルもだよ!!』
『ストリート系だ! ダボダボのダウンにパラシュートパンツ!』
『すんげー、ストリート系で着込んでるのに、隠しきれない清楚感がエグい』
『帽子から出てる黒髪サラッサラ……』
『かわいい。声出す前からもうかわいい』
『立ち姿が綺麗すぎる。育ちの良さが漏れてるのよ』
視聴者たちが、その「着膨れしているのにミステリアス」という奇跡的なビジュアルに圧倒されていると、画面の中のかっふぇが、静かにサンパチマイクに顔を寄せた。
「……どうも。かっふぇ、です。……おいしい、ハンバーガーを。たべに、来ました」
あの、夜のASMR配信(珈琲配信の勝手な切り抜き)で幾千のリスナーを虜にした、吐息の混じるウィスパーボイス。それに加えて、カメラ目線で少しだけ首を傾げる、破壊力抜群の可憐な微笑み。
その一撃で、コメント欄は完全に爆発した。
『おおおおおお!! いつものかっふぇさんの声だ!!』
『うおーすげぇ! 生声!!』
『耳が、耳が幸せすぎる』
『「たべに、来ました」←保護したい』
『なんだこの美少女……尊すぎて涙出てきた』
『こんな儚げな美少女が爆走大食い少女なわけないだろ! 企業は嘘をつくな!』
『いくらでも食わせてあげて!! 俺が金払うから!!』
『声と姿のシンクロ率1000%じゃん……』
『お辞儀の角度が上品すぎる。本当に大食いするのこの子?』
『可愛すぎて画面割れた』
司会のオーバーな演出と、かっふぇの静かな佇まい。二つの強烈な個性が生み出したコントラストは、多くの視聴者の心を鷲掴みにし、熱狂のボルテージを最高潮へと引き上げていた。
■
カメラの画角が切り替わり、ライブキッチンのカウンター席にちょこんと座るかっふぇの姿が映し出される。その目の前には、先ほど紹介されたばかりの『和牛100%特製ハンバーガー』が、ドスッという重たい音を立てて置かれた。
バンズから大きくはみ出した分厚いパティに、雪崩を起こしそうな新鮮な野菜とソース。一般的なファストフードのバーガーとは比較にならない、まるで一つの「肉の塔」のような代物である。
これを見た初見の視聴者たちは、チャット欄で冷静な分析を始めた。
『おいおい、いくらなんでもデカすぎだろこれw』
『大きなバーガーだぜ? これ15分で食うって、成人男性でも1個か2個が限界じゃね?』
『あんな細い女の子なら、半分食べるだけでもキツいでしょ』
『俺、結構大食いだけど、これなら多分3つぐらいかなぁ』
『企画倒れにならない? 無理させないでね』
しかし、そんな「常識的」なコメントの合間に、かっふぇの真の恐ろしさを知る古参ファン……、主に現地目撃組からの忠告が紛れ込む。
『お前らわかってない。かっふぇさんを全く判ってない』
『あの細い体に騙されるな。あれはブラックホールだ』
『そーそー、競馬場の露店制覇して、んで数人前ペロリと食って競馬オヤジ達をドン引きさせた人だぜ?』
『15分も食わせんの? 厨房の在庫が持つか心配した方がいい』
「それでは! かっふぇさんの大食いチャレンジ、15分一本勝負……スタート!!」
司会者の高らかな掛け声と共に、画面右上のタイマーが作動した。
かっふぇは慌てる様子もなく、まずはスッと背筋を伸ばし、胸の前で両手を綺麗に合わせた。そして、カメラに向かって、深く、美しいお辞儀をする。
「……いただき、ます」
その洗練された所作に、チャット欄は瞬時に沸いた。
『行儀良い!』
『いただきますの姿勢が美しすぎる』
『育ちの良さが完全に滲み出てる』
『うーんお嬢様。食べる前からもう満点』
そして、かっふぇは両手で巨大なハンバーガーを持ち上げると、小さく開いた口で、パクリと一口目を齧り取った。
――サクッ、ジュワァァァッ。
和牛の濃厚な肉汁と、香ばしいバンズの甘みが口いっぱいに広がる。
その瞬間。かっふぇの神秘的でミステリアスな表情がふわりと解け、まるで春の陽光を浴びて、一輪の花が咲いたかのような、これ以上ないほど幸福そうな笑顔が弾けたのだ。
『旨そうおおおお!』
『うわ、めっちゃ嬉しそうに食べるなぁ!!』
『やばい、笑顔がかわいすぎる!!』
『こっちまでお腹減ってきた……最高かよ』
『こんな幸せそうにハンバーガー食べる子、世界で一番可愛いだろ』
『【赤スパチャ ¥5,000】いっぱいお食べ!!』
―――だが。
「可愛らしい美少女のモッパン(食事動画)」という平和な空気が流れたのは、開始からほんの数十秒だけだった。
そこから、画面の様子がどうもおかしくなっていく。
かっふぇの口元は、確かに上品なままだ。小動物のように「もぐもぐ」と咀嚼しているように見える。決して大口を開けて下品に貪っているわけではない。
それなのに――手元の巨大なハンバーガーが、まるで倍速再生の早送り動画を見ているかのような、ありえない速度で消滅していくのである。
一口の動作は小さいはずなのに、なぜか一瞬でバーガーの体積が削り取られていく。物理法則を無視した『ウマ娘特有の摂食アニメーション』が、現実世界で、しかも生中継で垂れ流されていた。
『……おい』
『おいおい、ちょっと待て』
『え、なんか減る速度可笑しくね?』
『俺の目がバグった? それとも動画の再生速度イジってる?』
『まだ2分しか経ってないぞ!?』
『咀嚼してる!? 飲んでない!?』
『消しゴムが削れるみたいにバーガーが消えていくんだが……』
「……ごちそうさまでした。とても、おいしい、です」
タイマーが『2分15秒』を指したところで、かっふぇの手から綺麗にハンバーガーが消滅した。口元をナプキンで上品に拭い、ペロリと舌を出して「次」を要求する。
「お、おおおおっとォ!? な、なんと開始わずか2分少々で、あの巨大バーガーを完食してしまいました!! スタッフ、急いで二個目を!!」
司会者が若干裏返った声で実況すると、すかさず二個目のバーガーがかっふぇの前に滑り込んできた。
「……いただき、ます」
と、再び花咲く笑顔で、しかし一切のペースを落とさずに二個目に突入するかっふぇ。
その背後では、先ほどまで『まあ女の子だしな、大食いっつてもよ、15分なら3、4個用意しておけばいいだろう?』と高を括っていたらしいライブキッチンのシェフたちが、あからさまに顔色を変えていた。
『おい、後ろのキッチン見てみろw』
『シェフの目が点になってるぞww』
『なんか慌てだしたぞ! パティ焼く量が急に増えた!』
『鉄板の上に肉が10枚くらい並べられ始めたんだがww』
『司会も若干引いてて草』
『これが……謎の爆走大食い少女……!!』
美少女のガワを被ったブラックホールが、ついに企業の在庫に牙を剥いた瞬間だった。
■
開始から5分。次から次へと極厚ハンバーガーがかっふぇの口へと吸い込まれ、早くも3つ目が消滅しようとしていた。驚くべきことに、物理的に腹が膨れ、体が危険信号を出してしまうような量を食べても、彼女の食べるペースは落ちるどころかむしろ、一個あたりを食べるタイムが縮まっきていた。
チャット欄の視聴者たちは、その常軌を逸した光景に度肝を抜かれていた。
『おいおいおいすげーなかっふぇ。コスプレイヤー、なの?』
『コスプレイヤーで配信者だけど、大食いもいけるってか』
『しかも走ると速いらしい』
『本物のウマ娘だなマジで。スゲーキャラづくり』
「すごい、すごいですかっふぇさん! 次から次へと飲み込んでいきます!」
司会者はもはや実況というより、未知の生物を観察するようなトーンで叫んだ。
「この細い体のどこに、この大きなハンバーガーが消えていくのでしょうか! そして、ものすごーく美味しそうに食べる!!」
「……すごく、おいしいですから」
3つ目のハンバーガーを最後のひとくちまで綺麗に平らげたかっふぇは、口元を上品に拭いながら静かにそう答えた。
そして、すかさずスッと細い腕を挙げ、4つ目を要求する。それを見たキッチンから慌てて差し出された4つ目のバーガー。かっふぇはそれを受け取ると、全く淀みのない動作でパクリと口を付け、再び花咲くような笑顔を見せた。
『ペースオチねー!』
『しかも苦しそうじゃないぜ。ずっと旨そうだ』
『こういうのってさー、普通なんか、苦しむよ? あの大食いギャルさんとかも後半は結構余裕なくなるじゃん?』
『いやほんと。てか水とか一滴も飲んでないよね?』
『さすがかっふぇ。さすカフェ』
大食い企画にありがちな「無理をして詰め込む悲壮感」が一切ない。ひたすらに純粋な食への喜びだけが画面から溢れ出しているのだ。その神秘的で可憐な美少女が、屈強なフードファイターすら青ざめるペースで肉の塔を無双していくギャップ。
気づけば、ライブ配信の同時接続者数は3万人を軽々と突破していた。
企業のプロモーション配信としては異例中の異例の大バズりであり、キッチン裏の企画担当者が両手で顔を覆って感涙に咽ぶほどの、大成功のイベントとなっていた。
■
結局、かっふぇの食欲と言う怒涛の勢いは、最後まで一切衰えることがなかった。
「5、4、3、2、1……そこまで!!」
終了を告げるブザーがスタジオに鳴り響き、同時に画面のタイマーが『15:00』でストップする。
「す、凄まじい……!! 終了です!!」
司会者が絶叫に近い声を上げる中、かっふぇは10個目のハンバーガーの最後の一口を優雅に飲み込み、両手を合わせて「ごちそうさま、でした」と静かに頭を下げた。
分厚い和牛パティと山盛りの具材が挟まれた、1つでも成人男性をノックアウトする特大バーガー。それがキロ単位の質量となって、彼女の華奢な胃袋(ブラックホール)の中に完全に姿を消したのだ。
しかも、それだけの物理的な量を腹に収めておきながら、かっふぇのお腹周りはダボダボのダウンジャケットに隠されているため一切の変化を感じさせず、顔には汗ひとつかいていない。
スタジオ中が言葉を失う大盛況の中、司会者が震えるマイクを握りしめ、かっふぇの隣へと歩み寄った。
「ど、どうでしたか、かっふぇさん! 我が社の新バーガーのお味は!」
興奮冷めやらぬ司会の問いかけに対し、かっふぇはゆっくりと顔を上げ、この日一番の、まるで大輪の花が咲き誇るような極上の笑顔で大きく頷いた。
「……とても、とても、美味しかったです」
静かで、吐息の混じるウィスパーボイスがマイクに乗る。
「特に、お肉が、最高でした。……噛むたびに肉汁があふれて、うまみも、あふれて。それを受け止めるバンズも、しっかりと、どっしりとしたお味。ピクルスとソースも負けておらず……バランスは、最高でした」
ウマ娘としての純粋な味覚と、食事への深い感謝が込められた、これ以上ないほど完璧な食レポ。しかし、彼女の口から最後に紡がれた一言が、スタジオと視聴者を別の意味で震撼させた。
「……まだ、足りません……。いっぱい……、食べていたかった、です」
その可憐な微笑みと共に放たれた恐るべき一言に、ライブキッチンのシェフたちは膝から崩れ落ちそうになった。
■
この「10個完食してなお腹いっぱいじゃあないかっふぇ」という異常事態に、チャット欄はもはや狂乱状態へと突入した。
『え? かっふぇちゃんまだ腹一杯じゃないの?』
『バケモンだ。カワイイ化け物だ』
『あのでかいの10個食って「まだ食べたい」は恐怖映像なんよwww』
『すんげーかっふぇさん。そりゃあ競馬場の露店制覇するわけだ』
『欲しいものリストが米30キロとか、生活感溢れてる意味がようやくわかったわ……』
『もうやめて! シェフのライフはもうゼロよ!!』
『初案件なのに食レポの表現力も良いじゃねぇか。案件の申し子か?』
『このビジュアルでこの底なし胃袋、ギャップ萌えの極みすぎる』
『明日絶対このバーガー買いに行くわ!!』
「か、かっふぇさん。最高の、コ、コメントありがとうございます!!」
司会者は驚愕しつつも、プロとして最高の形でこの盛り上がりを締めくくった。カメラに向かってビシッと指を差す。
「謎の大食い少女が、まだまだ食べたいと太鼓判を押した極上の味!! わが社の和牛100%新バーガーは、この後! 夕方18時から全国の店舗で新発売です!! 皆様、ぜひお店へダッシュしてください!!」
「……よろしく、お願いします。とっても、美味しい、ですよ」
かっふぇが横で小さく手を振り、柔らかく微笑む。
その完璧な絵面と共に、最終的には同時接続数4万人という驚異的な数字を叩き出した伝説の生中継は、大盛況のうちに幕を閉じた。