配信が終わり、歓喜に沸くスタッフたちに見送られながら控え室へと戻った俺たち。
そこへ、先ほどのスーツ姿の担当者が、ホクホク顔どころか拝み倒さんばかりの勢いで入ってきた。
「いやあ、かっふぇさん! 素晴らしい食べっぷり、そして食レポでした! 本当に、本当にありがとうございます!」
「……いいえ。こちらこそ、ごちそうさまでした」
俺がカフェに教わった通りの優雅な所作で一礼すると、担当者はもみ手をしながら、本日のギャラについての話を切り出した。
「それで、お約束しておりました本日のギャラなのですが。基本の出演料40万円に、ハンバーガー10個完食の出来高ボーナスをつけさせていただきまして……合計50万円のお支払いとなります。こちらでいかがでしょうか?」
(ご、ごじゅうまん!? たった15分飯食っただけで!?)
日雇い労働時代なら、腰が砕けるまで汗水流して数ヶ月働かなければ届かない大金である。ウマ娘の胃袋、恐るべし。内心でひっくり返りそうになる俺だったが、表面上はあくまでミステリアスな美少女のまま、静かにコクリと頷いた。
「……それで、構いません」
「ありがとうございます! いやあ、本当に助かりました。同接3万なんて、わが社のチャンネルでは初めての数字ですよ! いやはや、かっふぇさん、できれば次も受けていただけると助かります」
「……もちろん。お時間の許す限り、お受けしたいと思います」
空中に漂うのカフェの指導の通り、ふわりと微笑みながらパーフェクトな返答をする。
その後、俺は自分の、つまり代理人・四月一日としての住所と口座番号を用紙に書き込み、最終確認書類にサインをした。これで、月末には50万円が確実に振り込まれることが確約されたのだ。
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書類を鞄にしまった担当者は、帰り支度をする俺に向かって、ふと真面目なトーンで口を開いた。
「ええと、一応の確認とご忠告なのですが……」
「……?」
「お振込みの際、税金(源泉徴収)を差し引いた額をお支払いすることになりますので、多少……おおよそ5万円程度目減りはいたします。ご了承ください」
「税金」という単語に、俺はピクリと反応した。
「それと、今回が初の案件とお聞きいたしました。この場合、来年の確定申告の税金関係もありますので、これから受ける案件などの契約書は必ず保存しておいて、ぜひ税理士さんにご相談くださいね。急に大きな額が動くと、後々大変なことになりますから」
(……な、なんて親切な……!!)
俺とカフェは、思わず顔を見合わせた。
素性のわからない謎のインフルエンサー相手だ。悪徳企業なら、税金の話などうやむやにして丸め込もうとしてもおかしくない。それなのに、この担当者は俺たちの今後の活動のことまで見据えて、真っ当な「大人としてのアドバイス」をしてくれたのだ。
『……本当に、素晴らしい方ですね』
カフェも、その誠実さに感心したように目を細めている。俺は背筋を伸ばし、心の底からの感謝を込めて、深く頭を下げた。
「……ありがとうございます。失念しておりました。ご指摘、本当にありがとうございます」
「いえいえ!」
担当者は、俺の丁寧な態度を見て、さらに嬉しそうに目尻を下げた。
「あなたは非常に常識のあるお方だ。我々としても、かっふぇさんのような貴重な取引相手とは、末永くお付き合いしたいのですよ! では、また御機会があれば! 本日は本当にお疲れ様でした!」
担当者は深々とお辞儀をして、笑顔で控え室を後にした。
「……良い人だったな。この世界にも、あんな真っ当な大人がいるんだな」
『ええ。これで、私たちの活動基盤もさらに強固なものになりましたね』
口座に振り込まれる確実な大金と、親切な企業との繋がり。
満腹になったお友達の影が足元でスヤスヤと眠る中、俺たちはかつてないほどの充実感と安心感を胸に、イベント会場を後にするのだった。
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帰りの電車内。密かに五十万円という大金の重み、まぁ口座振り込みだが、気分的なものを噛み締めながら、俺はふと息を吐いた。
「……そうなると、あれか。今日の契約書だけじゃなくて、配信関係の書類とか、機材や飯の領収書もちゃんと残しておかないとなー」
『そうですね。しばらくは、この生活が続くでしょうから』
隣の空席に浮かぶカフェが、優雅に頷く。そして、少しだけ悪戯っぽく黄金の瞳を細めた。
『それに、もし一年以内で元の身体に戻れて、この不思議な生活が終わったとしても……。来年の『貴方』が、税金の支払いで大変になってしまいますしね』
「あっ……確かにな!」
俺は思わず吹き出して笑った。
もし明日、奇跡的に次元の歪みが直って元の「三十路の日雇い男」に戻れたとしても、このウマ娘の身体で稼いだ莫大な収入の『納税義務』は、代理人である元の俺の身に容赦なく襲いかかってくるのだ。
ファンタジーな現象に巻き込まれているのに、法律と税制だけはどこまでも現実的(リアル)で容赦がない。
「元の身体に戻ってハッピーエンドかと思ったら、税金未納で国税庁に差し押さえ食らってバッドエンド、なんて笑えねぇもんな」
俺の言葉に、カフェは『ふふっ』と上品に笑い、足元のお友達の影も「税金こわい!」とばかりにブルブルと震えるジェスチャーをした。
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アパートの六畳間に帰り着いた俺は、さっそくスマホを取り出し、最近優秀だと評判のAIアシスタントに『現在の状況、見た目が全く違う偽名状態でのインフルエンサー活動』をオブラートに包みつつ、税金について相談してみることにした。
数秒後、AIから非常に的確で、かつ現実を突きつける無慈悲な回答が返ってきた。
> 【AIからの回答とアドバイス】
> 確定申告は必須です:企業案件の報酬や配信の収益が一定額を超える場合、必ず申告と納税の義務が発生します。
> 窓口での申告は推奨しません:現在、ご自身の身体的特徴(容姿、性別など)が公的身分証と著しく異なる事情があるとのことですので、税務署の窓口へ直接赴くのは一発NG(本人確認の拒否、または不審者扱い)となる可能性が高いです。
> 解決策:スマートフォンと『マイナンバーカード』の活用
> お持ちのマイナンバーカードのICチップをスマホで読み取り、国税庁の『e-Tax』を利用して電子申告を行うのが最も安全かつ確実です。これなら対面での本人確認を完全にスキップできます。
> 税率に関する注意点:
> ただし、現状では税務署に出向いて「個人事業主の開業届」などを正式に提出することが困難なため、節税効果の高い『青色申告』はできません。収入は「雑所得」などの扱い(白色申告)となり、税金は通常より多めに取られます。
> 結論:稼いだ金額の「3割から4割」は、絶対に手元(納税用の別口座など)に残しておくことを強くお勧めします。
「……3割から4割かぁ」
俺はスマホの画面を見つめたまま、チーンと干からびた声を出した。
「50万稼いでも、20万近くは税金で持っていかれる可能性があるってことか……。しかも、青色申告の控除が使えないからモロに直撃する……」
日雇い時代には縁のなかった『累進課税』や『所得税の恐怖』が、ここに来て重くのしかかってきた。ウマ娘の食費(米や肉)というランニングコストに加えて、国に納める税金まで確保しなければならないのだ。
『……四月一日さん? 魂が抜けかけていますよ』
隣にいるカフェが、スマホを持ったままフリーズしている俺の顔を覗き込む。その横では、お友達の影が俺の肩をポンポンと叩いて慰めてくれていた。
「いや、大丈夫だ。……というか、マイナンバーカードを作っておいた過去の自分を褒めてやりたい。あれがなかったら、マジで詰んでた」
日雇いの登録に必要だと言われて、渋々役所に行ってマイナンバーカードを作っておいたあの日の俺、グッジョブすぎる。まさか異世界美少女のガワを被ったまま、スマホ越しに非対面で電子申告をするための、生命線になるとは夢にも思わなかったが。
「よし、稼いだ金の4割は『納税用口座』にぶち込む。残りでやりくりするぞ。カフェさん、お友達よ、これからも気を引き締めて稼いで食っていくぞ!」
『ええ、頼もしいですね』
「(ガッツポーズ!)」
得体の知れない悪霊やアンチよりも、『国税庁』という現実のラスボスが一番怖い。
三十路の男とウマ娘と悪霊の奇妙な同居生活は、こうしてひどく世知辛い大人の階段を一つ上るのだった。