マンハッタンカフェの奇妙な現実来訪   作:灯火011

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暮の大勝負に向けて

「うーん、やっぱり結構厳しいかもな……」

 

 俺はスマホの画面をスクロールしながら、重いため息をつく。冬のコミックマーケットの公式サイトや、参加者のまとめブログなどを隅々まで読み込んだ結果、一つの冷酷な現実が浮き彫りになっていた。

 

「コスプレ参加の事前登録や更衣室の利用には、原則として身分証の確認が求められることが多いみたいだ。それに、そもそも一般参加のチケット(リストバンド)自体が、今からじゃもう手に入らない可能性が高い」

『……何十万人という方が集まる大イベントですからね。セキュリティの観点からすれば、仕方ないことなのでしょう』

 

 空中に浮かぶカフェも、残念そうにスッと目を伏せた。足元では、先ほどまで「コミケ! コミケ!」と万歳して飛び跳ねていたお友達の影が、糸の切れた操り人形のようにガックリと床に崩れ落ちている。

 

「期待させて悪かったな。今回は縁がなかったってことだ」

 

 俺はDMの画面を開き、先ほどコミケ参加を提案してくれたファンに向けて、正直な事情(の一部)を打ち明けることにした。

 

『すいません。せっかくの提案ですが、チケット等なにも持っていないので、今回は見送ります』

 

 送信ボタンを押す。これで、32万人への一発逆転の夢は一旦お預けだ。また地道に配信と、案件を受けたり、大食いしながら配信するしかないか……と俺が伸びをした、その数秒後。

 

―――ピロンッ。

 

『えっ、勿体無いですよ!?かっふぇさんのあのビジュアルなら、絶対に覇権取れますって!!』

 

 食い気味に返ってきたDMの文面に、俺とカフェは顔を見合わせて苦笑した。

 

「そんなこと言われてもなぁ。無い袖は振れないし……」

 

 俺は頭を掻きながら、スマホの画面に視線を落とした。そして、自分でも無意識のうちに、ポツリと本音をこぼしていた。

 

「……でもまぁ、勿体無いっていうこの人の気持ちは、すげぇよくわかるよ」

『え?』

「だって、今の俺のガワ……つまりカフェってさ、めちゃくちゃ綺麗だもんなぁ。この姿でイベントに行ったら、絶対にとんでもないことになるのは俺でも想像がつく」

 

 俺が何気なく呟いたその言葉に。カフェはパチクリと黄金の瞳を瞬かせた後、ほんの少しだけ頬を染め、ふわりと、とても嬉しそうに微笑んだ。

 

『……ふふっ。ありがとうございます』

 

 彼女のその破壊力抜群の笑顔に、中身が三十路前の男である俺ですら一瞬ドキッとしてしまう。やはり、マンハッタンカフェの造形美はチート級だ。

 

■

 

 そんな風に和んでいると、再びスマホが短く震えた。先ほどのファンからの、追撃のDMだった。

 

『あの! もしよろしければなんですが……私、サークル参加のチケット(通行証)が、ちょうど一枚余ってるんです』

 

「……は?」

『サークル、チケット?』

 

 俺とカフェは、同時に画面に顔を寄せた。

 

『実は、売り子を頼んでいたメンバーが一人、急遽欠員になってしまって。もし宜しければ、いかがでしょう? サークル入場なら、一般の待機列に並ばずに入れますし、更衣室へのアクセスも融通が利くはずです!』

 

「――ッ!!」

『四月一日さん!』

 

 俺とカフェの目が、同時にカッ!と見開かれた。

 

 ―――サークルチケット。

 

 出展者側に与えられる、コミケにおける最強のフリーパスのようなものだ。これなら、一般参加の厳しいハードルをいくつもすっ飛ばして、会場の奥深くへと入り込むことができるかもしれない。

 

「願ってもない話だぞこれ! 完全に渡りに船だ!」

 

 俺は食い気味にキーボードを叩いた。

 

『本当によろしいんですか!? もし譲っていただけるのなら、もちろんサークルの売り子でも何でも、全力でお手伝いさせていただきます!』

 

 すると、相手からもすぐにテンションの高い返信が飛んできた。

 

『もちろん大歓迎です! むしろ、かっふぇさんに売り子をしていただけるなんて夢みたいです! お手伝いの合間に、好きな時間にコスプレエリアに行っていただいても全然構いませんよ!』

 

「よっしゃあああ!!」

 

 俺はガッツポーズを決め、足元で倒れ伏していたお友達も床からバツンッと跳ね起きて「うおおお!」と歓喜の舞を踊り始めた。

 

「いやぁ、捨てる神あれば拾う神ありだな! ……そういえば、この人ってどんな人なんだ? サークル参加ってことは、何か同人誌を作ってる作家さんってことだよな」

 

 俺はふと気になり、DMの送り主のプロフィールアイコンをタップして、アカウントのトップページへと飛んだ。ヘッダー画像には、可愛らしいデフォルメイラストが設定されている。そして、固定された最新のツイートには、今回の冬コミで頒布する予定だという『新刊の表紙』の画像が貼られていた。

 

「えーっと、なになに……。新刊、『ふたりの理科準備室』……?」

 

 俺がそのタイトルを読み上げた瞬間、隣で一緒に画面を覗き込んでいたカフェの動きが、ピタリと止まった。

 

「今回の新刊は、カフェとタキオンのまったり日常ほのぼのギャグ本です!……だってさ」

『……』

 

 俺はポンッと手を打った。

 

「おお! ってことは、お前の勝負服のコスプレをしてブースに座ってても、全く違和感ないじゃんか! むしろ、自分の本を本人が売ってるみたいな最っ高の宣伝になるぞ!」

 

 奇跡的なまでの条件の合致に、俺は一人で「完璧だ!」と盛り上がっていた。しかし、横にいるカフェの様子がどうもおかしい。

 

『……四月一日、さん』

「ん? どうしたカフェさん」

 

 振り返ると、カフェはなんとも言えない、複雑で、ものすごくこそばゆそうな表情を浮かべながら、空中でモジモジと身をよじっていた。

 

『その……私と、タキオンさんが主役の本、ですか……』

「あ、ああ。表紙を見る限り、お前がコーヒーを淹れてて、その後ろでタキオンって奴がなんかフラスコを爆発させてるイラストだな。仲良さそうじゃん」

『仲……っ!? べ、別に、私とあの人は、そのような……!!』

 

 彼女は耳まで真っ赤にして、顔の前でパタパタと手を振って激しく否定し始めた。どうやら、自分の知らない世界で、自分とアグネスタキオンとの日常がファンブックとして描かれ、あろうことかそれを『自分自身(の身体)』が手売りすることになるとは、夢にも思っていなかったらしい。

 

「まぁまぁ、照れるなって! これで32万人のレジェンドウマ娘への道が開けたんだからさ!」

『て、照れてなどいません! ただ、少し……その、こそばゆいというか、なんというか……!!』

 

 俺が大笑いし、カフェが珍しく取り乱す中。異世界のシステム(ウマスタ)へと至るための、史上最大の作戦――『冬コミ参戦・本物のマンハッタンカフェ降臨』の幕が、こうして切って落とされたのだった。

 

■

 

 DMでのやり取りを重ねるうちに、チケットを譲ってくれるというサークル主の素性が少しずつ判明してきた。

 

 彼女は俺と同世代か、少し上くらいの三十前後の女性で、長年同人活動を続けている中堅の作家さんだった。ジャンルはもちろんウマ娘で、中でも『マンハッタンカフェ』の強火のファンらしい。今回の冬コミで頒布する新刊も、カフェとタキオンが理科準備室で繰り広げるドタバタ日常コメディだという。

 

『当日、売り子としてブースに座っていただく時間はいつでも構いません! かっふぇさんのコスプレを多くの人に見てもらうのが一番の目的みたいなものですから!』

 

 彼女のあまりにも好意的な提案に甘え、俺たちは冬コミへの電撃参戦を正式に決定した。前日の夜、俺のSNSアカウント『かっふぇの日常』で、

 

「明日は、コミックマーケットにて、少しだけお手伝いをします」

 

 と告知を出した瞬間、タイムラインが爆発的なお祭り騒ぎになったのは言うまでもない。

 

■

 

 そして迎えた、冬のコミックマーケット当日。

 

 東京湾から吹き付ける海風が肌を刺す、身を切るような寒さの早朝に家を出る。そして、俺は指定された朝8時に、待ち合わせ場所である晴海周辺のエリアへと到着していた。

 

 一般参加者の待機列はすでに地平線の彼方まで続いているように見え、数万人規模の人間の放つ熱気で、冬の朝だというのにそこかしこから白い湯気が上がっているような錯覚すら覚える。

 

「……すごい人の数だな。日雇いで行ったどの現場よりも人が多い」

『ええ。まるでお祭りのようですね』

 

 ダボダボのダウンジャケットにパラシュートパンツ、そして目深に被ったニット帽という、いつもの完全防備のストリートファッション。肩には、あの『勝負服』を一式詰め込んだ大きなボストンバッグを提げている。

 

「あ、あの……っ! もしかして、かっふぇ、さんですか!?」

 

 人混みの端で待機していると、スマホを握りしめた小柄な女性が、小走りでこちらへ駆け寄ってきた。少し厚手のコートを着た彼女が、今回の命綱であるサークル主のお姉さんだ。

 

 俺は背筋を伸ばし、ミステリアスな美少女のガワを被って静かに一礼した。

 

「……はい。かっふぇ、です。本日は、お招きいただき、ありがとうございます」

 

 ウィスパーボイスで挨拶をした瞬間、お姉さんは「ヒッ」と短い悲鳴のような息を呑み、両手で口元を覆った。

 

「ほ、ほ、本物だぁ……っ! 画面の向こうの人が目の前にいる……! しかも、動画で見るよりずっと綺麗……っ!!」

「……?」

「ストリート系の私服、すっごく似合ってます! ダボッとした服なのに、隠しきれないスタイルの良さと美少女オーラがヤバいです!! ああっ、すいませんオタク特有の早口で! 私、サークル主の……」

 

 初対面の挨拶もそこそこに、お姉さんは大興奮で俺の周囲をぐるぐると回りながら褒めちぎってくれた。中身が三十路前のおっさんである俺としては、同世代の女性からここまで手放しで絶賛されるのは非常にむず痒かったが、隣で空中に浮かぶカフェが『ふふっ、良かったですね』と微笑んでいたので、悪い気はしなかった。

 

「……ふふっ。ありがとうございます。今日は、一日、よろしくお願いいたします」

 

 俺が小首を傾げて微笑むと、お姉さんは「尊い……」と呟いて膝から崩れ落ちそうになっていた。

 

 その後、俺たちは会場近くのコンビニに立ち寄り、長丁場に備えて水やエネルギーゼリーなどの食料を買い込んだ。俺の買い物カゴには、それに加えておにぎり5個と特大サンドイッチ、アメリカンドッグ3本が追加されたが、お姉さんは『ウワサのブラックホール胃袋!』と感動しているようだった。

 

 そして、いよいよサークル参加者専用のエントランスへ。

 

 一般参加者が寒空の下で何時間も耐え忍ぶ中、専用の通行証(チケット)を見せ、サークル主さんが身分証を見せるだけで、スムーズに暖房の効いた東京ビッグサイトの巨大なホール内へと足を踏み入れることができた。まさに、VIPパスである。

 

「それではかっふぇさん! 私は自分のスペースの設営に向かいますので、かっふぇさんは先に更衣室へどうぞ!」

「……承知、いたしました。後ほど、ブースへ」

 

 案内板の前でサークル主の女性と別れ、俺はボストンバッグを肩に掛け直して、指定された『女性更衣室』の矢印が示す方向へと歩き出した。

 

■

 

「…………」

 

 女性更衣室の入り口。そこに足を踏み入れた瞬間から、俺は三十路前の男としての『精神力』を極限まで振り絞る戦いを強いられていた。

 

(前だけを見ろ……! 絶対に横を向くな、下を向くな、いや下は向いていいか、自分のつま先だけを見つめて歩け……!!)

 

 広大なスペースに長机とパイプ椅子が並べられた更衣室。そこはすでに、全国から集まった女性コスプレイヤーたちが、本番に向けて衣装への着替えやメイクアップの真っ最中だった。

 

 飛び交うヘアスプレーの匂い、ファンデーションの甘い香り、衣装の擦れる音。そして何より、周囲の視界の端にどうしてもチラついてしまう、生々しい『お着替え中』の光景。

 

 健全な(?)大人の男性である俺の精神にとって、ここはまさに地雷原であり、天国と見せかけた無間地獄だった。少しでも目を泳がせようものなら、即座に脳内の倫理観が警鐘を鳴らす。見ちゃいかん、見ちゃいかんのだ。

 

『……四月一日さん。目は、開けたままで構いませんから、視点は手元のバッグから外さないでくださいね』

「(ジィィィィィィッ……!!)」

 

 空中のカフェからは静かで冷ややかな(しかし絶対に逆らえない)監視のプレッシャーがかけられ、足元のお友達の影に至っては、俺の顔を下から覗き込んで「よそ見したらデコピンするぞ!」とばかりに指を構えて威嚇してきている。

 

「わ、わかってるよ……! 俺はただのマネキンだ……心を持たない着せ替え人形だ……っ」

 

 俺は額に冷や汗を滲ませながら、空いているパイプ椅子のスペースを確保し、バッグから勝負服を取り出した。幾度となく練習し、今では自力で10分を切るタイムで着られるようになったマンハッタンカフェの複雑な衣装。しかし、この『周囲が全員女性で、しかも着替え中』という極度の緊張状態の中では、指先が微妙に震えてしまう。

 

 パラシュートパンツを脱ぎ、黒のタイツに脚を通す。ダウンジャケットを脱ぎ、シックな黒のドレスのような上着に袖を通し、黄色いリボンや装飾を的確な位置に固定していく。

 

 そんな、針の穴に糸を通すような精神状態で着替えを進めていた、その時だった。

 

「――あっ、もしかして、かっふぇさん!?」

 

 不意に、すぐ背後から声をかけられた。

 

 ビクッとして肩を揺らしながら振り返ると、そこには煌びやかな魔法少女の衣装を着た数人の女性コスプレイヤーグループが、目を丸くしてこちらを見つめていた。

 

「わっ、やっぱり! かっふぇさんだ!!」

「ええっ!? 本当だ、SNSでよく見るかっふぇさん!」

「今日、冬コミ参加してたんですか!?」

 

 彼女たちの黄色い歓声に、更衣室内の周囲の視線が一斉にこちらへと集まる。俺は内心の動揺を必死に抑え込み、スッと表情を落として、ミステリアスな美少女のガワを被り直した。

 

「……あ。はい。その……今日は、知人のサークルのお手伝い、で」

 

 ウィスパーボイスで静かに答える。すると、声をかけてきたコスプレイヤーたちは、さらに興奮したように顔を見合わせた。

 

「わ、わ、わ! 声まで動画のまんまだ!」

「ていうか、間近で見るとすっごく綺麗……!」

「ねえ見て! 耳と尻尾、すっごいリアルじゃない!? これどうやって動かしてるの!?」

「本当だ! 本物みたい! 毛並みもすごく自然……自作ですか? それとも……業者で作ったんですか!?」

 

 彼女たちの目は、プロの職人かオタク特有の探求心に満ちており、俺の頭頂部から生えているウマ耳と、腰のあたりから伸びる漆黒の尻尾を食い入るように見つめている。そりゃあ本物だからな……! というツッコミをグッと飲み込み、俺は首を傾げて小さく微笑んだ。

 

「……ふふっ。秘密、です。……少しだけ、特殊なメイク、で」

 

 曖昧にはぐらかしながらも、耳をピクッと動かしてみせる。それを見た女性たちは「ヒィッ」と感嘆の息を漏らし、

 

「すごすぎる……」

「造形師の神業だ……」

 

 と勝手に納得してくれたようだった。そうして女性たちの熱烈な追撃(質問攻め)を、カフェ直伝の『アンニュイな微笑み』でうまくいなしながら、俺は最後の仕上げであるブーツを履き、全身の身だしなみを整えた。

 

 立ち上がり、ボストンバッグを肩にかける。漆黒の勝負服に身を包んだ、本物のマンハッタンカフェが、冬コミの更衣室に完全降臨した瞬間だった。

 

「「「…………ほぉっ」」」

 

 周囲を囲んでいたコスプレイヤーたち、そして遠巻きに様子を伺っていた女性たちから、一斉に、文字通りの『ため息』が漏れた。

 

「すごい……本物だ。本物のマンハッタンカフェがそこにいる……」

「やばい、オーラが違いすぎる。立ってるだけで一枚の絵みたい」

「っていうか、彼女お化粧してないよね!? すっぴんでこれかぁ……!」

「動画とかSNSの写真、絶対にフィルターとか加工アプリ使ってると思ってたのに……すごいや。現実の方がずっと綺麗だなんて……」

 

 更衣室中に、ざわざわとした羨望と感嘆の囁きが波紋のように広がっていく。コスプレやメイクに対してシビアな目を持つ彼女たちだからこそ、ウマ娘という『生物としての根源的な美しさ(しかもすっぴん)』の前に、圧倒的な格の違いを見せつけられてしまったのだ。

 

「……では。私は、これで」

 

 俺は周囲に向かって静かに、そして上品に一礼をした。

 

 正直なところ、ここまで手放しで美貌を絶賛されるのは、悪い気はしない。自分が褒められているわけではないとわかっていても、この身体が持つ影響力の凄まじさに、妙な万能感すら覚えてしまう。

 

 ――と思いつつも。

 

(長居は無用だ!! さっさと脱出しよう!!)

 

 俺はボストンバッグを握りしめ、極力早足で、しかし見た目は優雅な足取りを崩さずに更衣室の出口へと向かった。

 

 なにせ、周囲の女性たちは現在進行形で『お着替え中』なのだ。褒められているからといってデレデレと居座れば、ふとした拍子に視界に入ってはいけない布地や肌の面積が飛び込んでくる危険性が極めて高い。中身がれっきとした三十路前の男性である四月一日としては、そう、俺としては! これ以上の空間への滞在は、精神衛生上、そして倫理観上、絶対に良くないのだ。

 

 逃げるように更衣室のテントを抜け出し、冷たい風の吹き抜けるコンコースへと飛び出した俺は、

 

「ぷはぁっ!!」

 

 と溺れかけていた人間のように大きく深呼吸をした。

 

「し、死ぬかと思った……!! 目のやり場に困るってレベルじゃねぇぞ……っ!」

『ふふっ……。お疲れ様でした、四月一日さん。とても紳士的で、完璧な振る舞いでしたよ』

 

 肩で息をする俺の横で、空中のカフェが、俺の内心のパニックを全てお見通しだと言わんばかりに、呆れと労いが入り混じった苦笑いを浮かべていた。一方、足元のお友達の影は、俺が更衣室の中で見せていた『絶対に下しか見ないロボット』のような不自然な動きを思い出し、腹を抱えて声なき大爆笑のポーズを決めながら転げ回っていた。

 

「笑うなって! 俺は命懸けで己の理性と戦ってたんだぞ!」

 

 影に向かって小声でツッコミを入れつつ、俺は乱れた呼吸を整えた。

 

 ともかくとして、更衣室という最大の試練(メンタル的な意味で)は乗り越えた。あとは、サークル主のお姉さんのブースへ向かい、売り子を手伝いながら、コスプレエリアという主戦場へと討って出るだけだ。

 

「よし……行くぞ、お前ら。目指すは32万人。かっふぇの力、冬のビッグサイトに刻み込んでやる!」

 

 俺は漆黒の勝負服の裾を翻し、コミックマーケットという欲望と熱気に満ちた巨大な戦場へと、力強い一歩を踏み出した。




予告しときます。

明日は少し長いです。コミケの熱を感じてほしいのです。ハハッ
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