「まずは収益化の仕組みを作らないとな」
俺は再び、頼れる現代の知恵袋たるAIに教えを乞うた。
AIの助言を参考にしつつ、SNSの有料会員制(いわゆるサブスクリプション)に登録。これでインプレッション数(表示回数)に応じた広告収入が見込める。さらに、プロフィール欄に『投げ銭(チップ)』を受け取れる機能も紐づけておいた。
いわゆる、「X(旧Twitter)」やその他のSNSでよくある、クリエイター向けの収益化モデルだ。広告収入は比較的安定収入だが、支払いは月1程度。投げ銭はは電子決済に限定されるものの、すぐに使えるのが利点である、らしい。
「よし、これで設定は完了だ。……まぁ、いくらバズったからって、流石にすぐにお金が入ってくるわけじゃないだろうけどな」
画面を閉じながら苦笑する俺に、カフェも、
『焦らず、地道にいきましょう』
とふんわり微笑む。その日は、慣れない礼儀作法レッスンの疲れもあり、俺たちは早々に布団に入って就寝した。
――そして、翌朝。
『……四月一日さん。なんだか、ずっと鳴っていますよ?』
空中に浮かぶカフェの声で目を覚ました。枕元のスマホが、バイブレーションと通知音を絶え間なく響かせている。ブルブル、ピコン、ピコンと、まるで何かの警報のようだ。
「んぁ……なんでしょうね、朝から……」
寝ぼけ眼をこすりながらスマホの画面を開き、収益化ツールや投げ銭の通知画面を確認した俺は、一瞬で眠気が吹き飛んだ。
「……おいおい」
画面に表示された投げ銭の合計額。それは、俺が日雇い労働でひと月、いや、下手すればふた月は汗水垂らして働かなければ稼げないような額に達していた。
『勝負服の写真のお礼です!』
『お米の足しにしてください!』
『生きてるカフェを見せてくれてありがとう』
という熱いメッセージと共に、世界中のファンからチップが降り注いでいたのだ。
SNSのタイムラインを確認してみると、昨日の勝負服の写真はさらに拡散され、俺のアカウントはちょっとした「ネットの伝説」のような扱いになりつつあった。
驚愕でフリーズする俺の顔を覗き込み、事態を察したカフェが、ふと真剣な表情になって口を開いた。
『四月一日さん。……ライブ、してみませんか?』
「ライブ? 生配信ってことか?」
『そうです』
先日の「深夜の爆走ライブ配信」のトラウマがよぎり、俺は思わず顔を引きつらせた。だが、カフェは至って大真面目だ。
『その……四月一日さんの仕草は、昨日の特訓で比較的マシになってまいりましたし……。それに』
「それに?」
『こういう時、波に乗るのがSNS運用のコツだと、カレンチャンもおっしゃっておりましたし……』
「カレンチャン?」
たしか、他のウマ娘だったか。実馬のほうなら馬鹿強いダートの馬ってのは知っているが。
「……ウマ娘の中でも圧倒的な可愛さを武器に、ファンの心を掌握している「SNSの鬼」、と言えるお方です」
「そうなんだ。ちなみにSNSの鬼って、フォロワーなんぼ?」
「確か……最後に見た時は、300万を超えたぐらいと、記憶しています」
うーんなるほど。ウマ娘になったカレンチャンは、すんごい人気者になっているらしい。数万のフォロワーで喜んでいた俺があほうみたいじゃないか。
あちらの世界のトップインフルエンサーの金言を持ち出されては、無下にもできない。
「……確かに、この熱狂が冷めないうちに動くのは、ビジネスの基本だよな」
俺は苦笑交じりにスマホを置き、観念してため息をついた。
「わかった。やってみよう。……ってことは、やっぱりあの衣装(勝負服)、着たほうがいいよな?」
『ええ。とても良いと思います』
俺の言葉に、カフェがパッと黄金の瞳を輝かせて微笑む。
足元では、お友達の影が「着せ替えタイムだ!」とばかりに、見えないメジャーを振り回してノリノリで激しく上下に揺れていた。
■
『……いいですか、四月一日さん。自分からベラベラと喋ると、どうしても男性特有の言葉のチョイスや、がさつなボロが出ます。ですから方針としては『視聴者から質問されたことに、淡々と応える』。これに徹しましょう』
「なるほど。聞かれたことにだけ短く返す。それなら俺の素も出にくいな。確かに」
配信開始の1時間前、俺はカフェからの的確なアドバイスに深く頷いた。
余計な自分語りは命取りになる。ミステリアスで口数の少ない「マンハッタンカフェ」のキャラクター性は、中身がおっさんである俺にとって最高の隠れ蓑だった。
そして、事前の告知からきっちり1時間後。スマホを三脚にセットし、美しく着付けられた勝負服のシワを伸ばし、俺は深く息を吸い込んで配信開始ボタンをタップした。
画面に『LIVE』の文字が点灯する。同時に、待機していた数千人の視聴者が一気に雪崩れ込んできた。俺はカメラのレンズを静かに見据え、透き通るようなウィスパーボイスで口を開いた。
「……こんにちわ。かっふぇです」
その、たった一言。
挨拶と同時に、スマホの画面右側半分が、滝のような、いや雪崩のようなコメントの濁流で完全に埋め尽くされた。
『うおおおおおおおおおおおおお!!』
『しゃべったあああああああああ!!』
『声!!!! 声!!!!』
『ホンモノだこれええええええええ!』
『すごいコスプレ! 生きてる!!』
『顔面国宝すぎる』
『待って、挨拶だけで泣きそう。カフェが3Dで生きてる……』
俺は、すさまじい勢いで流れるコメントの中から、拾えそうなものを目で追った。
「『すごいコスプレ』……ありがとうございます」
「『衣装着てくれてありがとう!』……こちらこそ。素敵な贈り物を、ありがとうございます。大切に、着させていただきますね」
俺が丁寧に、ぽつりぽつりと返すたびに、さらにコメントが爆発し、画面に色とりどりのスーパーチャット(投げ銭)が飛び交い始めた。
『【赤スパチャ ¥10,000】お米いっぱい食べてください!!!』
「……ふふ。お米、ありがとうございます。とても、助かります」
『【赤スパチャ ¥10,000】衣装めっっっちゃ似合ってます!!』
「……ありがとうございます。でも、一人で着るのは、少し大変でした」
事実(中身はおっさんで着方が全く分からなかった)を、カフェらしいアンニュイな言い回しに変換して答える。空中のカフェは『その調子です』と満足げに頷き、お友達の影は嬉しそうに飛び跳ねている。
ここから、俺と、気づけば数万人規模になっていた視聴者との、怒涛のQ&Aセッションが始まった。
『髪の毛地毛ですか!? ウィッグに見えないんだけど!』
「……ええ。地毛、ですよ。毎朝、時間をかけて手入れをしていますから」
『例の深夜のダッシュは何だったんですか!? CG? ワイヤー?』
「……少し、夜風に当たりたくなっただけ、です。……ウマ娘ですから、あのくらいは、普通ですよ」
『米30kgを片手で持ってたのガチなんですか!?』
「……ガチ、です。……今度、また何か持ち上げてみましょうか」
『ヒエッ』
『握力どうなってんの』
『細腕のどこにそんなパワーが』
『頼むからフライパン曲げてみてくれ!』
『耳と尻尾の作り込み凄すぎ! 動いてる!』
「……ふふ。作り物では、ありませんよ。(意図的に耳をピコピコと動かし、尻尾をゆらりと揺らす)」
『うわああああ動いたあああ』
『脳がバグる』
『マジでどういう技術使ってんのこれ!?』
『普段どんなトレーニングしてるの?』
「……特別なことは。ただ、走るために生まれてきたので。……走るのは、好きです」
『背景のふすまとか、生活感のあるアパートが実家みたいで落ち着くw』
「……ここは、私のお城、ですから。……でも、少し段ボールが、増えすぎてしまいましたね」
『好きなコーヒーの淹れ方は?』
「……深煎りの豆を、少し低めのお湯で、ゆっくりと。……もちろん、ブラックで」
『結婚してくれ!!!』
「……ふふ。お断り、します」
『ありがとうございます!!』
『ご褒美きたあああ』
『私も冷たい目で見下されたい!』
『お友達(幻覚)は見えますか?』
そのコメントに、俺は少しだけ言葉を切り、カメラから視線を外して、何もない空間(お友達が楽しそうにウネウネ踊っている場所)へとスッと目を向けた。
「……ええ。今も、そこにいますよ。……皆さんに、挨拶しています」
この「何もない空間を見つめて微笑む」という完璧なロールプレイ、実際には見えているのだが、に、視聴者は完全にノックアウトされたようだった。
『ヒエッ……』
『背筋凍ったわw』
『ガチで設定守り抜いてるのプロすぎる』
『見えない何かと会話してる感すげえ』
『俺もカフェの「お友達」になりたい』
流れるコメントを見つめながら、俺は内心で冷や汗を拭っていた。
ボロを出さないように、質問に対して短く、カフェらしい言葉を紡ぐ。脳内のCPUをフル回転させながらの応酬だったが、元のカフェの顔立ちとウィスパーボイスという圧倒的な「ガワ」の力のおかげで、すべてが神秘的な魅力として視聴者に受け入れられていく。
「……そろそろ、お茶の時間ですので。今日は、このあたりで」
1時間ほどの配信の締めくくり。俺が画面の向こうに小さく手を振ると、コメント欄は、
『お疲れ様でした!』
『最高の時間をありがとう!』
『次回も絶対見ます!』
という温かい言葉と、虹色のスーパーチャットの嵐に包まれた。
「……失礼、します」
配信終了のボタンを押す。画面が暗転した瞬間、俺はピンと張っていた背筋をぐにゃりと曲げ、畳の上に大の字に倒れ込んだ。
「……っっっっっっ疲れたぁぁぁぁぁ……!!」
中身のおっさんが、限界を迎えて悲鳴を上げる。重機を1日中乗り回すよりもずっと精神を消耗する1時間だった。
『ふふ。お疲れ様でした、四月一日さん。完璧でしたよ』
「お見事!!」と言わんばかりにお友達の影が拍手を送り、カフェが上空から労いの言葉をかけてくれる。
スマホの画面をチラリと確認すると、先ほどの1時間の配信だけで、アパートの更新料どころか、しばらく遊んで暮らせるほどの収益が叩き出されていた。
「……まぁ、これだけ稼げるなら……頑張る甲斐は、あるか……」
勝負服のまま畳に転がる男(見た目は超絶美少女)は、天井のシミを見つめながら、インフルエンサーとしての成功と引き換えに失った何かを感じつつ、深い安堵の溜息を吐くのだった。