鐘鳴り坑道の入口へ戻ると、詰所の係員が椅子から立ち上がった。
「お前たち、それをどこで手に入れた」
ルシアンの両腕には、荷車ほどもある鉱殻蛞蝓《こうかくなめくじ》の殻が抱えられている。
青白い鉱石と金属片が幾重にも食い込み、歩くたびに互いが擦れて硬い音を立てた。
「坑道の中だ」
ルシアンは答えた。
「それくらい見れば分かる!」
「では、もう少し正確に質問したまえ」
「お前は浅層から出るなと言われていただろう!」
「出ていない」
係員は巨大な殻を指さした。
「鉱殻蛞蝓《こうかくなめくじ》は浅層にはいない!」
「地図にない道にいたんだ」
ポックが二人の間へ入った。
「行き止まりの壁が開いた。センセイの甲冑に反応してな」
「壁が?」
「その先に古い設備があった。こいつが管に詰まってたから、引き抜いて倒した」
「待て。最初から順番に話せ」
「初めからそうしている」
「お前ではない!」
係員はルシアンを指さした。
「そこの黒い方は、しばらく黙っていろ」
「証言者へ対する態度とは思えないな」
「センセイ、今は黙っててくれ」
「ポックンまで?」
ポックは、入口から行き止まりまでの道順を説明した。
壁に甲冑と同じ印があったこと。
ルシアンが触れると道が開いたこと。
帰り道を失わないよう、入口へ縄を結んだこと。
管理通路らしい場所に、古い設備が残っていたこと。
その設備へ鉱殻蛞蝓が入り込み、導管を塞いでいたこと。
「その通路は、まだ開いているのか?」
「外へ出たら閉じた」
「もう一度開けられる?」
「たぶんな」
係員はルシアンを見た。
「どうやって開ける」
「僕を正規の保全従事者として認識させる」
「分かるように言え」
「僕が壁へ触れる」
「それでいい」
「正確さを捨てすぎではないか?」
係員は詰所の奥から紙を取り出した。
「これは俺の判断では処理できん。組合へ戻って、発見場所と討伐の報告をしてもらう」
「その前に、この殻を置ける場所はないか」
ポックが尋ねる。
「センセイは平気でも、これを抱えたまま町まで歩かせたくない」
「軽いぞ」
「センセイにとってはな。落としたら道が壊れるだろ」
「僕も、そこまで雑には扱わない」
「さっき一度、壁へ埋まりかけただろ」
「あれは詰まりを抜いた反動だ」
係員は二人の話を聞きながら、巨大な殻を見上げた。
「……荷車を用意する」
「必要ない」
「町の中へ、それを抱えて入るつもりか?」
ルシアンは殻を見下ろした。
岩石と粘液に覆われた巨大な塊である。
確かに、これを抱えたまま町を歩けば、黒い甲虫の姿と合わせて余計な騒ぎになるだろう。
「美観への配慮か」
「安全への配慮だ」
「似たようなものだな」
「まったく違う」
◇
荷車へ載せられた鉱殻は、冒険者組合の裏手にある解体場へ運び込まれた。
職員が数人がかりで縄を引き、滑車を使って荷台から降ろす。
ルシアンなら一人で持ち上げられる物を、大人たちが汗を流して動かしていた。
「僕がやろうか?」
「お前がやると、床まで壊しそうだから待っていろ」
「一体、僕の評価はどうなっている?」
「昨日、訓練場の塀を壊した奴への正当な評価だ」
声の方を見ると、実技試験を担当したバルドが立っていた。
片耳の欠けた中年の冒険者は、ルシアンを上から下まで眺める。
「お前、昨日より黒くなってないか?」
「艶が増したのだ」
「坑道で何をしてきた」
「蛞蝓《なめくじ》を引き抜き、古代人に磨かれた」
「何一つ分からんな」
バルドは鉱殻の周囲を歩いた。
刃の厚い短剣を出し、付着した岩石の一部を軽く叩く。
「こいつを二人で倒したのか?」
「センセイが管から引っ張り出して、おれが腹を刺した」
「殴らなかったのか」
「設備を壊すなと言われたからね」
「誰に?」
「甲冑にだ」
バルドは少し考え、ルシアンの肩を叩いた。
「初日にしては、ずいぶんまともにパーティとして機能したようじゃないか」
「僕の指導力によるものだ」
「おれが全部指示しただろ」
「指示を受け入れる度量も、指導者の資質だよ」
「センセイは指導される方だ」
バルドは笑いながら、鉱殻へ視線を戻した。
「まあ、いい。倒し方も悪くない。殻がほとんど壊れていないからな」
「壊すなって言ったんだ」
「正解だ。こいつは背負ってるブツが高いからな」
その言葉を聞いたポックの目が細くなった。
◇
査定には、組合の素材係だけでなく、鉱石商と錬金工房の職人まで呼ばれた。
表面の粘液を洗い流し、岩石を少しずつ削り取る。
付着していた鉱物だけでも、大人が五人や六人集まった程度では運べない重さがあるらしい。
その大半は普通の岩石や鉄だった。
しかし、殻の中央付近へ食い込んだ青白い部分を見たとき、鉱石商の顔色が変わった。
「青星鉱だ」
ポックがすぐに尋ねる。
「間違いないのか?」
「少なくとも表面はな。これだけ大きな塊は久しぶりに見る」
「中まで同じ品位なら?」
鉱石商は答えず、職人と顔を見合わせた。
その様子だけで、安い品ではないことは分かった。
素材係が帳面を開く。
「ひとまず、殻と付着物をまとめて銀貨二十枚で組合が買い取ろう」
「まとめるな」
ポックが即座に言った。
素材係の筆が止まる。
「何だって?」
「殻、普通の鉱石、青星鉱で分けて査定してくれ」
「分けるには時間も手間もかかる」
「だから安くまとめて買うのか?」
「少年。これは普通の獲物ではない。組合が保管と処理の危険を負うんだ」
「青星鉱の品位を調べずに銀貨二十枚を出せるなら、もっと高い価値があるって分かってるんだろ」
素材係が黙る。
ポックは殻へ歩み寄り、青白い鉱物を指さした。
「ここだけで何十人分もの荷物になる。鉱殻蛞蝓《こうかくなめくじ》が選んで取り込んだなら、普通に掘った鉱石より品位が高いはずだ」
「精錬しなければ、本当の量は分からない」
「だから検査するんだろ。即売りはしない」
ルシアンは二人の顔を交互に見た。
「ポックン」
「今、話しかけるな」
「僕の発言が交渉を有利にする可能性は?」
「黙って後ろに立っててくれ」
「威圧役か」
「何もしなくても怖いからな」
「褒め言葉として受け取れないぞ」
素材係は黒い巨体を見上げ、それからポックへ向き直った。
「では、組合預かりにする。殻と通常金属は今日中に査定。青星鉱は品位検査の後、専門業者を集めて売却する」
「最低買い取り額は?」
「検査前には決められん」
「なら、所有権はおれたちに残す。組合は預かりと仲介だけだ」
「手数料がかかるぞ」
「金額と割合を先に書いてくれ」
「まだ十三歳だろう」
「十三歳でも馬鹿じゃないんだ」
素材係は苦い顔をした。
しかし、反論せずに新しい紙を取り出した。
保管費。
品位検査費。
精錬業者への見本の切り出し。
売却時の組合手数料。
ポックは一つずつ確認し、不明な箇所を書き直させた。
ルシアンには、何が問題なのか半分ほどしか分からなかった。
だが、ポックがいなければ銀貨二十枚で売っていたことだけは理解できた。
「最終的に、どれほどになる?」
ルシアンが尋ねた。
鉱石商が青星鉱を見ながら答える。
「品位が予想どおりなら、安くても銀貨七十枚。工房同士が競れば、百枚へ届くかもしれん」
「百枚?」
ルシアンはポックを見た。
「それは多いのか?」
「町で普通に働く人が、何年もかけて稼ぐ額だよ」
「僕の一日の仕事が?」
「おれの仕事でもあるからな」
「無論だ。君の短刀も多少は貢献した」
「多少じゃない」
ルシアンは鉱殻を見た。
管に詰まっていた、食べすぎの蛞蝓《なめくじ》。
自分が引き抜き、ポックが仕留めた魔物。
その一体が、誰かが何年も働いて得るほどの価値を背負っていたらしい。
「冒険者とは、ずいぶん効率のよい仕事だな」
「毎回これなら、誰も苦労しないよ」
ポックは浮かれる様子もなく答えた。
「今回は運がよかっただけだ」
「僕の実力だろう」
「次も同じ物が見つかる保証はない。一回高く売れたからって、それは商売じゃない」
「では、何が商売なのだ?」
「同じことを何度も続けて、ちゃんと利益を出すことだよ」
「なるほど」
ルシアンは素直に頷いた。
「では、次も見つけよう」
「簡単に言うな」
◇
その場で受け取れる金として、組合から銀貨十二枚が支払われた。
殻と通常金属の代金に、青星鉱の売却代金から差し引かれる前渡し分を加えた額だった。
ポックは銀貨を受け取る前に、追加払いの権利が書かれた紙を三度読み返した。
「まだ見るのか?」
「金を受け取ったあとで、全部売ったことになってたら困るだろ」
「組合がそのような卑劣な真似を?」
「しないと思ってても、きっちり確認はするんだよ」
「人を信用していないのだな」
「信用するために確認するんだ」
ポックは契約書を丁寧に畳み、背負い袋の奥へしまった。
それから宿代、登録料、地図、灯り、縄、食料を書き出していく。
「それと匙」
「まだ請求するのか」
「銅貨二枚」
「僕たちは銀貨百枚を得ようとしているのだぞ。銅貨二枚など誤差ではないか」
「小さい金を数えられない奴は、大きい金もなくす」
「君は十三歳にして、すでに老人のようなことを言うな」
経費と当面必要になる資金を除き、ポックは銀貨の入った小袋を一つ作った。
「センセイ」
「何だね」
「取り分だ」
黒い手のひらへ、小袋が載せられた。
ルシアンはしばらく動かなかった。
「僕の?」
「半分ずつって契約しただろ」
「そうだったな」
これまでにも銀貨を手にしたことはある。
父から渡された金。
姉たちが送ってきた金。
屋敷に残されていた金。
そのどれより少ないはずの小袋が、不思議と重く感じられた。
自分で働いて得た金だった。
「当然の報酬だ」
ルシアンは小袋を握った。
「僕の働きを考えれば、むしろ安い」
「今、少し感動してなかったか?」
「金額の低さに驚いていただけだ」
「まだ追加払いがあるだろ」
「ならば、そのときに改めて評価しよう」
◇
帰還報告の最後に、地図にない管理通路について聞き取りが行われた。
ポックは見たものを説明した。
白い通路。
共鳴導管。
外殻を整備する台座。
ルシアンの甲冑にだけ反応した扉。
ただし、中央保全拠点で甲冑を解除できるという情報には触れなかった。
それは組合の調査とは関係のない、二人の目的だった。
「明朝、現地確認を行う」
組合職員が言った。
「案内役として、二人にも同行してもらいたい」
「受けます」
ポックが答えた。
「ポックン。僕はまだ返事をしていない」
「組合依頼になるから、日当が出るぞ」
「引き受けよう」
「早いな」
職員は書類へ何かを書き加えた。
「通路が本当に新発見なら、発見者として記録される。発見報酬については、調査後に決める」
「僕の名を大きく記録したまえ」
「二人の発見だろ」
「では、僕を先に書きたまえ」
「ところで」
職員は顔を上げた。
「その扉は、君にしか開けられないのか?」
「今のところは、そう見える」
「なら、調査には必ず同行してもらう。扉を開ける鍵として」
ルシアンは黒い拳を受付台へ置いた。
木が小さく軋む。
「僕は鍵ではない!」
「壊すなよ、センセイ」
「まだ何もしていない!」
初仕事を終えた用心棒と少年商人は、翌日もまた働くことになった。