僕の美しさが見せられない!   作:柿木杮

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第11話 発見者は二人

 翌日、かなりの朝寝坊をして目を覚ますと、ポックはすでに起きており、昨日までと違う格好をしていた。

 

 擦り切れた上着の上に、中古の革鎧を身につけている。肩と胸には何度も補修した跡があったが、縫い目はしっかりしていた。

 

 腰の短刀にも、新しい鞘がついている。

 

「ずいぶん地味な物を選んだね」

 

 ルシアンは、荷車置き場の前で腕を組んだ。

 

「丈夫で安かったからな」

 

「せっかくまとまった金を得たのだ。もう少し見栄えに気を配ってもよいのではないか?」

 

「調査に着ていくんだぞ。見栄えより、刃を通さない方が大事だろ」

 

「美しければ、そもそも刃を向けられない可能性もある」

 

「村人に槍で突かれたとか言ってなかったか?」

 

「あれは美しさが見えなかったからだ」

 

 ルシアンは、青空を反射する黒い胸部装甲を見下ろした。

 

「僕たちには、衣装の統一感が足りないな」

 

「センセイに合わせたら、おれまで黒い虫になるだろ」

 

「甲冑だと言っている」

 

「じゃあ、黒い甲冑虫」

 

「悪化したぞ」

 

 ポックは新品の縄と、昨日より大きな素材袋を背負った。

 

 銀貨十二枚を受け取ったとはいえ、買ったのは必要な物だけだった。

 

 宿の部屋も借りていない。

 

 食事も昨日と同じ麦粥だった。

 

「ポックン」

 

「なんだよ」

 

「香油を一本くらい買ってもよかったのではないか?」

 

「どこに塗るんだよ」

 

「いつか外れたときに備えるのだ」

 

「そのころまで残ってたら腐ってるぞ」

 

「美への投資を腐敗物のように言わないでもらいたい」

 

 ポックは返事をせず、冒険者組合へ向かって歩き出した。

 

     ◇

 

 組合で二人を待っていたのは、バルドと一人の女性だった。

 

 三十歳ほどだろうか。

 

 灰色の髪を後ろで束ね、腰には武器ではなく、紙筒と測量用の紐を下げている。

 

「調査担当のエルナだ」

 

 バルドが紹介する。

 

「坑道の地図と、発見物の記録を担当している」

 

「エルナ・クラウスです。昨日の報告は読みました」

 

 エルナはルシアンを見上げ、それからポックへ目を移した。

 

「確認したいことがあります。地図にない通路へ入ったのは、二人だけですね?」

 

「ああ」

 

 ポックが答える。

 

「扉を開けたのは?」

 

「センセイだ」

 

「正確には、古代設備が僕を保全従事者として認識し、自ら開いた」

 

 エルナは紙へ筆を走らせた。

 

「ルシアンが壁に触れたことで開いた、と」

 

「正確さを捨てた記録だな」

 

「調査記録は、誰が読んでも分かる必要があります」

 

「ならば僕の説明を理解できる者を増やすべきだ」

 

「世界の方を変えようとするなよ、センセイ」

 

 エルナは書き終えると、紙筒を閉じた。

 

「内部の物には、許可なく触れないでください。特にルシアン。壁を壊さないように」

 

「なぜ僕だけ名指しなのだ」

 

「昨日、バルドから訓練場の報告も受けています」

 

「なるほど。僕の実力は、すでに組合内へ知れ渡っているのだね」

 

「破壊した設備の一覧が知れ渡っています」

 

「評価の仕方に偏りがあるな」

 

     ◇

 

 鐘鳴り坑道の行き止まりは、昨日と何も変わっていなかった。

 

 土埃のついた岩壁。

 

 円の中に三本の線が刻まれた、小さな印。

 

 白い管理通路の存在を知らなければ、ただの行き止まりにしか見えない。

 

 エルナは印を紙へ写し取った。

 

 壁を叩き、周囲の寸法を測る。

 

「空洞があるような音はしませんね」

 

「俺にも、ただの岩壁に見える」

 

 バルドが拳で軽く叩いた。

 

「押してみるか」

 

「壊すなよ」

 

「お前に言われたくない」

 

 バルドが印へ手を触れる。

 

 何も起こらない。

 

 エルナも触れた。

 

 壁は動かなかった。

 

「では、ルシアン」

 

「ようやく僕の出番だね」

 

「鍵の出番だな」

 

 バルドが言った。

 

「保全従事者だ」

 

「人の形をした鍵か」

 

「僕ほど美しい鍵が、どこにある!」

 

「見えないけどな」

 

 ポックが言った。

 

「君たちは、僕の尊厳を何だと思っているのだ」

 

 ルシアンは黒い手を印へ重ねた。

 

 甲冑の内側へ、意味が流れ込んでくる。

 

《保全従事者を確認》

 

《管理通路を開放》

 

 岩壁に細い線が浮かび上がった。

 

 エルナが息を呑む。

 

 壁は音もなく左右へ沈み、青白い光に照らされた通路が現れた。

 

「本当に開いたな」

 

 バルドが内部を覗き込む。

 

「昨日も開いたと言っただろう」

 

「お前たちの報告は、蛞蝓《なめくじ》を引き抜いただの、古代人に磨かれただの、信じにくい部分が多かったからな」

 

「すべて事実だ」

 

「言い方の問題だよ、センセイ」

 

 エルナは入口の構造を素早く書き留めていた。

 

「壁の内部に扉が収納されている様子もありません。表面そのものが変形している?」

 

「削って確かめます」

 

 エルナが細い刃物を取り出した。

 

 白い壁へ刃先を当てた瞬間、ルシアンの頭へ鋭く意味が流れ込む。

 

《保全区画への損傷行為を検出》

 

《非登録生体による破壊行為を停止せよ》

 

「手を止めたまえ」

 

 ルシアンの声に、エルナの動きが止まった。

 

「どうしました?」

 

「甲冑が、君を破壊行為者と認識した」

 

「表面をわずかに削るだけです」

 

「古代文明が、その違いを理解すると思うかね?」

 

「続けるとどうなります?」

 

「分からない」

 

「警告だけですか?」

 

「分からない」

 

「防衛装置が作動する可能性は?」

 

「分からない」

 

「何も分からないじゃないか」

 

 バルドが言った。

 

「分からないから止めたのだ。壁から武器が飛び出してからでは遅いだろう」

 

 エルナは少し考え、刃物を鞘へ戻した。

 

「その判断は正しいですね」

 

「当然だ」

 

 ルシアンは胸を張った。

 

「僕は古代設備の機嫌に詳しい」

 

「何をしたら怒るかしか分かってないだろ」

 

「それは機嫌に詳しいと言えるだろう?」

 

 エルナは手元の紙へ新しい一文を書き加えた。

 

「内部調査には、ルシアンの同行が必要。設備からの警告を受け取れるのは、今のところ彼だけ」

 

「僕は案内人でもあるということだね」

 

「鍵兼、警報器だな」

 

「バルド。君はもう少し人間を尊重したまえ」

 

     ◇

 

 四人は縄を残し、管理通路の奥へ進んだ。

 

 昨日まで床に残っていた黒い粘液は、ほとんど消えていた。

 

 細い溝の内側を、風が抜けている。

 

 かあん――。

 

 澄んだ金属音が通路を震わせた。

 

「これが共鳴導管か」

 

 エルナは壁へ耳を近づけた。

 

「坑道全体の鐘の音につながっているのかもしれませんね」

 

「昨日まで音が濁っていたのは、鉱殻蛞蝓《こうかくなめくじ》が塞いでいたからか」

 

 バルドが言った。

 

「おれもそう思った」

 

 ポックは、通路の床や溝を指しながら説明した。

 

「粘液はここへ流れた。導管が動き始めたあと、床も勝手にきれいになったんだ」

 

「よく見ていますね」

 

 エルナが言った。

 

「魔物と戦いながら、そこまで確認したのですか?」

 

「売れる物と、危ない物は見落とすなって、親父に教わったから」

 

「商人だったのですね」

 

「見習いだけどな」

 

 ポックは少しだけ背筋を伸ばした。

 

 円形の部屋へ入ると、エルナとバルドは導管の大きさに目を見張った。

 

 鉱殻蛞蝓《こうかくなめくじ》が塞いでいた場所には、まだ黒い跡が残っている。

 

「この大きさの魔物を、本当に引き抜いたのか」

 

「僕が持ち上げた殻を、君も見ただろう」

 

「見たから信じるしかないんだがな」

 

「センセイが引っ張って、おれが腹を刺した」

 

 ポックが言う。

 

「導管を傷つけるなって、甲冑から指示が出てた。だから殴らせなかった」

 

「よい判断です」

 

 エルナが頷いた。

 

「古代設備を破損していた場合、通路そのものが閉鎖されていた可能性もあります」

 

「聞いたかね、バルド。僕たちの慎重さが評価されている」

 

「慎重だったのは、そこの少年だろう」

 

「指示に従う度量も、慎重さの一部だ」

 

「昨日も同じことを言ってたな」

 

 調査を続けるうち、壁の一部が開いた。

 

 白い台座が姿を現す。

 

《外殻保全台を利用できます》

 

 ルシアンはすぐに一歩下がった。

 

「どうしました?」

 

「外殻を整備する台だ」

 

「使用できるのですか?」

 

「できる」

 

「では、動作を確認してもらえますか?」

 

「断る」

 

 エルナが目を瞬いた。

 

「危険なのですか?」

 

「危険ではない。だが、すでに昨日利用した」

 

「何をする装置なんだ?」

 

 バルドが台座を覗き込む。

 

「甲冑を固定して、隙間の汚れを取り、表面を磨く」

 

 ポックが答えた。

 

「外す機能はないってさ」

 

「ポックン。その言い方では、僕が喜んで虫の殻を磨かれたように聞こえる」

 

「喜んで入っただろ」

 

「外れると思っていたからだ!」

 

 エルナは、黒い外殻を上から下まで眺めた。

 

「それで昨日より艶があるのですね」

 

「君まで虫の完成度を評価しなくていい」

 

「内部の身体について、何か分かりましたか?」

 

「肌も髪も爪も、完璧な状態に保たれている。見せられないのが残念だよ」

 

「設備について聞いています」

 

「最も重要な調査結果だろう」

 

 エルナはしばらくルシアンを見上げたあと、記録紙へ何かを書いた。

 

「今、何を書いた?」

 

「装着者の生体保全機能あり、と」

 

「美貌が完璧に維持されていると書きたまえ」

 

「確認できないため書けません」

 

「この組合は、確認できない美を軽視しすぎではないか?」

 

     ◇

 

 調査を終えて通常坑道へ戻ると、管理通路の扉は再び閉じた。

 

 エルナは壁の前で記録を整理した。

 

「未登録の管理区画が実在すること。ルシアンにのみ扉が反応すること。内部には現在も稼働中の古代設備があることを確認しました」

 

「発見報酬は?」

 

 ポックがすぐに尋ねる。

 

「組合へ戻ってから決定します。ただし、正式な発見者については、登録冒険者であるルシアン・イモターレとして処理することになるでしょう」

 

 ポックの表情が止まった。

 

「おれは?」

 

「同行者として記録します。ですが、あなたは見習いで、成人の登録冒険者ではありませんから」

 

「印を見つけたのはポックンだ」

 

 ルシアンが言った。

 

 エルナが顔を上げる。

 

「壁を開いたのは、あなたでしょう?」

 

「帰り道を確保したのはポックンだ。魔物の倒し方を考えたのも、仕留めたのも彼だ。持ち帰るべき鉱物を見分けたのもね」

 

「ですが、規則上は代表者を――」

 

「発見者は二人だ」

 

 ルシアンは言い切った。

 

 黒い甲冑の声が、行き止まりの坑道へ反響する。

 

「僕一人では、あの扉を開けたあと、壁か魔物を壊して終わっていたかもしれない。ポックン一人では、扉を開けられなかった。ならば、二人の発見だろう」

 

 ポックが、何も言わずにルシアンを見上げていた。

 

「それに」

 

 ルシアンは胸を張った。

 

「僕の偉業は、他人の功績を混ぜなくとも十分に大きい。正確に分けて記録したまえ」

 

 エルナはしばらく黙っていた。

 

 やがて紙を一枚取り出し、書き直す。

 

「共同発見者、ルシアン・イモターレ、ポック・トバル」

 

「僕を先に書いた点は評価しよう」

 

「ちょっと見直してたのに、余計な事言って台無しにするなよ、センセイ」

 

「最初から、そういう話だっただろう?」

 

「だったら最初からそう言えよ」

 

「今、言ったではないか」

 

 ポックは口元を緩め、それを隠すように背負い袋の紐を引いた。

 

     ◇

 

 組合へ戻ると、現地調査の同行料と発見報奨の一部として、銀貨二枚が支払われた。

 

 青星鉱の売却額と比べれば小さい。

 

 それでも、今回の金は偶然拾った鉱物の代金ではなかった。

 

 二人が見つけた通路と、二人の知識へ支払われた金だった。

 

 エルナは記録をまとめながら、円に三本の線が入った印を眺めていた。

 

「この印ですが」

 

 ポックがすぐに顔を上げる。

 

「何か知ってるのか?」

 

「以前、似た印の刻まれた遺物が、別のダンジョンから持ち込まれた記録があったと思います」

 

「どこのダンジョンだ?」

 

「まだ思い出せません。保管庫の記録を調べる必要があります」

 

「今日中に分からないか?」

 

「過去十年分の記録があります」

 

「おれも手伝う」

 

「組合の記録庫へ、外部の人間は入れません」

 

「では、明日の朝には?」

 

「努力します」

 

 ポックは不満そうだったが、それ以上は言わなかった。

 

 ルシアンは満足げに腕を組む。

 

「ようやく、中央保全拠点への道が見えてきたようだね」

 

「似た印の記録があるかもしれないってだけだぞ」

 

「道を見つける者は、最初の一歩で目的地まで見通すものだ」

 

「センセイは一昨日まで、壁に突っ込んでただろ」

 

「あれは進むべき方角を身体で確かめていたのだ」

 

「壁の向こうに道はなかったぞ」

 

「過去の細かな失敗より、未来の大きな成功を見るべきだね」

 

 ポックはため息をついた。

 

 その手には、共同発見者として二人の名前が記された書面の写しがある。

 

 金だけでは得られなかったもの。

 

 父親の名前ではなく、ポック自身の名前で残った最初の実績だった。

 

「帰るぞ、センセイ」

 

「どこへだね?」

 

「荷車置き場。明日の記録を待つ」

 

「銀貨もあるのだから、今夜こそ普通の宿へ泊まってはどうだ?」

 

「扉を壊さない宿が見つかったらな」

 

 ルシアンは通りに並ぶ宿屋を見た。

 

 どの入口も、昨日と変わらず狭い。

 

「この町は、成功者を迎える準備ができていないようだね」

 

「センセイを迎える準備がないだけだよ」

 

 二人は発見者として初めて得た書面を持ち、いつもの荷車置き場へ戻っていった。

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