僕の美しさが見せられない!   作:柿木杮

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第12話 銀貨三枚の答え

第十二話 銀貨三枚の答え

 

 銀貨三枚が、古代遺物鑑定所の机へ並べられた。

 

 一枚。

 

 二枚。

 

 三枚。

 

 ポックは最後の一枚から指を離す前に、鑑定士を見た。

 

「精密鑑定。甲冑の調査と、古代文字の翻訳まで含むんだな?」

 

「最初に説明したとおりだ」

 

「途中で追加料金は?」

 

「通常の範囲なら取らん」

 

「通常じゃなかったら?」

 

「調べる前から分かるものか」

 

「なら、追加が必要になった時点で先に言ってくれ。勝手に進めるなよ」

 

 鑑定士は眼鏡の奥からポックを見た。

 

「本当に十三歳か?」

 

「年齢で料金を変えるのか?」

 

「変えん。だから座って待て」

 

 ポックは銀貨をもう一度数えてから、ようやく手を引いた。

 

「ポックン。そこまで疑うなら、僕が支払いを監督しようか?」

 

「センセイは銀貨三枚持てるのか?」

 

「持つだけなら容易い」

 

「落とさず、曲げず、どこに置いたか忘れずに?」

 

「君は僕を何だと思っているのだ」

 

「銀貨を持たせるには向いてないやつ」

 

「君とは一度きちんと話し合う必要があるな」

 

 鑑定士は二人の会話を聞き流し、机の奥から厚い布を取り出した。

 

「まず甲冑を見る。こちらへ立て」

 

「僕を品物のように扱うな」

 

「調べさせに来たのは、お前たちだろうが」

 

 反論しづらい。

 

 ルシアンは店の中央へ移動した。

 

 鑑定士は黒い外殻の周囲をゆっくりと回った。

 

 胸部。

 

 背面。

 

 肩。

 

 腕と脚の関節。

 

 継ぎ目へ細い板を差し込もうとしたが、先端は途中で止まった。

 

「無理に入れるなよ」

 

 ポックが言った。

 

「分かっている」

 

「その外殻は僕の身体の一部として扱われている。傷をつけた場合は、相応の賠償を――」

 

「傷がつくなら、村の鍛冶屋がとっくにつけている」

 

「傷が体だけにつくものだと思ったら大間違いだぞ」

 

 鑑定士は小さな金属棒で装甲を軽く叩いた。

 

 硬く、澄んだ音が返る。

 

 場所を変えてもう一度。

 

 同じ音だった。

 

「鋳継ぎも、留め具も見当たらん。部品が重なっているように見えるが、境目まで一体化している」

 

「外せない理由は分かるか?」

 

「今のところは、お前が説明したとおりだ。身体と接続されているから、外から開く操作を受けつけない」

 

「銀貨三枚を払って、すでに知っていることを聞かされているぞ」

 

「まだ始めたばかりだ」

 

 鑑定士はルシアンの肩へ顔を近づけた。

 

 そこには、円の中へ三本の短い線を並べた印が刻まれている。

 

 鐘鳴り坑道の管理扉にもあった印。

 

 ルシアンにだけ反応した、古い設備の印だった。

 

「文字はないな」

 

「何だって?」

 

 鑑定士の言葉に、ポックが聞き返した。

 

「この甲冑そのものには、文章は刻まれていない。この印だけだ」

 

「当然だろう」

 

 ルシアンは腕を組んだ。

 

「説明文は、甲冑の隣にあった石板へ刻まれていた」

 

「その石板は?」

 

「村の遺跡だ。大きすぎて持ってこられなかった」

 

 ポックが背負い袋を開いた。

 

「代わりに、これがある」

 

 取り出したのは、何度も折り畳まれた大きな紙だった。

 

 村を出る前、老神官から紹介状と一緒に渡されたものだ。

 

 騒ぎが収まったあと、鍛冶屋が遺跡へ戻り、甲冑の脇にあった石板から写し取ったという。

 

 ポックが机の上へ広げる。

 

 紙には、炭で黒く写された古代文字が並んでいた。

 

 端には、甲冑の肩と同じ印も残されている。

 

「拓本か」

 

 鑑定士は紙の四隅へ重しを置いた。

 

「石板に欠けていた部分は?」

 

「右下が少し崩れていた。文字のところは残ってたって聞いてる」

 

「これなら読める」

 

「僕も読めたとも」

 

 ルシアンが言った。

 

 鑑定士は拓本から顔を上げた。

 

「では、何と書かれていた?」

 

「美しき形姿を保つ者のための肉体定着外装。装着者を最適な状態に保ち、老化と汚れと損傷を防ぐ。適性を持つ、選ばれた者のみが使用できる」

 

 鑑定所の中が静かになった。

 

 ポックが鑑定士を見る。

 

 鑑定士は拓本を見る。

 

 もう一度、ルシアンを見た。

 

「まるで違う」

 

「どこがだね」

 

「最初からだ」

 

「二行目は合っているはずだ」

 

「一部だけな」

 

 鑑定士は指で最初の文字列をなぞった。

 

「これは、形姿ではなく構造。美しく保つ者ではなく、保全作業に従事する者だ」

 

 次の行へ移る。

 

「ここは、生体固定式外殻。装着者の肉体を最適な状態へ保ち、老化、汚染、損耗を抑える」

 

「見たまえ、ポックン。やはり僕の美貌を守る装置ではないか」

 

「そこだけ合ってたんだろ」

 

「もっとも重要な部分だ」

 

 鑑定士は構わず、その下を読んだ。

 

「装着後、保全任務の完了まで、生体接続を解除してはならない」

 

 ルシアンの腕が止まった。

 

「最後は?」

 

「適性登録なき者の使用を禁ずる」

 

「選ばれた者のみ、という意味ではないか」

 

「逆だ。登録されていない者は使うな、と警告している」

 

 ポックがゆっくりとルシアンを見上げた。

 

「使用禁止って書いてある物を着たのか?」

 

「古代語には、一つの言葉が複数の美しい解釈を持つ場合がある」

 

「読めてなかったんだろ」

 

「僕の教師が、より丁寧に教えるべきだった」

 

「どうせ授業中、窓に映った自分を見てとかそんなんだろ?」

 

「なぜわかる」

 

 鑑定士は深く息を吐いた。

 

「よく、その程度の理解で古代装具へ入ろうと思ったな」

 

「二行目は正確に読めていた」

 

「警告文を読めていなければ意味がない」

 

「結果として、肉体は最適な状態に保たれている」

 

「脱げないけどな」

 

「ポックン。今は僕の古代語能力を論じているのであって、外殻の欠点を――」

 

「あー、もういい。さっさと終わらせたいんだ」

 

 鑑定士の言葉に、ルシアンは黙った。

 

 呪いでも故障でもない。

 

 この甲冑は、石板に書かれていたとおりに動いている。

 

 保全任務が終わるまで、装着者を中へ固定する。

 

「では」

 

 ポックが拓本を覗き込んだ。

 

「センセイの甲冑は、古代の作業員が使う装備ってことか?」

 

「おそらくな」

 

 鑑定士は甲冑の肩にある印と、拓本の印を見比べた。

 

「石板と甲冑が同じ場所にあり、この印も一致している。文章が、この外殻について書かれたものと考えて間違いないだろう」

 

「構造保全とは、何をする仕事だね」

 

「建物や設備を維持する仕事だ。鐘鳴り坑道で、お前だけが管理通路へ入れたという話とも合う」

 

「蛞蝓《なめくじ》が詰まってるのを取る仕事だな」

 

 ポックが言った。

 

「その一件だけで僕の職業を定義しないでもらいたい」

 

「でも、作業員だったんだろ」

 

「正確には、緊急保全要員として仮登録されている」

 

「臨時の作業員か」

 

「ポックン」

 

「見習いより下かもな」

 

「ポックン!」

 

     ◇

 

 鑑定士は拓本の翻訳を書き終えると、別の紙を机へ広げた。

 

 そこには、円と三本線の印が描かれている。

 

 完全に同じではない。

 

 線の太さや円の欠け方が少し違う。

 

 だが同じ印を写したものだと、一目で分かった。

 

「組合の調査担当が、今朝これを持ってきた」

 

「エルナか?」

 

 ポックが紙へ身を乗り出した。

 

「七年前の記録だ。ラドメルから南東にある古い遺跡で、この印の刻まれた板が見つかっている」

 

「どんな遺跡だ?」

 

「沈み庭と呼ばれている」

 

 鑑定士は記録を読み上げた。

 

 崩れた石造りの庭園。

 

 水路の多くが壊れ、低い場所はほとんど水没している。

 

 七年前、水位が大きく下がったとき、北側の水際で白い板が見つかった。

 

 板には円と三本線の印があり、一部に古代文字らしいものも残っていた。

 

「その板は、ここにあるのか?」

 

「組合の保管庫にはない。発見者が持ち込んだのは、この写しと報告だけだ」

 

「文字は読めないのかね」

 

「写しが粗い。何文字かは残っているが、文章にはならん」

 

 ポックは紙に描かれた印と、ルシアンの肩を見比べた。

 

「同じ場所の設備か?」

 

「断定はできない」

 

 鑑定士は答えた。

 

「だが、同じ用途か、少なくとも近い系統の施設で使われた印だろう。鐘鳴り坑道以外にも、お前の甲冑へ反応する設備が残っている可能性はある」

 

「中央保全拠点かもしれない?」

 

「その可能性までは保証できん」

 

「保証は求めていない」

 

 ルシアンは机の上の紙を見下ろした。

 

「そこへ行けば、何かが分かる可能性はあるのだね」

 

「ある」

 

「ならば十分だ」

 

 ポックはまだ記録を読んでいた。

 

「沈み庭へ行く冒険者は多いのか?」

 

「少ない。浅い場所は昔に調べられている。残っているのは泥、水草、それに水の底だ。大きな獲物が出たという話も、近年は聞かん」

 

「水の深さは?」

 

「場所による。水没した回廊もあるそうだ」

 

 ポックの視線が、黒く丸い甲冑へ向いた。

 

「センセイ」

 

「何だね」

 

「水に落ちたら、浮くと思うか?」

 

 ルシアンも自分の身体を見下ろした。

 

 分厚い外殻。

 

 太い腕と脚。

 

 人間とは比べものにならない重量。

 

「美しいものは、水にも愛されるものだ」

 

「それ、沈むと思ってる奴の答えだぞ」

 

「試してみなければ分からないだろう」

 

「現地で試すなよ」

 

「では、どうする?」

 

 ポックは拓本と沈み庭の記録を重ね、しばらく考えた。

 

「沈んでも戻せるようにする」

 

「僕が沈むことを前提にするのかね」

 

「浮いたら使わなくて済むだけだ」

 

 鑑定士が三枚の銀貨を箱へしまった。

 

「これで鑑定は終わりだ」

 

 ルシアンは翻訳文を受け取った。

 

 銀貨三枚で得た答えは、甲冑を外す方法ではなかった。

 

 自分が美のために選ばれたのではなく、古代の作業員として間違って登録されたという、あまり喜ばしくない事実。

 

 それでも、次に向かう場所は見つかった。

 

「行こう、ポックン」

 

「まずは道具を揃えてからだ」

 

「僕の美貌を取り戻すための旅に、準備ばかり要求するね」

 

「センセイを水底へ置いて帰りたくないからな」

 

「君はたまにカワイイことを言う」

 

 ポックは沈み庭の記録を丁寧に折り畳んだ。

 

 次の目的地は、水の下にあった。

 

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