僕の美しさが見せられない!   作:柿木杮

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第13話 背負子のセンセイ

 銀貨が、受付台の上で小さな山を作っていた。

 

「六十四、六十五、六十六」

 

 ポックは最後の一枚を指先で弾き、ほかの銀貨へ重ねた。

 

「間違いない」

 

「三度数えて、ようやく満足したのかね」

 

「金は、何度数えたっていい。楽しいし」

 

「ポックンは変わり者だな」

 

「センセイに言われたかないや」

 

 ルシアンは受付台の前で腕を組んでいた。

 

 青星鉱の売却額は、諸経費を差し引いて銀貨七十八枚。

 

 すでに前渡しとして受け取っていた十二枚を除き、残りの六十六枚が支払われた。

 

 組合が用意した受取証と売却明細も、ポックは銀貨以上に念入りに確認している。

 

「品位検査費。見本の切り出し。保管料。仲介手数料……」

 

「まだ読むのか?」

 

「あとで知らない金を引かれてたら困るだろ」

 

「組合は信用できるのではなかったかね」

 

「信用するために紙へ残すんだよ」

 

 以前にも聞いた言葉だった。

 

 ルシアンには、信用とはもう少し美しく、心と心で結ばれるものに思えた。

 

 しかしポックにとっては、金額と日付と名目を紙へ書き、相手の印を押させることも信用の一部らしい。

 

「問題ない」

 

 ポックは明細を折り畳み、背負い袋の奥へしまった。

 

「これで沈み庭へ行ける」

 

「それだけの銀貨があれば、もっと優雅な使い道もあるだろう」

 

「例えば?」

 

「外套だ」

 

 ポックは、黒く丸い甲冑を見上げた。

 

「どこに着るんだよ」

 

「肩から流す。漆黒の外殻へ深紅の布地を合わせれば、多少はこの姿にも品格が――」

 

「枝に引っかかる」

 

「では金糸の飾り紐を」

 

「落として拾われるのがオチだ」

 

「宝石を埋め込むという手もあるな」

 

「センセイの身体に穴を開けるのか?」

 

「……それは避けよう」

 

 神術に身体の一部として扱われている以上、装飾のために甲冑へ穴を開けるのは抵抗がある。

 

「必要な物だけ買うぞ」

 

 ポックは銀貨をいくつかの小袋へ分けた。

 

「長縄。細縄。三輪滑車を二組。鉤。防水袋。保存食。それから巻き上げ器と背負子」

 

「待ちたまえ。ずいぶん増えていないか?」

 

「水の中でセンセイが動けなくなったとき、引き上げるためだよ」

 

「僕は泳げる可能性もあるのだが」

 

「その鎧で浮けると思うか?」

 

 ルシアンは自分の丸い腹部を見下ろした。

 

「美しい肉体は水にも愛されるものだ」

 

「鎧は別だろ」

 

「外殻も僕の身体の一部らしいぞ」

 

「だったら、なおさら沈むな」

 

 反論しづらい。

 

「最後の背負子は何に使う」

 

「荷物を運ぶ」

 

「君が背負うには大きすぎるのではないか?」

 

 ポックは答えず、ルシアンを見上げた。

 

「……僕か?」

 

「ほかに誰がいるんだよ」

 

「僕は用心棒であって、荷運び人ではない」

 

「契約には、荷物を持たないとは書いてない」

 

「契約の隙間を突くのは感心しないね」

 

「センセイなら、これだけの荷物を運んでも疲れないだろ」

 

「疲れないことと、運ぶ義務があることは別問題だ」

 

「途中で魔物が出たら、おれが荷物を背負ったまま戦うのか?」

 

 ルシアンは黙った。

 

 ポックは身体が小さい。

 

 新しく買った革鎧だけでも、それなりの重さがある。そこへ縄や滑車、食料まで背負わせれば、動きはさらに鈍くなるだろう。

 

「仕方がない」

 

 ルシアンは胸を張った。

 

「用心棒として、君を万全の状態に保つ必要があるからね」

 

「荷物を持つだけだぞ」

 

「理由には格が必要なのだよ、ポックン」

 

     ◇

 

 荷車職人の店には、大小さまざまな木枠が壁へ立てかけられていた。

 

 荷物運び用の背負子。

 

 薪を固定するための枠。

 

 樽を運ぶための台。

 

 その中で最も大きな物でも、ルシアンの背中には合わなかった。

 

「丸すぎるな」

 

 職人は、黒い外殻を横から眺めた。

 

「誰の身体を見て言っている」

 

「鎧だよ」

 

「中身は完璧な均整を保っている」

 

「外から見えん部分は分からん」

 

「この町の職人は、確認できない美に対して想像力が足りないな」

 

 職人は相手にせず、紐を使って甲冑の幅と丸みを測った。

 

 既製の背負子から二本の縦木を外し、火で温めながらゆっくりと湾曲させる。

 

 背中の膨らみに合わせて横木を渡し、幅広の革帯を肩と脇へ回す。

 

 下端は腰の装甲へ引っかかる形になった。

 

「これなら滑らんだろ」

 

「中央を補強してくれ」

 

 ポックが、背負子の上部を指さした。

 

「太い鉄輪もつけたい。荷馬車の荷台を吊れるくらいの物だ」

 

「何を運ぶつもりだ?」

 

「これ」

 

 ポックは黒い外殻を指さした。

 

「僕を荷物のように指さすな」

 

 職人は背負子とルシアンを見比べた。

 

「これを吊るのか?」

 

「水に沈んだときに引き上げる」

 

「僕が沈むことを前提に話を進めないでもらいたい」

 

「沈まなかったら使わないだけだよ」

 

 職人は縦木の上部へ、太い横材を一本加えた。

 

 背負子へかかる力を左右へ分散させるための補強である。その中央を鉄帯で締め、指が何本も入るほど大きな鉄輪を取りつける。

 

「こいつなら、木枠より先に革帯が切れる」

 

「革帯も替えてくれ」

 

「注文が多いな」

 

「水底に置き去りにするよりいい」

 

 ポックは即答した。

 

 ルシアンはしばらく黙り、それから大きく頷いた。

 

「僕の価値を考えれば、当然の投資だね」

 

「センセイのためだけじゃない。引き上げるおれの安全のためでもある」

 

「では、なおさら最上の物を使いたまえ」

 

 職人が幅広の革帯を二重にし、金具を打ち直した。

 

 背負子を装着したルシアンは、店先の水桶へ自分の姿を映した。

 

 黒い甲虫の背中へ、頑丈な木製の荷台が張りついている。

 

「外殻の曲線が台無しだ」

 

「前から見れば分からないぞ」

 

「僕の美しさは、全方向から鑑賞されることを前提としている」

 

「今は全方向から虫だろ」

 

「君は僕の心を傷つける才能だけは、一流になってきたな」

 

 長縄。

 

 細い合図用の縄。

 

 三つの車を収めた滑車枠が二つ。

 

 歯止めのついた小型の巻き上げ器。

 

 水を通しにくい革袋。

 

 食料と毛布。

 

 小鍋。

 

 灯り。

 

 荷物が次々と背負子へ固定されていく。

 

 最後にポックが革帯を強く引いた。

 

「歩いてみてくれ」

 

 ルシアンは店先を一往復した。

 

《外部積載物を検出》

 

《運搬負荷、許容範囲内》

 

「問題ないらしい」

 

「重くないか?」

 

「君の荷物程度で、この僕が重さを感じると思うのかね」

 

「じゃあ、もう少し積めるな」

 

「今の言葉を撤回する」

 

     ◇

 

 ラドメルを出たのは、朝の鐘が鳴って間もないころだった。

 

 沈み庭までは、街道を南東へ二日。

 

 途中からは荷車の通れない細い道へ入り、低い丘をいくつか越えるという。

 

 ルシアンは先頭を歩いた。

 

 背負子には、二人分の旅道具がまとめて積まれている。

 

 重さはほとんど感じなかった。

 

 むしろ問題は、後ろを歩くポックとの距離だった。

 

「センセイ」

 

「何だね」

 

「速い」

 

「普通に歩いているだけだ」

 

「センセイの普通は、おれの早歩きなんだよ」

 

 ルシアンは歩幅を狭めた。

 

 しばらくすると、また少しずつ元へ戻る。

 

「速い」

 

「これ以上遅くすれば、歩く姿の美しさが損なわれる」

 

「見えてるのは黒い尻だけだぞ」

 

「背面にも隙はないということだな」

 

 午前中は、それでも順調だった。

 

 昼を過ぎるころから、ポックの返事が短くなった。

 

 街道を外れ、坂道へ入る。

 

 足元には拳ほどの石が増え、革鎧の上から背負っている小さな袋も、少しずつ肩へ食い込んでいるようだった。

 

 ポックは何も言わない。

 

 しかし歩幅は明らかに狭くなっていた。

 

 ルシアンは足を止めた。

 

「休むぞ」

 

「まだ歩ける」

 

「僕が休みたいのだ」

 

「疲れないんだろ」

 

「精神的な休息が必要な場合もある」

 

「さっきまで急げって言ってたじゃないか」

 

 ポックは道端の岩へ腰を下ろした。

 

 息が上がっている。

 

 額には薄く汗が浮かんでいた。

 

 計算ができても、値段交渉で大人を黙らせても、身体まで大人になるわけではない。

 

 ルシアンは背負子を下ろした。

 

「荷物を寄せたまえ」

 

「休むだけなら、そのままでいいだろ」

 

「いいから、毛布を上へ移すんだ」

 

 ポックは不審そうな顔をしながらも、背負子へ括りつけられた毛布を外した。

 

 ルシアンは太い横材の上を指さす。

 

「そこへ畳んで置きたまえ」

 

「何をするんだよ」

 

「座席を作る」

 

 ポックの手が止まった。

 

「誰の?」

 

「君以外に誰がいる」

 

「おれは荷物じゃないぞ」

 

「知っている。荷物なら、もう少し素直に運ばれる」

 

「乗らない」

 

「到着が遅れれば、甲冑を外す日も遅れる」

 

「センセイが速すぎるだけだ」

 

「君の歩調に合わせるより、僕が運ぶ方が合理的だ」

 

「子ども扱いするなよ」

 

「君が子どもであるかどうかは関係ない」

 

 ルシアンは背負子の革帯を肩へ掛け直した。

 

「契約相手が歩けなくなれば、僕の食事を用意する者がいなくなる。体調管理も用心棒の仕事だ」

 

「最後に自分の都合を足したな」

 

「最初から僕の都合しか話していないよ」

 

「座る場所なんてないだろ」

 

「今、作ったじゃないか」

 

 上部の太い横材には、折り畳んだ毛布が重ねてある。

 

 腰掛けとして造られた物ではない。それでも十三歳のポックが座るには十分な幅があった。

 

 左右には縦木が伸び、荷物を固定する縄も手掛かりになる。

 

「落ちたらどうする」

 

「僕が落とすと思うのかね」

 

「思う」

 

「即答するな」

 

 ルシアンは地面へ片膝をついた。

 

「乗りたまえ、ポックン」

 

 ポックはしばらく黙っていた。

 

 やがて横木へ足をかけ、荷物の間を使って背負子へ登る。

 

 折り畳んだ毛布の上へ、慎重に腰を下ろした。

 

「本当に座れたな」

 

「僕の美的判断に間違いはない」

 

「毛布を置いただけだろ」

 

「簡潔な構造ほど美しいものだよ」

 

 ルシアンはゆっくりと立ち上がった。

 

 背中の荷物が揺れ、その上でポックが慌てて縦木を掴む。

 

「思ったより高いな」

 

「僕の視点へ近づける機会だ。ありがたく思いたまえ」

 

「センセイより、おれの方が高くなってるぞ」

 

「背負われている者が威張るものではない」

 

 ルシアンは歩き出した。

 

《運搬負荷、許容範囲内》

 

「甲冑も問題ないと言っている」

 

「おれを積載物として数えてないか、それ」

 

「古代文明は分類が大雑把だからね」

 

「落とすなよ」

 

「僕ほど繊細な男に、何を言っている」

 

 最初の数歩で、背負子が大きく揺れた。

 

「センセイ!」

 

「今のは道が悪い」

 

「歩き方を変えろ!」

 

「注文の多い積載物だな!」

 

 ルシアンは歩幅を小さくし、足をなるべく水平に運ぶようにした。

 

 背負子の揺れが収まる。

 

「これならどうだ」

 

「悪くない」

 

「当然だ。僕は一度指摘されれば改善できる男だからね」

 

「壁には何度もぶつかったけどな」

 

「あれは甲冑側の問題だ」

 

 坂を越えるころには、ポックの声が聞こえなくなっていた。

 

「ポックン?」

 

 返事がない。

 

 頭だけを少し動かすと、背負子の上から規則正しい寝息が聞こえた。

 

「まったく」

 

 眠れば、身体が傾くかもしれない。

 

 ルシアンは道端の低い枝へ予備の細縄を引っかけ、背後へ回した。手探りでポックの腰と背負子を緩く結ぶ。

 

 起きていれば、子ども扱いするなと怒っただろう。

 

「落下防止だよ、ポックン」

 

 返事はない。

 

 ルシアンはさらに歩みを緩めた。

 

 段差を避け、石の少ない場所を選ぶ。

 

 背負子の上で眠る少年を起こさないよう、黒い巨体は慎重に街道を進んだ。

 

 到着が遅れれば、甲冑を外す日も遅れる。

 

 ただ、それだけの理由だった。

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