六人になった一行は、北へ向かって進んでいた。
先頭はガレス。
大盾を背負い、分かれ道へ来るたびに迷うことなく道を選ぶ。
その後ろをセヴとミレア、リネットが続き、ポックは少し離れて地図を広げていた。
「次は左だ」
ガレスが言った。
「そこ、今朝から閉じてるみたいだ」
ポックの声に、ガレスが足を止めた。
「閉じてる?」
「入口の板に書いてあった。南側が動いたときに、ここの階段も塞がったって」
ガレスが戻ってきた。
ポックの持つ地図を覗き込む。
「いつの情報だ?」
「今朝」
「なら、そっちが新しいな」
ガレスはすぐに進路を変えた。
「北回廊から回るぞ」
「ずいぶんあっさり信じるのね」
リネットが言った。
「情報は鮮度が命だからな」
ガレスは振り返りもせずに言った。
「ここで経験と古い記憶にしがみつくと、壁にぶつかるからな」
ルシアンは自分の肩を見た。
「僕には少々耳の痛い話だね」
「何の話だよ」
「壁だよ、ポックン」
「センセイの場合は城が動かなくてもぶつかるだろ」
「最近はぶつかっていない」
ポックは地図へ視線を戻した。
隣からリネットが覗き込む。
「それ、入口で売ってるやつ?」
「昨日ミルダで買った」
「そんな地図で分かるの?」
「全部は分からないよ」
「じゃあ偉そうに言わないでよ」
「閉じてるのがわかってる道に、わざわざ向かうこともないだろ」
リネットが何か言い返そうとしたところで、ガレスが手を上げた。
「静かに」
一行が止まる。
前方から、風の音がしていた。
建物の中とは思えないほど強い。
ひゅう、と細く鳴ったあと、低い唸りへ変わる。
「近いな」
セヴが槍を手にした。
「風切羽?」
ポックが聞く。
「ああ」
ガレスは背中の盾を下ろした。
「ここから先は上が開いてる。頭上も見ろ」
◇
北回廊を抜けると、急に空が見えた。
左右を高い城壁に挟まれた、細長い吹き抜けだった。
幾重もの回廊と橋が頭上を横切り、そのさらに向こうには細い塔が立っている。
「あれが北塔だ」
ガレスが指した。
まだ遠い。
二つほど高い回廊を越えなければ届きそうになかった。
強い風が、塔の方から吹き抜けている。
ポックが顔を上げた。
「いる」
青灰色の影が、上空を横切った。
一羽。
続いて二羽。
大きさは羽を広げれば人の身長ほどある。
細長い身体に、大きく鋭い翼。
羽ばたきは少なく、吹き抜ける風へ乗るように旋回していた。
「ずいぶん優雅だね」
ルシアンが言った。
「見てる分にはな」
ガレスが盾を構えた。
「来るぞ」
一羽が翼を畳んだ。
落ちる。
そう見えた。
次の瞬間には、恐ろしい速度で一行へ突っ込んできた。
ガレスが盾を上げる。
ざんっ。
甲高い音が響いた。
鳥の翼が盾の縁を撫で、そのまま上へ抜けていく。
ガレスの盾に、細い傷が一本走っていた。
「羽で切ったのか?」
ポックが目を見開く。
「だから風切羽だ」
セヴが答えた。
「翼の外側が硬い。あれが売れる」
ルシアンの隣で、ポックが小さく頷いた。
「なるほど」
「今、金の顔したでしょ」
リネットが言った。
「してねえよ」
「絶対してた」
「前を見た方がいいぞ」
「分かってるわよ」
二羽目が降りてきた。
リネットが杖を振る。
杖先に青白い光が集まり、空中で弾けた。
風切羽の正面で空気が歪む。
鳥の身体が横へ流れた。
そこへセヴの槍が伸びる。
穂先が胸をかすめた。
羽毛が散る。
だが落ちない。
「浅い!」
「もう一回来る!」
ミレアが声を上げた。
三羽が一度に旋回を始めていた。
ガレスが前へ出る。
「ルシアン、後ろを頼めるか?」
「もちろんだとも」
ルシアンはポックと後衛二人の前に立った。
一羽が急降下する。
黒い腕を上げる。
硬い羽根が外殻へぶつかった。
きん、と高い音。
《外殻への切創性衝撃を検出》
《外殻損傷なし》
「僕には少々、切れ味が足りないようだね」
風切羽はルシアンの腕を蹴るようにして上空へ戻った。
その間に、ガレスたちは別の一羽を追っている。
盾で進路を限定し、リネットが魔術を撃つ。
体勢を崩したところへセヴが槍を入れる。
一羽が石床へ落ちた。
「一つ!」
セヴが槍を引き抜く。
だが、ポックは上を見ていた。
「ガレス!」
「何だ!」
「まだいる!」
さらに高いところ。
塔の脇から影が飛び出した。
二つ。
三つ。
その後ろにもいる。
ガレスが舌打ちした。
「聞いてた数より多いな」
「最近増えてるって言ってた」
ポックが答える。
「増えすぎだろ」
ミレアがガレスの横へ移動する。
「戻る?」
「ここで背中を向けたくないな。隙をつかれそうだ」
ガレスが盾を構え直した。
「少しずつ削るしかないか」
上空から、五羽の風切羽が旋回を始めた。
◇
戦いは、先ほどの盾殻猪より長引いた。
風切羽は地上へ留まらない。
急降下し、攻撃し、そのまま風へ乗って上空へ戻る。
ガレスが受ける。
リネットが崩す。
セヴが狙う。
ミレアは傷を負った者へ神術を使いながら、頭上も警戒していた。
ルシアンも何度か翼を受けた。
傷はつかない。
だが捕まえようと手を伸ばしても、相手はすぐに離れていく。
「速いな」
「追うなよ、センセイ!」
「追っていないとも」
ルシアンは一歩だけ踏み出して止まった。
「追われるのには慣れているからね」
もう一羽。
ガレスの盾をかすめ、上空へ抜ける。
ポックはその姿を目で追った。
同じ方向へ戻った。
少し前の一羽もそうだった。
さらにその前も。
「……あれ?」
ポックが場所を変える。
吹き抜けを通る風が、髪を揺らす。
上空では風切羽が大きく旋回している。
一羽が降りる。
ガレスへ向かう。
盾で弾かれる。
再び上がる。
やはり同じ場所だった。
「リネット!」
「何!」
「あそこ見て!」
ポックが頭上の一角を指さした。
「何があるのよ!」
「次、そこから来る!」
「は?」
「いいから!」
リネットが杖を向けた。
誰もいない。
一瞬。
二瞬。
高い回廊の陰から、風切羽が飛び出した。
翼を畳む。
「ほんとに来た!」
リネットが杖を振り抜いた。
青白い光が、今までより少し早く弾ける。
風切羽は避ける暇もなかった。
空気の塊に横から叩かれ、石壁へ激突した。
高度を失う。
「セヴ!」
「おう!」
落ちてきた鳥へ槍が突き出された。
一撃。
風切羽が床へ転がった。
「もう一羽、同じとこ!」
ポックが叫ぶ。
リネットが杖を戻す。
「分かった!」
上空を見る。
また同じ場所へ影が入った。
少しして、そこから一羽が急降下してくる。
今度はリネットが先に撃った。
風が弾ける。
鳥が大きく軌道を外した。
ガレスの正面へ落ちる。
盾が下から跳ね上げた。
そのままセヴの槍が入った。
「二つ目!」
残った風切羽が旋回する。
先ほどまでの勢いがない。
一羽が高く上がり、そのまま塔の方へ逃げていく。
続いて二羽。
「追撃しなくていいぞ!」
ガレスが制した。
誰も追わなかった。
吹き抜けに静けさが戻った。
◇
「さっきの、どうして分かったの?」
戦いが終わるなり、リネットがポックのところへ来た。
ポックは落ちた風切羽の横へしゃがんでいた。
「何回も同じところへ戻ってたから」
「全部?」
「全部じゃないけど、こっちへ降りてくるやつはだいたい」
ポックが上を指した。
「風が通ってるんじゃないか?」
リネットも見上げる。
高い回廊と回廊の隙間。
そこだけ細かな埃が流れ続けている。
「上昇する風……」
小さく呟く。
「高度を戻すのに使ってたのね」
「たぶん」
「ふうん」
リネットはしばらく上を見ていた。
「……よく見てたわね」
「戦えないからな」
ポックは風切羽へ視線を戻した。
翼を広げる。
「これが売れる羽?」
「ちょっと、雑に触らないで」
リネットが横へしゃがんだ。
「外側の六枚は魔術具にも使うんだから」
「六枚?」
「この辺」
杖の先で示す。
「魔力を通しやすいの」
ポックが羽根を持ち上げた。
「でもこっちは根元が傷ついてる」
「少しくらい平気でしょ」
「加工するときに値段落ちない?」
「魔術具なら先端を使うのよ」
「矢羽につかうなら買い取り安くなりそうなんだよな」
「これは矢羽より魔術具にした方が――」
「仲良くなった?」
背後からミレアの声がした。
二人が振り返る。
「なってない」
「なってないわよ」
ミレアは笑った。
「そう」
それ以上は何も言わず、ガレスのところへ戻っていく。
リネットが眉を寄せた。
「何なのよ」
「知らない」
ポックは羽根を素材袋へ入れた。
「でも魔術具に使うのは覚えとく」
「ちゃんと覚えなさいよ」
「値段も分かる?」
「そこまでは知らない」
「じゃあ査定を楽しみにしとくか」
「……そういうとこ、本当に商人ね」
「便利だろ」
「まあね」
初めて、リネットが素直に頷いた。
◇
風切羽の素材をまとめ終え、一行は再び北へ進んだ。
ガレスが先頭に立つ。
「この先で一度上へ出る。そこから北塔へ回れるはずだ」
「はず?」
ポックが聞いた。
「昨日まではな」
「便利な言葉だね」
ルシアンが言った。
「転輪城じゃ誰でも使うようになる」
ガレスが笑った。
やがて、石造りの大きな階段が見えてきた。
途中までは上へ続いている。
だが、その先は壁だった。
「……閉じてるな」
ガレスが足を止める。
ポックが地図を開いた。
「別の道は――」
そのとき。
ルシアンの頭の内側へ、唐突に意味が流れ込んできた。
《第三経路・上層切替完了》
ルシアンが顔を上げる。
少し離れた壁の奥で、重い音がした。
《北側経路、通行可》
「ポックン」
「何?」
「北が開いたらしい」
「甲冑?」
「ああ」
一行が見ている前で、階段脇の壁がゆっくりと後退した。
その奥から、新しい通路が現れる。
白い道ではない。
転輪城の他の場所と同じ、古びた石造りの回廊だった。
ただ、その先は確かに北塔の方向へ伸びている。
ガレスが目を細めた。
「こんな道、あったか?」
誰も答えなかった。
ポックは地図を見る。
そこに、その回廊は描かれていなかった。
「……行ってみよう」
地図を畳む。
一行は、新しく開いた北への道へ足を踏み入れた。