僕の美しさが見せられない!   作:柿木杮

25 / 27
第25話 風切羽

 六人になった一行は、北へ向かって進んでいた。

 

 先頭はガレス。

 

 大盾を背負い、分かれ道へ来るたびに迷うことなく道を選ぶ。

 

 その後ろをセヴとミレア、リネットが続き、ポックは少し離れて地図を広げていた。

 

「次は左だ」

 

 ガレスが言った。

 

「そこ、今朝から閉じてるみたいだ」

 

 ポックの声に、ガレスが足を止めた。

 

「閉じてる?」

 

「入口の板に書いてあった。南側が動いたときに、ここの階段も塞がったって」

 

 ガレスが戻ってきた。

 

 ポックの持つ地図を覗き込む。

 

「いつの情報だ?」

 

「今朝」

 

「なら、そっちが新しいな」

 

 ガレスはすぐに進路を変えた。

 

「北回廊から回るぞ」

 

「ずいぶんあっさり信じるのね」

 

 リネットが言った。

 

「情報は鮮度が命だからな」

 

 ガレスは振り返りもせずに言った。

 

「ここで経験と古い記憶にしがみつくと、壁にぶつかるからな」

 

 ルシアンは自分の肩を見た。

 

「僕には少々耳の痛い話だね」

 

「何の話だよ」

 

「壁だよ、ポックン」

 

「センセイの場合は城が動かなくてもぶつかるだろ」

 

「最近はぶつかっていない」

 

 ポックは地図へ視線を戻した。

 

 隣からリネットが覗き込む。

 

「それ、入口で売ってるやつ?」

 

「昨日ミルダで買った」

 

「そんな地図で分かるの?」

 

「全部は分からないよ」

 

「じゃあ偉そうに言わないでよ」

 

「閉じてるのがわかってる道に、わざわざ向かうこともないだろ」

 

 リネットが何か言い返そうとしたところで、ガレスが手を上げた。

 

「静かに」

 

 一行が止まる。

 

 前方から、風の音がしていた。

 

 建物の中とは思えないほど強い。

 

 ひゅう、と細く鳴ったあと、低い唸りへ変わる。

 

「近いな」

 

 セヴが槍を手にした。

 

「風切羽?」

 

 ポックが聞く。

 

「ああ」

 

 ガレスは背中の盾を下ろした。

 

「ここから先は上が開いてる。頭上も見ろ」

 

     ◇

 

 北回廊を抜けると、急に空が見えた。

 

 左右を高い城壁に挟まれた、細長い吹き抜けだった。

 

 幾重もの回廊と橋が頭上を横切り、そのさらに向こうには細い塔が立っている。

 

「あれが北塔だ」

 

 ガレスが指した。

 

 まだ遠い。

 

 二つほど高い回廊を越えなければ届きそうになかった。

 

 強い風が、塔の方から吹き抜けている。

 

 ポックが顔を上げた。

 

「いる」

 

 青灰色の影が、上空を横切った。

 

 一羽。

 

 続いて二羽。

 

 大きさは羽を広げれば人の身長ほどある。

 

 細長い身体に、大きく鋭い翼。

 

 羽ばたきは少なく、吹き抜ける風へ乗るように旋回していた。

 

「ずいぶん優雅だね」

 

 ルシアンが言った。

 

「見てる分にはな」

 

 ガレスが盾を構えた。

 

「来るぞ」

 

 一羽が翼を畳んだ。

 

 落ちる。

 

 そう見えた。

 

 次の瞬間には、恐ろしい速度で一行へ突っ込んできた。

 

 ガレスが盾を上げる。

 

 ざんっ。

 

 甲高い音が響いた。

 

 鳥の翼が盾の縁を撫で、そのまま上へ抜けていく。

 

 ガレスの盾に、細い傷が一本走っていた。

 

「羽で切ったのか?」

 

 ポックが目を見開く。

 

「だから風切羽だ」

 

 セヴが答えた。

 

「翼の外側が硬い。あれが売れる」

 

 ルシアンの隣で、ポックが小さく頷いた。

 

「なるほど」

 

「今、金の顔したでしょ」

 

 リネットが言った。

 

「してねえよ」

 

「絶対してた」

 

「前を見た方がいいぞ」

 

「分かってるわよ」

 

 二羽目が降りてきた。

 

 リネットが杖を振る。

 

 杖先に青白い光が集まり、空中で弾けた。

 

 風切羽の正面で空気が歪む。

 

 鳥の身体が横へ流れた。

 

 そこへセヴの槍が伸びる。

 

 穂先が胸をかすめた。

 

 羽毛が散る。

 

 だが落ちない。

 

「浅い!」

 

「もう一回来る!」

 

 ミレアが声を上げた。

 

 三羽が一度に旋回を始めていた。

 

 ガレスが前へ出る。

 

「ルシアン、後ろを頼めるか?」

 

「もちろんだとも」

 

 ルシアンはポックと後衛二人の前に立った。

 

 一羽が急降下する。

 

 黒い腕を上げる。

 

 硬い羽根が外殻へぶつかった。

 

 きん、と高い音。

 

《外殻への切創性衝撃を検出》

 

《外殻損傷なし》

 

「僕には少々、切れ味が足りないようだね」

 

 風切羽はルシアンの腕を蹴るようにして上空へ戻った。

 

 その間に、ガレスたちは別の一羽を追っている。

 

 盾で進路を限定し、リネットが魔術を撃つ。

 

 体勢を崩したところへセヴが槍を入れる。

 

 一羽が石床へ落ちた。

 

「一つ!」

 

 セヴが槍を引き抜く。

 

 だが、ポックは上を見ていた。

 

「ガレス!」

 

「何だ!」

 

「まだいる!」

 

 さらに高いところ。

 

 塔の脇から影が飛び出した。

 

 二つ。

 

 三つ。

 

 その後ろにもいる。

 

 ガレスが舌打ちした。

 

「聞いてた数より多いな」

 

「最近増えてるって言ってた」

 

 ポックが答える。

 

「増えすぎだろ」

 

 ミレアがガレスの横へ移動する。

 

「戻る?」

 

「ここで背中を向けたくないな。隙をつかれそうだ」

 

 ガレスが盾を構え直した。

 

「少しずつ削るしかないか」

 

 上空から、五羽の風切羽が旋回を始めた。

 

     ◇

 

 戦いは、先ほどの盾殻猪より長引いた。

 

 風切羽は地上へ留まらない。

 

 急降下し、攻撃し、そのまま風へ乗って上空へ戻る。

 

 ガレスが受ける。

 

 リネットが崩す。

 

 セヴが狙う。

 

 ミレアは傷を負った者へ神術を使いながら、頭上も警戒していた。

 

 ルシアンも何度か翼を受けた。

 

 傷はつかない。

 

 だが捕まえようと手を伸ばしても、相手はすぐに離れていく。

 

「速いな」

 

「追うなよ、センセイ!」

 

「追っていないとも」

 

 ルシアンは一歩だけ踏み出して止まった。

 

「追われるのには慣れているからね」

 

 もう一羽。

 

 ガレスの盾をかすめ、上空へ抜ける。

 

 ポックはその姿を目で追った。

 

 同じ方向へ戻った。

 

 少し前の一羽もそうだった。

 

 さらにその前も。

 

「……あれ?」

 

 ポックが場所を変える。

 

 吹き抜けを通る風が、髪を揺らす。

 

 上空では風切羽が大きく旋回している。

 

 一羽が降りる。

 

 ガレスへ向かう。

 

 盾で弾かれる。

 

 再び上がる。

 

 やはり同じ場所だった。

 

「リネット!」

 

「何!」

 

「あそこ見て!」

 

 ポックが頭上の一角を指さした。

 

「何があるのよ!」

 

「次、そこから来る!」

 

「は?」

 

「いいから!」

 

 リネットが杖を向けた。

 

 誰もいない。

 

 一瞬。

 

 二瞬。

 

 高い回廊の陰から、風切羽が飛び出した。

 

 翼を畳む。

 

「ほんとに来た!」

 

 リネットが杖を振り抜いた。

 

 青白い光が、今までより少し早く弾ける。

 

 風切羽は避ける暇もなかった。

 

 空気の塊に横から叩かれ、石壁へ激突した。

 

 高度を失う。

 

「セヴ!」

 

「おう!」

 

 落ちてきた鳥へ槍が突き出された。

 

 一撃。

 

 風切羽が床へ転がった。

 

「もう一羽、同じとこ!」

 

 ポックが叫ぶ。

 

 リネットが杖を戻す。

 

「分かった!」

 

 上空を見る。

 

 また同じ場所へ影が入った。

 

 少しして、そこから一羽が急降下してくる。

 

 今度はリネットが先に撃った。

 

 風が弾ける。

 

 鳥が大きく軌道を外した。

 

 ガレスの正面へ落ちる。

 

 盾が下から跳ね上げた。

 

 そのままセヴの槍が入った。

 

「二つ目!」

 

 残った風切羽が旋回する。

 

 先ほどまでの勢いがない。

 

 一羽が高く上がり、そのまま塔の方へ逃げていく。

 

 続いて二羽。

 

「追撃しなくていいぞ!」

 

 ガレスが制した。

 

 誰も追わなかった。

 

 吹き抜けに静けさが戻った。

 

     ◇

 

「さっきの、どうして分かったの?」

 

 戦いが終わるなり、リネットがポックのところへ来た。

 

 ポックは落ちた風切羽の横へしゃがんでいた。

 

「何回も同じところへ戻ってたから」

 

「全部?」

 

「全部じゃないけど、こっちへ降りてくるやつはだいたい」

 

 ポックが上を指した。

 

「風が通ってるんじゃないか?」

 

 リネットも見上げる。

 

 高い回廊と回廊の隙間。

 

 そこだけ細かな埃が流れ続けている。

 

「上昇する風……」

 

 小さく呟く。

 

「高度を戻すのに使ってたのね」

 

「たぶん」

 

「ふうん」

 

 リネットはしばらく上を見ていた。

 

「……よく見てたわね」

 

「戦えないからな」

 

 ポックは風切羽へ視線を戻した。

 

 翼を広げる。

 

「これが売れる羽?」

 

「ちょっと、雑に触らないで」

 

 リネットが横へしゃがんだ。

 

「外側の六枚は魔術具にも使うんだから」

 

「六枚?」

 

「この辺」

 

 杖の先で示す。

 

「魔力を通しやすいの」

 

 ポックが羽根を持ち上げた。

 

「でもこっちは根元が傷ついてる」

 

「少しくらい平気でしょ」

 

「加工するときに値段落ちない?」

 

「魔術具なら先端を使うのよ」

 

「矢羽につかうなら買い取り安くなりそうなんだよな」

 

「これは矢羽より魔術具にした方が――」

 

「仲良くなった?」

 

 背後からミレアの声がした。

 

 二人が振り返る。

 

「なってない」

 

「なってないわよ」

 

 ミレアは笑った。

 

「そう」

 

 それ以上は何も言わず、ガレスのところへ戻っていく。

 

 リネットが眉を寄せた。

 

「何なのよ」

 

「知らない」

 

 ポックは羽根を素材袋へ入れた。

 

「でも魔術具に使うのは覚えとく」

 

「ちゃんと覚えなさいよ」

 

「値段も分かる?」

 

「そこまでは知らない」

 

「じゃあ査定を楽しみにしとくか」

 

「……そういうとこ、本当に商人ね」

 

「便利だろ」

 

「まあね」

 

 初めて、リネットが素直に頷いた。

 

     ◇

 

 風切羽の素材をまとめ終え、一行は再び北へ進んだ。

 

 ガレスが先頭に立つ。

 

「この先で一度上へ出る。そこから北塔へ回れるはずだ」

 

「はず?」

 

 ポックが聞いた。

 

「昨日まではな」

 

「便利な言葉だね」

 

 ルシアンが言った。

 

「転輪城じゃ誰でも使うようになる」

 

 ガレスが笑った。

 

 やがて、石造りの大きな階段が見えてきた。

 

 途中までは上へ続いている。

 

 だが、その先は壁だった。

 

「……閉じてるな」

 

 ガレスが足を止める。

 

 ポックが地図を開いた。

 

「別の道は――」

 

 そのとき。

 

 ルシアンの頭の内側へ、唐突に意味が流れ込んできた。

 

《第三経路・上層切替完了》

 

 ルシアンが顔を上げる。

 

 少し離れた壁の奥で、重い音がした。

 

《北側経路、通行可》

 

「ポックン」

 

「何?」

 

「北が開いたらしい」

 

「甲冑?」

 

「ああ」

 

 一行が見ている前で、階段脇の壁がゆっくりと後退した。

 

 その奥から、新しい通路が現れる。

 

 白い道ではない。

 

 転輪城の他の場所と同じ、古びた石造りの回廊だった。

 

 ただ、その先は確かに北塔の方向へ伸びている。

 

 ガレスが目を細めた。

 

「こんな道、あったか?」

 

 誰も答えなかった。

 

 ポックは地図を見る。

 

 そこに、その回廊は描かれていなかった。

 

「……行ってみよう」

 

 地図を畳む。

 

 一行は、新しく開いた北への道へ足を踏み入れた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。