僕の美しさが見せられない!   作:柿木杮

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第27話 転輪庫

 壁の奥で、重い石が擦れる音が続いていた。

 

 ルシアンが手を離すと、円と三本線の印を含んだ装飾帯が、そのまま横へ沈んでいく。

 

 現れたのは扉ではなかった。

 

 人ひとりが通れるほどの隙間と、その奥へ下る細い階段。

 

 外から見えていた北塔の壁より、ずっと深い。

 

「入れそうだな」

 

 ポックが覗き込む。

 

「僕には少々狭そうだ」

 

「通れなかったら?」

 

「広げる」

 

「壊すって言えよ」

 

「必要に応じた改築だよ」

 

 ルシアンが先に身体を入れた。

 

 肩が左右の石壁へ触れたものの、どうにか通れる。

 

 十段ほど下ると、壁の様子が変わった。

 

 表面を覆っていた灰色の石が途切れ、その隙間から滑らかな白い面が現れている。

 

 さらに下では、白い部分の方が多くなった。

 

「またこれか」

 

 ポックが壁へ触れる。

 

「鐘鳴り坑道と沈み庭にあったやつ」

 

「古代人は、人目につかないところほど飾り気をなくすらしい」

 

 ルシアンの頭の内側へ意味が流れ込んだ。

 

《第三保全中継所・外周経路》

 

《接続先確認中》

 

 足を止める。

 

「どうした?」

 

「この先を確認しているらしい」

 

「何を?」

 

「それを僕に聞かれても困るね」

 

 しばらく待っても、新しい意味は届かなかった。

 

「進めるなら行こう」

 

「ああ」

 

 階段の先は、狭い通路へ続いていた。

 

 右側は白い壁。

 

 左側にはところどころ隙間があり、その向こうから巨大な石材が動く低い音が聞こえてくる。

 

 転輪城の内部が、すぐ横にある。

 

 ポックが隙間へ顔を近づけた。

 

「何か見える?」

 

「暗い。……いや」

 

 奥で何かが動いた。

 

 巨大な石の塊。

 

 壁なのか床なのかも分からない。

 

 それがゆっくり横切っていく。

 

「城の中って、こんなふうになってるのか」

 

「なんのためにこうなってるのだろうね」

 

 遠くで鐘が鳴った。

 

 ごおん。

 

 一度。

 

 すぐに足元へ震動が伝わる。

 

「来るぞ」

 

 ポックが壁へ手をついた。

 

 通路の奥で、低い音がした。

 

 床に一本の継ぎ目が走る。

 

 そこから先が、ゆっくり横へ動き始めた。

 

「センセイ!」

 

「待ちたまえ」

 

 ルシアンはポックの肩を掴んだ。

 

「何――」

 

《経路切替中》

 

《停止位置を維持》

 

 次の瞬間、二人の目の前にあった床が消えた。

 

 正確には、横へ滑っていった。

 

 代わりに暗い縦穴が口を開ける。

 

 ずっと下で石同士が噛み合う音がしていた。

 

 ポックが穴を見下ろす。

 

「……何回体験してもとんでもない場所だな、ここは」

 

「古代文明に常識を求めるのは、そろそろ諦めた方がいいかもしれない」

 

 二人はその場で待った。

 

 やがて別の床が横から近づいてくる。

 

 ぴたりと止まった。

 

 先ほどまで正面へ伸びていた通路は消え、今度は左へ道が続いている。

 

《経路切替完了》

 

「進めるらしい」

 

 ポックが新しく現れた通路を見る。

 

「センセイがいなかったら、今ので落ちてたな」

 

「その場合は僕が掴んでいたよ」

 

「掴む前に落ちてたかもしれないだろ」

 

「では、僕が先に止めた判断は正しかったわけだ」

 

「うん」

 

 ポックは素直に頷いた。

 

「助かった」

 

 ルシアンは一瞬黙り、それから先へ向き直った。

 

「当然だよ。用心棒だからね」

 

     ◇

 

 新しい道は、先ほどまでとは違っていた。

 

 白い壁の一部が開き、その向こうへ古い石造りの通路が接続されている。

 

 転輪城の表側へ戻ったらしい。

 

 ただし、どこなのかは分からない。

 

「地図にある?」

 

 ルシアンが尋ねる。

 

「たぶん北塔の中……だと思う」

 

「自信がないね」

 

「道そのものが動いたんだから仕方ないだろ」

 

 ポックは地図を回した。

 

 右へ。

 

 左へ。

 

 もう一度右へ。

 

「窓があれば分かるんだけど」

 

 そのとき、前方から声が聞こえた。

 

「――待て!」

 

 聞き覚えがある。

 

 続いて、石を叩く音。

 

 ルシアンとポックは顔を見合わせた。

 

「ガレス?」

 

「行こう」

 

 角を曲がる。

 

 少し先の広間で、四人が立ち止まっていた。

 

「やっぱり!」

 

 リネットが先に気づいた。

 

「何でそっちから出てくるのよ!」

 

「こっちが聞きたいよ」

 

 ポックが駆け寄る。

 

「北塔の外周にいたんじゃないのか?」

 

「いたわよ。鐘が鳴るまでは」

 

 ガレスが広間の反対側を指した。

 

 そこには大きな石橋がある。

 

 ただし途中で途切れていた。

 

 向こう側の半分は、別の壁の奥へ入り込んでいる。

 

「橋ごとこっちへ運ばれた」

 

「城に?」

 

「ほかに誰がやる」

 

 セヴが肩をすくめる。

 

「巣を一つ見つけたところだったんだけどな」

 

 足元には、風切羽の羽根が入った袋が二つ置かれていた。

 

「成果はあったみたいだね」

 

「まあな」

 

 ガレスはルシアンたちを見る。

 

「そっちは?」

 

「探してた場所への道は見つかった」

 

 ポックが答えた。

 

「でも途中で道が動いた」

 

「それでここか」

 

 ガレスは周囲を見回した。

 

「ここも初めてだな」

 

 広間は六角形をしていた。

 

 六方向すべてに通路がある。

 

 だが、そのうち三つは壁で塞がれ、残りの三つも途中から暗くなっている。

 

 中央の床には、巨大な円形の模様。

 

 いくつもの輪が重なり、その間に線が走っていた。

 

 リネットが杖の先を近づける。

 

「魔術式……じゃないわね」

 

「読める?」

 

 ポックが聞く。

 

「何でも読めると思わないで」

 

「古代語やってるって言ってただろ」

 

「文字がないものは読めないわよ」

 

「それはそうか」

 

 リネットが少しだけ意外そうな顔をした。

 

「納得するの早いわね」

 

「間違ってたからな」

 

 ポックは床の円へしゃがみ込んだ。

 

 いくつもの溝。

 

 傷。

 

 端の方には、最近ついたらしい靴跡もある。

 

「誰か来てる」

 

 ガレスも気づいた。

 

「完全に閉じてる場所ってわけでもないらしい」

 

 セヴが壁際を調べる。

 

「こっちにも傷があるぞ」

 

 壁に、刃物で刻まれた文字が残っていた。

 

 かなり古い。

 

 半分ほど崩れている。

 

 ガレスが近づき、埃を払った。

 

「……『三輪重なる時』」

 

 その下は読めない。

 

「知ってるの?」

 

 ポックが聞いた。

 

 ガレスは返事をせず、もう一度床を見た。

 

 六角形の広間。

 

 中央の大きな輪。

 

 開いている三本の通路。

 

 そして、それぞれの先に見える位置の違う石橋。

 

「まさかな」

 

「何?」

 

「転輪庫かもしれん」

 

 セヴが振り返った。

 

「本気か?」

 

「何だね、その転輪庫というのは」

 

 ルシアンが尋ねる。

 

 今度はミレアが答えた。

 

「転輪城の宝物庫よ」

 

 ポックが顔を上げた。

 

「宝物庫?」

 

「昔から話はあるの」

 

 ミレアは中央の床を見た。

 

「城のどこかに宝を溜めた部屋がある。でも、場所が決まってないって」

 

「場所が決まっていない?」

 

 ルシアンが首を傾げる。

 

「宝物庫まで歩き回るのかね」

 

「城が動くたびに、入口につながる場所が変わるらしい」

 

 ガレスが言った。

 

「見つかった記録はある。何年かに一度くらいだがな」

 

 ポックが立ち上がった。

 

「何が入ってる?」

 

「期待していいぞ」

 

 セヴが笑う。

 

「武器。魔術具。宝石。古い硬貨。見つけた奴によって話は違う」

 

「いくらくらい?」

 

「お前、本当にぶれないな」

 

「大事だろ」

 

「本物なら、しばらく働かなくてもいいくらいだ」

 

 ポックの目が変わった。

 

 ルシアンにも分かった。

 

「ポックン」

 

「何?」

 

「今、非常に良い顔をしているよ」

 

「そう?」

 

「ああ。僕の美貌を初めて見た者も、きっと同じ目をする」

 

「それはないと思う」

 

 適当に返答したあと、ポックの視線はずっと床の円へ向いたままだった。

 

 リネットも杖を抱え直した。

 

「本当に転輪庫なら、私も初めて見る」

 

「学校じゃ教えないの?」

 

「個別のダンジョンの幻の伝説なんて授業に出ないわよ」

 

「でも知ってるんだ」

 

「有名だもの、宝物庫の噂」

 

 ガレスは広間を一周した。

 

「問題は、本当にここがそうなのかだ」

 

 そのとき。

 

 再び鐘が鳴った。

 

 今度は二度。

 

 ごおん。

 

 ごおん。

 

 中央の円が震えた。

 

 六人が一斉に足元を見る。

 

 床に刻まれた三重の輪のうち、一番外側がゆっくり回り始める。

 

 続いて二つ目。

 

 広間の壁の向こうでも、巨大な何かが動き出した。

 

 開いていた通路の一つが閉じる。

 

 代わりに、正面の壁が左右へ分かれた。

 

 その向こう。

 

 まだ遠い。

 

 いくつもの石橋の先に、巨大な扉が見えた。

 

 左右に獅子のような石像が立っている。

 

 ガレスが息を呑んだ。

 

「……当たりだ」

 

 ポックは扉を見たまま動かなかった。

 

「ガレス」

 

「ああ」

 

「宝物庫?」

 

「たぶんな」

 

 広間がさらに震える。

 

 遠くの巨大な扉の前で。

 

 一対の石像のうち、片方が動いた。

 

 石が落ちる。

 

 太い前脚が床へ下りる。

 

 次いで頭が上がった。

 

 違う。

 

 石像ではない。

 

 灰色のたてがみが、大きく広がった。

 

 ルシアンはその姿を見つめた。

 

「ポックン」

 

「うん」

 

「あれも宝の一部かね?」

 

「たぶん違う」

 

 獅子が口を開いた。

 

 離れているはずなのに、空気が震えた。

 

 六人の衣服が揺れる。

 

 ルシアンの黒い外殻にまで、低い振動が伝わってきた。

 

 ガレスが大盾を下ろす。

 

「転輪庫の番だ」

 

 巨大な獅子が、ゆっくりとこちらを向いた。

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