僕の美しさが見せられない!   作:柿木杮

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第28話 城獅子

 巨大な獅子が、転輪庫の前で身を低くした。

 

 灰色のたてがみが大きく広がる。

 

 四肢は太く、前脚だけでもポックの胴ほどありそうだった。石床を掴む爪は短剣より長い。

 

「でかいな、やれそうか?」

 

 セヴが槍を構える。

 

「やれなきゃ死ぬだけだ」

 

 ガレスは一歩前へ出て、大盾を下ろした。

 

「来るぞ」

 

 城獅子が跳んだ。

 

 転輪庫までの石橋は、まだ一直線につながっていない。

 

 途中には円形の足場がいくつもあり、それぞれがずれた位置で止まっている。

 

 だが獅子は構わなかった。

 

 一つ目の足場へ着地。

 

 すぐに次へ。

 

 人間なら飛び越えることをためらう隙間を、二度の跳躍で越えてくる。

 

「下がれ!」

 

 ガレスが盾を構えた。

 

 城獅子が最後の足場を蹴った。

 

 真正面から衝突する。

 

 重い音。

 

「ぐっ!」

 

 ガレスの身体が大盾ごと後ろへ押された。

 

 一歩。

 

 二歩。

 

 セヴが横から槍を突き出す。

 

 獅子は身体を捻り、槍を前脚で払いのけた。

 

 太い爪が穂先をかすめる。

 

 そのままガレスの盾へ爪を叩きつけた。

 

 がんっ。

 

 盾の表面に深い傷が走る。

 

「くそっ、速ぇ!」

 

 セヴが距離を取った。

 

 ポックは広間の端まで下がった。

 

 その前へルシアンが立つ。

 

 リネットが杖を振った。

 

「離れて!」

 

 青白い光が城獅子の横で弾ける。

 

 空気が強く押し出され、灰色のたてがみが大きく揺れた。

 

 獅子が横へよろめく。

 

 そこへセヴが踏み込む。

 

 槍が肩口へ入った。

 

 浅い。

 

 だが血が飛んだ。

 

「通る!」

 

 城獅子が振り返る。

 

 セヴへ向かって前脚を振った。

 

 ガレスが間へ盾を差し込む。

 

 爪が盾を引っ掻いた。

 

 直後。

 

 獅子が口を大きく開いた。

 

「――!」

 

 咆哮が広間を満たした。

 

 ポックは、一瞬何が起こったのか分からなかった。

 

 床が傾いた。

 

 そう思った。

 

「うわっ!」

 

 身体が勝手に左へ倒れる。

 

 手をつく。

 

 だが床は水平だった。

 

 リネットも壁へ肩をぶつけている。

 

 ガレスは盾を杖代わりにして片膝をつき、セヴは数歩よろめいた。

 

「何だ、これ……!」

 

 ルシアンも大きく身体を傾けた。

 

《装着者平衡感覚の異常を検出》

 

《姿勢補正》

 

 外殻が脚へ力を加える。

 

 ルシアン自身の感覚では、身体は今にも横へ倒れそうだった。

 

 それなのに黒い巨体だけが、不自然なほど真っ直ぐ立っている。

 

「これは……気持ちが悪いな!」

 

 城獅子だけが動いた。

 

 何事もなかったように石床を蹴る。

 

 狙われたのはガレスだった。

 

「ガレス!」

 

 ミレアが杖を上げる。

 

 淡い光が男の前へ広がった。

 

 同時にルシアンが横から入った。

 

 城獅子の肩と黒い外殻がぶつかる。

 

 ルシアンが半歩押される。

 

 獅子も止まった。

 

「ほう」

 

 ルシアンは城獅子の顔を間近に見た。

 

「亀よりは速そうだ」

 

 獅子が牙を剥く。

 

 ルシアンの肩へ噛みついた。

 

《外殻への圧迫を検出》

 

《外殻損傷なし》

 

「だが、噛み方は似ているね」

 

「センセイ、離れて!」

 

 ポックの声に、ルシアンはすぐ横へ動いた。

 

 青い光が通り過ぎる。

 

 リネットの魔術が城獅子の胸へ直撃した。

 

 巨体が二歩後退する。

 

「今!」

 

 セヴの槍が脇腹へ入る。

 

 今度は深い。

 

 城獅子が吠えた。

 

「また来る!」

 

 ポックは身構えた。

 

 咆哮。

 

 今度は分かっていても防げなかった。

 

 身体が前へ倒れるような感覚。

 

 ポックは地面へ膝をつく。

 

「くそ……!」

 

「ポックン!」

 

「大丈夫!」

 

 顔を上げる。

 

 城獅子は、やはり平然としていた。

 

 動く城の中で暮らしているからなのか。

 

 それとも、この魔物そのものの性質なのか。

 

 分からない。

 

 ただ一つ確かなのは、こちらだけがまともに立てなくなるということだった。

 

「ミレア!」

 

「やってる!」

 

 ミレアの杖から淡い光が広がる。

 

 ポックの頭の奥に残っていた揺れる感覚が少し弱くなった。

 

「助かった!」

 

「完全に回復させるには時間が足りない。食らうほど悪化するわ。気を付けて」

 

「十分!」

 

 城獅子が再びガレスへ向かう。

 

 爪。

 

 盾。

 

 牙。

 

 また盾。

 

 大きな身体に似合わず、動きが速い。

 

 ガレスは防いでいるが、盾には傷が増えていく。

 

 セヴが横から何度も牽制する。

 

 リネットの魔術が逃げ道を潰す。

 

 それでも決めきれない。

 

 城獅子は攻撃を受けるたびに距離を取り、離れた足場へ跳んだ。

 

 そこから再び飛び込んでくる。

 

「追えないな」

 

 ポックが呟いた。

 

 人には届かない距離を自由に行き来できる分、城獅子に地の利がある。

 

 そのとき、足元で小さな振動がした。

 

 ポックが下を見る。

 

 三重の円。

 

 外側の輪が、少しだけ動いている。

 

 広間の向こう。

 

 一つ目の円形足場も同じ方向へ回っていた。

 

「……これ」

 

 ポックはしゃがみ込んだ。

 

 床に刻まれた線を見る。

 

 輪の上には、細い線が一本。

 

 二つ目の輪にも一本。

 

 三つ目にもある。

 

 顔を上げる。

 

 遠くの石橋。

 

 それぞれの向きが、床の線と同じだった。

 

「ポックン?」

 

「ちょっと待って」

 

 さっき見た古い文字。

 

『三輪重なる時』

 

「ガレス!」

 

「今忙しい!」

 

「次に鐘が鳴ったら、橋をよく見て!」

 

「何だって!?」

 

「いいから!」

 

 城獅子がまた跳ぶ。

 

 リネットが魔術を撃つ。

 

 獅子は空中で身体を捻り、光をかすめながら着地した。

 

 ルシアンが進路へ入る。

 

 爪が胸部装甲を引っ掻く。

 

 火花。

 

 ルシアンは動かない。

 

 今度は両腕で押そうとする。

 

 だが城獅子はすぐに飛び退いた。

 

「捕まらないな」

 

「追わなくていい!」

 

 ポックは床と橋を交互に見ていた。

 

 今度はルシアンも従った。

 

 広間の外から鐘が響く。

 

 ごおん。

 

 続いて、もう一度。

 

 ごおん。

 

「来た!」

 

 城全体が動き始める。

 

 城獅子が一度距離を取った。

 

 人間たちも足を止める。

 

 一つ目の円形足場が回転する。

 

 石橋がゆっくり向きを変える。

 

 床の外輪も回る。

 

 一本目の線が正面へ近づいた。

 

 二つ目も。

 

 三つ目も。

 

「やっぱり」

 

 ポックが立ち上がった。

 

「橋だ!」

 

「何が?」

 

 リネットが聞く。

 

「この床の輪。向こうの橋と同じだ!」

 

 三本の線が、少しずつ近づいている。

 

 ガレスも見た。

 

「三輪重なる時……」

 

「全部揃ったら、宝物庫まで道がつながる!」

 

 最後の足場が動く。

 

 ごごごごご。

 

 巨大な石橋が、転輪庫の正面へ向きを変えていく。

 

 城獅子はその途中の足場にいた。

 

 やがて三本の線が重なった。

 

 同時に。

 

 がこん。

 

 石橋が接続された。

 

 六角広間から。

 

 一つ目の足場。

 

 二つ目。

 

 三つ目。

 

 その先の転輪庫まで。

 

 一本の道になった。

 

「通れる!」

 

 セヴが声を上げた。

 

「待って!」

 

 ポックは止めた。

 

 城獅子がこちらを向いている。

 

「まずあいつを倒す」

 

「当然だ」

 

 ガレスが盾を構え直した。

 

「この道で吠えられたら、途中で落ちるぞ」

 

 ポックは広間を見回した。

 

 ここは広い。

 

 足場も動いていない。

 

「こっちまで来させよう」

 

 ルシアンが城獅子を見る。

 

「なるほど」

 

 黒い巨体が、一歩前へ出た。

 

「センセイ」

 

「分かっているとも」

 

 ルシアンは橋の入口まで歩いた。

 

 城獅子と向き合う。

 

「さあ」

 

 両腕を広げた。

 

「君の相手は僕だ」

 

 獅子が牙を剥いた。

 

 低く唸る。

 

 そして走った。

 

 一本道になった石橋を、猛烈な速度で駆けてくる。

 

「戻れ!」

 

 ポックが叫ぶ。

 

 ルシアンが後退する。

 

 城獅子が橋を渡り切った。

 

 六角広間へ入る。

 

「今だ!」

 

 ガレスが横から入った。

 

 大盾が城獅子の肩へぶつかる。

 

 逃げ道が一つ塞がる。

 

 反対側へリネット。

 

 杖を振る。

 

 青白い光が床すれすれを走った。

 

 城獅子が避ける。

 

「セヴ、右!」

 

 ポックが叫んだ。

 

「シッ!」

 

 槍が突き出された。

 

 穂先が前脚の付け根へ刺さる。

 

 獅子が大きく身体を崩した。

 

 だが倒れない。

 

 爪がセヴへ飛ぶ。

 

 淡い光が間へ入った。

 

 ミレアの防護。

 

 爪が光を砕く。

 

 セヴはその間に下がった。

 

 城獅子が口を開く。

 

「吠える!」

 

 咆哮。

 

 平衡感覚がひっくり返る。

 

 全員がよろめいた。

 

 だが今度は落ちる場所がない。

 

 ポックは膝をついたまま叫んだ。

 

「センセイ、前!」

 

 ルシアンだけが甲冑の補助で立っている。

 

「承知した!」

 

 黒い巨体が城獅子へぶつかった。

 

 獅子が一歩下がる。

 

 ルシアンも一歩滑る。

 

 だが離れない。

 

 城獅子が横へ逃げようとする。

 

 ガレスの盾がそこにあった。

 

 反対へ向く。

 

 リネットの光が弾ける。

 

 残る一方向。

 

「セヴ!」

 

 槍が走った。

 

 城獅子の脇腹へ深く入る。

 

 獅子が大きく身を捻った。

 

 槍が抜ける。

 

 血が飛ぶ。

 

 頭が上がる。

 

 口が開いた。

 

「リネット!」

 

「分かってる!」

 

 杖の先に青白い光が集まっていた。

 

「ルシアン、どいて!」

 

 ルシアンが横へ跳ぶ。

 

 光が一直線に走った。

 

 城獅子の開いた口元へぶつかる。

 

 爆ぜた。

 

 巨大な頭が大きく跳ね上がった。

 

 身体が傾く。

 

 一歩。

 

 二歩。

 

 前脚が崩れた。

 

 そのまま灰色の巨体が石床へ倒れる。

 

 しばらく尾が動いていた。

 

 やがて、それも止まった。

 

 誰もすぐには声を出さなかった。

 

 セヴが槍を杖代わりにして息を吐く。

 

「……終わったか?」

 

 ガレスが盾の陰から城獅子を確認する。

 

「ああ」

 

 リネットは杖を下ろした。

 

「疲れた……」

 

 ポックも床へ座り込んだ。

 

「おれ、ほとんど動いてないのに疲れた」

 

「頭は動かすのも立派な労働だよ、ポックン」

 

 ルシアンが言った。

 

「センセイは平気か?」

 

「多少、世界が傾いて見える程度だね」

 

《平衡感覚、正常化中》

 

「それ平気って言わないだろ」

 

 ミレアが笑った。

 

 その向こう。

 

 三つの石橋は、まだ一直線につながっている。

 

 転輪庫の巨大な扉が、遠くに見えた。

 

 ガレスが立ち上がる。

 

「三輪が揃ってるうちに行くぞ」

 

 今度は誰も反対しなかった。

 

     ◇

 

 六人は城獅子の死体を残し、石橋を渡った。

 

 一つ。

 

 二つ。

 

 三つ。

 

 転輪庫の前へ着く。

 

 扉には鍵らしいものがなかった。

 

 ガレスとセヴが両側へ手を掛ける。

 

 ルシアンも中央へ手を添えた。

 

「押すぞ」

 

 三人で力を込める。

 

 古い扉が、ゆっくりと内側へ開いた。

 

 暗闇。

 

 やがて壁際の鉱石灯が、一つずつ光を取り戻していく。

 

 箱。

 

 武器。

 

 磨かれた金属。

 

 色とりどりの石。

 

 見たことのない道具。

 

 光が奥へ進むたび、その数が増えていった。

 

 ポックが動かなくなった。

 

「ポックン?」

 

「……センセイ」

 

「何だね」

 

 少年は宝物庫の中を見たまま答えた。

 

「おれ、冒険者になってよかったかもしれない」

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