ポックは、しばらく入口から動かなかった。
壁際の鉱石灯が奥まで灯り、転輪庫の全体が見えてくる。
石棚。
木箱。
武器架。
いくつもの台座。
その一つ一つに、何かが置かれていた。
「……すげえ」
もう一度、同じ言葉が口から出た。
隣ではセヴが笑っている。
「分かる。俺も今それしか出てこねえ」
「本当にあったのね」
ミレアも、普段より少し高い声を出していた。
最初に駆け出したのはリネットだった。
「ちょっと、これ見て!」
奥の棚へ向かい、青く透き通った石を持ち上げる。
「魔石?」
「たぶん。それもかなり純度が高い」
ガレスも止めなかった。
自分もすでに、壁へ立てかけられていた盾を持ち上げている。
「軽いな」
今まで使っていた大盾より一回り小さい。
だが縁には厚い金属が回され、表面にはほとんど傷がない。
ガレスは裏返し、握りを確かめた。
「これ、使えるぞ」
「そっちも見てくれ」
セヴが武器架から一本の槍を抜いた。
長い穂先が灯りを反射する。
「すっげ、なんだこれ」
「持って帰る気満々じゃない」
「欲しくならない方がおかしいだろ」
誰も否定しなかった。
ポックもすでに入口から離れている。
箱を一つ開ける。
中には古い硬貨。
別の箱には、赤や緑の小さな宝石。
細工の入った腕輪。
銀色の首飾り。
用途の分からない透明な小瓶。
さらに奥には、鞘に収まった短剣や、金属板を重ねた籠手まである。
「これ全部、転輪庫の宝か……」
ポックは古い硬貨を一枚だけ摘み上げた。
表には知らない人物の横顔。
裏には、読めない文字。
「ポックン」
「何?」
「今までで一番だらしない顔をしているね」
ポックは硬貨を箱へ戻した。
「それは仕方ないだろ、センセイ。見ろよこの輝き!」
「フッ……僕より輝かしいものはこの世に存在しない」
「ハァ……この宝の前でそれが言えるなら、センセイはホンモノだよ」
ルシアンも宝物庫の中を歩いた。
彼自身が使えそうな物はほとんどない。
剣は振れない。
盾も必要ない。
装身具に至っては、今の身体では身につける場所すらない。
棚の端に、銀の手鏡が置かれていた。
ルシアンは手に取った。
磨かれた鏡面に、黒い甲虫のような頭部が映る。
「……これは要らないな」
小さな声で呟いた後、そっと戻した。
◇
「これ、どうする?」
しばらくして、セヴが槍を持ったまま尋ねた。
「どうするって?」
「俺はこれ欲しい」
「私もその魔石欲しい」
リネットがすぐ続いた。
ガレスは手にしていた盾を見た。
城獅子に削られた自分の大盾にも目をやる。
「俺も、できればこいつを使いたいな」
ポックは三人を見た。
「じゃあ使えばいいだろ」
「いいのか?」
「その代わり、あとで査定してもらって、取り分から引けばいい」
ガレスが頷く。
「それが一番揉めないな」
「残りは売って六人で分ける?」
ミレアが聞く。
「うん。それでいいと思う」
「お前、こういう時は本当に話が早いな」
セヴが言った。
「ごねる意味がないだろ。パーティ解散原因の半分以上は、金の分配だからな」
「それもそうか」
話が決まると、全員がまた宝物庫へ散っていった。
今度は、先ほどより少しだけ真剣に品物を見る。
ポックも棚を一つずつ覗いていった。
売るならどれが高い。
運ぶならどれが軽い。
どれなら今のラドメルで買い手がつく。
知らない品物は後回し。
そんなことを考えながら歩いていたときだった。
「……何だ、これ」
足が止まった。
低い台の上に、一本の魔導具が置かれている。
全長は、ポックの腕より少し長い程度。
三本の金属筒が横一列に並び、その下に握りと小さな巻胴がついていた。
銅とも鉄とも違う、鈍い青灰色の金属。
左右の筒の脇には、小さな留め金がある。
「リネット」
「何?」
「これ分かる?」
呼ばれたリネットが近づいてきた。
魔導具を覗き込む。
「ああ。投索器じゃない?」
「知ってるの?」
「似たのは見たことある。探索用の魔導具」
リネットは中央の筒を指した。
「風の術式が入ってる。空気を圧して、索を飛ばすやつ」
「これも?」
「たぶん。でも私が見たのは一本だった」
三本ある。
ポックは持ち上げた。
見た目ほど重くない。
握りの位置も悪くなかった。
左右を見回し、留め金へ指をかける。
かちん。
「お」
左右の筒が動いた。
中央を残して、二本が斜め外側へ開く。
正面から見ると、浅いVの字になった。
「そういうことか」
台座には、魔導具とは別に三つの部品が並べられていた。
左右に一つずつ、丸みのある金属の錘。
中央には、それより小さな部品。
三つは細い索でつながっている。
中央の小さな部品からは、さらに一本の索が伸び、投索器の巻胴へ続いていた。
ポックが持ち上げる。
「これは?」
リネットも首を傾げた。
「真ん中のは……この紐を運ぶための補助の錘かな」
「左右が普通の錘?」
「そう見える」
ガレスたちも集まってきた。
セヴが開いた射出筒を覗く。
「三つ一緒に飛ばすのか?」
「やってみれば分かる」
ポックは宝の置かれていない方を見る。
入口近くに、太い石柱が一本立っていた。
「壊すなよ」
ガレスが言った。
「壊れるような物じゃないだろ」
「道具の方だ」
「ああ」
ポックは左右の錘を開いた筒へ収めた。
中央には案内子。
索が絡んでいないことを確認する。
「撃ち方分かるの?」
リネットが尋ねた。
「これだろ」
握りの上にある小さな操作片へ指をかける。
「たぶん」
「たぶんで撃つなよ」
ガレスの言葉に、ポックは一度手を止めた。
筒の脇にある刻印を確認する。
矢印。
開いた形。
閉じた形。
簡単な図が並んでいる。
「大丈夫そう」
「本当か?」
「離れてて」
全員が少し下がった。
ルシアンだけはポックのすぐ後ろに残った。
ポックは石柱へ向けて構える。
左右の錘が、柱の両側を通るように。
中央を合わせる。
「いくぞ」
操作片を押した。
ばしゅっ。
火も煙も出なかった。
三つの部品が同時に飛び出す。
中央の案内子は真っ直ぐ。
左右の錘は、開いた筒の向きに沿って斜めへ広がった。
案内子が石柱の正面へ当たる。
その左右を二つの錘が通り抜けた。
直後。
索が柱へ当たった。
左右の錘は勢いを失わず、そのまま柱の後ろへ回り込む。
一周。
さらに半周。
金属の錘が石へ当たり、硬い音を立てた。
「おお」
ポックが声を上げる。
石柱には索がしっかりと巻き付いていた。
「すごいじゃない」
リネットが近づこうとする。
「待って」
ポックは巻胴の横にあるもう一つの操作片へ指を伸ばした。
押す。
低い唸り。
主索が巻き取られた。
一瞬で弛みが消える。
「うわっ!」
次に動いたのは石柱ではなく、ポックだった。
身体が前へ持っていかれる。
その背中を、黒い手が掴んだ。
足が床から浮く直前で止まる。
「ポックン」
「……ありがと」
ポックは巻き上げを止めた。
張り詰めた主索を見る。
石柱。
投索器。
そして、自分の背中を掴んでいるルシアン。
少し考える。
「センセイ」
「何だね」
「これ、かなり使えそう」
ルシアンは張られた索を見た。
「君一人では、今にも飛んでいきそうだったが」
「ちゃんと考えはある」
ポックはもう一度、ルシアンを見上げた。
それ以上は言わなかった。
◇
投索器の索を解き、元の形へ戻したあとも、ポックはそれを手放さなかった。
リネットが横から覗く。
「それにするの?」
「何が?」
「自分で使うやつ」
ポックは周囲を見た。
宝石。
魔石。
古い硬貨。
武器。
もっと高そうな物はいくらでもある。
「うん」
「高いの?」
「多分な」
「ふーん。あんたならもっと高いもの選びそうなもんだけど」
「いいんだよ、使えそうだから」
リネットは一度だけ投索器を見て、それから頷いた。
「ならいいんじゃない」
ポックは左右の射出筒を畳み、留め金を戻した。
三本の筒が、再び一本の太い束のようにまとまる。
肩から吊れるよう、付属の革帯も残っていた。
ポックはそれを自分の荷物の横へ置いた。
「ポックン」
ルシアンが声をかける。
「何?」
「それが一番高価とは限らないのだろう?」
「たぶん」
「珍しいね」
ポックは少し考えた。
「冒険者が使うための宝なんだろ」
「そうだね」
「じゃあ、一個くらい使ってもいいだろ」
ルシアンは何も言わなかった。
ただ、黒い兜を小さく頷かせた。
◇
持ち帰る物をまとめ始めたころ。
ルシアンは宝物庫の一番奥にいた。
石棚の裏。
装飾の少ない壁。
そこに、小さな印がある。
円の中に、三本の線。
「ポックン」
呼ぶと、すぐに足音が近づいた。
「見つけた?」
「ああ」
ポックが壁を見る。
「ここにもあるな」
ルシアンが手を触れた。
頭の内側へ意味が流れ込む。
《保全従事者を確認》
《第三保全中継所・物資配置区画》
ルシアンは動きを止めた。
「どうした?」
「ここを、物資配置区画と呼んでいる」
ポックが振り返る。
宝石。
武器。
魔石。
魔導具。
冒険者なら誰でも欲しがる物が、棚いっぱいに並んでいる。
「……物資?」
「らしいね」
それ以上の説明は届かなかった。
続いて。
《保全経路を開放》
壁の奥で、低い音がした。
三本線の印を境に、石壁がゆっくりと横へ沈んでいく。
その向こうから、青白い光が漏れた。
転輪庫とはまるで違う。
飾りのない、滑らかな通路。
ポックが覗き込む。
「第三保全中継所?」
「ようやくだね」
後ろでは、ガレスたちが集めた宝を箱へ戻し始めている。
目の前には、二人が沈み庭から追ってきた場所への道。
ポックは肩に掛けたばかりの魔導投索器へ手をやった。
転輪城へ来た目的も。
来る前には想像していなかった物も。
どうやら、両方手に入ったらしい。