僕の美しさが見せられない!   作:柿木杮

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第29話 宝物庫

 ポックは、しばらく入口から動かなかった。

 

 壁際の鉱石灯が奥まで灯り、転輪庫の全体が見えてくる。

 

 石棚。

 

 木箱。

 

 武器架。

 

 いくつもの台座。

 

 その一つ一つに、何かが置かれていた。

 

「……すげえ」

 

 もう一度、同じ言葉が口から出た。

 

 隣ではセヴが笑っている。

 

「分かる。俺も今それしか出てこねえ」

 

「本当にあったのね」

 

 ミレアも、普段より少し高い声を出していた。

 

 最初に駆け出したのはリネットだった。

 

「ちょっと、これ見て!」

 

 奥の棚へ向かい、青く透き通った石を持ち上げる。

 

「魔石?」

 

「たぶん。それもかなり純度が高い」

 

 ガレスも止めなかった。

 

 自分もすでに、壁へ立てかけられていた盾を持ち上げている。

 

「軽いな」

 

 今まで使っていた大盾より一回り小さい。

 

 だが縁には厚い金属が回され、表面にはほとんど傷がない。

 

 ガレスは裏返し、握りを確かめた。

 

「これ、使えるぞ」

 

「そっちも見てくれ」

 

 セヴが武器架から一本の槍を抜いた。

 

 長い穂先が灯りを反射する。

 

「すっげ、なんだこれ」

 

「持って帰る気満々じゃない」

 

「欲しくならない方がおかしいだろ」

 

 誰も否定しなかった。

 

 ポックもすでに入口から離れている。

 

 箱を一つ開ける。

 

 中には古い硬貨。

 

 別の箱には、赤や緑の小さな宝石。

 

 細工の入った腕輪。

 

 銀色の首飾り。

 

 用途の分からない透明な小瓶。

 

 さらに奥には、鞘に収まった短剣や、金属板を重ねた籠手まである。

 

「これ全部、転輪庫の宝か……」

 

 ポックは古い硬貨を一枚だけ摘み上げた。

 

 表には知らない人物の横顔。

 

 裏には、読めない文字。

 

「ポックン」

 

「何?」

 

「今までで一番だらしない顔をしているね」

 

 ポックは硬貨を箱へ戻した。

 

「それは仕方ないだろ、センセイ。見ろよこの輝き!」

 

「フッ……僕より輝かしいものはこの世に存在しない」

 

「ハァ……この宝の前でそれが言えるなら、センセイはホンモノだよ」

 

 ルシアンも宝物庫の中を歩いた。

 

 彼自身が使えそうな物はほとんどない。

 

 剣は振れない。

 

 盾も必要ない。

 

 装身具に至っては、今の身体では身につける場所すらない。

 

 棚の端に、銀の手鏡が置かれていた。

 

 ルシアンは手に取った。

 

 磨かれた鏡面に、黒い甲虫のような頭部が映る。

 

「……これは要らないな」

 

 小さな声で呟いた後、そっと戻した。

 

     ◇

 

「これ、どうする?」

 

 しばらくして、セヴが槍を持ったまま尋ねた。

 

「どうするって?」

 

「俺はこれ欲しい」

 

「私もその魔石欲しい」

 

 リネットがすぐ続いた。

 

 ガレスは手にしていた盾を見た。

 

 城獅子に削られた自分の大盾にも目をやる。

 

「俺も、できればこいつを使いたいな」

 

 ポックは三人を見た。

 

「じゃあ使えばいいだろ」

 

「いいのか?」

 

「その代わり、あとで査定してもらって、取り分から引けばいい」

 

 ガレスが頷く。

 

「それが一番揉めないな」

 

「残りは売って六人で分ける?」

 

 ミレアが聞く。

 

「うん。それでいいと思う」

 

「お前、こういう時は本当に話が早いな」

 

 セヴが言った。

 

「ごねる意味がないだろ。パーティ解散原因の半分以上は、金の分配だからな」

 

「それもそうか」

 

 話が決まると、全員がまた宝物庫へ散っていった。

 

 今度は、先ほどより少しだけ真剣に品物を見る。

 

 ポックも棚を一つずつ覗いていった。

 

 売るならどれが高い。

 

 運ぶならどれが軽い。

 

 どれなら今のラドメルで買い手がつく。

 

 知らない品物は後回し。

 

 そんなことを考えながら歩いていたときだった。

 

「……何だ、これ」

 

 足が止まった。

 

 低い台の上に、一本の魔導具が置かれている。

 

 全長は、ポックの腕より少し長い程度。

 

 三本の金属筒が横一列に並び、その下に握りと小さな巻胴がついていた。

 

 銅とも鉄とも違う、鈍い青灰色の金属。

 

 左右の筒の脇には、小さな留め金がある。

 

「リネット」

 

「何?」

 

「これ分かる?」

 

 呼ばれたリネットが近づいてきた。

 

 魔導具を覗き込む。

 

「ああ。投索器じゃない?」

 

「知ってるの?」

 

「似たのは見たことある。探索用の魔導具」

 

 リネットは中央の筒を指した。

 

「風の術式が入ってる。空気を圧して、索を飛ばすやつ」

 

「これも?」

 

「たぶん。でも私が見たのは一本だった」

 

 三本ある。

 

 ポックは持ち上げた。

 

 見た目ほど重くない。

 

 握りの位置も悪くなかった。

 

 左右を見回し、留め金へ指をかける。

 

 かちん。

 

「お」

 

 左右の筒が動いた。

 

 中央を残して、二本が斜め外側へ開く。

 

 正面から見ると、浅いVの字になった。

 

「そういうことか」

 

 台座には、魔導具とは別に三つの部品が並べられていた。

 

 左右に一つずつ、丸みのある金属の錘。

 

 中央には、それより小さな部品。

 

 三つは細い索でつながっている。

 

 中央の小さな部品からは、さらに一本の索が伸び、投索器の巻胴へ続いていた。

 

 ポックが持ち上げる。

 

「これは?」

 

 リネットも首を傾げた。

 

「真ん中のは……この紐を運ぶための補助の錘かな」

 

「左右が普通の錘?」

 

「そう見える」

 

 ガレスたちも集まってきた。

 

 セヴが開いた射出筒を覗く。

 

「三つ一緒に飛ばすのか?」

 

「やってみれば分かる」

 

 ポックは宝の置かれていない方を見る。

 

 入口近くに、太い石柱が一本立っていた。

 

「壊すなよ」

 

 ガレスが言った。

 

「壊れるような物じゃないだろ」

 

「道具の方だ」

 

「ああ」

 

 ポックは左右の錘を開いた筒へ収めた。

 

 中央には案内子。

 

 索が絡んでいないことを確認する。

 

「撃ち方分かるの?」

 

 リネットが尋ねた。

 

「これだろ」

 

 握りの上にある小さな操作片へ指をかける。

 

「たぶん」

 

「たぶんで撃つなよ」

 

 ガレスの言葉に、ポックは一度手を止めた。

 

 筒の脇にある刻印を確認する。

 

 矢印。

 

 開いた形。

 

 閉じた形。

 

 簡単な図が並んでいる。

 

「大丈夫そう」

 

「本当か?」

 

「離れてて」

 

 全員が少し下がった。

 

 ルシアンだけはポックのすぐ後ろに残った。

 

 ポックは石柱へ向けて構える。

 

 左右の錘が、柱の両側を通るように。

 

 中央を合わせる。

 

「いくぞ」

 

 操作片を押した。

 

 ばしゅっ。

 

 火も煙も出なかった。

 

 三つの部品が同時に飛び出す。

 

 中央の案内子は真っ直ぐ。

 

 左右の錘は、開いた筒の向きに沿って斜めへ広がった。

 

 案内子が石柱の正面へ当たる。

 

 その左右を二つの錘が通り抜けた。

 

 直後。

 

 索が柱へ当たった。

 

 左右の錘は勢いを失わず、そのまま柱の後ろへ回り込む。

 

 一周。

 

 さらに半周。

 

 金属の錘が石へ当たり、硬い音を立てた。

 

「おお」

 

 ポックが声を上げる。

 

 石柱には索がしっかりと巻き付いていた。

 

「すごいじゃない」

 

 リネットが近づこうとする。

 

「待って」

 

 ポックは巻胴の横にあるもう一つの操作片へ指を伸ばした。

 

 押す。

 

 低い唸り。

 

 主索が巻き取られた。

 

 一瞬で弛みが消える。

 

「うわっ!」

 

 次に動いたのは石柱ではなく、ポックだった。

 

 身体が前へ持っていかれる。

 

 その背中を、黒い手が掴んだ。

 

 足が床から浮く直前で止まる。

 

「ポックン」

 

「……ありがと」

 

 ポックは巻き上げを止めた。

 

 張り詰めた主索を見る。

 

 石柱。

 

 投索器。

 

 そして、自分の背中を掴んでいるルシアン。

 

 少し考える。

 

「センセイ」

 

「何だね」

 

「これ、かなり使えそう」

 

 ルシアンは張られた索を見た。

 

「君一人では、今にも飛んでいきそうだったが」

 

「ちゃんと考えはある」

 

 ポックはもう一度、ルシアンを見上げた。

 

 それ以上は言わなかった。

 

     ◇

 

 投索器の索を解き、元の形へ戻したあとも、ポックはそれを手放さなかった。

 

 リネットが横から覗く。

 

「それにするの?」

 

「何が?」

 

「自分で使うやつ」

 

 ポックは周囲を見た。

 

 宝石。

 

 魔石。

 

 古い硬貨。

 

 武器。

 

 もっと高そうな物はいくらでもある。

 

「うん」

 

「高いの?」

 

「多分な」

 

「ふーん。あんたならもっと高いもの選びそうなもんだけど」

 

「いいんだよ、使えそうだから」

 

 リネットは一度だけ投索器を見て、それから頷いた。

 

「ならいいんじゃない」

 

 ポックは左右の射出筒を畳み、留め金を戻した。

 

 三本の筒が、再び一本の太い束のようにまとまる。

 

 肩から吊れるよう、付属の革帯も残っていた。

 

 ポックはそれを自分の荷物の横へ置いた。

 

「ポックン」

 

 ルシアンが声をかける。

 

「何?」

 

「それが一番高価とは限らないのだろう?」

 

「たぶん」

 

「珍しいね」

 

 ポックは少し考えた。

 

「冒険者が使うための宝なんだろ」

 

「そうだね」

 

「じゃあ、一個くらい使ってもいいだろ」

 

 ルシアンは何も言わなかった。

 

 ただ、黒い兜を小さく頷かせた。

 

     ◇

 

 持ち帰る物をまとめ始めたころ。

 

 ルシアンは宝物庫の一番奥にいた。

 

 石棚の裏。

 

 装飾の少ない壁。

 

 そこに、小さな印がある。

 

 円の中に、三本の線。

 

「ポックン」

 

 呼ぶと、すぐに足音が近づいた。

 

「見つけた?」

 

「ああ」

 

 ポックが壁を見る。

 

「ここにもあるな」

 

 ルシアンが手を触れた。

 

 頭の内側へ意味が流れ込む。

 

《保全従事者を確認》

 

《第三保全中継所・物資配置区画》

 

 ルシアンは動きを止めた。

 

「どうした?」

 

「ここを、物資配置区画と呼んでいる」

 

 ポックが振り返る。

 

 宝石。

 

 武器。

 

 魔石。

 

 魔導具。

 

 冒険者なら誰でも欲しがる物が、棚いっぱいに並んでいる。

 

「……物資?」

 

「らしいね」

 

 それ以上の説明は届かなかった。

 

 続いて。

 

《保全経路を開放》

 

 壁の奥で、低い音がした。

 

 三本線の印を境に、石壁がゆっくりと横へ沈んでいく。

 

 その向こうから、青白い光が漏れた。

 

 転輪庫とはまるで違う。

 

 飾りのない、滑らかな通路。

 

 ポックが覗き込む。

 

「第三保全中継所?」

 

「ようやくだね」

 

 後ろでは、ガレスたちが集めた宝を箱へ戻し始めている。

 

 目の前には、二人が沈み庭から追ってきた場所への道。

 

 ポックは肩に掛けたばかりの魔導投索器へ手をやった。

 

 転輪城へ来た目的も。

 

 来る前には想像していなかった物も。

 

 どうやら、両方手に入ったらしい。

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