僕の美しさが見せられない!   作:柿木杮

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第3話 呪いじゃなかった

 村の神殿は、黒い甲冑を迎え入れるようには造られていなかった。

 

 入口で肩の装甲がつかえた。

 

「少し狭いな」

 

「普通の人間なら、余裕をもって通れる」

 

 後ろにいた鍛冶屋が言った。

 

「僕も普通の人間だ」

 

「今はそう見えん」

 

「見た目だけで人を判断するのは感心しないね」

 

 ルシアンは身体を斜めにして、どうにか扉を通り抜けた。

 

 木枠が嫌な音を立てたが、壊れてはいない。

 

《周辺構造物に軽微な圧迫》

 

「黙っていたまえ」

 

「誰と話してるんだ?」

 

「こちらの事情だ」

 

 神殿の奥では、白い祭服をまとった老神官が待っていた。

 

 父ヴァルシアンの葬儀を執り行った人物である。

 

 老神官は黒い甲虫のような姿を見ても騒がず、ルシアンの声へ耳を傾けた。

 

「本当にルシアン殿なのですね」

 

「あなたまで疑っていたのか」

 

「昨日まで美しい青年だった方が、一晩で巨大な虫になれば、多少は」

 

「虫ではない。甲冑だ」

 

「失礼しました。巨大な甲冑になれば、多少は疑います」

 

「僕は甲冑にもなっていない。この中にいる」

 

 言いながら、ルシアンは自分でも少し不安になった。

 

 鍛冶屋は、この外殻と身体が何かで繋がっていると言った。

 

 甲冑の内側では、今も無数の針が身体に接続されている。

 

 痛みも違和感もない。

 

 だからこそ、不気味だった。

 

「まずは、呪いの有無を調べましょう」

 

 老神官は祭壇の前にルシアンを立たせた。

 

「じっとしていてください」

 

「僕はかつて、彫像のモデルを頼まれたこともある男だ。微動だにしないとも」

 

 実際には、村の石工が冗談で言っただけだった。

 

 老神官が両手を組み、祈りの言葉を唱える。

 

 淡い光が指先へ集まり、ルシアンの胸部装甲へ触れた。

 

 その瞬間、光は水へ落とした雫のように、黒い外殻全体へ広がった。

 

「おおっ」

 

 ルシアンは驚いて一歩下がった。

 

 床板が軋む。

 

「じっとしているのでは?」

 

「予想外の刺激に対応しただけだ」

 

 光は頭部から指先、足先までを巡り、やがて消えた。

 

 老神官は目を閉じたまま、しばらく黙っていた。

 

「どうだ?」

 

「もう一度、試します」

 

「一度では分からなかったのか」

 

「通常と異なる反応がありました」

 

「それを先に言いたまえ」

 

 二度目の光も、同じように甲冑全体へ広がった。

 

 今度は、外殻の内側を通して身体の奥まで温かさが届く。

 

《外部生体干渉を検出》

 

「騒ぐほどのことではない。診察だ」

 

 甲冑はそれ以上の通知を返さなかった。

 

 祈りを終えた老神官が、ゆっくりと目を開く。

 

「呪いの反応はありません」

 

 ルシアンは首を傾げた。

 

「では、なぜ脱げない」

 

「それは分かりません」

 

「鍛冶屋と同じことを言わないでもらいたい」

 

「ただし、分かったこともあります」

 

 老神官は、黒い腕へ慎重に手を触れた。

 

「神術は、人の身体と異物をある程度まで区別します。衣服や武器、身につけた鎧へ治癒の力を流すことはありません」

 

「当然だ。鎧の傷を治されても困る」

 

「しかし先ほどの術は、甲冑を避けませんでした」

 

「つまり?」

 

「神術は、この外殻をあなたの身体の一部として認識しています」

 

 神殿の中が静かになった。

 

 ルシアンは、自分の丸く太い腕を見下ろした。

 

「僕の身体が、このような黒く不格好な虫であるはずがない」

 

「私も外見については同意します」

 

「外見以外にも同意してくれ」

 

「ですが、術の反応は明確でした。外殻の内側にいるあなたと、この甲冑の境界を見つけられなかったのです」

 

 老神官は言葉を選ぶように続ける。

 

「鍛冶師が無理に切れば危険だと言ったのは、正しい判断でしょう」

 

「どの程度、危険なのだ」

 

「分かりません」

 

「またか」

 

「最悪の場合、甲冑を切り離すことは、あなたの肉体を切り離すことと同じ結果になるかもしれません」

 

 冗談を言っている顔ではなかった。

 

 腕を切れば腕が傷つく。

 

 背中を割れば背中が裂ける。

 

 兜を外そうとすれば――。

 

 ルシアンは考えるのをやめた。

 

「では、解呪の術は?」

 

「呪いではない以上、解呪は作用しないでしょう」

 

「呪いでない方が悪いではないか」

 

 呪いなら、解けば終わる。

 

 だがこれは、神術の上ではすでにルシアン自身だった。

 

「どうすればいい」

 

 自分でも驚くほど低い声が出た。

 

 老神官は祭壇脇の机へ向かい、紙と筆を取り出した。

 

「この村では、これ以上のことはできません。ラドメルへ行きなさい」

 

「ラドメル?」

 

「大きな神殿があります。それに、ダンジョンから持ち帰られた古代遺物を扱う鑑定所もある。村の遺跡で見つけた物なら、神官より鑑定士の方が詳しいかもしれません」

 

 老神官は紹介状へ事情を書き記し、封をした。

 

「これを大神殿か、古代遺物鑑定所で見せてください」

 

 老神官は紹介状のほかに、遺跡の石板の注意書きらしきものを書いた紙を渡してきた。

 

 誰かが、鎧のあった場所で注意書きらしき古代語を炭で写し取ったようだ。

 

「鑑定士には、こちらも見せてください」

 

 ルシアンが自分に都合よく読んだ内容も、専門家なら別の意味を見いだすかもしれないという。

 

「そこなら確実に外せるのだな?」

 

「確実とは言えません」

 

「何か分かる?」

 

「それも、確実には」

 

「せめて期待を持たせる言葉を選べないのか」

 

「神に仕える者が、根拠のない希望を語るわけにはいきません」

 

「むしろ得意分野ではないのか」

 

 老神官は穏やかに笑った。

 

「ルシアン殿。今のところ、身体に異常はありません。呼吸も脈も安定しています」

 

「外見に重大な異常がある」

 

「そこは鑑定士へ相談してください」

 

     ◇

 

 旅支度は、驚くほど早く終わった。

 

 着替えは着られない。

 

 香油も櫛も使えない。

 

 雨具は必要なく、靴もすでに甲冑の中だった。

 

 必要なのは紹介状と、衣装箪笥の奥に残っていた銅貨六枚だけ。

 

 絶世の美男子の旅立ちとして、あまりにも華がなかった。

 

 ルシアンは紹介状と銅貨を小さな革袋へ入れた。

 

 だが腰へ結ぼうとしても、甲冑には紐を通す場所が見当たらない。

 

 仕方なく手で持つ。

 

 鏡の前を通り過ぎようとして、足を止めた。

 

 昨日までなら、外出前には必ず身だしなみを確かめていた。

 

 姿見に映っているのは、丸みを帯びた黒い甲虫だけである。

 

「……役に立たない鏡だ」

 

 悪いのは鏡ではなかった。

 

 それでも、そう言わずにはいられない。

 

 ルシアンは屋敷を出た。

 

 村からラドメルまでは、街道を歩いて半日ほど。

 

 甲冑は疲れを抑えているらしく、歩き続けても脚は重くならなかった。

 

 途中ですれ違った荷馬車は、ルシアンを見るなり道の端へ寄った。

 

 御者は祈りの印を切り、荷台にいた子どもは泣いた。

 

「安心したまえ。僕は人間だ」

 

 子どもはさらに大きな声で泣いた。

 

 ルシアンはそれ以上の説明を諦めた。

 

     ◇

 

 日が傾き始めたころ、ラドメルの城壁が見えた。

 

 街道が交わる大きな町であり、入口には商人の荷馬車や旅人が列を作っている。

 

 ルシアンが列の最後尾へ並ぶと、前にいた者たちが静かに場所を譲った。

 

「気遣いはありがたいが、順番は守りたまえ」

 

 誰も返事をしない。

 

 そのままルシアンは、ほとんど待つことなく門前へ到着した。

 

 衛兵が槍を構える。

 

「止まれ」

 

「止まっている」

 

「何者だ」

 

「ルシアン・イモターレ。人間だ」

 

 衛兵は頭から足先までを眺めた。

 

「兜を取れ」

 

「取れるなら、ここへは来ていない」

 

「顔を確認できない者は通せん」

 

「顔を確認できないことについて、最も被害を受けているのは僕だぞ」

 

「知るか」

 

 紹介状を見せると、衛兵は封を開いて読み始めた。

 

 何度かルシアンと手紙を見比べ、隣の衛兵へ相談する。

 

「……村の神官が、本人だと保証している」

 

「それで通していいのか?」

 

「少なくとも魔物なら紹介状は持ってこないだろう」

 

「僕を魔物かどうかという基準で審査するのはやめたまえ」

 

 結局、町の中で騒ぎを起こさないことを条件に、入門を許された。

 

 門をくぐった先には、村とは比べものにならない数の人々がいた。

 

 商店。宿屋。露店。

 

 剣や弓を背負った冒険者たち。

 

 そして、黒い甲冑を見た無数の視線。

 

 ルシアンが一歩進むたび、人の流れが左右へ割れていく。

 

「大きな町のわりに、住民の美的理解は遅れているようだな」

 

「……その声」

 

 人混みの中から、少年の声がした。

 

 ルシアンが振り向く。

 

 大きな背負い袋を抱えた、小柄な少年が立っていた。

 

 茶色い髪は無造作に切られ、服は擦り切れている。まだ幼さの残る顔に、年齢に似合わない警戒心が浮かんでいた。

 

 少年は黒い甲冑を見上げ、眉を寄せる。

 

「その声と、妙に腹の立つ喋り方……」

 

「何だね、少年」

 

「ルシアンの兄ちゃんか?」

 

 ルシアンは思わず胸を張った。

 

「この姿でも僕を見抜くとは。君には美を見る才能があるらしい」

 

「そんな喋り方する奴、ほかにいねえよ」

 

 少年――ポック・トバルは、甲冑の周囲を一周した。

 

 丸く膨らんだ胴体を見上げ、黒い腕を指先で軽く叩く。

 

 硬い音が返った。

 

「それ、鎧なのか?」

 

「古代の甲冑らしい。村外れの遺跡で見つけた」

 

「なんで脱がないんだ?」

 

「脱げないから、はるばるラドメルまで来たのだよ」

 

「本当に?」

 

「村の鍛冶屋にも頼んだ。槌は欠け、鑿《のみ》は曲がり、火で炙っても傷一つつかなかった」

 

 ポックの指が止まった。

 

「……槌が欠けた?」

 

「村人が突き出した槍も折れたな。斧の刃まで欠けた」

 

「中の兄ちゃんは?」

 

「当然、無傷だ。僕の美しさを守るという一点においては、恐ろしく優秀な装具らしい」

 

 ポックはもう一度、黒い甲冑を見上げた。

 

 今度は、その目つきが違っていた。

 

「他には?」

 

「ん、力が少々強くなったな。石の扉が少々脆いと感じる程度には」

 

「壊したのか」

 

「人聞きの悪いことをいうな。少しばかり豪快に開いただけだ」

 

「他にはなんかないの?」

 

「村からここまで歩いたが、疲れなかったな。だがポック、そんなことはどうでもいい。再会を喜ぶ前に、助けてくれ。この忌まわしい甲冑を――」

 

 少年の目から、驚きが消えた。

 

「ポック?なあおい」

 

 代わりに、商人の光が宿る。

 

「おい!ポック?おいってば!」

 

「よし」

 

 ポックは力強く頷いた。

 

「稼げるぞ」

 

「ポック!」

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