僕の美しさが見せられない!   作:柿木杮

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第30話 あと一つ

「待って」

 

 青白い通路へ足を踏み入れようとしたルシアンを、ポックが止めた。

 

「何だね?」

 

「先に持って帰る物をまとめる」

 

 ポックは転輪庫を振り返った。

 

 宝石。

 

 魔石。

 

 古い硬貨。

 

 武器。

 

 魔導具。

 

 六人が持ち出したところで、棚の大半は埋まったままだ。

 

「今からか?」

 

 セヴが聞いた。

 

「今やらないとまずい。転輪城は道が動くんだ。戻ったら宝物庫ごとなくなってました、じゃ笑えないだろ」

 

「それは笑えないな」

 

 ガレスも盾を脇へ置いた。

 

「持てるだけ持っていくか」

 

「何でも持てばいいってもんじゃない」

 

 ポックはすでに箱を開けている。

 

「小さくて高い物から。魔石、宝石、古銭。細工物も軽いやつ」

 

「銀は?」

 

 セヴが、壁際に置かれていた大きな飾り板を叩いた。

 

 半身ほどもある。

 

 表面には獣と蔦の細工がびっしりと刻まれていた。

 

「置いてく」

 

「銀だぞ?」

 

「重い。その重さなら、こっちの魔石を詰めた方が高い」

 

「もったいねえな」

 

「一個しか持てない銀貨十枚のものを運ぶより、百個もてる銀貨一枚の小さなものを運んだほうがいいんだ」

 

 ポックは迷わず次の棚へ移った。

 

 リネットが青い魔石を袋へ入れていく。

 

 ミレアは装身具を一つずつ布で包んだ。

 

 ガレスとセヴは武器を選びながら、空いた袋へ古銭を詰めている。

 

 ルシアンはその様子を見ていた。

 

「ポックン」

 

「何?」

 

「僕なら、その銀板も持てるが」

 

 ポックが顔を上げた。

 

 一瞬、銀板を見る。

 

 次に、部屋の奥にある木箱を指した。

 

「じゃあセンセイは、あっち持って」

 

「銀板ではなく?」

 

「あっちの方が高そうだから」

 

「任せたまえ」

 

 ルシアンは木箱を持ち上げた。

 

 中で金属と石の触れ合う音がする。

 

「……かなり入っているな」

 

「もう一個乗る?」

 

「問題ない」

 

「じゃあこれも」

 

 二箱目が来た。

 

「まだ乗る?」

 

「ポックン」

 

「何?」

 

「そろそろ先へ行かないか」

 

「分かってる」

 

 そう言いながら、ポックは三つ目の小箱を背負子へ固定した。

 

     ◇

 

 城獅子も、そのままにはしなかった。

 

 丸ごと持ち帰るのは難しい。

 

 だが長い牙と爪、灰色のたてがみの一部なら別だった。

 

 ガレスたちが手早く切り取っていく。

 

 ポックも横で、傷の少ない部位を選んだ。

 

「この爪は状態がいいな」

 

「こっちもだ」

 

「牙は根元から取れそう?」

 

「少し待て」

 

 セヴが短剣を差し込む。

 

 ルシアンは少し離れたところで見ていた。

 

「君たちは逞しいね」

 

「高く売れるからな」

 

 ポックが答える。

 

 城獅子の素材も袋へ入った。

 

 六人の荷物は、入ってきたときとは比較にならないほど膨らんでいる。

 

 それでも転輪庫には、まだ大量の宝が残っていた。

 

 セヴが振り返る。

 

「全部持って帰れねえのが惜しいな」

 

「場所は分かったんだろ?」

 

 リネットが言った。

 

「また来ればいいじゃない」

 

 ガレスが苦笑した。

 

「次に同じ場所へ出る保証がないのが転輪庫だ」

 

「じゃあ今日の分で満足するしかないわね」

 

 ミレアが袋の口を縛る。

 

 ポックも最後に荷物を見回した。

 

「十分だよ」

 

 その声は、かなり満足そうだった。

 

     ◇

 

「俺たちはここに残る」

 

 ガレスが言った。

 

 宝物庫の奥に開いた青白い通路。

 

 その前に、ルシアンとポックが立っている。

 

「いいのか?」

 

「あんたたちが探してた場所なんだろ?」

 

 ポックが頷く。

 

「たぶん」

 

「なら行ってこい。こっちは荷を見てる」

 

 セヴも壁へ背を預けた。

 

「この量持って知らない通路歩き回るのは嫌だ」

 

「それに」

 

 ガレスが転輪庫の入口を見る。

 

「また道が動いたら困る。誰か残った方がいい」

 

「助かる」

 

 ポックは魔導投索器を肩へ掛け直した。

 

 ルシアンが先に青白い通路へ入る。

 

「では、少々失礼するよ」

 

「迷うなよ」

 

「僕たちが迷っているのではない。この城が勝手に道を変えるのだ」

 

「同じことだろ」

 

 背後でセヴの声が聞こえた。

 

     ◇

 

 通路は、思ったより短かった。

 

 沈み庭の保全路のように何本も枝分かれしていない。

 

 真っ直ぐ。

 

 一度曲がる。

 

 その先に、小さな部屋。

 

 それだけだった。

 

「ここ?」

 

「らしいね」

 

 部屋の中央には、腰ほどの高さの台が一つ。

 

 壁には青白い線が走っている。

 

 いくつもの線が、一点へ集まっていた。

 

 ルシアンが近づく。

 

 頭の内側へ、意味が流れ込んでくる。

 

《保全従事者を確認》

 

《第三保全中継所》

 

 ルシアンは足を止めた。

 

「第三保全中継所だ」

 

 ポックがすぐ横へ来た。

 

「当たりだな」

 

「ああ」

 

「中央保全拠点は?」

 

「今、聞こう」

 

 ルシアンは台へ手を置いた。

 

「中央保全拠点への接続経路を提示したまえ」

 

 しばらく何も起きなかった。

 

 やがて壁を走っていた青白い線が動き始める。

 

 同時に、ルシアンの頭へ新しい意味が届いた。

 

《照会中》

 

《中央保全拠点への直通経路――閉塞》

 

「直通経路は閉じているそうだ」

 

 ポックが息を吐いた。

 

「またか」

 

「まだ続きがある」

 

《代替経路を検索》

 

 壁面の線が次々と消えた。

 

 一つ。

 

 また一つ。

 

 最後に、一本だけが残る。

 

《接続記録あり》

 

《第四保全区・西側中継路》

 

 ルシアンが残った線を見る。

 

「第四保全区。西側中継路」

 

「第四保全区?」

 

「ああ」

 

 さらに意味が届いた。

 

《第四保全区から中央保全拠点への接続記録を確認》

 

「そこから中央保全拠点へつながっていた記録があるらしい」

 

 二人とも黙った。

 

 先に口を開いたのはポックだった。

 

「……つまり、そこまで行けばいい?」

 

「可能性は高そうだね」

 

「あと一つ?」

 

「記録を信じるならね」

 

 ポックは壁に浮かぶ線を目で追った。

 

 一本の線が、今いる場所らしい点から伸びている。

 

 途中で小さな印をいくつか越え、別の区画らしい形へ続く。

 

 さらに、その先。

 

 もう一本の線が伸びている。

 

 しかし途中から薄くなり、壁の端で消えていた。

 

「場所は分かる?」

 

 ポックが尋ねた。

 

 ルシアンは台へ向かって問いかける。

 

「第四保全区の位置を提示したまえ」

 

《第四保全区・位置照合不能》

 

「位置は照合できないそうだ」

 

「くそっ、またこれか」

 

 直後。

 

《経路記録を提示》

 

 壁面が変わった。

 

 青白い線だけだった表示に、新たな輪郭が浮かび上がる。

 

 曲がりくねった太い帯。

 

 その西側に、大きな三角形が三つ並んでいる。

 

 南には細長い水域。

 

 東側には、いくつもの小さな点。

 

 文字はない。

 

 ただ、地形を簡略化したような図だけが壁に浮かんでいる。

 

 ポックが食い入るように見る。

 

「待って」

 

「分かるのかね?」

 

「分かんない。でも……」

 

 ポックは荷物から紙を取り出した。

 

 転輪城へ来る前に買った周辺地図。

 

 さらに折り畳まれた古い道図。

 

 二枚を床へ広げる。

 

「この太いの、川かもしれない」

 

「かもしれない?」

 

「古代の地図と今の地図が同じ形とは限らないだろ」

 

 指先が地図を移動する。

 

「三つ並んだ山」

 

 一つ。

 

「南側に細長い湖か沼」

 

 二つ。

 

「東側に集落みたいな点の固まり」

 

 三つ。

 

 ポックの指が止まった。

 

「……たぶん、この辺」

 

 ルシアンが覗き込む。

 

 転輪城から見れば、かなり西。

 

 ラドメルからでも数日の距離がある。

 

「遠いね」

 

「でも、なんとなくは絞れたな」

 

 ポックは顔を上げた。

 

「今までとは違う」

 

 鐘鳴り坑道では、中央保全拠点という名前だけだった。

 

 沈み庭では、第三保全中継所を知った。

 

 そして今。

 

 次に向かう場所は、一つに絞られた。

 

「第四保全区」

 

 ポックが呟く。

 

「そこから中央につながってたんだな」

 

「過去形なのが少々気になるね」

 

「行ってみなきゃ分かんないだろ」

 

「その点については同意しよう」

 

 ルシアンは台へ向き直った。

 

「今の経路記録を複製できるかね?」

 

《記録複製を実行》

 

 台の脇が開いた。

 

 薄い板が一枚せり上がってくる。

 

 表面には、先ほど壁に浮かんでいたものと同じ線と図形が刻まれていた。

 

 ポックが受け取る。

 

「これなら読める」

 

「文字はないようだね」

 

「ああ。道と地形だけなら十分だ」

 

 ポックは大事そうに防水袋へ入れた。

 

「戻ってからちゃんと調べよう」

 

 そのときだった。

 

 壁面の一角が、小さく明滅した。

 

 ルシアンの頭へ、新たな意味が流れ込む。

 

《物資配置区画・在庫変動を確認》

 

「……物資配置区画で、在庫の変動を確認したそうだ」

 

 ポックが振り返る。

 

「それ、さっきの宝物庫だよな」

 

「おそらく」

 

 続けて届く。

 

《配置物資の一部減少》

 

《補充処理――保留》

 

「配置していた物資が減ったことまで把握しているらしい。補充は保留だそうだ」

 

 ポックはしばらく壁を見た。

 

 そこに見えるのは、青白い線と明滅する小さな印だけだった。

 

「……減ったって分かるんだな」

 

「倉庫なら在庫を把握するのは当然だろう」

 

「そうかな」

 

「ポックンなど、銀貨一枚減っても気づくだろう?」

 

「それは気づく」

 

「なら同じだ」

 

「……まあ、いいか」

 

 ポックはもう一度壁を見たが、明滅はすぐに消えた。

 

「戻ろう」

 

「ああ」

 

 目的は果たした。

 

     ◇

 

 転輪庫へ戻ると、荷造りはほとんど終わっていた。

 

 ガレスが顔を上げる。

 

「どうだった?」

 

「見つかった」

 

 ポックが答えた。

 

「次に行く場所が」

 

「そうか」

 

 それ以上、ガレスは聞かなかった。

 

 代わりにルシアンの背負子を指す。

 

「悪いが、もう一つ乗せてもいいか?」

 

「何を?」

 

 セヴが抱えていた箱を持ち上げた。

 

「これ」

 

 ルシアンは箱を見る。

 

 自分の背中には、すでに木箱が二つ。

 

 袋が三つ。

 

 古銭。

 

 魔石。

 

 城獅子の素材。

 

 さらにポックたちの共用品まで括りつけられている。

 

「……ポックン」

 

「大丈夫。まだ固定できる」

 

「はぁ……」

 

 ポックは縄を手にした。

 

「センセイなら持てるだろ?」

 

 ルシアンは少しだけ黙った。

 

「もちろん持てるとも」

 

「じゃあ頼む」

 

 箱が一つ増えた。

 

 ポックは満足そうに結び目を締める。

 

「これで全部」

 

「本当だろうね?」

 

「たぶん」

 

「今の言葉は非常に不安だな」

 

 遠くで鐘が鳴った。

 

 一度。

 

 石床の奥から、低い振動が伝わってくる。

 

 ガレスがすぐに立ち上がった。

 

「動くぞ」

 

 六人が荷物を担ぐ。

 

 転輪庫を出る直前、ポックは一度だけ振り返った。

 

 まだ持ち帰れなかった宝。

 

 その奥に開いた、第三保全中継所への道。

 

 そして肩には、初めて自分で選んだ魔導具。

 

「行くぞ、センセイ」

 

「ああ」

 

 ルシアンは大量の宝を背負ったまま歩き出した。

 

 甲冑を外すまでの道は、まだ残っている。

 

 けれど。

 

 少なくとも今は。

 

 次にどの辺りを目指せばいいのか、分かっていた。

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