「待って」
青白い通路へ足を踏み入れようとしたルシアンを、ポックが止めた。
「何だね?」
「先に持って帰る物をまとめる」
ポックは転輪庫を振り返った。
宝石。
魔石。
古い硬貨。
武器。
魔導具。
六人が持ち出したところで、棚の大半は埋まったままだ。
「今からか?」
セヴが聞いた。
「今やらないとまずい。転輪城は道が動くんだ。戻ったら宝物庫ごとなくなってました、じゃ笑えないだろ」
「それは笑えないな」
ガレスも盾を脇へ置いた。
「持てるだけ持っていくか」
「何でも持てばいいってもんじゃない」
ポックはすでに箱を開けている。
「小さくて高い物から。魔石、宝石、古銭。細工物も軽いやつ」
「銀は?」
セヴが、壁際に置かれていた大きな飾り板を叩いた。
半身ほどもある。
表面には獣と蔦の細工がびっしりと刻まれていた。
「置いてく」
「銀だぞ?」
「重い。その重さなら、こっちの魔石を詰めた方が高い」
「もったいねえな」
「一個しか持てない銀貨十枚のものを運ぶより、百個もてる銀貨一枚の小さなものを運んだほうがいいんだ」
ポックは迷わず次の棚へ移った。
リネットが青い魔石を袋へ入れていく。
ミレアは装身具を一つずつ布で包んだ。
ガレスとセヴは武器を選びながら、空いた袋へ古銭を詰めている。
ルシアンはその様子を見ていた。
「ポックン」
「何?」
「僕なら、その銀板も持てるが」
ポックが顔を上げた。
一瞬、銀板を見る。
次に、部屋の奥にある木箱を指した。
「じゃあセンセイは、あっち持って」
「銀板ではなく?」
「あっちの方が高そうだから」
「任せたまえ」
ルシアンは木箱を持ち上げた。
中で金属と石の触れ合う音がする。
「……かなり入っているな」
「もう一個乗る?」
「問題ない」
「じゃあこれも」
二箱目が来た。
「まだ乗る?」
「ポックン」
「何?」
「そろそろ先へ行かないか」
「分かってる」
そう言いながら、ポックは三つ目の小箱を背負子へ固定した。
◇
城獅子も、そのままにはしなかった。
丸ごと持ち帰るのは難しい。
だが長い牙と爪、灰色のたてがみの一部なら別だった。
ガレスたちが手早く切り取っていく。
ポックも横で、傷の少ない部位を選んだ。
「この爪は状態がいいな」
「こっちもだ」
「牙は根元から取れそう?」
「少し待て」
セヴが短剣を差し込む。
ルシアンは少し離れたところで見ていた。
「君たちは逞しいね」
「高く売れるからな」
ポックが答える。
城獅子の素材も袋へ入った。
六人の荷物は、入ってきたときとは比較にならないほど膨らんでいる。
それでも転輪庫には、まだ大量の宝が残っていた。
セヴが振り返る。
「全部持って帰れねえのが惜しいな」
「場所は分かったんだろ?」
リネットが言った。
「また来ればいいじゃない」
ガレスが苦笑した。
「次に同じ場所へ出る保証がないのが転輪庫だ」
「じゃあ今日の分で満足するしかないわね」
ミレアが袋の口を縛る。
ポックも最後に荷物を見回した。
「十分だよ」
その声は、かなり満足そうだった。
◇
「俺たちはここに残る」
ガレスが言った。
宝物庫の奥に開いた青白い通路。
その前に、ルシアンとポックが立っている。
「いいのか?」
「あんたたちが探してた場所なんだろ?」
ポックが頷く。
「たぶん」
「なら行ってこい。こっちは荷を見てる」
セヴも壁へ背を預けた。
「この量持って知らない通路歩き回るのは嫌だ」
「それに」
ガレスが転輪庫の入口を見る。
「また道が動いたら困る。誰か残った方がいい」
「助かる」
ポックは魔導投索器を肩へ掛け直した。
ルシアンが先に青白い通路へ入る。
「では、少々失礼するよ」
「迷うなよ」
「僕たちが迷っているのではない。この城が勝手に道を変えるのだ」
「同じことだろ」
背後でセヴの声が聞こえた。
◇
通路は、思ったより短かった。
沈み庭の保全路のように何本も枝分かれしていない。
真っ直ぐ。
一度曲がる。
その先に、小さな部屋。
それだけだった。
「ここ?」
「らしいね」
部屋の中央には、腰ほどの高さの台が一つ。
壁には青白い線が走っている。
いくつもの線が、一点へ集まっていた。
ルシアンが近づく。
頭の内側へ、意味が流れ込んでくる。
《保全従事者を確認》
《第三保全中継所》
ルシアンは足を止めた。
「第三保全中継所だ」
ポックがすぐ横へ来た。
「当たりだな」
「ああ」
「中央保全拠点は?」
「今、聞こう」
ルシアンは台へ手を置いた。
「中央保全拠点への接続経路を提示したまえ」
しばらく何も起きなかった。
やがて壁を走っていた青白い線が動き始める。
同時に、ルシアンの頭へ新しい意味が届いた。
《照会中》
《中央保全拠点への直通経路――閉塞》
「直通経路は閉じているそうだ」
ポックが息を吐いた。
「またか」
「まだ続きがある」
《代替経路を検索》
壁面の線が次々と消えた。
一つ。
また一つ。
最後に、一本だけが残る。
《接続記録あり》
《第四保全区・西側中継路》
ルシアンが残った線を見る。
「第四保全区。西側中継路」
「第四保全区?」
「ああ」
さらに意味が届いた。
《第四保全区から中央保全拠点への接続記録を確認》
「そこから中央保全拠点へつながっていた記録があるらしい」
二人とも黙った。
先に口を開いたのはポックだった。
「……つまり、そこまで行けばいい?」
「可能性は高そうだね」
「あと一つ?」
「記録を信じるならね」
ポックは壁に浮かぶ線を目で追った。
一本の線が、今いる場所らしい点から伸びている。
途中で小さな印をいくつか越え、別の区画らしい形へ続く。
さらに、その先。
もう一本の線が伸びている。
しかし途中から薄くなり、壁の端で消えていた。
「場所は分かる?」
ポックが尋ねた。
ルシアンは台へ向かって問いかける。
「第四保全区の位置を提示したまえ」
《第四保全区・位置照合不能》
「位置は照合できないそうだ」
「くそっ、またこれか」
直後。
《経路記録を提示》
壁面が変わった。
青白い線だけだった表示に、新たな輪郭が浮かび上がる。
曲がりくねった太い帯。
その西側に、大きな三角形が三つ並んでいる。
南には細長い水域。
東側には、いくつもの小さな点。
文字はない。
ただ、地形を簡略化したような図だけが壁に浮かんでいる。
ポックが食い入るように見る。
「待って」
「分かるのかね?」
「分かんない。でも……」
ポックは荷物から紙を取り出した。
転輪城へ来る前に買った周辺地図。
さらに折り畳まれた古い道図。
二枚を床へ広げる。
「この太いの、川かもしれない」
「かもしれない?」
「古代の地図と今の地図が同じ形とは限らないだろ」
指先が地図を移動する。
「三つ並んだ山」
一つ。
「南側に細長い湖か沼」
二つ。
「東側に集落みたいな点の固まり」
三つ。
ポックの指が止まった。
「……たぶん、この辺」
ルシアンが覗き込む。
転輪城から見れば、かなり西。
ラドメルからでも数日の距離がある。
「遠いね」
「でも、なんとなくは絞れたな」
ポックは顔を上げた。
「今までとは違う」
鐘鳴り坑道では、中央保全拠点という名前だけだった。
沈み庭では、第三保全中継所を知った。
そして今。
次に向かう場所は、一つに絞られた。
「第四保全区」
ポックが呟く。
「そこから中央につながってたんだな」
「過去形なのが少々気になるね」
「行ってみなきゃ分かんないだろ」
「その点については同意しよう」
ルシアンは台へ向き直った。
「今の経路記録を複製できるかね?」
《記録複製を実行》
台の脇が開いた。
薄い板が一枚せり上がってくる。
表面には、先ほど壁に浮かんでいたものと同じ線と図形が刻まれていた。
ポックが受け取る。
「これなら読める」
「文字はないようだね」
「ああ。道と地形だけなら十分だ」
ポックは大事そうに防水袋へ入れた。
「戻ってからちゃんと調べよう」
そのときだった。
壁面の一角が、小さく明滅した。
ルシアンの頭へ、新たな意味が流れ込む。
《物資配置区画・在庫変動を確認》
「……物資配置区画で、在庫の変動を確認したそうだ」
ポックが振り返る。
「それ、さっきの宝物庫だよな」
「おそらく」
続けて届く。
《配置物資の一部減少》
《補充処理――保留》
「配置していた物資が減ったことまで把握しているらしい。補充は保留だそうだ」
ポックはしばらく壁を見た。
そこに見えるのは、青白い線と明滅する小さな印だけだった。
「……減ったって分かるんだな」
「倉庫なら在庫を把握するのは当然だろう」
「そうかな」
「ポックンなど、銀貨一枚減っても気づくだろう?」
「それは気づく」
「なら同じだ」
「……まあ、いいか」
ポックはもう一度壁を見たが、明滅はすぐに消えた。
「戻ろう」
「ああ」
目的は果たした。
◇
転輪庫へ戻ると、荷造りはほとんど終わっていた。
ガレスが顔を上げる。
「どうだった?」
「見つかった」
ポックが答えた。
「次に行く場所が」
「そうか」
それ以上、ガレスは聞かなかった。
代わりにルシアンの背負子を指す。
「悪いが、もう一つ乗せてもいいか?」
「何を?」
セヴが抱えていた箱を持ち上げた。
「これ」
ルシアンは箱を見る。
自分の背中には、すでに木箱が二つ。
袋が三つ。
古銭。
魔石。
城獅子の素材。
さらにポックたちの共用品まで括りつけられている。
「……ポックン」
「大丈夫。まだ固定できる」
「はぁ……」
ポックは縄を手にした。
「センセイなら持てるだろ?」
ルシアンは少しだけ黙った。
「もちろん持てるとも」
「じゃあ頼む」
箱が一つ増えた。
ポックは満足そうに結び目を締める。
「これで全部」
「本当だろうね?」
「たぶん」
「今の言葉は非常に不安だな」
遠くで鐘が鳴った。
一度。
石床の奥から、低い振動が伝わってくる。
ガレスがすぐに立ち上がった。
「動くぞ」
六人が荷物を担ぐ。
転輪庫を出る直前、ポックは一度だけ振り返った。
まだ持ち帰れなかった宝。
その奥に開いた、第三保全中継所への道。
そして肩には、初めて自分で選んだ魔導具。
「行くぞ、センセイ」
「ああ」
ルシアンは大量の宝を背負ったまま歩き出した。
甲冑を外すまでの道は、まだ残っている。
けれど。
少なくとも今は。
次にどの辺りを目指せばいいのか、分かっていた。