僕の美しさが見せられない!   作:柿木杮

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第31話 一攫千金

 転輪城を出たころには、空が赤く染まり始めていた。

 

 城内では、その後も二度ほど道が動いた。

 

 だがガレスたちは慣れていたし、ポックも来たときの地図へ書き込んだ印を頼りに進んだ。

 

 帰りは急いだ。

 

 背負った宝を抱えたまま転輪城で一晩過ごしたいとは思わなかったからだ。

 

 城門を抜けたところで、セヴが大きく息を吐く。

 

「ようやく出られたな」

 

「ああ、本当に疲れちまった」

 

 ガレスも振り返った。

 

 夕日に照らされた転輪城では、今も塔の一部がゆっくりと動いている。

 

「もう一回入る?」

 

 リネットがからかうような調子で尋ねた。

 

「一人で行ってきていいぞ」

 

 セヴが即答した。

 

「明日なら?」

 

「……宝の値段を聞いてから考える」

 

「現金だなあ」

 

「お前もちゃっかり魔石抱えてんだろ」

 

 リネットは胸元の袋を押さえた。

 

「これは別」

 

「何が別なんだ」

 

 その少し後ろを、ルシアンが歩いていた。

 

 背負子には木箱。

 

 その上にも箱。

 

 左右には袋。

 

 縄の間から城獅子の牙まで突き出している。

 

「ポックン」

 

「何?」

 

「帰路まで含めると、僕の功績はかなり大きいのではないかね」

 

「そうだな」

 

 ポックが素直に頷いた。

 

「センセイいなかったら、半分も持って帰れなかった」

 

「うむ」

 

 ルシアンは満足した。

 

 それだけだった。

 

     ◇

 

 ミルダへ戻った六人は、その日のうちに戦利品を売らなかった。

 

 転輪庫の品となれば、普通の素材屋一軒にまとめて持ち込むには額が大きすぎる。

 

 ガレスが以前使ったことのある古物商へ連絡を入れ、翌朝、魔導具を扱う鑑定士と宝飾商まで呼ぶことになった。

 

 宿では、六人分の荷物を一室へ集めた。

 

 窓を閉める。

 

 扉にはガレスが寝る。

 

 セヴも同じ部屋へ布を敷いた。

 

「そこまでするのかね」

 

 廊下からルシアンが尋ねた。

 

「銀貨千枚どころじゃ済まないかもしれない物を置いて寝るんだぞ」

 

 ガレスが言う。

 

「俺なら盗みたくなる」

 

「自分で言うなよ」

 

 ポックが呆れた。

 

「だから見張るんだ」

 

 ルシアンは荷車小屋へ向かった。

 

 彼が一緒に寝れば最も安全だったが、宿の床の方が危険である。

 

     ◇

 

 翌朝。

 

 宿の食堂に、紙が山ほど並んだ。

 

 古物商。

 

 宝飾商。

 

 魔導具の鑑定士。

 

 宿の主人まで、少し離れた場所から興味深そうに眺めている。

 

 最初に値がついたのは古銭だった。

 

 次が宝石。

 

 装身具。

 

 魔石。

 

 城獅子の素材。

 

 一本ずつ。

 

 一袋ずつ。

 

 一箱ずつ。

 

 ポックはそのすべてを書き留めた。

 

「その赤い石、さっき銀貨三十一から三十五枚って言ったよな」

 

「それがどうかしたか、坊主」

 

「じゃあ紙に三十一ってだけ書くなよ」

 

「売却額は状態を見てから決める」

 

「だったら三十一から三十五って書いて」

 

 古物商が顔を上げて、しかめ面でポックを睨む。

 

「細かいな、お前」

 

 ガレスが笑った。

 

 査定は昼を過ぎても終わらなかった。

 

 何しろ量が多い。

 

 しかも転輪庫から持ち帰った品には、鑑定士ですら首を捻るものがいくつも混じっていた。

 

 結局、最後の箱が閉じられたころには、窓から差す光がかなり傾いていた。

 

 紙の一番下に、合計が書かれる。

 

 ポックは黙って数字を見た。

 

「どうした?」

 

 セヴが覗き込む。

 

「……もう一回計算する」

 

「またかよ。さっきもしてただろ?」

 

「もう一回。数字と金額がでかいから念のためだよ」

 

 指で数字を追う。

 

 古銭。

 

 宝石。

 

 装身具。

 

 魔石。

 

 魔導具。

 

 城獅子の素材。

 

 自分たちで使うため売らない品も、査定額だけは加える。

 

 手数料を引く。

 

 もう一度、最初から。

 

「合ってる」

 

「いくらだ?」

 

 ポックは顔を上げた。

 

「銀貨、三千六十枚」

 

 誰も喋らなかった。

 

 今度は、かなり長かった。

 

「……三千?」

 

 リネットが聞き返した。

 

「六十もある」

 

「そこじゃない」

 

 セヴが紙を奪うように覗き込む。

 

「本当に合ってんのか?」

 

「だから二回計算したんだよ」

 

「持ち帰った分だけで?」

 

 ミレアも紙を見る。

 

「ああ」

 

 ポックが頷いた。

 

「転輪庫に置いてきた分は入ってない」

 

 もう一度、沈黙が落ちた。

 

 あの宝物庫には、これ以上の品が残っている。

 

「……次に同じ場所が開いたら」

 

 セヴが呟いた。

 

「行く?」

 

 リネットが聞いた。

 

「行く」

 

「さっき嫌だって言ってたじゃない」

 

「三千って聞く前の話だ」

 

 ガレスが笑った。

 

「一人五百十枚だな」

 

「ああ」

 

 ポックは紙を並べ直した。

 

「ただし、売らないで持って帰る物も、その五百十枚に含める」

 

 ガレスの盾。

 

 セヴの槍。

 

 リネットが選んだ魔石。

 

 そして、ポックの魔導投索器。

 

 四つとも査定済みだった。

 

「ガレスの盾が九十枚」

 

「なら、現金四百二十だな」

 

「セヴの槍が八十」

 

「四百三十」

 

「リネットの魔石が七十」

 

「四百四十ね」

 

 そして最後。

 

 ポックは魔導投索器の鑑定書を見た。

 

「おれのが……百二十」

 

「やっぱり高いな」

 

 セヴが言った。

 

「やめる?」

 

 リネットが横から聞く。

 

 ポックは投索器を見た。

 

 三本の射出管。

 

 畳まれた左右の筒。

 

 下には巻胴。

 

 昨日、石柱へ巻きついた索を思い出す。

 

「やめない」

 

「即答ね」

 

「使うから」

 

 ポックは自分の取り分から百二十枚を引いた。

 

「現金三百九十枚」

 

 そう書き込む。

 

 魔導投索器を合わせれば、きっちり五百十枚。

 

 それでも口元は少し緩んでいた。

 

 いや。

 

 かなり緩んでいた。

 

「ポックン」

 

「何?」

 

「見たことのない、だらしない顔をしているぞ」

 

「ほっといてくれ」

 

     ◇

 

 昼を過ぎるころには、分配も終わった。

 

 売却する品は古物商たちが引き取り、支払いについての証書と、すぐに用意できた分の銀貨が各自へ渡された。

 

 残りも、ラドメルの商会を通して数日以内に受け取れることになった。

 

 この町だけで、三千枚近い銀貨をすべて揃えるのは無理だったのだ。

 

 それだけの額だった。

 

 ガレスが新しい盾を背負う。

 

「いい仕事だった」

 

「こっちも」

 

 ポックが答えた。

 

「転輪庫を見つけられたのは、あんたたちがいたからだし」

 

「城獅子を広間へ引き込んだのはお前だろ」

 

「倒したのはみんなだ」

 

「なら、それでいい」

 

 ガレスが手を差し出した。

 

 ポックも握る。

 

 セヴは新しい槍を肩へ乗せた。

 

「次に会ったら、もう少し楽なところで組もうぜ」

 

「楽なとこだと、組む理由があんまりなくなるよ」

 

「そうだった」

 

 ミレアも笑った。

 

「二人とも気をつけてね」

 

「ああ」

 

 最後にリネットがポックの肩へ掛かった投索器を指した。

 

「それ、今度会ったときにはちゃんと使えるようになってなさいよ」

 

「なるよ」

 

「自分が引っ張られないようにね」

 

 ポックは少し黙った。

 

「……見てたのかよ」

 

「全員見てたわよ」

 

 リネットは笑い、三人の後を追った。

 

 四人が街道の向こうへ消えていく。

 

 ポックはしばらく見送っていた。

 

「よい仲間だったね」

 

 ルシアンが言った。

 

「うん」

 

 短い返事だった。

 

     ◇

 

 宿へ戻る途中。

 

 ポックは何度目か分からないくらい、腰の銀貨袋へ触れた。

 

 今すぐ受け取った分だけでも、これまで手にしたことのない額だった。

 

 最終的に自分のものになる現金は、銀貨三百九十枚。

 

 それとは別に、銀貨百二十枚と査定された魔導投索器。

 

 二人でこれまで稼いだ分も残っている。

 

 岩背亀の精算も、まだ全部は終わっていない。

 

「ポックン」

 

「何?」

 

「それだけあれば、君の商売を始め直せるのではないかね」

 

 ポックの足が少しだけ遅くなった。

 

「……始められると思う」

 

 父親の商売を取り戻す。

 

 自分の荷馬車を持つ。

 

 また街道を走る。

 

 そのために冒険者になった。

 

「荷馬車だけではなく?」

 

「馬も買える。最初に売る荷物も仕入れられる」

 

「なら、君の目的は達成したことになるのかな」

 

 ポックは答えなかった。

 

 歩きながら、肩の魔導投索器へ触れる。

 

「まだいい」

 

「そうなのか?」

 

「第四保全区、探すんだろ」

 

 ルシアンは少しだけ黙った。

 

「ああ」

 

「じゃあ、それが先」

 

 それだけ言って、ポックは歩き続けた。

 

 ルシアンも、それ以上は尋ねなかった。

 

     ◇

 

 その夜。

 

 二人は宿の裏にある荷車小屋で、第三保全中継所から持ち帰った板を広げていた。

 

 青白い光は、もうない。

 

 板の表面には、線と図形だけが残っている。

 

 三つ並んだ山。

 

 細長い水域。

 

 曲がりくねった大きな線。

 

 ポックは現代の地図を横へ置いた。

 

「やっぱり、分かんないな」

 

「昨日は絞れたと言っていなかったかね」

 

「辺りはな。ここから先が広い」

 

「どのくらい?」

 

「探すなら、まずは古い地図をあたるしかないかな。古い地図なんてそうそう見せてもらえるもんでもないけど」

 

「つまり?」

 

「時間がかかる」

 

 ルシアンは板を見下ろした。

 

「仕方ないね」

 

「その間、どうする?」

 

「何を?」

 

「金」

 

 ポックが地図から目を上げる。

 

「宿代もかかる。食べ物もいる。移動するならもっといる」

 

「君は今、銀貨三百九十枚を手に入れたばかりでは?」

 

「減らさないために稼ぐんだよ」

 

「なるほど」

 

「それに、第四保全区を探すなら移動もする。情報だってただじゃない」

 

 ポックは地図を畳んだ。

 

「だから、探しながら稼ぐ」

 

「ダンジョンも?」

 

「潜るぞ」

 

「もちろんだとも」

 

 ルシアンは胸を張った。

 

「僕ほどの冒険者を遊ばせておくのは、世界の損失だからね」

 

 ポックは板を防水袋へ戻した。

 

「じゃあ明日、組合行こう」

 

「ああ」

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