僕の美しさが見せられない!   作:柿木杮

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第34話 三つの山

 翌朝、エリシアーヌは二人を教会まで案内してくれた。

 

 町の中央から少し外れた高台にある、古い石造りの建物だった。

 

 鐘楼は低く、外壁のところどころが黒ずんでいる。

 

 正面から入ると、朝の祈りを終えた人々がちょうど外へ出てくるところだった。

 

 黒い甲冑を見て振り返る者もいたが、エリシアーヌが気にせず奥へ進むので、二人もそのままついていく。

 

 神父と話したのは彼女だった。

 

 ルシアンたちは少し離れた場所で待った。

 

「姉上の顔が広いのは助かった」

 

 ポックは壁に掛けられた古い町図を眺めていた。

 

「そうだな。こういう町なら、昔の土地の記録も期待できそうだし、見せてもらえるといいけど」

 

 しばらくして、エリシアーヌが戻ってくる。

 

「見せてもらえるそうよ」

 

 その後ろから白髪の神父が歩いてきた。

 

「ただし、持ち出しはできません。傷んだものも多いので、広げるときは気をつけてください」

 

「十分です。ありがとうございます」

 

 ポックが頭を下げた。

 

 ルシアンも続く。

 

「姉上のおかげですね」

 

「見つかるといいわね」

 

 エリシアーヌは二人を記録庫の入口まで送ると、そこで別れた。

 

     ◇

 

 記録庫は、教会の裏手にあった。

 

 小さな窓が一つ。

 

 壁一面の棚。

 

 巻かれた地図や、厚い帳面が年代ごとに並んでいる。

 

 乾いた紙と革の匂いがした。

 

「……多いな」

 

 ポックは棚を見上げた。

 

「八か月も探しまわったんだ、今さら紙の束に怯むこともないだろう」

 

「はぁ……それもそうだな」

 

 持ってきた地方図を卓へ広げる。

 

 その横へ、第三保全中継所で複製した板を置いた。

 

 三つの山。

 

 南の細長い水域。

 

 東側に集まった小さな点。

 

 そして、中央を曲がりながら通る太い線。

 

 この四つが手掛かりだった。

 

 ポックはまず、今のオルディナ周辺を描いた地図を一枚借りた。

 

 町の西側に三つの山が並んでいる。

 

 南には細長い湖。

 

 そこまでは似ていた。

 

 だが、太い線に当たるものがない。

 

 東側の町も、板の図に比べるとずっと大きい。

 

「次」

 

 ポックが言った。

 

 ルシアンが棚から一つ前の年代の地図を運んでくる。

 

 広げる。

 

 今度は町が少し小さい。

 

 街道の位置も違っていた。

 

 さらに古い地図。

 

 もう一枚。

 

 その前。

 

 机の上に、年代の違う地図が並んでいった。

 

 ルシアンは途中から、地図を持ってくる係になった。

 

「今の僕は、貴重な古地図の運搬に向いているとは思えないんだけど、仕方ないね」

 

「一番傷んでるやつ、棚の上にあるから頼む」

 

「……力加減には気を付けよう」

 

 ポックは聞いていなかった。

 

 地図の隅に小さく書かれた年代を確認しながら、三つの山の位置を基準に紙を少しずつずらしている。

 

 同じ土地でも、描き方はまるで違った。

 

 山の大きさ。

 

 道の曲がり。

 

 町の形。

 

 縮尺すら揃っていない。

 

 それでも動かないものはある。

 

 三つの山。

 

 南の湖。

 

 そこを基準にすると、古い地図ほど東の集落が小さくなっていく。

 

「これ……」

 

 ポックの手が止まった。

 

「何か見つけたかね」

 

 返事はなかった。

 

 百年以上前の地図を一枚引き寄せる。

 

 そのさらに前の地図も横へ置く。

 

 二枚を見比べる。

 

「センセイ。板」

 

 ルシアンが渡した。

 

 ポックは地図の上へ直接重ねず、横へ並べた。

 

 視線が何度も往復する。

 

 三つの山。

 

 湖。

 

 東の集落。

 

 そして。

 

「……あった」

 

 指先が、古地図の中央をなぞった。

 

 曲がった帯のようなものが、山の間から東へ伸びている。

 

 両側に細かな斜線が入り、ところどころ幅が変わっている。

 

「これは何だ?」

 

 ルシアンも覗き込む。

 

「たぶん谷」

 

 ポックは別の地図を取った。

 

 少し新しいもの。

 

 そこでは帯が短くなっている。

 

 さらに新しい地図では、途中から消えていた。

 

 代わりに街道が北側へ大きく迂回している。

 

 ポックは立ち上がった。

 

 部屋の外にいた神父へ、地図の印について尋ねる。

 

 戻ってくるまでに、それほど時間はかからなかった。

 

「やっぱり谷だって」

 

「消えたのか?」

 

「埋まったみたいだな」

 

 ポックは地図の端を指した。

 

 小さな書き込みがある。

 

 文字は古かったが、こちらは現代語の古い書体だった。

 

 土砂崩れ。

 

 西側の耕地の放棄。

 

 短い記録が残っている。

 

「大きな土砂崩れがあったんだ」

 

 ポックは現在の地図へ目を移した。

 

「ここから、ここまで」

 

 古い谷の線を、指先で追う。

 

 今の地図では、その半分ほどが森と丘になっている。

 

 残っているのは西側だけだった。

 

「だから見つからなかったのか」

 

 ルシアンが言った。

 

「ああ」

 

 八か月。

 

 二人は何度も、板と地図を並べてきた。

 

 ポックは一番古い地図をもう一度見た。

 

 東側に描かれた小さな集落。

 

 現在のオルディナと位置が重なる。

 

「これ、たぶん昔のオルディナだ」

 

 ルシアンも現在の町図を見る。

 

「ずいぶん小さいね」

 

「何百年もあれば町は大きくなるよ」

 

 ポックは板の上へ指を置いた。

 

「三つ山がこれ。湖がこれ。こっちの点がオルディナ」

 

 最後に、太い線。

 

「で、これが昔の谷」

 

 全部がつながった。

 

 完全に同じ形ではない。

 

 それでも、今まで見てきたどの土地より近い。

 

 ポックはしばらく黙っていた。

 

「行こう」

 

「さらに西へ?」

 

「ああ」

 

 もう地図を片づけ始めている。

 

「残ってる谷を見れば分かるだろ、きっと」

 

 ルシアンも板を持ち上げた。

 

 八か月探し続けたものが、本当にそこにあるのか。

 

 まだ確証はない。

 

 だが、これまでの候補とは違った。

 

     ◇

 

 教会を出た二人は、そのまま冒険者組合へ向かった。

 

 オルディナの組合は、町の古さに比べれば新しい建物だった。

 

 壁一面に周辺の依頼と地図が貼られている。

 

 ポックは受付へ行く前に、その中の一枚で足を止めた。

 

 オルディナ西方。

 

 三つの山。

 

 南の細長い湖。

 

 その間を深く切る谷。

 

 入口を示す印の横には、名前が書かれていた。

 

『三峰峡』

 

 その下には小さく、

 

『第二吊橋・落橋中』

 

『西壁道・通行可』

 

『飛行性魔物に注意』

 

 と、現在の状況が書き足されている。

 

 ポックはしばらくそれを見ていた。

 

「ダンジョンなのか」

 

 ルシアンが隣へ来る。

 

「そうみたいだ」

 

 今までにも、こういうことはあった。

 

 古い設備の上に町ができていた。

 

 普通のダンジョンの奥に、保全経路が残っていた。

 

 現代の人間は、それを昔からそういう場所として使っている。

 

 ポックは三峰峡の簡易地図を一部買った。

 

 崖に沿った道。

 

 吊橋。

 

 石造りの遺構。

 

 いくつもの洞穴。

 

 最奥までは、まだ完全に調査されていない。

 

「ここ」

 

 ポックが地図の中央を指した。

 

 古い谷筋と重なる場所だった。

 

「まずはここまで行く」

 

「ようやくだね」

 

 ルシアンの声は静かだった。

 

「えらく落ち着いてるな」

 

「八か月も待ったからね」

 

 ルシアンは壁の地図へ向き直った。

 

 三つの山が、その上にも描かれている。

 

「今さら慌てることもないさ」

 

     ◇

 

 その日の夕方。

 

 二人はエリシアーヌの家へ戻り、明朝には三峰峡へ向かうことを伝えた。

 

 出発の準備をしている間に、荷物が一つ増えた。

 

 布に包まれた焼き菓子。

 

 干し肉。

 

 固焼きのパン。

 

 エリシアーヌが旅用にまとめたものだった。

 

 ポックが背負子の空いている場所へ収める。

 

「姉上。ありがとうございます」

 

「なくなったら、帰りにまた寄ってね」

 

「ええ」

 

 ルシアンはそれ以上何も言わなかった。

 

 翌朝。

 

 二人は西門を出た。

 

 街道の先には、三つの山が並んでいた。

 

 八か月もの間、板の上で見続けてきた形が。

 

 今は、本物の空の下にあった。

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